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錬装機兵アルク・ミラー  作者: 四次元
オペレーション・デイライト
66/112

64.1日目 ①

 

 オペレーション・デイライト始動。

 ……より、10分経過。

 現在、時刻は午前0時10分。


「明理さん、外の様子は?」

「静かだな」


 静かだな、という台詞は言い方一つでどのようにでも取れるが、少なくとも今のニュアンスでは、現状問題なし、ということだ。明理が窓をゆっくり閉め、さらにカーテン(もちろん遮光)を流すと、ボロアパートの二階の一室に電気が灯される。

 浩輔が冷蔵庫から眠気覚まし用のドリンク剤を取り出して放り投げる。明理は黙ったままキャッチし、拍子抜けしたように肩をすくめて見せるが、その表情はまだ緩んでいない。


「日本全体でのテロ活動なんて言うから、もっとドンパチかますもんだと思ってたけど、買いかぶりすぎだったかな?」

「もう少し様子を見てみましょう」


 浩輔がパソコンのディスプレイの電源を付け、明理はテレビのチャンネルを片っ端から回す。

 一通り巡ってみたがテレビの放送は相変わらずだ。国会のニュース、海外のスポーツ、ニッチな内容のドラマ、低予算臭い深夜アニメ、芸能人の食べ歩き……近場の神保町だったので、チャンネルはそこで止まった。本格派のタイ料理を出す店らしく、画面一杯に映し出される海老チャーハンに、明理は喉を鳴らしていた。


「……いや、もう始まっているみたいですね」

「お、ネット予告?」

「予告は予告でもこれを使うなんて……」


 浩輔が開いていたのは、文字なんぞろくに書かれていない白い画面。インターネットを使ったことのある者なら誰しも一度は見たことのある、一番始めの検索画面。しかし、本来そこに描かれているg、o、o、g、l、eの文字はなく、変わりに表示されていたのは――


「Daybreak……?」

「夜明け……黎明ってことですね。一応いつものページを開こうとしたんですけど」

「よくもまぁグーグル先生を乗っ取ったなぁ」


 念のため、アドレスを直接入力しても、このページに誘導されてしまう。ブックマークの他のページを開いてみるが、特に以上はなし。他にも色々試してみたが、どうやら何かしらの検索エンジンを使うと、強制的にDaybreakなるものへと誘導されるようだ。


「検索エンジンを乗っ取り……なるほど、こいつを使って検索させるつもりですね」

「ウィルスみたいなもんかよ」


 何かしら適当に単語を打って検索をかけてみるが、従来のロボット型検索エンジンと代わり映えはしない。違うところといえば、余計な広告が消えたことぐらいか。

 

「まさか、あんだけもったいぶってこれだけ……ってことはないよな……?」

「う~ん……でも、ある意味乗っ取りは乗っ取りだし……多少の騒ぎには……」


 表だった問題はないにしても、インターネットをよく使う人の間では大騒ぎになっているかもしれない。浩輔はあまり気乗りしないながらも、某掲示板に探りを入れてみる。


「ん……?」


 マウスを操作する指がはた、と止まった。慌てて先程の検索画面に戻り、キーボードを叩く。

 検索後は『内閣府』。当然トップに出るのは内閣府のホームページだ。

 迷わずそのページに入ると、通常公開されているページの左上に、見慣れぬ表示が現れる。

 そして、そこをさらに数クリック。


「これは……」

「どうした?」


 一旦ページを検索画面まで戻し、今度は『日本年金機構』を検索。そのページに入るとやはり左上の見慣れぬ表示。

 ――『内部データにアクセス』。

 そこから数クリックの操作で、年金関係の個人情報がディスプレイ一杯に表示される。


「おーおー、これまた派手な情報漏えいだなー。公務員大丈夫かー?」

「別に公務員に限ったことでもないみたいですよ。……この新聞社だって」


 次に開いたのは業界大手の新聞社のページ。社内の情報……どころか社員個人のメールさえも覗けてしまう。試しにどこまで調べられるかとやってみたら、先日の浩輔と明理の端島邸襲撃の記事についてのマスコミ間での申し合わせ事項があっさりと出てきた。さらに、記事や事件の内容に疑問を抱いた記者を、僻地の部署へ更迭したという記録まで書かれていた。

 お次は例の『ショー』の内容と関係者リスト。東郷が送ってきた内容のものと全く同じことがWEB上でも確認できる。さらにお次は、浩輔自身についての情報。……個人的思想や趣味を除き、履歴書に書けそうなことは粗方出てきた。卒アルも出てきた。悪いとは思いつつも真織の事も検索した。大概の情報は出てきた。猫娘事件のこともはっきりと書かれていた。というか、猫娘が作られた経緯と作った人物まで出てきた。今の浩輔たちにとっては余計な情報であったが。

 さらに、さらに、さらに、さらに、さらに――――

 様々な団体の様々な悪事の記録の数々が温泉でも掘り当てたかのように出るわ出るわの大噴出。


「すげーなこれ。プライバシーもクソもあったもんじゃねぇな」


 明理は逆に素直に感心してしまっていた。もしかしたらと思って、明理のことも検索にかけてみたが、彼女の過去の情報については何も出てこない。


「流石に私の情報までは掴めなかったか。当然だな、当の私が全く知らないんだからな!」

「威張ることじゃないないでしょうが……いや、あれ?だとおかしい……」


 浩輔は『裕眞明理』『シグ・フェイス』『アルク・ミラー』で検索をかけてみる。

 ……が、出てくるのは『もしかして?』の表記。


「おかしいですよこれ。これだけ情報を流しておきながら、明理さんの正体やアルク・ミラーのことについては何も引っかからない」

「黎明やトウゴウのことについても……同じだな。偏向報道もいいとこじゃねーか!」

「報道ではないですけど、意図的なのは間違いないですね」


 適当な有名人を検索すると、簡単にその人物の悪事が分かってしまう。というか、有名人でなくとも同様。個人の住所、年齢、生年月日、職業もすぐに検索できる。インターネット上で検索をかければ、調べようと思えば、何でも分かってしまう。……この騒動の黒幕を除いて。

 状況のまとめを一通り終えたところで、明理がのしかかるように浩輔の頭の上に手を付く。


「いや……で?だったらどうしたんだ?インターネットで何でも丸分かりですネーって、それだけ?」

「……騒動は、起きるとは思いますけど……」

「ネットやらない奴には何の意味もないじゃんか。それこそ、やらせなきゃ何の問題もない。サーバー落として、はい、しゅうりょー、だぜ?だから何?国民のネット回線普及率100%でも目指してんの?」


 明理の言うことももっともで、浩輔も画面を眺めながら困惑していた。

 この騒動が、黎明の仕業だというのは間違いない。しかし、それが、何を目的したものか、その意図が掴めない。機密情報を公開したところで一体何が起こるというのか。

 悪事を世に晒す?

 自分達のテロ活動の大義を作る?

 もしくは、他に悪党を裁く者の排出を目指す?

 仮説はいくつかは立てられる。立てられはするが、テロの準備と並行してこんな手の込んだことをする理由になるとは、とても思えなかった。こんなことやったって、世間からネトウヨと呼ばれる人種が変に騒ぐだけだ。だからどうしたというのだ。浩輔の頭の中では、失望すら覚え始めていた。

 ――その時、部屋の静寂を打ち破るように、玄関のドアが乱暴に叩かれる音が響く。既に深夜だというのに穏やかではない様子だ。だからこそ、かえって危険ではないことが分かるのだが。

 念のために明理が開けに行くが、覗き穴の向こうの人物を見て、おいおい、と苦笑いを浮かべる。ドアが開くと同時に有無を言わさずに中に上がり込んだ人物の姿に、浩輔も少し肩がすくみあがった。

 全身にダークグレーの装甲を纏った人物……深知であることは分かっていたのだが、まさか錬装化したままで部屋に上がり込んでくるとは前代未聞。むしろ余計な騒ぎを起こすから止めてくれと、注意しそうになった瞬間、錬装が解かれ、大量の装甲素材の微粉末と共に、少女は背中から崩れるようにその場に座り込んだ。


「……何かあったな?」

「…………」


 深知は忌々しそうな顔をしながら、小さく頷く。

 アルク・ミラーのおかげで特に外傷はなさそうだが、顔は紅潮して汗だくになっており、息も上がっている。浩輔が黙って冷えたお茶を出してやると、何とか聞き取れる程度の声で感謝して受け取った。


「黎明の……錬装機兵に……襲われた……」


 その一言で二人の顔が一気に張り詰める。

 意外、という要素はない。予想……あるいは期待に近いものであったからだ。


「ふん、やっぱり準備していやがったか」

「天北さん、もう少し詳しく聞かせてくれ」


 深知はお茶を一口飲んで一息ついたところで、状況の説明を始める。

 数時間ほど前、深知が今夜の分の復讐のために、今度は青葉台界隈へ向かっていたときのこと。突然、彼女の前に黒いスーツ姿にサングラスをかけた3人の男が現れ、そして、彼女の目の前で錬装化してみせた。そして、彼女に共に黎明に来るように呼びかけたという。


「で、なんて答えたの?」

「別に協力するつもりもないし、『あなた達の邪魔をするつもりはないから、私のことは放っといて』って言っただけ」


 父親の事もあるだろうと、言葉が出かけたが、浩輔は口をつぐんで続きを尋ねる。

 男達はなおも迫るが、深知はそれでも断った。すると、男達は無理にでも連れて行くと、実力行使に出たというのだ。後方からも黒い錬装機兵が3体現れ、一斉にネットガンを発射してきた。深知もすぐさまレールガンを生成するが、何重もの網に動きをとられ、まともに狙いをつけれなかった。直感的に地面に向けて撃ったのだが、これが運よく大当たり。ちょうど真下に地下鉄が通っており、辛くも危機を脱することが出来たという。


「チビッ子を狙ってきたとゆーことは、また親父がらみか何かか?」

「それは分からない……襲ってきた錬装機兵も見たことのないタイプだったし」

「黎明が作った新型?」

「東郷の言うとおり、お父さんがまだ生きているのなら、黎明にはちゃんと協力しているはず。この前のような事情もないんだし、お父さんも東郷のことは気にいっていた。手を貸さない理由はない」


 しかし、深知を力づくでも連れて行こうとしたことには変わりはない。不干渉の立場を主張しているにも関わらず、ということは、何かしらの大きな事情はあるはずだ。


「案外、その親父の差し金だったりしてな」

「それだったら、そうはっきり言うはずですよ、明理さん」

「……そうね、私も理由は聞いたけど、何も答えてはくれなかった」


 深知はようやく息を落ち着かせると、自分の周りの大量の砂の存在に目を向け、ばつが悪そうな顔をする。掃除は自分ですると言ったが、当の相手の浩輔はそれを意にも介さないかのように何やら考え込んでいた。再びディスプレイの前に座り、マウスをカチカチと鳴らしてパソコンを操作するが、どうも腑に落ちない様子だ。


「天北さんが襲われた理由は、いくらでも説明がつく……それはいいんだけど……」

「また何かあるのか?」

「問題は、なんで彼女を追うのを途中で諦めたのかってことですよ」


 浩輔は画面を指でコンコンと叩きながら言う。画面は先程のニュース速報のものだ。今回のサイバーテロの事について文字数が増えただけで、他に大きく変わった様子はない。


「天北さん、今の話では相手の錬装機兵は少なくとも6人以上。しかも待ち伏せだ。正直よく逃げられたもんだと思う」

「……私を疑ってるの?」


 勇治の話を聞く限りだと、錬装機兵の戦闘錬度はかなり高いものであるというのは間違いない。研究所襲撃の時のように過度の洗脳をされていなければなおさらだ。勇治でも結構な負傷をしたというのに、さらに素人の深知が無傷で帰ってこれたことに、浩輔は妙な違和感を覚えていた。……もちろん、それは深知に対してではなく、相手に対しての話。


「天北さんじゃなくて、相手の判断の話だな。向こうはどれだけ君を追いかけてきた?」

「地下鉄に落ちてからしばらくは相手も追ってきたけど……ちょうど地下鉄のホームが見えた際に前から電車が来たから、ホームの下の避難場所に潜り込んだ。そこで上手く撒けたのかな」

「反対側の路線に避けたんじゃなくて?」

「人が沢山いたから反射的に」


 その時には、線路上の落盤事故の報が伝わっていたみたいで、電車はそのまま停止した状態となっていた。深知はそのまま避難場所を進んで、電車の後ろ側からはしごでホームに上がって、人ごみの中に紛れて逃げたという。ホーム下から少女がよじ登ってきたなんて、普通はそれだけで大騒ぎになりそうなもんだが、多くの人は落盤事故の方に気を取られていたみたいだ。駅員も含めた何人かに声をかけられたりはしたが、何とか振り切って逃げたとのこと。


「それだ。国全土に対して武装蜂起するなんて言ってる連中にしては行動が迂闊すぎるし、人目に付くのを避けているのか知らないけど、諦めも早過ぎる。もしかしたら、この周辺にもう迫ってきてるのかもしれませんけど」


 以前の襲撃もあったので、壁の素材の衝撃吸収性の高いものにしたり、窓ガラスを防弾性にしているが、気休めにしかならないだろう。爆撃が来ても大丈夫な強度にしたのは、下の一室だけだ。これも浩輔なりの考えがあってのことだが。


「ま、相手さんにはこっちの位置もばれてるだろうし。今更じゃん」

「でも、あの東郷の指示あってのことなら、わざわざここを直接襲ったりはしないと思います。俺たちの以前のやり方を知っているのなら……」

「だけど、トウゴウの奴言ってたよな?自分の部下の手綱が全然取れていないって」


 反論のつもりで意見を言ってみたが、明理はその途中で思いついたかのように手をぽんと叩く。その様子を見て、浩輔が邪悪さを含んだ笑みを見せる。


「なるほど、じゃあ、奴等がこっちを襲ってくるということは……」

「はい、『迂闊』だということです。頼みましたよ」


 流石に付き合いが長いせいか、二人の間にそれ以上の指示はなく、戦闘準備もものの数分もかからない。その間にようやく立ち上がった深知が、周囲の砂を片付けようとするが、有無を言わさず部屋の電気が消される。さらに、明理がさながら猫のように彼女の首筋を掴んで、玄関先まで連行した。 


「何している。お前も一緒に出撃だ」

「……疲れてるんだけど」

「いいんだよ、囮だし」

「…………」


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