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錬装機兵アルク・ミラー  作者: 四次元
オペレーション・デイライト
63/112

61.宣告

 時代が移り変わろうとも、変わらないものも確かに存在する。

 戦後の復興の最中、突貫という名の半分手抜き工事で築き上げられたこの築六十年のボロアパートも、その代表例だ。そして、あの時と変わらない古めかしい部屋……多少なりとも懐古に浸るつもりで中に入ったのだが、予想を大きく裏切られた光景に、客人の口からは変な笑みがこぼれてしまっていた。


「驚いたな、外見はそのままだと思っていたら、中身は随分と近代的になっているじゃないか」

「なに人の家に勝手に上がり込んでんだてめぇーっ!」

「大家の許可は貰ったがね」


 東郷は明理の轟々たる非難を浴びながら、部屋の内装を興味深そうに眺めていた。そこから追撃に入るまもなく、すぐに深知から暖かいお茶と茶菓子が出され、ごく普通の客人の如くちゃぶ台の前に腰を下ろす。ある意味で敵陣真っ只中だというのに大した度胸だと、浩輔は不服ながらも対面に座った。


「さて、君達も私に色々と聞きたいことがあると思うが。先に一点だけ質問してよいかな?質問と言うよりは確認に近いがな」

「……一点だけならいいですよ、どうぞ」

「一週間ほど前に、君達に桐島……元総理が接触しただろ?君達を味方につけて、我々に対抗しようという腹だろうが……」

「…………」

「当然、君達は彼等の申し出を断ったのだろう?」


 初っ端からの痛い質問。おまけに東郷は期待を含むかのような表情までしていた。

 既に回答の目星がついているだけに、下手な嘘は逆効果だ。かと言って肯定すれば、相手の疑心暗鬼を完璧に消してしまうことになる。


「当たり前だ。正義のヒーローに政治の力など不要!」


 浩輔が回答を考える前に明理が先に答えてしまうが、どのみち結果は同じかと、隣で同意する。

 それを見て、東郷も満足げに頷いた。


「そうか、私が見込んだ通りだな」

「はい、お前の質問タイム終了!次は私の番だ!」

「どうぞ」


 敵の親玉を目にしてか、今回は何時にも増して明理の勢いが強い。外野が口を挟む隙を与えない。


「貴様等が企んでいる『オペレーション・デイライト』とやらの全容についてだ!」

「ああ、名前はもう知っているのか。桐島が話したんだな」

「私の見込みでは『地球温暖化作戦』あたりが有力候補だと見ているが、この際、洗いざらい吐いてもらうぞ!」

「……あまり期待はしていないですけど」


 話の流れもへったくれもない上に、突拍子もない予想を入れてくる明理に対しても、東郷は己のペースを崩すことはない。というか、既に目的は達しているので、軽く流している様子だ。


「簡単に言うとこの国、日本国全体に対しての武装蜂起、大規模テロ活動だな。もちろん、ただの暴力ではなく、それなりの仕掛けを用意させてもらっているがね」

「……そんなにあっさり言うんですか」

「そのために、アルク・ミラーをはじめ、ワケの分からん超兵器まで開発してたんだな!?」

「そうだよ」


 相手に堂々と手の内を見せたというのに、東郷はそれがどうしたと言わんばかりにお茶をすする。


「あの……なんでそんなに余裕なんですか?」

「早くもここで討たれる覚悟が出来たというやつか?悪人にしては感心な心意気だ」


 返事をしないまま、一パック97円のサラダ煎餅にまで手を出す始末。

 明理も負けじと乱暴にミニ羊羹を掴み、口に頬張る。


「……作戦が始まってしまえば、君達は私と敵対する理由がなくなるだろう。もちろん、私自身は最初から君達を敵だとは思ってないけどね」

「『私は』、お前さんを敵だと思ってるぜ」

「なら、デイライトが実行されるまで待っててくれないか?」

「断る」

「堂々とテロを起こす、と言っておいて放っておくわけはいかないと思うんですけど」


 浩輔は至極真っ当なことを言ったつもりであった。

 それなのに、目の前の相手は、どこかおかしそうに頬を緩めた。

 すると突然、外からパトカーのサイレンの音が響き、浩輔と明理は無意識的に軽く身構える。しかしどうやら別の事件だったようで、すぐに遠くへ消えて行った。

 東郷はそんな二人の様子を一通り観察してから、ゆっくりと口を開いた。


「とは言っても、作戦の実行は今日から六日後の予定だ。延期ということはまず考えられない」

「今ここでお前をぶっ殺せば?」

「同じだ。私がいなくても作戦は実行される。むしろ私が死ねば、他の者が焦って開始を早めることは十分に考えられるな」

「その前に黎明全体をぶっ潰せたとしたら?」

「あと六日で日本各地にある黎明の支部を全て捜し当てて殲滅する、というのは現実的な話ではないな。君達だけでは頭数が足りんだろう?」

「今ここでお前の口から情報を全部搾り出させると言うのはどうだ?」

「流石にそこまで行くと、私もここで錬装化して抵抗せざるを得ない。もっとも、時間稼ぎに専念させて貰うがね」


 徐々に二人の距離が悪い意味で近づいていっているが、互いに全く譲らぬ大攻防。

 だんだんと収集がつかなくなってきている状況になっているのは明確であった。

 このままでは平行線の議論を続けてもどうしようもないと、浩輔が思い切って二人の中に入る。


「あの、一応確認しときますが、その口ぶりからすると、あなた自身の命よりも、オペレーション・デイライトとやらの実行の方が大事……だったりするんですか?」

「そうだ。このために黎明を立ち上げたと言っても過言ではない」

「あの政治家への立候補も、ふざけた狂言や、回りくどい作戦も、そのため?」

「実行前にある程度、世の中をかき回す必要があってな。だが、部下の独断で行われたことも往々にしてある。キメラの件や都内の学校の占拠の件とかな」

「あの規模で独断?いくらなんでも放任しすぎじゃないですか?」

「もしくは実際のところ、全然手綱が握れてないとかな」


 二人の皮肉に対して、東郷はやや自嘲気味に首を縦に振った。


「その通り。君らが言っていることはまさしくその通りだ」

「だから今ここであなたを倒しても意味はない、と?」


 まるで凶悪な外来生物を片っ端から放し飼いしているようだ、と明理はぼやくが、それについても東郷はあっさりと肯定した。

 そして、それが再び明理の怒りに火を注ぐことになる。


「あーもう、かったりぃっ!とにかく、全部ぶっ潰せばいいんだろうが!」

「無理だな。君達の実力は評価しているが、絶対に無理だ。そもそも……」


 東郷の視線が浩輔、そして深知の方へと流れる。


「私は、君たちが、最も憎むモノと戦おうとしているのだよ。なぜ止める必要がある?」


 その一言で、部屋の空気が一転して変わった。

 明理は意味が分からないという声を上げるが、他の二人には十分に伝わった。

 浩輔の両手が握られ、深知もなぜか包丁を持ったまま、東郷の方を見据えていた。


「……そうでした。例のショーの情報を持ってたんですよね」

「全てではないがね」

「これは取引ですか?」

「いいや、違う。こちらの情報が今すぐ欲しいというのなら、後で何かの媒体に入れて送ってやるよ」

「ぜひ、お願いします」

「分かった」


 浩輔の手は解かれるが、一転した冷たい空気は変わらない。


「でも、それだったら、今の台詞がおかしくなりますね。なぜ止める必要がなくなるんですか?」

「その答えは君自身にあるんじゃないのか?」

「回りくどいですね」

「手厳しいな。ならばはっきりと言おう」


 東郷は胸のポケットから黒いメモ帳を取り出し、しおりを挟んでいる部分を開いた。


「君の経歴は粗方調べさせてもらった。篠田浩輔。熊本県の小さな町工場、篠田工業の社長の長男。だが、4年前に君のお父さんが保証人詐欺に会い、会社は倒産。莫大な額の借金を背負わされ、社長は自殺。相続放棄を行ったのにも関わらず、執拗な借金の取立てに会い、ついには君の妹さん、篠田あかりが半ば誘拐に近い形で借金のカタとして身売りされる。そして行き着いた先が、臓器提供などよりも最も高額に人間が売れる少女強姦解体ショー。さらに、趣味の悪い借金取りによって君と母上はその現場に連れて行かれ、2時間半にも及ぶ猟奇殺人現場を見せ付けられた、と。母親は自殺未遂のうえ気がふれ、君は逃げ出すように単身上京。そして今に至る、と」


 東郷がいつ呼吸をしたのかと思えるほど一息で読み上げる間、浩輔は一切の体の動作を止めていた。眉一つ動かさず、呼吸一つ乱さず。瞬き一つせず。

 黙って聞いていた。


「……他人の事とはいえ、随分調べ上げたもんだなおい。私でもそこまで詳しく聞かされてないぞ」

「過去の経歴が一切見つからない君の方が異常だと思うがね、裕眞明理さん」


 明理は言ってろ、と呟きながら、身動き一つしない浩輔の頭に軽くチョップする。


「話を続けようか。君が仮にショーに関連する人物全てに報復したとしよう。だとして、それで本当に君の復讐は終わるのか?君は本当にそれで満たされるのか?」

「…………」

「答えはノーだ。君はかつて労働基準法を大いに違反した職場に努めてまで、そこにいる正義のヒーローを養おうとしていた。圧倒的な権力、アルク・ミラーという常識外の存在に命を狙われてまで、彼らに協力しながら、今の今まで彼等を自分の復讐に利用するようなことはしなかった。それはなぜか?」


 浩輔は答えない。

 口を震わせる素振りは一切見せず、答えようともしない。


「段々お前の本性が見えてきたぜ。つーか、最初会った時に、復讐なんぞは自分でやれって私が言ってやったんだ。こいつの行動はただそれだけのことだ」

「ならば、なおさら、君のヒーローごっことやらに付き合う必要はなかったはずだ」

「あんだと?」


 明理が殴りかかるが、東郷は座ったままでその拳をいとも簡単にかわす。


「篠田くん、君が真に憎んでいるのは、今のこの国の社会構造ではないのかね?」

「…………」

「保証金詐欺にしても、ヤミ金融の取立てにしても、少女の殺戮ショーにしても、そして君が上京してからの労働状況にしても、本来の法律なら決して許されないことだ。だが、それが、まかり通っている。この社会の法に反しているはずなのに、裁かれない人間が確実に存在する。そして、それを、あっても仕方ないと容認する社会の総意がある」

「……随分と人のことを勝手に分析してくれますね」


 東郷は眉間の皺を緩め、ふっと首を横に振った。


「分析したつもりはない。ただ、君が私に良く似ていると思っただけだよ」

「冗談でしょう」


 浩輔は間髪入れずに否定した。真っ向から。


「つまり、黎明の、オペレーション・デイライトの目的は、裁かれるべき人を裁くこと……なんですか?」


 深知が東郷の前で初めて口を開く。

 彼女の場合はその思想に本気で賛同しそうな勢いなだけに、浩輔と明理も少し焦った。


「いいや、違うね。篠田くんのことで、少し話が逸れてしまったようだ」


 東郷は深知の問いをわざと強く突っぱねるように否定する。


「この作戦における復讐や断罪などという行為は、ほんの副産物……子供だましの安物の玩具程度のおまけでしかない」

「だったら話は簡単だ。やることが大規模なテロってことなら、お前等が次の権力の座に収まるってことじゃねーのか?」

「……それも、予測される結果の一つだな」

「なら、その過程で死人は出るのか?」

「勿論、出るだろうね。寧ろ、出ないと意味がない」

「じゃ……」


 明理は浩輔と目を合わせる。

 お前の口から言ってやれ、と。長い付き合いで言葉はなくても伝わる。

 

「東郷、さん。俺が昔のことで、今の社会を憎んでいることは否定しません。復讐だってしてやりたいです。何も知らず、自分勝手に暮らしている人間を片っ端からぶん殴ってやりたいときもあります。でも……本当に無関係な善人だっているんですよ。テロなんて起こせば、真っ先に犠牲になるのはその人達なんです」

「ふん。なるほど、な。月並みな答えだが、それも一理ある」


 東郷は、小刻みに頷き、残りのお茶を一気に飲み干した。

 そして、一言、強く宣言するように、言った。


「しかし、だからこそ、どのような批判を受けようとも、オペレーション・デイライトは、君たちような若者のために行われるものだ。それは、この場で誓っておこう」


 東郷は目の前の反論を逸らすように自分の腕時計に目を移し、すっくりと立ち上がる。

 その上で、深知に向けて軽く一礼した。


「ご馳走になったな。お茶の入れ方もよく分かっているみたいだ」

「……あの、」

「君に一つ伝えておこう。天北博士はご存命だよ。今は元気に錬金術の研究に励んでいる」


 その一言で、深知の瞳が大きく揺らぐ。

 同時に、彼女の言おうとした言葉が喉の手前で押し返されているようであった。東郷も深知のその反応を見て、確信めいた表情をしながら、顎を僅かに上げた。


「それと、篠田くん。君にも、もう一つ伝えておかないといけないことがある」

「……何でしょうか」

「君のその身の上の原因を作った保証人詐欺の張本人、相川一郎という男だが、そいつは今、黎明うちにいるよ。端島の手下から簡単に寝返って来た。もしかしたら、今頃、錬装能力を付与されているかもしれないな。気をつけたほうがいいぞ」


 相川一郎。

 その名前と情報を耳にした瞬間、浩輔のこめかみに無意識のうちに強い衝撃が走る。


「どうして、そんなことを教えるんですか……?」


 その問いに答える素振りはなかった。

 東郷は一瞬だけ明理と目を合わせるが、すぐにふいと顔を逸らす。明理は怪訝な顔をしながらも、それ以上彼を追おうとはしない。


「デイライトが始まるまで、黎明は君らに一切手を出さない。一週間後にまた伺うよ」


 そう言い残し、東郷は颯爽と部屋を出る。すぐに下の階でドアをノックする音と、何やら話し声が聞こえてくる。どうやらご丁寧に大家に別れの挨拶までしていったらしい。

 彼の後ろ姿を、追える者はいなかった。

 誰も、追えなかった。

 三人とも、玄関が独りでに閉まるまで……その場に立ち尽くしていた。


「……気にくわねぇ。潰す。今日のところは見逃してやるが、次に会ったら絶対潰す!」


 明理はふて腐れたように、ちゃぶ台の前にどかりとあぐらをかき、残りの茶菓子をむさぼり始めた。その態度は勿論だが、一番感情を逆なでしたのが『この3人の中で、明理を一番相手にしていなかった』ことだ。単に話が通じるか云々を抜きにしても、浩輔の方に積極的にアプローチを仕掛けてきた初めての相手である。

 深知は何も言わずに、二人に背を向けて湯飲みを流し台で洗っている。……に、しては、長すぎだ。ちゃんと洗えているのかどうか疑わしい。

 浩輔は、そんな二人の様子を見ながら困惑していた。直接、単独で乗り込んで来た東郷の意図が読めなかった。黎明のやり方を良しとしないのは、本人に向けて述べたとおりであった。

 しかし、それでも、東郷は、自分達に敵対はしない。そればかりか、浩輔らのためにテロを起こす、とまで言い放ったのである。単なる懐柔のための戯言か。だが、それでは深知を『誘わなかった』ことの説明がつかない。彼女の生い立ち、事情なら、黎明側には簡単に引き込めたはずだ。おまけに唯一の肉親の父親まで生きていると分かったのである。それをわざわざ、東郷から拒否したようにも感じた。


(……て、いうか、待てよ。何故、彼女は自分の父親が生きていて、黎明にいるっていうのに、東郷について行かなかったんだ?利用されるだけだと分かっているから?それとも、父親が生きているのを嘘だと見破っているのか……)


 浮き上がる、新たな疑念。

 こうなったらと本人に直接問いかけようとしても、既に彼女は台所から場所を移し、玄関の方まで移動しており、靴を履いて、つま先をとんとんと床に打ち付けていた。


「買い物行ってくる」

「とか言って、トウゴウの奴に付いていくんじゃねーだろーな」

「……気になるなら、尾行でもすれば?」


 少なくとも、明理相手にこうも喧嘩腰になれる度胸については、立派なものだ。浩輔は、背後から切り捨てたろかとする明理を必死に止めながらも、うまいこと質問の機会を失ってしまったと惜しんでいた。

 そんなこんなで今日という一日が終わろうとしていた。




 ――デイライト始動まで、あと5日。


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