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錬装機兵アルク・ミラー  作者: 四次元
オペレーション・デイライト
62/112

60.単騎

 桐島との会談から1週間と少しが経過した。

 敵でも味方でもない……だが、協力を断ったのには違いない。結局あれから一度も彼等に連絡は取っていない。次に会った時は間違いなく白黒つける必要があると分かっているからだ。政府との距離は今の状態が一番無難なのかもしれない。そう思うしかない。

 ほどなくして、新聞等で端島良蔵が死亡して、端島グループのお家騒動が勃発と報道され、どこまで本当か分からないが胸を撫で下ろしたのも束の間。いつ、どこから、どんな相手が襲ってくるか分からない。そんな緊張感のまま時は過ぎていった。

 ――が。


「つーか、全然来ねーじゃねーか敵!」


 壁の修理も終わり、内装だけ妙に現代風となった六畳一間の部屋の中で明理は一人吼えていた。

 あれだけ有事に備えていたと言うのに、かれこれ一週間以上も無風というのは、彼女にとって肩透かしもいいところ。黎明の施設がどこにあるのか分からない+守りも堅くなんとやら、というコンセプトで相手の出方を伺っていたのだが、こうも世の中が平和だと部屋でゴロゴロしている以外に何しようもない。


「ただいまっす」

「おう、コースケっ!敵はいたかっ!?」

「かれこれ3時間近く街を歩いたんですがさっぱり……」

「誰かに尾行されているような感じもなかった」


 終いには浩輔を囮に街をうろつく作戦に出ていたのだが、それでも収穫なし。

 都心でも学校が再開され、真織も勇治も自宅に帰って行き、嫌が応にも日常に戻る羽目に。

 単純にウォーキングの疲れだけが残ってしまったので、浩輔は冷蔵庫から季節はずれの麦茶を取り出し、すかさず深知が用意したグラスの中に勢いよく注ぐ。気の利く人間が一人いるだけでこうも違うものかと、二人して冷えた麦茶を一気に飲み干した。


「おいおいおいおいおいっ!何か完全に裏目に出てねーか?待ちの戦法!」

「そんなこと言っても、攻めるにしても相手の居場所が分からないし」

「あのオッサンから何も聞いてねぇのかチビッ子!?」

「私もお父さんも黎明の本拠地の場所は知らない。唯一知ってるのは、待ち合わせに使う場所だけ」


 その深知が知りうる限りの「待ち合わせ場所」も既に全部当たっているのである。こうなると完全にお手上げとなってしまうわけだ。


「ぐぬぬ……なら、芋ヅル作戦に切り替えるぞ!近場のヤクザ共を片っ端から刈る!」

「黎明はヤクザ連中とはまた違った集団。大半はこの社会の溢れ者か、過ぎた野心家。闇金とか詐欺とかやってる奴はほとんどいないはず」

「にゃにぃ~っ?」

「それ何気に初耳なんだよなぁ……」

「ま、ヤクザもいないわけではないと思うけど」


 深知は麦茶の二杯目を飲み干すと、すぐに流し台に向かってコップを洗い始める。このあたりは本当によく出来た子供だと感心せざるを得ないが、ところどころの発言が妙に引っかかる。チビッ子と言われる度に不機嫌になっているのは明らかなのだが。

 しかしながら、行き場所がない故に居候の身。彼女は彼女なりに気を使っているのかもしれないので、浩輔は自尊心を傷付けない程度に下手から話しかけていた。


「天北さん、一応確認しておくけど、君は黎明と戦うつもりはある?」

「別に。向こうから来るならやるけど」

「いーのかそれで」


 珍しく明理が突っ込みを入れる側に回るが、本人はそれを意にも介していない。


「篠田さんは、妹さんを例の奴で亡くしたんでしょ?」

「……そうだが」

「そいつらは必ず殺す」

「黎明はその情報を持っているから、か……」


 実に単純かつ分かり易い、理解し易い動機だ。

 そもそも深知は、黎明に特に恨みなどはない。当然と言えば当然。育ってきた環境が環境なので、彼女自身の正義感というのもあまり期待できる代物ではない。

 ただ唯一、浩輔と感情を共有できるのは、例のショーに関する一点のみ。


「たしかに、俺もどちらかと言うと黎明なんかよりも、ショーの関係者を殲滅したいくらいだよ」

「居場所が分かれば、すぐにでも手伝ってあげるんだけど」

「俺が昔探り当てたのも、所謂斡旋業者だったからなぁ……首謀者そのものは全く掴めてないんだ」

「じゃあ、どのみち黎明の奴等に接触しなきゃならねぇってことじゃねーか。急がば走れだ」

「それ諺になってない」

 

 浩輔としても、最終的には明理の言う芋ヅル式も止むを得ないという感はある。だが、この作戦に肝要なのは、敵に備えの時間を与える前に襲撃するという迅速さ。襲撃と同時に情報収集を行うにはマンパワーが必要だ。やっぱり車は欲しい。問題は真織がもう一度運転役として協力してくれるかどうかだ。

 先日の24時間耐久タイムアタックレーシングon公道は、彼女の肉体と精神に凄まじいダメージを与えてしまった。あまり表情にこそ出さないが、無意識の内に体が車を避けている。相当なトラウマになったことは一目瞭然。


「よし、コースケ。とっとと小娘を呼べ。車はテキトーなのを拾ってくる」

「人が悩んでいるのにそれですか……。一応頼んではみますけど、平日だから日中は電話に出れないと思いますよ」


 あまりにも無慈悲な明理の提案が心苦しくはあるが、他に方法がないのでは仕方ないと浩輔は腰を上げる。電話するといっても、手持ちの携帯はとっくの昔に強奪されたし、この状況下では新しい契約を結ぶ気にもなれない。番号だけは控えているので、大家の電話を借りることが日常になっていた。

 大家の部屋はアパートの階段を下りてすぐ横。防音性など一切考慮されていない造りなので、ドアの隙間からは中の生活音が駄々漏れである。これで在宅かどうかが分かるので、物は考えようだ。


「すみませーん、二階の篠田ですけどー。ちょっと電話貸してくださーい」


 こんなやり取りは、一体何十年前のものだろうか。道行く人の物珍しそうな視線を背にしつつ、部屋のドアが開けられ、赤いジャージ姿の老人が姿を表した。


「おーおー、グッドタイミングじゃねーか、篠田くん」

「何ですか、そんな嫌な予感のする言い方」

「お客さんだよ、お客さん。本当はお前等に用事があるんだってんだけど、俺も久方ぶりだったもんでつい話が弾んじまった」


 客人、と聞いて、浩輔は体を横に傾ける。大家の部屋といえど、造りは他の部屋とほとんど変わりない。プライバシーガードなど存在しない、そんな概念すらなかった時代の建物なので、玄関からでも中の全容はまるっと分かってしまうのだ。

 そして、固まった。


「初めまして、だな。篠田浩輔くん」 

「…………」

「ありゃ、知り合いじゃないのか」


 素っ頓狂な声を上げる大家の横で、浩輔は僅かに口をぱくぱくと震わせ、今にもその場から飛び退かんという体勢に入っていた。


「何で……こういつも……タイミングがいいんだ……」

「ここ一週間、大きな騒ぎもなし。そろそろ君達も動き始める時なのではないかと、思ったまでだ」

「何の用ですか……それとも、そんなの聞くのも野暮ですか……?」


 中にいたスーツ型の男は静かに立ち上がり、軽く一礼する。皺の数を見る限り歳は重ねているだろうが、老いといったものは一切感じさせない精悍な顔。白髪一つないオールバックの髪に、威圧的なまでに鋭い目つき。黒いスーツで均一化されているが、全く隙が感じられない体格。


「まぁ、東郷くんも今や有名人だからなぁ、はっはっは!」


 陽気に笑う大家に向かって、浩輔は片手だけで激しく掴みかかる。


「な、ん、で、知り合いなんですかぁっ!?」

「いや、昔住んでたんだよ……このアパートに。部屋はちょうど君のとこ」

「はあぁぁぁっっ!?」

「んで、もう、ン十年ぶりの再会だろ?それでつい話も弾んで……」

「弾ませたのはどうでもいいんですよっ!何でっ……!」


 何で、何故。その先の言葉が出ない。

 あまりにも唐突過ぎて、その次の台詞が上手く発せられない。

 聞きたいことは山ほどある。疑問は腐るほどある。それが一片に出てきて、喉の奥で詰まる。


「驚かせてすまなかったね。いや、君達とはもっと早く話をしたかったんだ」

「話って……」

「彼女らもここにいるんだろう?私はただ話をしに来た。それだけだ」


 東郷は何もやましいことはないと、両手を上げてみせる。なんならボディチェックでも好きにやってくれとでも言わんばかりの仕草だ。浩輔はすぐに後ろに飛びのいて周囲を見渡すが、特に変わった人影は見当たらない。


「今日は私一人だよ。信用できないなら彼女らも呼ぶといい」

「それは随分と……」


 東郷は浩輔に続いて、革靴を履いて外に出てくる。

 瞬間、浩輔の視線が下を向いた。踏み固められた砂地の地面、そこに写る影が揺らめいた。


「っ!」

「っしゃぁぁーーっ!!」


 予測できない方角から、予測できないスピードでの蹴り。要は二階から飛び降りただけなのだが、それでも一般人なら回避不可、下手すれば致命傷の明理の攻撃。浩輔も視線を逆に逸らして僅かながらアシストするというファインプレー。

 ほんの一瞬の、一瞬で終わるはずの不意打ち、もとい先制攻撃――が、首の皮一枚も取れることなくいとも簡単にかわされる。


「ちぃっ!?」


 初撃を避けられた明理は蹴った方の脚で着地し、続けざまにそれを軸にして、もう一方の脚で後ろ回し蹴りを仕掛ける……が、それも両手で防御されてしまう。それでも踏ん張りはきかなかったようで、若干体を宙に浮かして衝撃を逃がしていた。


「……凄まじいな。人間の女とは思えん攻撃だ」

「へっ、そうこなくっちゃなぁっ!」


 明理は尚も拳を浴びせようと飛び込んでいくが、瞬間、数メートル先の東郷の姿が視界から消える。顎の下を風が掠めたことに気づいた時には、鳩尾に東郷の右手の掌底が入り、攻撃の勢いがそのまま逆方向へと跳ね返される。明理の体は風船の如く浮き上がり、道路を挟んで反対側にあったコンクリート塀に叩きつけられた。……が、それでも受身はしっかりとったらしく、肺から搾り出された空気を大きく口を開けながら息を吸い込んで取り戻し、すぐさま戦闘態勢へと復帰する。


「ふぃ~っ。今のは縮地か?味な真似しやがって……」

「そんな妖術めいたものではない。ただ前に踏み込んだだけだ」


 浩輔は、いや、大家も、目の前の光景を見て唖然としていた。上から様子を見ていた深知も、錬装化なしでこれなら下手に近づかない方がいいと足を止めていた。

 明理は今度は脇を閉め、体制を低くしてから飛びかかり、両手でジャブの連撃を放つ。ボクサーの練習風景のように、ほとんど目に捉えられないほどの振りで、かつ呼吸を置かない文字通りの乱打。風切り音が遠くからでも聞こえる時点で威力も半端ないと分かる。しかし、東郷はさらに、回避と防御を半々で織り交ぜながら、その攻撃を捌ききっていた。

 ラッシュが続くこと40秒ほど。明理も少し諦めがついたのか、一歩下がって大きく息を吐く。東郷の手は赤く腫れあがっており、額の冷や汗と共に苦笑いを隠すことが出来なかった。


「やれやれ、うちの森君が見たら泣いて喜びそうな攻撃だな」

「へっ、お前もやってみるか?」

「いや、今の攻撃もこちらの回避か足技の反撃を誘っていた。中々油断ならんな君は。相手を自分のペースに引き込むことにかけては天賦の才を持っている」


 東郷は賞賛しつつ構えを下ろすが、それを見て明理は舌打ちをする。

 戦意を向けないことではない。相手は相手で自然体に見せかけたカウンターの構えに入っていることだ。ちなみに東郷の言っていたことも事実で、それが余計彼女の癪に障っていた。


「私の誘いは、どうやって見切った?」

「それを相手に聞くとはな……まあいい。私は人と対峙する時、常に『殺気』を見ている」


 東郷は手で押さえながら、首で音を鳴らす。


「長年、命を狙われ続けてきたものでね。体のほうは歳を喰っていく一方だし、肉体と精神の少しでも負担を減らすためにいつの間に身についていたものさ」

「野生の勘みたいな奴か?」

「野生?違うな。私が見ているのは人だ。文明を持った社会的生物、人間。人に育てられた存在であるならば、どんな達人であろうと、戦争のプロであろうと、単なる快楽殺人者であろうと、一般的には『事故』と呼ばれる無意識的なものであろうと……」

「見切れると?」

「そうだ」

「悪人の癖に、大した自信だな」

「慢心はしてないと思うがね」


 東郷が瞬きをした瞬間、それこそ縮地じみた速度で接近した明理が蹴りを入れる。

 ――それも、風圧すら掠めることなく回避し、最頂点に上がり減速した明理の足首を逆に掴んだ。


「やはり、単純な身体能力では君に敵いそうにないな」

「やろ……っ!」


 明理は瞬時にきりもみ回転させるが、東郷も回転と同時にすぐに手を離す。そして、片足着地して追撃に入ろうとする明理からさらに距離を取った。

 東郷も相手が彼女でなかったなら、宙に飛んで着地する時の軸足を狙っていた。だが、彼女は肉を切らせてでもこちらの骨を折りに来るだろう――。故に積極的な攻撃はしなかった。


「お、おい……篠田くん……あのべっぴんさん一体何もんだ……?」

「いや、何者かと言われましても」

「あの東郷くん相手にあそこまで戦えるなんて……」

「そっちかよ!」


 二人の戦いに巻き込まれないように避けていた浩輔と大家のやり取り。明理にも当然まる聞こえで、苛立たしさのゲージも更に上がっていた。


「もうこの辺にしないか?君の実力はよく分かった。ただ単にアルク・ミラーの力に頼っているわけではない。この時勢に正義のヒーローを称して、戦い続けていただけのことはある」

「…………」

「そして、君がそれだけ苛立ちながら錬装化せずに攻撃を続けるのも、私が錬装化するのを待っているためだ。君自身の美学と言う奴か?妙な拘りだが、己の意思を貫徹するという点に関しては賞賛する」

「悪人に褒められてもうれしくはねーな」

「君の善悪の判断基準にも興味があるが……。少なくとも、こちらに戦う意思はないよ」

「……不意打ちを仕掛けた相手に言うか?その台詞を」

「ああ、言うよ」


 東郷は先程の蹴りを止めた手を払いながら、背を向ける。明理は未だに後ろから攻撃する気満々であったが、今度は浩輔に全身を使って止められた。


「今は情報優先で……お願いします……!」

「親玉倒せば……終了(ハッピーエンド)だろうが……!」

「だったら……こんなところにノコノコ来ないんですよ普通……!」


 そんなやり取りの最中、気がつくと東郷はつかつかと二階に上がり、浩輔たちの部屋に入っていく。というか、普通に深知に案内されていた。二人は無言で離れると、猛ダッシュで階段を駆け上がり、部屋の中へと突入した。


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