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錬装機兵アルク・ミラー  作者: 四次元
白き破壊魔 シグ・フェイス
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5.招かれし者

 ――深夜。


 人気の無いビル街を、一台の黒い車が走っていた。

 地上の法規の象徴ともいえる信号は既に黄色く点滅し、せいぜいドライバーの気を僅かに引くだけの存在と化している。だが、今、この空間においては、その信号こそが、人間に安心感を覚えさせる唯一の灯りとなっている。

 車の後部座席に座る男は奇妙な感覚を覚えていた。運転手と助手席に座る男はそれ以上にこの通りの異様な光景に背筋を凍らされていた。

 文字通り人っ子一人通らない道。チリ一つ落ちていないアスファルトの道路。自らの役割を果たさぬまま、暗闇の中に佇む街灯。周囲にあるビルは十階建て程度のものであろうが、どれも灯り一つ点いていない。

 さらに恐ろしいのは、ここがこの国の首都、東京の一角だという事だ。普段では絶対にありえない光景。今時あるはずのない景色。コンビニの灯りすらない。

 街全体が深い眠りについているかのようだ。


「まだ着かないのか?」


 助手席の男が外の景色を気にしながら、運転手に話しかける。黒い車は最新のハイブリッドカーだけであって、エンジン音も非常に静かだ。

 が、現在の状況では余計に恐怖心を煽るばかり。


「指定された場所には到着しているのですが……」

「だったらなぜ車を止めない」

「それが……」


 運転手が説明する前に、後部座席の男が助手席の男に一枚の紙を手渡す。男は手持ちの携帯電話の灯りで、その文面を一通り眺めると、軽く舌打ちをする。


桐島(きりしま)、やはり今すぐ戻った方がいい。俺達は消されるかもしれんぞ」


 助手席の男は、後ろに向かってやや焦りも含めた強い口調で言う。そして、まだ若い運転手の顔を睨みつけ、自分の言う通りにしろと、無言の圧力をかけた。

 若い運転手はうろたえながら、バックミラーを覗きこんで後ろの男の指示を乞う。

 後部座席の男は頭を抱えながら、ゆっくりと重たい口を開いた。


「……相馬(そうま)、どの道戻ったところで俺達は終わりだ」

「少なくとも終わるのは政治生命だけだ! 例え司法とマスコミの食い物にされようと、命あっての物だねだろうが!」


 相馬と呼ばれた男は、今度は怒鳴るような声で反論する。彼らの乗る車は防音機能も完璧で、少々の大声では外に漏れることはない。窓ガラスも厚いスモークがかかっており、外から中を見ることも容易ではない。相馬にとっては、これが最後の心の拠り所となっていた。

 そして、更に恐怖心を掻き消そうとするかの如く、今度は運転手の肩を掴む。


柏原(かしはら)くんといったな。君はまだ若い。それに俺達のように汚れ仕事もやっていないだろう。なのに、わざわざこんな危険な事に巻き込まれてもいいのか?」

「う……そ、総理……」

「桐島!!」


 桐島の厚ぼったい瞼が、苦い動きをする。目の下は大きなクマがはっきりと出ており、彼の決断も相当な迷いあってのものだと感じられるものであった。

 数分の沈黙の後、桐島はゆっくりと開封済みの封筒を取り出して言った。


「この招待状の差出人……もう彼に全てを委ねるしかないだろう。彼は大学時代、私に大きな借りがある」

「何が招待状だ。誰がどう見ても脅迫状じゃないか。これが恩義を感じる人間に向けてやることか!」


 その書状は名目こそ『招待状』と大きく書かれているが、その中身は過去の闇へ葬り去ったはずの極秘事項がつらつらと並べられていた。具体的言えば、桐島がこれまでに行って来た数々の不正行為。現・内閣総理大臣である彼を、一撃で歴史的犯罪者へと叩き落とす内部資料の写真の数々である。

 もちろん彼とて好き好んで不正などやっていない。だが、政界とて弱肉強食。生き残るためには、その手を汚さなければならない時がある。彼の血縁、生い立ちがある限り、何をしても、何もしなくても結局は法を犯さなければならない。


「それに……もう、今更何を言ったところで遅い」

「……っ!?」


 桐島総理は諦めがついたかのように、窓の外を眺めながら、ネクタイを締め直す。

 相馬も周囲の状態の変化に気づき、目を瞑って歯を食いしばる。

 同じ場所をグルグル回っているはずだったのだが、いつの間にか周囲はコンクリートのような壁で狭まれ、先は行き止まりに。柏原は唾を飲み込みながら車を止めた。

 ほどなくして、車の窓が小さくノックされる。窓の外には、サングラスを掛けた非常に体格の良い黒スーツ姿の男。


「お待ちしておりました。桐島総理、そして相馬行政管理局長。どうぞ、こちらへ。運転手の方もご一緒に。車のキーは掛けたままでかまいません」

「どうしてだ」

「こちらで移動しておきます。なにぶん、ここはまだ公に出来ない場所ですので。お帰りの際には、別の出口に案内いたします」

「ふん、本当に帰す気があるのだろうな」


 相馬は淡々とした黒服の男の受け答えに対して悪態をついてみるが、内心ではその有無を言わせぬ雰囲気に圧倒されていた。それは他の二人も同じで、三人は男の低い声に誘導されるがままに、車を降りる。

 車の右手側にあった大型のシャッターが開き、僅かに電燈が灯された中へと迎え入れられる。内装はペンキ塗りされたコンクリートがむき出しになっており、非常に殺風景なものである。床にも敷物一つ無く、男達の革靴の足音が、無音の空間に響き渡っていた。


「ご安心なさってください。本日はあなた方を始末するためにお呼びしたのではありません」

「その口ぶりだといずれは消すような言い方だな」

「それはあなた方次第であります」


 相馬は必死に強がりを言うが、本心は気が気でなかった。桐島総理も緊張で口が動かせずにいたし、その後方を歩く柏原は背筋に凄まじい量の冷や汗をかいていた。

 大人三人がやっと横に通れるほどの広さの廊下が延々と続いた後、今度は重厚な鋼鉄製の扉が姿を現す。


「こちらへ」


 男が重い音を鳴らしながら扉を開くと、急に中から喧騒が溢れだしてくる。少なくとも、その中には悲鳴のようなものはない。


「席は自由席でございます。卓上の飲食物もご自由にどうぞ。お手洗いは向かって左側にございますが、式があと十分ほどで始まりますので、お早めに済ませておいてください」


 男は一口で説明を終え、三人を押しこむかのように中に入れる。

 先程とは打って変ってイベントホールのようなだだっ広い空間。辺りには、所狭しと円形のテーブルが設置されており、既に多くの人々が席について、談笑をかわしている。


「い、意外と平和そうですね……」

「今はどうする事も出来んしな、話すくらいしか気を紛らせられんのさ」

「ああ、それに飲食物に口をつけている者はほとんどいないようだ」


 この席に招かれている人間……

 桐島と相馬にとっては知った顔も多い。財界や経団連の幹部も多く来ているようだ。

 彼らも自分たちと同じく『弱み』を握られていることは安易に想像できる。


「この分だと他の官房長官や国務大臣とかも呼ばれてそうだな」


 ふと気づくと、自分たちも周囲の視線を一手に引き受けていた。それもそうだ、内閣総理大臣の顔など子供でも知っている。中には挨拶に来るものもいたが、そこにはお互いどのような経緯でこの場に呼ばれたのかは決して話題に上げないという暗黙のルールがあった。


「ところで総理、あなたは招待状の差出人について何か知っていますか?」

「……ええ、大学時代の古い知り合いです」


 財界幹部の男からの問いに、やや声を詰まりながらも桐島はそう答える。その瞬間、周りの人間の顔が少し明るくなった気がした。桐島は内心、余計な事を言ってしまったと後悔する。たしかに、自分はこの差出人の名前、顔、性格くらいは知っているが、親しいかと言われるとそうでもない。大学以来会ってないのだから。もう何十年も前の話だ。

 そして、何よりも恐ろしいのは、彼という人間が大学時代のままであるのかということだ。もちろん、そんな事はこの場で言えるはずもない。彼が桐島に、どういった『借り』があるのかという言う話も……言えるはずがない。

 立て続けに質問攻めにあう桐島を見かねたのかの如く、周囲の明りが一段落ち、場内にマイク音声が鳴り響く。


「本日は皆様大変お忙しい中、本式典にお集まりくださり、誠にありがとうございます。式典の主催者より皆さまへのご挨拶があります」


 場内がどよめく。ホールの前面に巨大なスクリーンが浮かび上がり、壇上の人物を映し出す。この宴の主催者。各人に脅迫的な書状を送りつけ、日本の政治経済の中心とも言える要人を呼び寄せた無礼者。拍手など起きるはずも無い。

 そもそもこの会場にいる中で、一体どれだけの人間が彼を知っているというのか。


「どうも皆様。今宵はようこそお越しいただきました。私がこの建物、ひいてはこの組織の責任者、東郷烈心(とうごうれっしん)でございます」


 東郷と名乗る人物は重く、厚みのある声でそう名乗った。

 年は桐島とそう変わらないはずなので、五十半ばといったところだ。だが、その精力的な顔だちは、顔全体の皺と相まって、見る者に対して強烈な威圧感を醸し出している。

 髪は白髪一つ無く、無精髭の一本も見られない。顔一つ取っても隙がない。

 桐島は一目見た瞬間、彼が以前と全く変わってないと直感した。

 ある程度予想はしていたものの、決して認めたくなかった現実。彼の足元に恐怖のレールが一人でに敷かれていく感覚を覚える。


「皆様の御顔を見る限り随分緊張しているようですが……御心配なさらずに。今日は挨拶だけですよ。人によっては宣戦布告のようなものですがね」


 その言葉を皮切りに会場が静まり返る。唾を飲み込む音さえ会場全体に響き渡るくらいの沈黙。


「では、本日の要件を手短に述べましょう。長ったらしい演説など馬鹿のやることです」


 馬鹿、という単語だけいやに大きく発せられた気がした。

 そして、東郷が手をかざすと、会場の巨大スクリーンに大きく『黎明』という行書体の文字が浮かび上がった。


「この度、新たな政治団体を立ち上げさせて頂きます。名前はスクリーンに表示されている通り『黎明れいめい』。日本の夜明けを意味するものです。桐島総理にはまた後日、改めて文書を発送させていただきます」


 新たな政治団体……そんな事のために自分たちは呼ばれたのだろうか。

 場の全員が呆気にとられている中、一人の男が声を上げた。

 桐島もその男には見覚えが合った。あれは現・野党ではあるが、政界でも切れ者として有名な男であった。


「ちょっと待て。政治団体を作る前に、あんたは一体何者だ? 少なくとも国会議員ではない。官僚でも東郷なんて名前は聞いたことない。地方市町村の議員か何かか?」

「いいえ、そのいずれでもありません」

「……なら、その団体とやらに議員はいるのか?」

「現在はいません。だからあなた達をお招きしているのですよ」


 「話にならないな」、という声が最後に付け加えられた。もちろん東郷にも聞こえているはずだが、彼はそれを意に介する様子を全く見せない。


「現時点であなた方が、私の事をどう受け取ろうが構いません。……しかし、この国を良くしたい、助けたい、と思い、そのために行動を起こしているのです。ですから、私もこの国の舵取り……政治に参加させて頂きたい」

「寝言も休み休み言え! そんなに政治に参加したいのなら、選挙に出ろ!」

「選挙……国民の信を問えと言うのですか?」

「そうだ!」


 瞬間、東郷の目が怪しく光る。その言葉を待っていたかのように。

 

「現在の選挙が果たして真に国民の信を問う物なのか……いや、それを今ここで言っても仕方ありません。少し後の話になりますが、選挙に出馬させて頂きましょう。……しかし、やり口はあなた方の方法を踏襲させて頂きます」


 東郷が右手を上げる。

 ものの数秒のうちに、会場全体を取り囲むかのように人影が現れ、そして、この会に招かれた者全てに等しく、鉄の銃口が向けられていた。


「そういうことか……!」


 相馬がやはり予想通りだったと苦い顔をしながら、歯を噛み締める。

 桐島もただ、茫然と立ち尽くしていた。


「……と、いうのはこの次のお話です」


 東郷がわざとらしく気の抜けたような声を出すと、一斉に銃口が下がった。

 その場にいた招待者全員が、体の力が抜ける感覚を覚える。


「本日のところは宣言だけです。部下も言っていたでしょう? 私は嘘を申しません」


 一本取ってやったと、東郷は得意気な表情を見せる。

 だがその裏には「次はない」という言葉が隠れているのが、誰にでも容易に想像できた。


「桐島……あいつは一体……何者なんだ……」


 招待客が次々と帰されている中、相馬は狼狽した表情で問いかける。

 桐島も精魂尽き果てたかのように椅子に座りこんでおり、相馬の問いかけに対して力ない言葉で答えた。


「革命家だ……少なくとも大学時代の時まではな……」


 桐島の脳裏に過去のおぞましき記憶が蘇る。

 若気のいたり、そして自由への憧れにから、彼の行動に加担してしまった自分。

 もう、ここからは子供の遊びではない。

 彼がこちらへ向かって来る。

 顔の皺以外はあの頃と変わらぬ風貌。

 桐島は覚悟を決めなければならないと、必死に自分に言い聞かせた。


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