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錬装機兵アルク・ミラー  作者: 四次元
怨嗟と願望の中で
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53.不可侵領域

 あれは何時頃の記憶だったのかよく覚えていない。

 しかし、その時の出来事はたしかに『あった』のだ。


『調製完了……これであなたはいつでもこの力を使うことが出来るわ』


 どこからか、しわがれた高い声が聞こえてくる。老婆のような……それでいて優しい声だ。

 だけど自分の目は開かない。口も、手も、足も、まるで神経が切り離されたように感覚がない。

 ――ああ、自分もあの子達と同じようになってしまったのだろうか。

 痛めつけられ、犯され、挿れられ、バラされ、晒され、嗤われ……死ぬ前の僅かな記憶がよぎっている状態なのだろうか。


『大丈夫、あなたは死ぬことはない』


 ――死にたくない。

 死ぬのは痛いことだ。

 死ぬのは怖いことだ。

 死ぬのは恥ずかしいことだ。

 ……死ぬのは悪いことだ。

 それでいて、私は、彼女達の分だけ生きながらえている。


『死というものは一つの選択にすぎない……私はそう思っているわ』


 それじゃあ、死ぬ時は死にたいと思った時なの?

 誰かに殺される時もそうなの?


『そうね。死の存在を受容したとき、人は死ぬ。逆に死を認めなければ、人は永遠に生き続けられる。殺されて死ぬというのは、人に殺されるという事象を認めた時。自分は殺されるかもしれない、いつ死んでもおかしくない、そう、恐怖やリスクを受け入れた時』


 私は……死にたくない。

 黙っていれば……大人しく従っていれば、殺されずに済むから。


『違うわ。自分の生を他人に委ねたところで、絶対的な死からは逃れることは出来ない。死に打ち勝つということは……戦うということ』


 戦っても……絶対に殺される。敵うわけがない。

 そんなことやっても無駄だ。


『この力を使うことは、死をもたらすものと戦い続けるということ。最後はあなたが決めるのよ』


 ――これは夢?単なる幻聴?

 もう、声は聞こえない。

 聞いたことのない人の声、あれから全く聞くことのなかった人の声。

 これが、夢幻ゆめまぼろしでなければ――



 ◇ ◇ ◇ ◇



『リーヴ・ゾーン、エクスプレッション』


 銃弾から少女の身を護るかのように、光の文字が前面に集中し、装甲を形成していく。ダークグレーの装甲はやがて少女の全身を包み込み、錬装機兵、いや端島の新たなる脅威「アルク・ミラー」と呼ばれる鎧へと形作られた。

 凹凸的な意匠は勇治の「オルト・ザウエル」に近いが、頭部、肩部、脚部周りの装甲が厚いように見える。深知の背丈の低さと相まって、どこかどっしりと地面に足をつけた印象だ。


「アルク・ミラー……?まさか、博士が?いや……」


 余計なことが考えられないほど疲労しているというのに、勇治も目の前の出来事に疑問を呈さずにはいられない。あまりにも突飛な事態に、頭の中の「なぜ」「どうして」の符号が暴れ回る。

 博士の切り札にしては、タイミングが遅すぎる。何故、今になって使うのか。

 ほどなくして、自分の頭の中に入ってくる機械的な情報によって、そもそもの前提が間違っていることが分かる。目の前の彼女の力は、自分と同じ紛れもないオリジナルタイプのものだということ。


「……うん、大体分かった」


 深知がなにやら独り言のように呟くと、すぐに後方に飛びのく。同時に相手の錬装機兵からも銃撃が飛んでくるが、ただの牽制にしかならない。深知が後ろの壁に左手を付けると、光の文字が広範囲に渡って拡散し、ちょっとやそっとの爆発ではびくともしないはずの扉がまるで泥舟みたいに崩れ落ちる。


『「リーヴ・フレア」。エクスプレッション』


 微かな機械音声が流れた矢先、深知の手元にグリップと引き金が現れ、そこから鋼色の筒が形成されていく。『銃身』……ではない。勇治ですらもすぐに気が付いた。深知の身長を超えるほどのその得物を指し示す言葉は、『砲身』であることを。


「……死ね」


 少女の低い呟きと共に砲身が上下に展開し、青白いプラズマがその周囲を飛び回る。すると何を思ったのか兵の一人が銃撃を止め、ナイフを持って彼女に飛び掛かった。

 が、次の瞬間、火薬とはまた異なる破裂音、そして眩い光の軌跡と共に、兵士の体が四散する。僅かに遅れてやってくる凄まじい爆音の先には、黒煙を吹かせながらぽっかりと握りこぶし大の穴を開けた壁があった。


「あれは……電磁加速砲レールガンって奴か……?篠田さんたちが言ってた……」


 勇治も浩輔たちから、ウォーダが使っていた冗談のような武器の話は聞いていた。その時は明理の怖いもの知らずの戦い方で攻略できたと、自慢の鼻息交じりの声で聞かされていたが……実物を見て、完全に圧倒される。

 勇治、明理、愛樹……その他諸々の錬装機兵の武器とは全く異なる、純粋な火力。

 天北博士が言っていた干渉作用云々の話を超越する、錬装など全くお構いなしの絶対的威力。

 周囲の錬装機兵達も未知の兵器に思考が追いついていない様子で、茫然と立ち尽くしていた。一人だけは無駄な銃撃を尚も続けていたが、その様子はただの壊れた玩具にしか見えなかった。

 少量の光の文字が砲身から流れると、少女からフェイスガード越しの溜息が漏れる。


「なんだ、簡単じゃん。人を殺すのって」


 深知の呟きに勇治は唾を飲み込んでしまう。

 その姿に、かつての自分の姿が重なって見えるような気がした。


「……殺す」


 少女の足が一歩踏み出される。アルク・ミラーを纏っていてもそのレールガンは結構な重量を感じるようで、砲身は一旦地面に落ち、次の呼吸と共に再度目標へと突きつけられた。


「殺す、殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すコロスコロスコロスぅっ、全員ぶっ殺してやるっ!!」


 同じ人間の声帯とは思えないような咆哮を上げながら、深知は砲身を展開させ、引き金を引く。流石に二射目は動きが読まれていたのか、弾は相手の装甲を掠めるのみ。銃撃はすっぱり諦め、勇治と同じく懐に飛び込んでの接近戦に持ち込もうとしていた。

 深知もすぐに次の弾を撃とうとするが、砲身は一旦閉じてしまい、戸惑いと共に舌打ちが漏れる。

 ――連射は効かない。彼女も初めて知ったことだ。

 一旦下がろうとするが、錬装機兵は眼前まで迫っていた。おぞましい形状のナイフを深知に突き立てようとした瞬間、その腕が跳ね飛ばされる。


「……隙だらけ、だっ!」


 勇治は瞬時にもう一方のナイフを、兵士の眉間に突き刺す。もう片方の兵士には蹴りを入れて一旦距離を置く……つもりであったが、直後に勇治の体ギリギリを超高速の弾丸が掠め、すぐ隣で体の右半分を捥がれた人間がその場に崩れ落ちた。


「流石に俺は狙わないでくれよ……!」

「どいて、邪魔」


 尚も兵が飛びかかってくるが、深知は体全体の反動を使ってレールガンの砲身を振り回し、相手の体を吹っ飛ばす。地面に転がった兵はすぐさま起き上がろうとするが、その前に深知が男の上に飛び乗って、既に展開済みのレールガンの銃口を首元に突きつける。

 引き金は何の躊躇もなく引かれ、大きな破砕音が鳴り響く。兵士の肉片は一瞬にして地面の瓦礫と混じりあい、赤い粉塵が周囲に飛散した。

 流石に超至近距離の射撃は結構な反動が返ってきたらしく、同時に深知の体も吹っ飛ばされて壁に叩きつけられ、レールガンの砲身も暴発でもしたかのように、ぐちゃぐちゃになっていた。


「あいつ……」


 勇治が少々に不安になって駆け寄ると、深知は壁に手を突きながらよろよろと立ち上がる。


「お前、その力を使うのは初めてだな?戦闘とかもやったことないな?」

「……そうだけど」

「だろうな。素人目に見てそうなんだからな」

「敵は……?」

「もういないみたいだ」


 実を言うと駆け寄る最中に3人屠ったのだが、彼等は何が起こったのか完全に棒立ち状態だった。もう勝負を諦めた……のかどうかは定かではないが、あれだけの数がいた錬装機兵は全滅した。最後はまさかの深知の助けがあったとはいえ、やってのけてしまったのだ。勇治自身実感が湧かずにいた。


『まだまだよ~ん、ボウヤ!』


 一息つこうとした勇治の耳に、気の抜けたような甘ったるい声が響く。同様に深知も肩を浮かせて、きょろきょろと周囲を見回している。


「メローネか……なんだよ今さら!」

『あらん、「さん」はもうつけてくれないのね。いきなり急接近?』

「ふざけんな!つーか、何だよ!この子までアルク・ミラーになって、まさかこれも……」

『はいはい、その子のことは私は何も聞いてませーん!……というかー、ボウヤこそ大事なこと忘れてるんじゃなぁい?』


 隣から深知が声の主について尋ねるが、勇治は腹立たしそうに敵の敵だと答える。


『もう、最初の目的はおじいちゃんでしょ!?本当に周りが見えてないんだから!』


 勇治に対抗してなのか、メローネの声もやや腹立たしい、焦りを含んだ声になる。


「ああ……って、今どうなってるんですかっ!?」

『まだ上にいるのよ!』

「しまった、逃げられるっ!?」

『だから足止めしてやってんじゃない!』


 勇治は慌ててその場を駆け出す。事情が掴めない深知もそれに追随した。


「どういうことなの、目的って?」

「俺は端島の奴がここに来ると聞いて連れてこられたんだ!だけど奴はヘリでずっと上空にいて……そうだ、君の武器ならやれる!」

「っ……!ちょっ、走りにくい……!」


 勇治は合点がいった様子で深知の腕を掴んで一気に階段を駆け上がる。

 建物の外の様子は……入った時とあまり変化はない。時間にすると1時間ちょっとも経っていないのだ。しかし、唯一かつ大きな変化が、頭上で展開されていた。

 ヘリが二台。うち、灰色の一台は突入前に見たのと同じ型だ。そしてもう一台は、他のものとはまるで形の違う、いかにも最新鋭っぽい茶色の戦闘ヘリ。二台は空中を激しく動き回っている。いや、正確には灰色の方が茶色の戦闘ヘリの周りを激しく回っている感じだ。その動きに合わせて、茶色の戦闘ヘリがもう一方に向かって銃撃している。


「あの灰色の方は……メローネか!」

『せいかいっ!……っていうかー、かなりヤバイ感じ!?』

「茶色い方に端島だな!?」

『何とかできるんなら何とかしてね!こっちはそろそろ限界よ!』


 上空では熾烈な争いが起きていた。その中で最も苛烈な状況だったのが、端島の乗るヘリの中だ。

 端島老人は怒りと焦りに震えていた。その隣で彼の秘書が息を荒らげながら血痰を吐き出していた。頬は人目で分かる痣が出来ており、鼻血も一向に止まる気配がない。ヘリのパイロットも操縦桿を握る手から汗が止まらなかった。


「何をしているっ!早くあのヘリを打ち落とせ!」

「や、やってます!」

「私を……罠にかけるとは……思い知らせてやる……クズ共がっ……!」


 ヘリの中に流れる映像は、天北博士が撃たれたところぐらいで途切れた。ちょうどその時にミューアが小型の電波妨害装置を取り付けたのだ。メローネの方は兵士に化けてヘリを奪取。連絡を取る振りをして、そのまま一気に端島のヘリに突っ込む予定であった。……が、タイミングの悪いところで映像が途切れたことにより、端島は逆に警戒。今の状況に至る。


「撃てぇっ!撃ち落とせぇっ!」


 端島の咆哮に呼応したのか、機銃がメローネの乗るヘリのローターを直撃する。


「あ~ん、もう!後は任せたわよ~!」


 泣き言を言いつつも、メローネは既に80度近く傾いたヘリから迷わず飛び降り、すぐさま気休めにも近いパラシュートを展開するが、それすらも一瞬のうちに機銃で穴だらけにされてしまう。


「うっそ、容赦なしぃっ!?」


 もはや単なる飾り、と言うより単なる重りにしかなっていないパラシュートは、重力加速度の勢いを止めることが出来ないまま横風に流されていく。メローネは辛うじてバランスを取りながら、刻一刻と迫りくる地面に向けて体全体を丸め、衝撃を最小限にする5点着地の構えを取る。

 ……が、それも周囲の条件が最適な場合の理論。最初についた足から見事に圧し折れ、そのままべきべきと鈍い音を鳴らしながらバランスを崩し、さらには頭を強打。脚の骨は見るも無残に露出し、メローネは頭から血を流しながらその場で悶絶する。


「みゅ~あ~、は~や~く~、治してぇ~……」


 地上の敵兵は既に全滅。金髪の少年が慌てたように草むらから姿を表し、彼女のところまで走っていく。こんな時にまで冗談のような声を出すとは、よほどの信頼関係なのだろうかと、少し離れたところから勇治は思っていた。

 だが、目下の問題はそこではない。そう、端島をここで逃がすわけにはいかない。隣では簡単に事情を説明された深知が無言で新たなレールガンを展開させていた。


「これじゃ届かない……?もっと……強いやつを……!」


 深知がそう呟くと、レールガンはさらに形を変え、砲身がさらに太く、長く、物騒な形状になる。ここまで来ると戦車砲に近い代物であるが、その全容が形作られた瞬間、小さな声が漏れ、砲身が地面へと崩れる。腰を落とし、砲身を持ち上げようとする彼女の動作には、明らかに焦りが表れていた。


(そうか、右手の指もまだ治ってないんだな……)


 勇治自身あまり思い出したくない光景であるが、今の彼女の右手の指は四方八方に曲がっているのだ。アルク・ミラーは止血程度の応急処置を行う機能はあるが、あの重傷ではどうしようもない。先程は左手と右手の甲を使って銃を支えていたようであるが、流石にこのサイズとなると、彼女自身の力では持ち上げるのも困難なのだろう。


「俺が支える」


 そう言って勇治は彼女に代わり、レールガンの砲身を持ち上げる。深知も何も言わずに地面の上に座り、完全に照準と撃鉄のみを行う体勢となった。

 機銃が降ってこないあたり、端島らには気づかれてはいないようであるが、ヘリは徐々に遠ざかっていく。もはや一刻の猶予もない。


「狙いの角度は大丈夫か?」

「もっと上に。それと揺れてる、もっとちゃんと抑えて……」


 深知の指摘で勇治は自分の腕を見るが、重さはそれほど感じないはずなのに確かに震えていた。自身の体力も既に限界を超えているのだ。勇治は地面に片膝をついて砲身を肩に担ぎ、さらに持ち上げる。


「もう少し下に。離れていってる……」


 細かい注文であるが、少なくとも固定はされているとの意味合いは伝わった。勇治が体を屈めていくと、前から軽い肯定が返ってくる。レールガンの砲身が展開し、そこから漏れた電流、そしてスパークが周囲に漏れる。ややオーバー気味の最新技術、その全力稼動。未知のものに対する恐怖、そして期待と興奮が二人の脳内に渦巻く。


「……ッ!!」


 引き金は一気に引かれた。

 光の軌跡が宙を一直線に煌き、ヘリの胴体、ローターの基部を通過する。

 撃鉄のタイミングなど知らされてはいない勇治には凄まじい衝撃が襲いかかり、衝突音と共に後方を振り向くと、乱れた炎とドス黒い煙を吹き上げながら、一切の抵抗もなしに落下していくヘリの姿が見えた。その光景の意味を理解した瞬間、地面の振動と爆音、そして森の上に舞い上がった火の粉が二人の元にたどり着く。

 勇治は砲身を肩から滑らせるように落として、大きく息をつき、地面に仰向けに崩れる。深知も同様に地面を体にめり込ませたまま、その場を動こうとしない。


「なんとか……やった……のか……」


 一応の決着。

 全身の力が逃げていくような脱力感が勇治を襲う。ミューアがこちらに近づいてくる姿が見えるが、それに応じることも出来ない。

 天北博士の安否、深知の怪我、端島の死亡確認、ここからの脱出……まだやるべきことが残っていた。が、そんな理性の抵抗も空しく、勇治の意識は深い闇の中に落ちていった。


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