表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
錬装機兵アルク・ミラー  作者: 四次元
怨嗟と願望の中で
50/112

48.調略

 つい先日までとは打って変って、あまりにも平和な世界。

 世の中は平日であり、時刻は既に10時を過ぎているが、勇治は自宅の部屋のベッドの上からぼんやりと外の景色を眺めていた。

 彼の右腕には物々しく包帯が巻かれている。この間の錬装機兵『疾風』にやられた時の傷だ。

 『返し』付きのナイフを無理やり引き抜いたせいで、まるで鋸に切り裂かれたのように肉がズタズタになっており、医者からもしばらくは安静にしておくように言われた。実際、今現在でも痛み止めの薬がないと、泣きたくなるような激痛が走る状態である。学校にも、とても行けるような気分ではない。

 そして最大の問題は……母親だ。ここ最近は心配をかけどおしである。危険なことに首を突っ込んでいることはもはや隠しようもなく、泣きながら何があったのかを問い詰められる日々が続く。


「あの二人……上手く逃げられたかなぁ……」


 こういう時に限って何故か他人の心配ばかりしてしまう。

 自分の事からの逃避で片付けられる話なのだが、父親の最期を考えるとあまりよくない傾向だと、彼自身、頭の中での葛藤があった。

 ――明理と浩輔が無事なのはよかった。

 しかし、端島の屋敷での出来事は勇治自身の立ち位置について考えされられることが多すぎた。

 黎明の存在、その対極にある端島の存在、自分を改造した錬金術師、アルク・ミラー、錬装機兵、そして天北博士の言っていた『賢者の石』の危険性……それらに立ち向かうには自分はあまりにもちっぽけすぎる。

 自分にも明理ほどの強さがあればとまで思った。しかし、見れば見るほど、彼女は自分とはかけ離れた存在だと言うことを思い知らされてしまう。……それに浩輔たちの自宅は端島の部隊によって占拠されていたにも関わらず、未だに自分の家には何も手を出してこないという状態。単に時間差の問題で、いずれは自分の家にもあの錬装機兵の集団が来るのかもしれない。

 だとすれば、自分はどうしたいいのか。

 勝ち目はない。あるわけがない。

 考えれば考えるほど、悩む。

 決断の重さに耐え切れる自信を持つことができない。


「朝から悩んでますな~少年♪」

「色々ありすぎて訳が分かんなくなってるんだ。悩むなって方が……」

「いいのいいの。悩むことは男の子の特権なんだから♪」

「他人事だと思って……ん?」


 勇治は戦慄した。

 首を右に向けると、全く見知らぬ女の姿。

 あまりにも突然、というか完全に違法進入の来訪者。


「うぁあぁぁぁぁーーっ!?」

「おっはよぉ~ん!」

 

 茶色のカールの髪に、一目で日本人はでないと分かる碧い瞳と恐ろしく整った美しい顔立ち。

 出るとこ出ないとこを明確にし過ぎているタイトなスーツ姿に、完全に異性を誘いにかかっている無駄な肉がない長い脚。そして、日本の家屋の中なのに容赦ないハイヒール。

 まともな性癖を持った男なら何度も見返してしまうその姿に、勇治も一瞬生唾を飲みかけたが、辛うじて彼の警戒心がそれを上回る。


「だっ、だっ、誰だあんたは!?一体どこからっ!?」

「お話するのはお初かしらん。私の名前はメローネ。ユミル様の命でお邪魔してま~す♪」

「ゆ、ユミル!?ってことは!あ、アルクラ――」

「はいはい、お姉さんの負けでいいですよ、もお」


 メローネは即座に両手を挙げて、左右に揺らし「やる気なし」の意思をアピールするが、そんなもので勇治の警戒が解けるわけではない。ベッドの上で片膝を立てて身構える勇治を見て、メローネの笑みが更に艶かしいものに変わる。

 

「あらあら、降参しているお姉さんを乱暴に押し倒す気?随分とお盛んなこと」

「……って!」

「ふふん、それも悪くないかも。なんならまずはお互いの体で確かめ合って合ってみる?」


 メローネは腕を交差させ、前屈みになって胸の谷間をこれでもかと見せつけてくる。

 あまりにも見え透いた色仕掛けではあるが、このままでは完全に調子を崩されてしまうと、勇治は自分頬を何度か叩いて息を整えた。


「わ、分かりました、から、とりあえず、そこの椅子に座ってください」


 勇治はこの場を一旦仕切ろうとして勉強机の椅子を指差すと、メローネはやや不満そうに口を尖らせる。元々非常に均整の取れた顔であるだけに、感情の起伏もまた一段と分かりやすい。

 

「え~、一緒にベッドの上でお話ってのはダメ?」

「あんた達は俺達の敵でしょうが!そんな奴等とは――」

「ひどぉ~い、私は貴方の味方よ~」

「そんなの信じられるか!」

「お・お・マ・ジ・よ♪この目を疑うの?」


 メローネはそう言って、互いの吐息の熱が届くくらいに顔を近づける。さらにどさくさに紛れて勇治の胸元を優しく触り、胸も擦り付け来る。大人の女性の甘い香水の香りに目が眩みそうになりながらも、勇治は彼女を左手で体を跳ね除けた。


「やぁ~ん、ひど~い。今突き飛ばす振りしておムネ触ったでしょ~?」

「たまたまですっ!」

「しかもちょっと勃ってる~♪かわい~い♪」

「うるさいっ!っていうか、あなた一体何なんですか!?」


 勇治は本気で錬装化する勢いでメローネを威嚇するが、メローネの方も流石に引き際をわきまえているようで、言うとおりに机のそばの椅子に腰掛ける。スカートの中が見えるか見えないかのギリギリの角度で脚を組んでいるのには、勇治も目を瞑ることにした。


「じゃ、純粋無垢な男のコ相手についつい楽しんじゃったけど、本題ね。始めに言っとくけど、私達が貴方の味方だっていうのは本当よ」

「『私達』って……俺は黎明の味方なんてするつもりありませんよ」

「黎明じゃないわ。貴方に味方するのはあくまでも私達の主人マスター

「あのお婆さんがですか……?」


 勇治は疑問と同時に妙に合点が行く感覚を覚える。


「と、いうかー、ユミル様は元々貴方を敵だなんて思ってないわ」

「……俺を改造した時点でなら、納得はいきます。でも今は……」

「ユミル様の予定通りよ。そして貴方は見事に務めを果たしてくれている」

「なっ……!?」

 

 相手に出来るだけ近づかないように、目を合わせないようにしていた勇治であったが、そんな考えも吹き飛ぶくらいにメローネの目を凝視してしまう。

 彼女も勇治もリアクションを見て満足そうに脚を組み替えた。


「ちょ、ちょっと待て、と言うことは俺は始めから……?」

「うん。だってそのために、身体能力が高くて、正義感が強く、弱気を助ける優しさ、強気をくじく度胸があり、加えて過去に事件で父親を亡くした悲劇を持つ、設定的に正義のヒーローに相応しい貴方を選んだんですもの。」

「……な、なんで?」

「一つ目はシグ・フェイスに近づいて探りを入れてもらうため。二つ目はユミル様にとって都合の悪い組織を炙り出し、可能ならばそれを潰して貰うため。その結果は知ってのとおり、ね。おつとめのほど、本当にご苦労さま」


 ――全ては、想定の範囲内であった。 

 メローネの大袈裟な感謝のお辞儀を見て、勇治の口の中から鈍い音が響く。

 

「と、言うことで、改めて本題。今日は、貴方にもう一仕事頼みたくてここに来ました」

「いやだ、と、言ったら?」

「内容も聞かずにその台詞は野暮ってヤツよん♪」


 メローネは人差し指を立ててウインクしながら、勇治の拒否権を放り投げる。

 

「これからー、端島のお爺さんを倒しに行きまーす」

「……はぁ?」

「どう?少しはやる気になった?」

「共通の敵だから手を組めってことですか……?」

「共通の敵も何も、私達は始めから味方って言ってるじゃない♪」


 端島良蔵。

 彼を悪人だと言い切るべきかはともかくとして、あまり放置したくはない人間なのは確かだ。そして『倒す』ということは、現状では『殺す』と同意義なのは間違いない。

 あの老人を殺すことに躊躇いがあるかといえば……やはり何とも言えなかった。


「でも、あの人を倒すってどうやって?今の居場所も分からないし、それに、奴等には大勢のアルク・ミラーが……」

「交渉成立♪さぁ、行きましょう!詳しい内容は車の中で話すわ!」

「いや、俺は今こんな状態だし!まともに戦えるわけが!」

「大丈夫だいじょーぶ」


 勇治は完全に為すがままに、部屋着のままで家の外まで引っ張られていく。

 家の玄関から少し離れたところに、見慣れぬ車が止めてあり、勇治たちが近づくと後ろのドアが開き、一人の少年が中から姿を表す。


「よかった、話は分かってもらえたんですね」


 神学校にでも通ってそうな、一点のシミもない真っ白のローブという服装に、これまた日本人とは思えない顔立ち。全く違和感のない金髪に加えて、その青白い瞳と白い肌は、どことなく北欧系のイメージを起こさせる。高めの声や背格好から見ても、勇治よりも年下……せいぜい中学生くらいの年齢だ。とどめに、一切の悪意が感じられない柔和な笑顔。

 メローネとは対照的に、その気のある女性に出会えば一目でお持ち帰りされてしまうだろう。


「えっと……?」

「はじめまして。先生から話は伺っています、ユージさん。あ、僕はミューアって言います。よろしく」

「え……あ、うん……?よ、よろしく」


 雰囲気の為すがままに二人の少年は握手を交わす。

 先程から打って変わった状況に、勇治の対応も遅れてしまっていた。


「さ、詳しい話は車の中でね。乗った乗った」


 メローネがそう言って運転席に入ると、ミューアと呼ばれた少年も後部座席に勇治を促す。

 車はハイブリッドカーらしく、三人を乗せるとほとんど音も出さずにその場から走り出した。


「飲み物もありますよ、ユージさん。紅茶とオレンジジュースとあと……」

「あ、いや、親切にしてくれるのはいいんだけど、そもそも俺をどこに連れて行く気なんですか?」

「ん~と、地名言っても分かんないと思うから、とりあえず黎明のとある研究所と言っておくわ」


 勇治はアイスティーを手に取っていた。変な薬でも入っていたら問題だが、見た感じは市販のペットボトル、それも未開封のものなので、とりあえずは頂くことにした。利き手が使えないのを見て、何も言わずにキャップを開けてくれるミューアの勧めを断りきれなかったのもある。


「端島を倒すのに黎明の研究所?そこに何か新兵器でもあるっていうんですか?」

「そこではアルク・ミラーの量産化の研究が行われているのよ。天北博士も加わり、調整はそろそろ最終段階」

「あの人、結局黎明についたんですか……」

「二重スパイってのは東郷も薄々感づいていたみたいだけどね。ま、ともかくはこれで黎明側にアルク・ミラーの部隊が編成される日も近いってワケ」

「こちらとしても、聞いていてあまりいい話ではないんですけどね」


 ミューアの意見には、勇治も同意であった。


「それじゃあ、これからは本格的にアルク・ミラー同士の戦いになるわけか……」

「いーや、実はそー言うワケでもなくてね」

「は?」

「端島さんちのアルク・ミラー……今は使えなくなっているのよ。天北のオジサンがとんでもない欠陥を残しておいていたおかげでね」

「アルク・ミラーの『解除コード』を抜いていたみたいなんです。調製の段階で普通気づきますから、間違いなく意図的にですね」


 勇治の脳裏に、舌を出してゲラゲラ笑っている博士の姿が容易に思い浮かぶ。


「えーっと、アルク・ミラーを解除できないってこと……ですよね?」

「そーね、食べ物を口に運ぶこともできず、トイレも垂れ流し。調製された人は生き地獄を味わっていることでしょうね。かわいそーに」


 自動再生する装甲を完全に逆手にとった罠である。勇治の脳裏にも一抹の不安がよぎるが、すぐに横からミューアのフォローが入る。


「あ、勇治さんのは大丈夫ですからね。部分的に装甲を解除することも出来ますし、トイレも出来るようになってますから」

「複雑な気分だけどありがとう。そもそも、途中で気づかれたらどうするつもりだったんだ?」

「おそらく外から解除してごまかすんじゃないでしょうか?」

「そんなこと出来るの?」

「アルク・ミラーの構造を真に理解していればそこまで難しいことではないはずなんですが……それが天北博士だけだったのが致命的だったみたいですね」


 ここまで聞いてみて、勇治にも話の流れがつかめてきた。


「そうか……だったら端島は天北博士を取り戻したいはずだ。だから研究所を襲ってくるところを返り討ち……みたいな感じですか?」

「おー、正解正解。頭の回転もよくなってきてるねー」

「でも、こんな短期間でよく研究所の場所まで調べ上げたな……」

「だって、私が教えたんだもん」


 赤信号のブレーキと同時に、勇治は頭を前の座席にぶつける。


「にひひ~、二重スパイは博士だけじゃないのよ~ん」

「つくづく怖い世界ですねほんと。で、端島のおじいさんも来るんですか?本当に」

「うん、今から呼ぶわ」


 車は郊外の東京23区内を出てどんどん郊外の方へ向かっていた。辺りに畑がぽつぽつと見え始め、車通りも少なくなってきたところで、メローネは道路脇に車を止める。そして携帯電話を取り出して、悪戯っぽい笑みを浮かべながら後ろを振り向いた。


「ちょっと電話するから、静かにしといてね」

「は、はい……ハニートラップって奴か……」


 メローネがが発信ボタンを押し、受話器の向こうから何度かコール音が鳴る。


「あぁ、沙雪か?俺だ、フランクだ」


 砂糖を徹底的に煮詰めたような甘ったるい声を想像していただけに、車中に響くハードボイルド風のバリトンボイスに勇治は思わず噴出しそうになる。


(な、なぁ、あれ完全に男の声だよな?どっから出してんだ!?変声機か何か?)

(メローネさんは男装もこなせるんですよ。『タカラヅカ』でしたっけ?この国の人は賞賛しているみたいですけど、僕にはごっこ遊びにしか見えないですよ)


 メローネはルームミラーに向かって、唇に人差し指を立てながらウインクする。


「悪いニュースだ、そちらの場所が黎明に感づかれてしまった。早いとこ離れた方がいい。……あぁ、大丈夫だ。研究所の奴等には感づかれていない。こちらは目先のシグ・フェイスを追いかけるのに夢中になっていると勘違いしているよ。だが、あまり時間はないぞ」


 シグ・フェイスの名前が出たことに勇治は反応してしまうが、彼女達なら何があっても大丈夫だろうと目の前の会話に集中する。

 

「あぁ、娘もいるみたいだが?……なるほどな。しかし、そうするにしても事は早い方がいいと思うが?……そう思っても構わんよ。判断はそちらの好きにしろ。……ふん、そうなることを祈ってるよ。……あぁ、この前みたいに抱いてやるさ。じゃあな」


 通話はそこで終わり、メローネは満面の笑みで後ろにオーケーサインを送った。


「で、電話の相手は?」

「端島の秘書。あんな70過ぎのお爺さんの夜の相手もさせられているみたいだから、相当ストレス溜まってるみたいでねー。ちょっと甘い声かけて一緒に寝たらすぐにイチコロよん♪」

「一緒に寝たら、女ってばれるんじゃないんですか?」

「ホムンクルスですから、肉体の調製はそこまで難しくないんですよ。……こんなこと言うのもなんですが、その、男性器とか女性器の差し替えも……」

「この間の挿しっぱなしで3時間はかなりキてたわね~♪一晩で7回も潮吹かせちゃった日もあるし。次に会ったら後ろの穴も開発しちゃおうかな~って思ってたんだけど♪」


 あまりこういう話は苦手とばかりに語尾を弱めるミューアであったが、勇治はここまで来ると呆れを通り越して感心するほかなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ