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錬装機兵アルク・ミラー  作者: 四次元
白き破壊魔 シグ・フェイス
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4.悪の手先、その末路

 招待されたのならもうコソコソする必要はないと、明理は堂々と店の前の大通りに腕を組んで立っていた。店の看板にはそれぞれ白と黒のゴシックロリータ衣装に身を包んだ二人の少女が、物騒な武器を持って微笑んでいる写真が貼られている。

 ちなみに物凄い数の野次馬も周囲に集まっており、皆一斉に手持ちの物で写真を撮っていた。現場はさながらヒーローショーの撮影会である。


「こんばんはーっ!そして、お待たせいたしましたーっ!正義のヒーロー、シグ・フェイスの登場でぇぇーっす!」


 明理は凄まじい爆音と共に玄関の扉を蹴り倒し、ゆっくりと、そしてのっそりと中に入る。大方の予想通り、室内は物音一つ無く、また灯り一つ点いておらず暗闇の空間が広がっていた。


「どうしたー!?私を恐れて、糞を漏らしながら逃げ出した後かー!?後で味噌だって言い張ってもバレバレだからなー!」


 それに呼応したのか、急に部屋の灯りが点き、同時にムーディーなBGMが室内に流れ始めた。

 さらに妙な事に、彼女の目の前には大勢の店の人間らしき男女が恭しく立っており、目を合わせると皆一斉に「いらっしゃいませ」と、お辞儀を始めた。

 そして、中央のオールバックの黒髪の男が真っ先に顔を上げ、にこやかに手を開いて話を始めた。


「これはこれは、お待ちしておりました。シグ・フェイス様」

「ちょいとフライング気味だけどな。まだ準備中だったろ?」

「とんでもございません。既に招待は終わっているのですよ」


 オールバックの男が指をパチンと鳴らすと、店の奥から四人男が姿を現す。男達は皆、ライダースーツ姿で、手にはヘルメットが握られていた。おまけに、一番右の男の左手に握られているのは女性物のバッグ。そこまで見て、明理もようやく合点がいく。 


「……あー、最初っから罠だったというわけか」

「ええ、おかげであなた様が、あの辺りを主に見張っておられる、もしくはお住まいになられていると言う事が分かりましたよ」


 中央の男は常に笑みを崩さず、不敵な発言を繰り返す。

 少し若いが、この中のリーダー格と見て間違いないようだ。明理はすぐにそう判断した。


「で、わざわざこんな事のために何の関係もない女性を襲ったわけ?」

「何もあの女性だけではありませんよ。一週間ほど前から場所を変えながら、同じような事をやっていたのですよ。毎日、毎晩……ね。始めは彼らも仕事に慣れてなくて、死人も出してしまいましたが」


 男は更に人を煽るかのように過激な発言を続ける。

 明理は自分の首を軽く回す。

 生身の時と違い、装甲が擦れる甲高い音が店の中に鳴り響いた。


「お前さんに更生を求めるのは酷な話だな。いくら何でもふざけ過ぎだ。その代わり、お前の残りの人生を全てを埋め尽くすくらいに、『反省』させてやる」


 明理の右手が赤く発光し、戦闘態勢に入る。

 それでも、オールバックの男はそれを見ても軽く笑うのみであった。


「反省?この私がですか?それはそれは、滑稽な話で。人の振り見て我が振り、と言う言葉をご存じないので?」

「今からお前に教えるところだよ」

「こんなことになったのは誰のせいなのか、という事を言いたいのですよ」


 男は腕を背中に組み、天井を見上げながら語りだす。


「よいですか?あなたは自分の存在と言うものを理解してますか?我々は確かに悪人だ。でも同時に社会の必要悪でもある」


 必要悪……明理自身も口にした言葉だ。


「社会秩序は表と裏、光と闇両方が存在してこそです。それに比べてあなたは何です?正義のヒーローごっこで注目を集めているようですが、その意味を考えた事はありますか?単なる暴力で人を押さえつけるだけの行為なのではないですか?」


 男は今度は指を立てて、子供に物を言うかの如く横に歩きながら語り始めた。


「そもそも正義とはなんです?ヒーローとは?悪を倒すための存在だと言うのなら、もっと始めに倒すべき相手がいるのではないですか?我々が好きでこの仕事をやっているとでも?社会や政治そのものが歪んでいるからこそ、このような事が起きるのではないでしょうか?私にはあなたこそが弱い者いじめをしているだけの存在にしか思えませんね。そんな装備があれば誰だってヒーローになれるでしょうに。ああ、羨ましい」


 男の演説じみた語りに、周囲からは戸惑い交じりではあるが賛同の声が上がる。それはむしろ、シグ・フェイスという存在に向けての野次に近いものであった。時折、空き缶も投げつけられる。

 明理もしばらくの間黙って聞いていたが、野次が大きくなるにつれ肩を落としていき、戦闘態勢を崩す。


「……しい」

「え?」

「一つ、聞かせてほしい。いや、教えてくれませんかね」


 急に小声かつ、丁寧語になるヒーローに、男は上機嫌で尋ね返す。


「何でしょうか?」

「あんたのいう、『先に倒すべき存在』ってのを教えてくれないか?私は知らないんだ。でも、あんたは知っているんだろ?」

「何を馬鹿なことを……ちゃんと世の中を見てみれば分かる事じゃ……」

「私は分からなかった。馬鹿かもしれないな。だけど、そう言ったってことは、あんたは知ってるんだよな? だから、教えてくれ」

「いや、だからね……私は……」

「十秒以内に答えろ」


 元々くぐもった声とはいえ、露骨なまでにドスを利かせたヒーローに男は軽く後ずさりする。


「く、国を売る、せ、政治家とか、税金の無駄遣いを行う天下り官僚とか、他にも凶悪犯罪者とかいるじゃないですか……」

「具体的に言え。個人名で。それでは子供の言うところの『みんな』と変わらん」

「この国のトップとか……まさに諸悪の象徴でしょう……?」

「じゃあ、敵が誰か知っていながら、お前らは何をしていた?総理大臣暗殺計画でも企てたことがあるのか?どの道私には、貴様も同じく悪の組織に下ったとしか思えんがな。そもそも、いくら悪の親玉がいようと、下っ端の怪人を全員倒すのは『お約束』だろう?」


 男は流石に警戒心を強め、後ろの仲間に目で軽く合図を送った。

 だが、その間にも目の前のヒーローは一歩一歩距離を詰める。


「それと、貴様、自分の事を『必要悪』だと言ったよな?」

「そう、ですが……」

「だったら、最初から私を捕獲するとかほざくな。常に社会の裏側に潜むべき闇とやらが、人々の憧れである正義のヒーローを倒すなんて、それこそ滑稽な話だろうが。でしゃばってんじゃねぇよ」

「…………」

「自らを社会の必要悪と称するんなら、一生何かの影にコソコソ隠れながら生きて行くんだな」


 反論を終え、再び明理は戦闘態勢に入る。

 男の顔からは既に笑みが消え、額から頬へ、冷や汗が流れる。


「とりあえずここにいる人間全員、お仕置きだ」


 明理がそう言って、また一歩踏み出した瞬間、オールバックの男、いや、目の前にいる店の人間の表情が変わる。

 恐怖ではない、ただの緊張。

 それに勘付いた時、明理の体はワイヤーネットによって取り囲まれ、宙へと持ち上げられていた。


「んなぁっ!?」

「……電気を流せ!」


 オールバックの男がそう指示した次の瞬間、ワイヤーネットに凄まじいまでの電流の筋、そして火花が走った。明理は思わず後ろにたじろいだが、彼女を取り囲むワイヤーネットの壁がさらに狭まり、体に密着する。


「がっ!これはっ!?」

「四百万ボルトの電流だ。通常の人間なら間違いなく即死。そのスーツを纏っていたとして、どこまで耐えられるかな?」

「ぐぅぅうっ!?」

 

「やった!」という歓声が、周囲から撒きこる。

 電流は熱エネルギーへと変わり、装甲が赤く変色し始める。辺りの空気にも熱が伝導し、周囲の人間は汗をたらし、息を荒くしながら、固唾を飲んで見守っていた。


「……ぅ」


 シグ・フェイスの声が遠くなり、体がそのまま崩れ落ちる。しかし、男は念には念をと、さらに五分間電流を流し続けた。

 さすがに周りの部下たちも別の意味で不安になり、男に問いかける。


「オーナー。これ以上はやり過ぎかと。あのスーツが駄目になってしまったら、当初の目的が……」

「……ふん、それもそうだな。金属製の装甲なら中の人間は感電死、絶縁体を使っていようと蒸し焼きだ。丸焦げなのには変わりないか……」


 男は電流のスイッチを切り、ワイヤーネットを地面に降ろさせる。柵上になっていたネットが開き、ヒーローが重い音を立てながら地面に倒れ落ちた。すぐに後ろから部下たちが現れ、溶接用のバーナーや、ダイヤモンドカッターの支度を始める。

 外にいた野次馬から、「こんな所でバラすのか?」という声が上がっていたが、オーナーは両手を広げて、まるでマグロの解体ショーでも始まるかのように、人を呼び集めた。


「オーナー、本当に大丈夫ですか?」

「大事なのは多くの証言だ。そうでないと『上』も納得してくれん。それに、私の力も誇示することが出来るしな」

「……分かりました。では、解体を始めます」

「ふふ、顔の形が少しは残っているといいがな。どんな奴が入っているのか……」


 男は余裕の面持ちで、その場を少し離れ葉巻に火を点けようとするが、部下に止められれる。

 傍にガスタンクがあるのだ。それを忘れていた、と男は舌打ちし、不満そうな面持ちをしながら、葉巻を銜えたままでソファーに腰を下した。


「ちっ、とっとと済ませろよ」

「はい、で、は!?」


 バーナーの青白い火がヒーローの首元に近づいた瞬間、動くはずの無いと思っていた物体が動く。明理の右手が、ガスバーナーの根元を掴み、溶断した。

 ガスを通す金属の管がその場に落ち、室内に引火性のガスが瞬く間に充満する。


「な……に!?」

「葉巻吸いたいのか?だったら火ぃ点けてやるよ」


 ヒーローの手が強く、赤く発光する。

 金属の管を容易く溶断としたとなると……部屋の中の人間は考えるよりも先に反射的に身をかがめていた。


「や、やめ……!」


 オーナーの男が、いや、その場にいた関係者、野次馬が皆、一目散に踵を返すが――時既に遅し。

 その建物は、いや、隣のビルも数棟巻き込んで、

 吹っ飛んだ。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



『○×町にて大規模火災事故! 死傷者は百二十名を越える大惨事!』

『原因はガス爆発 暴力団同士の抗争が発端とも?』


「…………」


 ――とうとうやりやがった、あの女。昨日の朝から、姿が見えないと思ってたら。

 二十二時間労働の疲れの上に、心労がゴトンとのしかかる。


「お疲れ様、篠田くん。……昨日はなんか凄かったようだね」


 売れ残りの昨日の朝刊を眺めている浩輔の後ろから、店長が労いの言葉をかけてくる。

 彼の目の下も凄まじいクマだ。三十時間近いんだっけか。

 本当にこのままだと死ぬんじゃないだろうか。こんなんで生きていけるということよりも、こんな生活を続けようとする事に、東洋の神秘を感じる。

 

「まぁ何はともあれ、やっと……休める……ね」


 そう言って店長はスタッフルームの椅子にへたり込むと、そのまま動かなくなってしまった。

 その寝顔はどことなく、幸せそうな表情にも感じてしまう。


「店長……」

「寝かしてやりなさいよ」


 後ろからパートのおばちゃんがやって来て、店長にそっと毛布を被せてあげる。

 流石は主婦。中年男性へのささやかな思いやり。


「篠田くんも早く帰って寝なさいよ。後の世話は私と真織ちゃんでやっとくから」

「どうも……」


 俺は店長に軽く一礼し、のっそりと店を出る。

 ……外の陽が眩しい。この状態でちゃんと家まで帰ることが出来るだろうか。

 ――あの人はもう家に帰って来ているだろうか。


「おいっす」

「……うす」


 いた。

 よりによって、店の前で。

 迎えに来たとか、生易しい考えはとっとと排除される。


「随分と派手にやりましたね。本当に街一つぶっ飛ばして」

「いや……正直私もあそこまでぶっ飛ぶとは思わなかった」


 明理も、何やら小っ恥ずかしそうに頭を掻く。


「ガス爆発だけなら良かったんだけど、色々誘爆したみたいでさ……ほら、よくよく考えてみれば、暴力団の事務所にはダイナマイトとか手榴弾とかつきものだろ?あれは事故だ。うん、仕方の無い事よ。暇を持て余した神々のいたずら」

「……流石にこの死者数は不味かったですね」

「ま、まぁ、マスコミと警察は私の仕業とかは思ってないだろうし?私の姿を見た奴はみんなおっ死んでるだろうし?後から来た警察とか野次馬には、見られてないよ。瓦礫を掘り進んで逃げたからな」


 出発前に浩輔が言った事は全てフリとなってしまった。

 もうこれからは迂闊なことは発言しないようにしよう、と浩輔は心に固く誓う。


「ところで……何で今日はこんな所にまでわざわざ来たんです?」

「お、おう、互いの仕事を労うためにな。たまにはパーっとやろうと思って」

「金は出しませんよ」

「安心しろ、私の奢りだ」

「収入なんてあったんですか」


 やや呆れ気味になっていた浩輔の顔に、軽い平手打ちが飛んでくる。

 だが、いつもの彼女のパワーとは全く違う。

 まるで紙のような……


「……え?」


 明理がにやけ顔で見せびらかしている物が視界に入ると、浩輔の眠気が一気に吹っ飛んだ。

 壱万円。諭吉様。しかも束で。おまけに新札だ。


「……強盗?」

「失礼な。瓦礫の中に焼け残った金庫があったから、そっから拝借しただけだ」

「火事場泥棒って言うんですよ、それ」

「世のため人のために使うから問題ない!具体的には、日夜頑張って働く農家とか、漁師とか、料理人とかな!」


 物は言いようとはまさにこの事である。

 麻薬とか、兵器購入よりかはよっぽどマシな使い道ではあるが。


「さぁ!メシ屋行くぞー!スシが!ビフテキが!極上スイーツが!私らを待っているぅっ!」

「いや、俺眠たいんであんまし食えないっす。つーか寝させて」

「寝ながら食え! お前に拒否権は無い!」


 こうして朝の九時から、大江戸グルメ食べ歩きツアーが始まった。

 そして、またもや共犯者にされる浩輔。ヒーロー稼業に精神的安息の時は無い。

 こんな生活がいつまで続くのか……きっと長くはないのだろう。

 そう、きっと……。

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