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錬装機兵アルク・ミラー  作者: 四次元
怨嗟と願望の中で
49/112

47.チェイス

「ターゲットは現在横浜へ向かっています。捜査隊の報告によりますと、千田組の事務所が標的になっているとのこと」

「千田のところの若造か……よく稼いでくれたが、運がなかったな」


 年代物の家具で取り揃えた書斎、その片隅から聞こえるのはやけに落ち着き払った女性の声。部屋の窓際には人の手が届かないくらいの広さの机があり、関取を座らせても1ミリたりともはみ出さないような大きさの椅子に、目を覆い隠すようなボリュームの白い眉毛を蓄えた老人……端島良蔵が座っている。齢八十を超えようという姿だが、非常に慣れた手つきで葉巻に火を着け、煙をふかしていた。

 その脇で、スーツにタイトスカート姿の妙齢の女性が淡々とした口調で報告を続けている。


「ふん、まさか、屋敷に配備していた錬装機兵が全て倒されたのは意外だったが……所詮は世の中を知らぬ青二才どもよ。せいぜいトカゲの尾を追い回しておくといい」

「報道機関にもタレコミという形で情報を流し続けています。また、警視庁にも報奨金を与え、捜査に当たらせるように働きかけております。不安要素は市街地での発砲についてですが……」

「銃を使ったのは暴力団共だ」

「分かりました。直属配下の者には重火器の使用を禁止させます」


 表情一つ変えず、余計な思考時間もなしに、女性はA4ノート大の小型の端末に向かって指示を入力する。団子状に束ねた黒髪、黒縁眼鏡……それだけなら素直にキャリアウーマンのような出で立ちに思えるが、スーツもスカートもサイズが少し小さいように思えるくらいにボディラインが浮き出るものを着用しており、傍から見る男に対して余計な感情を掻き立てさせる。OLと言うよりは、ポルノ女優が撮影で着るコスプレのような格好であった。


「それと逃亡者3名についてですが……」


 端島は葉巻を宝石の原石で出来た灰皿に置き、その場に手をかざした。

 何も言わずとも指示は通り、女性は端末を老人に手渡す。


「天北の奴には薄々感づいてはいたが、まさか、あんな『爆弾』まで置いてかれるとはな」

「再度、確保されるおつもりなら、それなりの人員が必要となりますが?」

「手の空いている者共に囮をやらせろ。天北……いや、先に娘の方を最優先で確保するように」

「分かりました。下請けの者に指示を送ります」


 端末を女性に返すと、端島は再び葉巻をくわえる。ふさふさの眉毛に隠れた瞳は、微笑と僅かな苛立ちで不気味に輝いていた。


「黎明の奴等も、東郷を地下に潜らせた手前、しばらくは表立って動けんはずだ。おそらくその間に錬装機兵の実戦配備を進めるつもりだな」

「戦力が整う前に叩くことは?」

「天北の奴にもよるな。まぁ、そうでなくとも、錬装機兵は隠密戦でこそ力を発揮するものだ。周囲の被害さえ省みなければ、最新鋭の兵器をもってすれば攻略は実に容易い」


 端島は口の中で燻らせた煙を、ゆっくりと吐き出す。葉巻を持ったまま二本指で「来い」の合図を送ると、女性は静かに頷き、老人の肩へと寄り添う。服の上から女の感触を指でなぞると、僅かに遠慮しているかのような艶かしい吐息が聞こえてくる。


「実に楽しみだ……何度繰り返そうとも飽きぬ……」



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 首都高速の熱気はまだ続いていた。

 次第に一般車両の数が増えてきて、スピードが思うように出せない中、黒塗りのクラウンが右往左往しながら、車の間を縫うように進んでいく。

 これでようやく追っ手の追撃からは逃れられた……わけでもなかった。


「今度は空からかよっ!?」

「いゃぁぁぁああ~~~っ!」


 首都高の道路には、巨大な影が二つ。

 トラックでの攻勢が失敗したとなれば、今度は上空のヘリからの一方的な銃撃。クラウンの天井には既に数発の弾痕が空いているが、中の人間に当たっていないだけ、まだマシと思えてしまう状況。

 真織は暴行を受けている赤ん坊のように泣きじゃくりながらハンドルを回し、それを見ていた浩輔もいよいよもってシートベルトを外していた。


「明理さん、あのヘリは落とせないんですか?」

「ちーと遠すぎるなー」

「いやだぁ~うわぁぁ~んっ!!」


 場慣れしていない真織は、自分の命を繋ぎ止めようと一杯一杯であるが、逆に運転は素人のものとは思えないほどの動きを見せていた。いや、寧ろ素人の危険な全力だからこそ、かえって予測を外れた動きとなり、上空からの狙撃を回避出来ている……のかもしれない。


「そろそろ新横浜だ、なるべく左に寄って……」


 浩輔がそう言い掛けたが、本日の首都高速の客入りはそこそこだ。前の車の速度に合わせて走っていたら、すぐさまヘリに追いつかれて打ち抜かれてしまう。


「直前で一気に突っ込むべき、だな」


 後ろからの提案は、小さな頷きで返される。

 これまでの要素を纏めて、さらに上空からの銃撃まで受けているとなれば、周囲の車は嫌が応にでも道を譲らざるを得ない。無茶ではあるが、無理ではないはず……が。


「なんか、出口のとこ滅茶苦茶詰まってないですかぁっ!?」


 真織の言うとおり、高速の出口は混雑しており、前方の車両はほぼ徐行で進んでいる状態だった。無論、一般道に出る車線は全て埋まっている。

 しかし、明理はなおも運転手に檄を飛ばす。


「ギリギリまで寄ってもらえば車一台分は通れるっ!」

「いやいやいやいやいや、絶対ぶつかりますよぉーっ!」

「ぶつかってもいいんだよ!」


 真織は今日何度目になるか分からない悲鳴を上げながら、出口への車線へと一気に切り込む。案の定、中に入って4台目くらいで、サイドミラーが接触し、大破。だが速度は緩めない。お次は前の車のサイドミラーが次々に前部フレームへと衝突し、破損音が連続して鳴り響く。車体も何度も接触し、いつエアバッグが作動するのかという不安すら覚えてしまう。何も知らずに料金所へと向かう一般車両の運転手は、訳も分からずただ呆然とその光景を眺めるほかなかった。

 フロントガラスには蜘蛛が三日かけて作った巣のようなヒビが走り、ボンネットもヨレヨレになり始めている中で、次に目に入ってきたのは更なる絶望的な壁。


「け、警察ですよぉっ!?料金所の所にっ!」

「構わん。突っ込め!」

「でも人が立って……」

「突っ、込め」


 高速出口の渋滞の原因はまさにこれだった。

 料金所のところに白いパトカーが3台止まっており、検問の真っ最中。

 流石の彼等も前方から来る異変には気がついており、慌てて拡声器で警告してくる。


「『止まれ』って言ってますよっ!?」

「突っ込め。右のゲートが空いてる」

「あれは故障中っ!」

「いけるいける。料金所のバーくらいなら突破できるって!」

「犯罪ですよぉ!?警察に追いかけられますよぉ!あぁ、右のゲートにも人がっ!」

「四の五の言わずに突っ込め!どのみち止まったところで、私の手で全員病院送りにしてやるっつーの!」


 選択する時間すら与えられぬまま、真織は前方に向かって叫びながらさらにアクセルを踏み込む。もはやここまで来ると脅迫を通り越して、一種の洗脳状態。

 浩輔は心の中で何度も彼女に謝りつつ、窓から空に向けて、せめてもの威嚇射撃を行う。


「頼むから……どいてくれっ!」

「どいてくださぁぁぁぁいっ!死にますよぉぉっ!?」


 警察も発砲しようとするが、流石に運転席までは狙えない。さらには異様な形相の車が猛スピードで突っ込んでくるのだ、身の危険からの回避が最優先の思考になってしまう。

 クラウンはついにゲートの下をポールを破壊しながら突破し、ようやく一般道へ。そのフロントガラスの蜘蛛のすはさらに広がり、前方の視界もかなり悪くなっていた。

 明理と浩輔はなんとか突破できたと一息つくが、真織の表情は完全に一線を越えており、血の気が抜けたかのように真っ青になっていた。


「横浜には着きましたけど……ここからどうしますか?ヘリの奴等もすぐに追ってくるでしょうし、かなり目立ちますよ、この車」

「しまったなー。さっきの警察に道聞けばよかった……っと、でも、ちょうどいい所に後ろからパトカーの追っ手が一台」

「あぁ……そうですか」

「おい、車止めろ!」


 もはや言いなりと化している真織は、よろよろと路肩の方に車を近づけて停車する。

 後ろから追ってきたパトカーもそれに続いて停車し、「無法者め、ついに観念したか」と勢いよく車を降り立った警察たちの前に指の骨を鳴らした明理が立ちはだかる。

 勇敢な警察官の一人が「動くな!」と威勢よく銃を構えるが、銃口が正面を向いた瞬間には、既に目標の姿は消えており、視界が180度回転する。そしてそのまま意識がブラックアウト。

 仲間をやられた警官は「今こそ日頃の柔・剣道の鍛錬の成果を見せるべき」と、警棒を構えながら二人がかりで明理に襲い掛かる。……が、その力の差は歴然。合気も少々取り入れた明理の無国籍戦闘術(自称)の前にものの数秒にして、地面に突っ伏してしまう。


「前座はこのくらいにして……おまわりさーん」


 屈強なはずの同僚が女一人相手にまるで生後3ヶ月の子猫のように投げ飛ばされる様子を見て、呆然と立ち尽くす他なかった警察官の最後の一人に、明理は財布でも拾ったかのように親しげに近づく。

 

「ちょうどよかった。千田組って知ってる?ヤーさんの事務所。そこまで連れてってよ」

「は、は、え?は?」


 明理は目の前の状況が整理できずにいる警官の首元を掴み、何も答えを聞かないまま、ずるずるとパトカーの運転席まで連行する。


「コースケ!乗り換えだ!荷物をこっちに運んで来い!」

「はいはい……」


 彼女の行動をある程度は予測していたが、まずは人命優先とばかりに、浩輔は憔悴しきっている真織を肩に担いで外に引っ張り出していた。

 とりあえず彼女を後部座席に座らせると、浩輔は手早くトランクから荷物一式を取り出してパトカーの中に半ば投げ込むかのように積み込む。白い粉はどうしようか迷ったが、気の毒な案内人へのお駄賃として一応持っていくことにした。


「じゃ、運転お願いね」

「ま、待て!本官は……!」

「後ろから狙撃銃持ったヘリが来てるから、急いだ方がいいですよ」

「サイレン鳴らそうぜサイレン。どのボタンかな」

「待てやコラ!あんたら一体何なんだっ!」


 警察官は激怒した。

 追っ手の中では一番貧弱そうだったのに、予想外の怒鳴り声。

 いつもの「ツッコミを入れさせる間も与えずその場をノリで押し切る作戦」に失敗し、車内に思い切り舌打ちが響く。しかし、今度は助手席に足を組んで座っている明理は、あくまでも冷静かつ傍若無人な態度を崩さなかった。


「何者だと聞かれても……正義の味方としか答えるしかないな」

「ど、こ、が、だ!」


 警官は至極真っ当な非難を浴びせるが、どうせ明理の揺ぎ無い持論わがままには無意味だろうと、浩輔は袋の中からペットボトルのお茶を取り出して真織に飲ませる。


「だから今から暴力団事務所を潰しに行くんだっての!これを正義と呼ばずして何が正義だ!逆に尋ねるが、それすら出来ない奴等に正義などあると思うか!?お前はなぜ警察になった!?悪人ども取締り、世の中の人々が安心して眠れる世の中を作るためじゃないのか!?子供の頃の憧れを忘れたか!」

「指名手配者のお前が言うなっ!」

「ノンノンノンノン、今はちぃと誤解されているようだが、これからそんな風評が文字通り吹き飛ぶくらいに手柄を立ててやるよ。世の中の悪党どもをアリの巣にアルミを流し込むように根こそぎ退治してやる。協力してくれたら手柄の一割をおすそ分けしてやるよ」

「ふ、ざけるな!誰が乗るんだそんな話!」

「じゃあ二割」

「割合の問題じゃない!」

「案内しないとそのタマキン引きちぎるぞ」


 交渉決裂。

 いつもの事ながら、浩輔は呆れ気味に警官の耳元に拳銃を突きつける。


「あの、今議論してもどうせ平行線にしかならないんで……とりあえず、車を発進させてください。後ろからヘリも追いついてきましたし」


 市街地に入り込んで一時は見失ったものの、ほどなくしてクラウンの姿を捉え、ヘリは道路の上で静止する。だが、発砲はしてこない。外で倒れている警官は上からでも丸分かりだろうが、浩輔たちが車を乗り換えたのにはまだ気づいてはおらず、様子を伺っているのであろう。


「田舎のお袋さんに脳漿が飛び散った自分の遺体を見せてぇのかぁ?20余年も手塩にかけて育てたというのに!孫の顔を見る前に逝くなんてねぇ。あ~あ、可愛そう!親不孝もの~!」


 いくらなんでも親の存在を使っての脅迫はタブーだろうと、浩輔も明理を諌める寸前であったが、直後に鳴ったエンジンとサイレンの音で事は終わる。若い警官が世界の終わりのような目をしながら、ハンドルを切り始めると、明理はシートベルトもしないまま席にもたれる。

 上空のヘリもパトカーの異変に気づき、後を追跡してくるが、これ以上の発砲はなかった。


「はは~ん、乗り換えたのはわりかし正解だったみたいだな」

「ヘリでパトカーを追っかけ回してさらに狙撃するなんて、傍から見たら相当異常ですもんね」


 ――通常の車でも十分すぎるほど異常な光景である。

 浩輔の隣で体を窓側に傾けながら、真織が心の中でそうツッコミを入れていたのだが、実際のところ、それ以上に効果があったのが、警察側の面子の問題であった。

 あれだけの検問を敷いていながら、指名手配班に突破され、さらにパトカーを奪取され、おまけに『警官』の人質を取られてしまったのだ。もし、こんな事態が報道されたら、世の人々がどう思うか。推して知るべし、である。

 上空のヘリは警察とはまた別の、端島側に雇われた例の下請け業者ではあったが、流石に警察上層部からの一旦ストップがかかったのであった。

 そんなこんなで、横浜市街地を堂々と爆走すること20分。

 千田組事務所の前に到着。


「はっはっは~!桜田門の協力を受け、シグ・フェイスin横浜!大将首はどいつだぁ~っ!?」


 明理は車を降りるやいなや錬装化して、事務所の中へ単騎で殴り込む。銃声と爆音と悲鳴が5分ほど続いたかと思うと、ほどなくして、辛うじて原型を留めている人間らしき物体を引きずりながら外に出てくる。例のヤのつく若頭ではあるのだろうが、全身から体内の水分が溢れ出し、幼児退行寸前の状態であった。

 

「……お疲れさまです。収穫のほどは?」

「う~ん、なんだかお使い気分だな。また東京に戻る羽目になったぞ」

「ってことはまだまだ下っ端ですか」

「しかし、こいつらのバックはあのジジイの方だ。政界と警察と報道が協力してくれるって言ってたからな。コイツが」

「なるほど、それは好都合ですね。俺としても」

 

 浩輔のやる気が上がったのを横目に、明理は錬装化を解除して、ヤーさんから奪った食料品の袋を漁る。タマゴパンとハムサンドを同時に口に加えながら、2リットルのペットボトルのお茶の蓋を開けようとしてふと車内の変化に気づく。


「ふぁれ?ほむぁふぁりふぁんは?」

「逃がしました。よく言えば、追い出しました。明理さんが殴り込みかけてる間に簡単に事情を話したんですけど、協力する気はなかったみたいなので」


 明理は別段責める様子もなく、1.5リットルほどお茶を飲み干して一息つく。


「ぷっはぁ……ま、サツが絡んでるなら下手に置いとかない方がいいだろうな」

「帰った所で普通に処分ものだと思いますけどね」

「ま、去る者は追わず。去った奴のことなんて知ったこっちゃないってな」


 浩輔が空を見上げるが、ヘリの姿はない。

 周囲は人気のない、というかやや空き部屋が目立つ小さな住宅街であるが、気味が悪いくらいに野次馬はなかった。おそらく暴力団同士の抗争だと思われているのだろう。

 少し遅れて千田組の事務所から火の手が上がったので、念のため119番通報をしておく。自分の名前と住所は適当に、現在地の住所も分からないので、目印だけ伝える。


「救急なんて呼ぶ必要ないと思うけどな」

「火事で通報する場合はそうもいかんでしょう」


 浩輔がパトカーに再度乗ろうとすると、明理が後ろから彼の足を小突く。また何かと振り向くと、明理がにぃっと笑いながら車の鍵を回していた。

 大きな溜息の後、明理はパトカーの後部座席に近づいて大声で呼びかけた。


「おい小娘!寝てる場合じゃないぞ!とっとと出撃だ!」

「うぇぇ~ん……」



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