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錬装機兵アルク・ミラー  作者: 四次元
怨嗟と願望の中で
48/112

46.芋蔓

 血が飛び、肉片が散り、人の体が鈍い音を立てながら宙に舞い上がる。

 あまりにも非現実的な光景が続く。

 かつて見た戦い方とは明らかに異なる、『死』を交えた闘い。

 あまりにも突拍子もない展開に、真織は目を塞ぐことも、気絶することも出来なかった。


「し、し、シグ・フェイスって……え、えぇー…………?」

「つまりはそういうことだ。だから、ロクなことがないって言ったんだよ」


 ギアが掛からないまま、思考が完全に空回りしている真織を尻目に、浩輔も拳銃を構えなおす。例の錬装機兵相手なら気休めにもならないが、幸いながら今回の追っ手は通常装備のようだ。

 つまるところは、生身。

 錬装化した相手とやり合えというのが、そもそも無茶というものである。


「お前で最後だな」


 そう言って明理が、年長格と思われる男をコンクリートブロックの壁に叩きつける。他の武装した相手は、生物としての個体から、単なるタンパク質とリン酸カルシウムの塊へと変貌していた。

 浩輔も先日からの明理の容赦のなさに違和感を感じずにはいられなかったが、出来るだけ周囲の肉片を視界に入れないようにしながら、その男に近づく。


「単刀直入に聞く。お前らの雇い主は誰だ」


 銃の素人ではあるが、素人でも外さないであろう距離で拳銃を突きつけながら、浩輔は低めのトーンで尋ねた。

 推定40代半ばと思われる、いかにもヤクザ風なパンチパーマの男は忌々しそうに歯を食いしばりながら目を逸らそうとするが、明理がすかさず横から男の腹に蹴りを入れる。言葉のまま全身を強く打っているので、とても悪あがきの出来る状態ではないと子供目に見ても分かる。


「私らに通常兵器で挑むという時点で、下っ端ってことはよく分かってんだけどよー」

「黎明か?それとも端島のグループか?」

「…………」


 実力の差は先程のほんの数十秒で嫌というほど理解できたのか、男は早々に心が折れたようで両手を軽く挙げて話し出す。


「お、俺達は若頭に指示されただけだ……」

「若頭?……ということは、やっぱりヤーさん系?」

「そいつから俺達を殺すように……か?」


 男は息を荒くしながら、小刻みに頭を震わせる。


「そ、その相手がこんなワケの分からねぇ野郎共だったなんて……!」

「なんだ、何も聞かされてないのか」

「鉄砲玉にしても、無計画すぎますね」


 明理はさらに男の服の襟を掴み、体を軽く持ち上げる。


「んで、何故私らを襲った?まぁ実際、普段から悪党共の恨みはよく買っているけどよ。私らの寝床までよくも探し当てたもんだ」

「わ、かがしらに、言われただけなんだ!今朝の、新聞を見せられて!」

「私らの……顔写真つきのか?」

「そ、それで、しゅ、周囲の人間も容赦なく殺せと……そうしたらお前等を取り立ててやると……そうでなくても、若頭の命令には逆らえねえし……」


 新聞、と聞いて浩輔は違和感を感じ、物陰に隠れている真織の元にそっと近づいて尋ねる。


「八瀬さん、今朝の新聞のことなんだけど……さっき見せて貰ったもの以外の奴で、この人、明理さんがシグ・フェイスだなんてこと書いてあった?」


 真織は我に返ったかのようにぶんぶんと首を振った。


「シグ・フェイスの正体とか……それだったら、普通そっちが大ニュースになりますよ……」

「だよね。ってことは……」

「こいつのバックには間違いなくどっちかがついているってことだな」


 明理も合点がいったようで、逆に訳が分からなくなっている男を壁に押さえつける。

 実際問題、理屈としては実に単純だ。単なる以前から恨みを買っていたヤクザ等であれば、標的は『明理』ではなく、『シグ・フェイス』になるはずである。また、変身前の彼女を狙ってくるということは、少なくとも彼女の正体を知っている人間が後ろについているということだ。


「んじゃ、話は早ぇな。まずはその若頭とやらに会わせていただこうか。そっから辿っていけばそのうち、ボスんとこまで行けるだろ」

「そ、それは……」

「選択肢は与えてやってんだぜ。イエスか、ノウか」


 明理が腕に力を込めると、男の首がめりめりと唸り、絞る出されるような声と共に口から泡混じりの涎が垂れだす。

 真織は再び目を逸らしてしまうが、その視線の先には一人考え込む浩輔の姿が。


「どうしたんですか?」

「いや、だとしたら、こいつらがここに襲ってきた目的は一体……」

「何でそんなに冷静な……」


 真織も必死に周囲の肉片を見ないようにしているが、流石にそろそろ死臭を感じてしまうようになっており、鼻と口を覆う。


「……俺はともかく、八瀬さんも既に標的に入っているってことか?」


 浩輔の呟きに真織は絶句する。

 ついさっき「自分は関係ないわけない」と言っていたのを恨めしく思うほどであった。

 ほどなくして、男のか細い唸り声が止み、明理が二人のもとに寄って来る。


「聞き出したぜ、場所はここからちぃとあるがな」

「ちぃと、ですか……となると、徒歩だとちょっときつそうですね」

「そこは安心しな」

 

 明理は錬装を解除し、得意気に何かの鍵を指先で回す。


「こいつらが使ってた車をいただきよ。駐車場所も聞いたしな。さっすが私、さっばけるぅ!」


 どこで覚えたのか分からない方言を口にしながら、明理は浩輔に向かって鍵を放り投げる。


「え、いやなんで……?」

「運転頼む」

「俺、免許持ってないんですけど」

「にゃにぃ!?んなもん、フィーリングで何とかなるだろ!」

「事故っても知りませんよ」

「それは少し困る。となれば……」

 

 明理の視線がゆっくりと真織の方に移る。

 次の台詞を完璧に捕らえた浩輔は、慌てて二人の間に割って入った。


「いやいや、彼女を巻き込むわけにはいかないでしょう!」

「今更だろー?んで、どうよ?」

「お、オートマだったら……」

「うぉいぃ!?」


 やや自信なさげに手を上げて答える真織を見て、明理は微笑みながら浩輔に渡した鍵を奪い取り、彼女の手にしっかりと握らせる。


「いいのかよ!」

「だって、私も狙われてるんでしょ!?ここで置いてかれる方が逆に怖いですよ!」


 浩輔は狼狽しながら詰め寄るが、よく見ると真織も半泣き状態であった。

 前門の虎、後門の狼とはよくいったものだが、彼女自身も半ばパニックになっているのは明白。


「何が何だかよく分かんないですけど……こうなったら私も協力してやりますよ!正義のヒーロー、シグ・フェイスがついてるんでしょ!?」


 真織の決意表明に明理は感心したかのように口笛を鳴らす。


「おーおー、偉くあっさりと覚悟を決めやがったな」

「……単にヤケ起こしてるだけかと思いますけど」

「行きましょう二人とも!というか、とっととここを離れましょう!」


 そろそろ周囲の異変に気づいた野次馬が集まってくるかもしれない。いつまでも現場に残っていると、余計に自分達の立場が不味くなると、三人はそそくさとアパートを後にする。

 そして、向かった先は大通りに出る少し手前にある有料の立体駐車場。男の車は黒塗りのクラウンで、いかにもその筋の人が乗りそうな代物だ。

 また、浩輔と明理は手持ちが全くないので、ここでも真織に頼んで料金を払って貰う。


「ったく、ヤーさんならヤーさんらしく、素直に路駐しとけっつーの」


 中途半端な悪に苛立つ明理をスルーしつつ、車の鍵が開けられる。浩輔は真っ先に後ろに回り、トランクを開けて中を物色する。まず、食料品が入ったスーパーの袋が目に付いたが、袋をどかしてみると、案の上二重底になっており、その中には出入りに使用するものと思われる、拳銃チャカが三丁。浩輔はまずまずの収穫だと、それらを全て押収する。

 明理は腕組みしながら既に後部座席を占領していたので、浩輔は助手席に入る。

 エンジンをかける前から、入念に椅子の位置とミラーの角度を調整する真織に若干の不安を抱きつつも、浩輔は押収した拳銃の一丁、比較的小さいものを彼女に渡す。


「……こんなもの、使ったことないんですけど」

「使う必要はないさ。無理して使っても腕痛めるだけだし」

「威嚇ぐらいにゃーなるだろ」


 浩輔は明理にも渡そうとしたが、「いらん」の一言で突っ返される。彼女に限っては『拳は銃よりも強し』を地で行くので、大体予想はついていたのだが。


「あと、前のボックスからこんなものが……」


 そういって真織が取り出したのは、お札大の透明な袋に入った白い粉。それが3袋ほど。メリケン粉などと生易しいものではなく、『麻』のつくアレだと言うのは幼稚園児にでも分かる。加えて、PTP包装された錠剤が10シートほど。これも医療目的のものではないことは、田舎のハナタレ小僧でも分かる。


「そんなの必要ねーだろ。捨てちまえ。ドブネズミの餌にでもしたらみんなハッピーで済むだろ」

「タバコの吸殻とはわけが違うんですよ?」

「さっきの男の人たち……相当悪い人だったんですね……」


 二人の不毛なやり取りの中、真織が自分の精神を納得させようと呟く。


「そういえば、さっきの男は?」

「楽にしてやった。生まれ変わったら、プロを夢見る野球少年にでもなれればいいけどな」


 あまり言葉の意味を考えないように、真織は車のエンジンをかける。

 駐車場を出て、とりあえずは大通りに入るが、見るからにたどたどしい運転で、なんともまぁ制限速度を守ること。発車から500メートルで既に他の車に煽られ始めている。


「うう……若葉マーク持ってくればよかった……」

「クラウンに若葉つけても、余計煽られるだけだと思うけど……」


 幅寄せや後ろからの執拗なパッシングに、真織は溢れる涙を抑えることが出来ない。


「ところで明理さん、奴らのボスの居場所は結局どこなんですか?」

「横浜だそうだ。となると、まずは首都高だな」

「……高速から下りた先は?」

「随分と語彙力に乏しい男でな。さっぱり分からんかった」


 盛大にずっこける浩輔を見て、明理はからからと笑う。


「もーまんたい!そのための警察だよ!大抵の駐在さんは場所を知ってるそうだ!」

「色々と使い方間違ってないですか?……つーか、俺達が指名手配されてるの忘れてませんか?」

「だったら、尋ねるんじゃなくて、聞き出しゃーいい」


 あまりにも大雑把かつ楽観的な彼女だが、いつものことなので、と浩輔は諦める。

 車には備え付けのETCもついており、首都高へは問題なく入れる。幸いにして、道もあまり込んでないので、横浜まではそう時間がかからないように思えた。

 目的地にたどり着くまでの間、浩輔はとりあえず、押収した拳銃を吟味していた。何丁も持っていても嵩張るだけなので、先日パクったものも合わせて、一番使いやすそうな物を選別する。


「先輩も、拳銃持って戦ったりするんですか?」


 首都高に入ってようやく落ち着いた真織に問いに、浩輔は軽く首を振る。


「いいや、やったことないし、まず無理だろうね。力技は後ろの人に任せる」

「え~……」

「いやいや、暴力のプロ相手に素人が勝つなんて、普通ありえないよ。それこそ中高生向けの漫画じゃないんだしさ」


 結局は、この前のベレッタが一番馴染むようで、他の二丁を座席前のボックスにしまう。うち一丁は、弾が同様の9mmパラベラム弾だったので、それだけを取り出していた。


「でも、同じ素人相手なら、これがあればなんとかなるだろうさ」

「素人って……いるんですかぁ……?」

「悪人共が全て戦闘のプロかって話だな、コースケ。ま、つまりは雑魚は任せるってことだ」

「いや、寧ろ雑魚の方がこういう物の扱いに慣れてるってことで……」

「てめぇ、こっそり大物だけを狙うってか?」

「そうじゃなくて……」


 またもや不毛な議論が始まりそうな雰囲気であったが、その張本人が真っ先に周囲の異変に気づく。


「おい小娘、前のトラック、40キロって、いくらなんでも遅すぎるだろ。その前は随分空いているみたいだし、とっとと追い抜け」

「小娘って……いや、追い越し車線にもぴったりトラックが……」

「後ろのトラックも随分寄せてきますし……って!?」

「囲まれてんぞっ!」

 

 明理の怒号と共に周囲を見回すと、浩輔たちの車を完全に押さえつけるように、前、後、右側に、大型のトラックがぴったりと幅を寄せていた。しかも、じりじりと左側の壁際に追い込まれている。

 さらにミラーで後ろを見る限り、後続車両は見当たらず、完全に包囲されているようであった。


「な、な、何でですかぁーっ!?」

「くそっ、追っ手が早すぎる!最悪だ!もし、前の車が急ブレーキでも踏んだら……!」

「いやぁぁぁーーーっ!!」


 真織は以前読んだ推理漫画のことを思い出し、再びパニックになる。


「ちぃっ、コースケぇっ!拳銃貸せっ!」

「えっ?あっ、はいっ!」


 浩輔は暴発の心配も忘れて、明理に慌ててベレッタを投げ渡す。


「小娘ぇっ!アクセル全開だっ!右から一気に追い抜けぇっ!!」

「えぇっ!?この状態でどうすれば――!?」


 明理は車の窓を開け、右側のトラックの後部タイヤに銃弾を撃ち込む。タイヤの破裂音と共にトラックがコントロールを狂わせ、失速する。前のトラックが異変に気づきすぐさまブレーキをかけるが、わずかな瞬間に出来た隙間を、クラウンはボディの横を削りながら、前方へと躍り出た。


「ひぃぃぃっ!?」

「アクセルゆるめんなよぉっ!このままひた走れぇっ!」


 後ろから衝突音や爆発音諸々が聞こえてくるが、当のドライバーにそんな余裕はない。今まで体感したことのないスピードを出しているため、3車線ある道なのに壁に激突しないこと一点に神経を擦り減らしている。掠れるような悲鳴は常に流れっぱなしだ。


「明理さん、一旦高速降りますか!?ここじゃあ、逃げ道もない!」

「その必要なしっ!一般ピーポーがいないとなれば、前に進む絶好のチャンスじゃねーか!」

「うわぁあぁぁぁぁんっ!」


 真織はハンドルに齧りつく様に体を倒しながら、赤ん坊のように泣き叫んでいた。

 ひとまずは後ろの追っ手を振り切った。道を進むにつれて、一般車両と思わしき車がぽつぽつと現れ始めるが、そんなことはお構いなしにと追い抜いていく。


「うっし、その調子だ。どんどん進め!」

「もしかしたら、この中に追っ手がいるかも……」

「ならば、片っ端から脳天をぶち抜きゃあいい。前の車を吹っ飛ばせば、連鎖的に殺れるしな」


 浩輔も周囲の車の様子を伺うが、普通に家族連れやカップルらしき運転手が多く、皆一様にこちら側の乱暴な運転を怖がっている様子であった。黒塗りのクラウンが高速を爆走していたら、誰だって道を譲る。交通ルールや互譲運転とか、そういうレベルではなく、これはもう本能的な対応なのだ。


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