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錬装機兵アルク・ミラー  作者: 四次元
怨嗟と願望の中で
45/112

43.顛末

 


 それが「真実」なんて誰が決める?――




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「貴ぃ様らぁぁーっ!!」


 部屋に真っ先に飛び込んできたのは、その青年であった。

 随分前に通報が飛んだはずの警察ではなく、ただの学生。そこにいた者たちと同じく。


「……っと、東郷かっ!?どうやってここまで!?」


 外は雪が積もりに積もっており、凍えるような寒さであったが、その室内は外界と完全に遮断されていた。そして、まだ建築されて間もない檜作りの部屋に立ち込める、生臭くも艶かしい香り。

 部屋には四人の青年と、二人の少女。部屋は薪ストーブの熱が篭って暖かく、男たちはみな上着を脱いで軽装の格好になっている。そして少女は二人とも裸であった。

 少女の一人は原型を留めていないくらいに顔が腫れ上がっており、地面に仰向けに倒れたまま、ぴくりとも動かない。もう一人は両足の間に尻を下ろして座ったまま、茫然としていた。

 一目見て何が起こったのか分かる光景に、飛び込んだ青年は目の前の男達に向かって怒鳴りつける。


「貴様らぁ……、誓約を忘れたのか!」

「誓約……だと?」

「俺たちの目的は、あくまでもこの国を正すこと……!故に無関係の一般人を暴力行為に巻き込むことは絶対にあってはならないと……!」


 東郷と呼ばれた、年はまだ若いが精悍な顔つきの青年は、声を荒らげる。その眼尻は激しく釣りあがっており、今にも火が噴出しそうな勢いだ。

 その形相を見て、中にいた青年達も思わずたじろぐが、その中の一人、部屋の奥にいた、吹き出物一つない育ちのよさそうな青年が、脇に座っていた少女を蹴り飛ばして、言い返した。


「一般人……ねぇ。だけどよ、こいつらだって選挙権は持ってるはずだぜ。と、いうことは、今の世の中を形作っている奴の仲間だということだ」

「屁理屈を捏ねるな!」

「へりくつ?ごく普通のことを言ったまでだよ。だったら、そもそもお前の言う『一般人』……無関係な市民とやらの定義を示してみろよ」


 ただ一人、東郷に言い返した青年は冷や汗を隠しながら、黙ってズボンのチャックを閉める。


「俺たちの敵は、政治経済の中枢に関わる人間……そして、それを支持する人の意思だ。私利私欲のために動く、中枢の人間は排除しなければならないが、民衆の意思は変えることが出来る……過去にもそう言ったはずだ」

「だ、か、ら、なぁ~!具体的にどこに線を引いているのかって聞いてるんだよこっちは!質問にちゃんと答えろ!ご大層な夢物語ばかり語ってないでよぉ~!」


 青年の挑発めいた反論に、東郷はぎり、と歯を噛み締めた。

 当時の彼はたしかに未熟な部分もあった。実際、目の前の青年……端島の言うとおりだったのだ。倒すべき敵は明確であったが、「どこまで倒すのか」は定めていなかった。それこそ、下手に線引きをすると、誰も理解できなくなるから。

 だが、そこは敢えて定めなくてよい。自分の志に賛同してくれる者なら、最低限の良識は弁えてくれるはずだ。あくまでも表向きは正々堂々と、そうすれば世間も自分達を好き勝手に暴れまわっている学生とは違うと認めてくれる。自分達が正すのは、不当にこの国の強者となっている者たち。

 だからこそ、元総理の息子であった桐島や、経済界の重鎮の息子である端島が自分に協力すると言い出したときは、曲がりなりにも一目置いていた。


「お前達、こんなことをして、ただで済むと思っているのか……?これでは、世の中から新左翼の奴らと同様に扱われるだけだ……」

「けっ、話し逸らすなよ、馬鹿が」


 端島はありったけの侮蔑を込めて東郷を罵るが、実際の立場は正反対であった。

 日常においては、学力、体力、胆力、弁舌等全てにおいて東郷が上。温室育ちの人間と、貧しい暮らしから這い上がってきた人間とでは、あらゆる面に関しての覚悟と度胸が違う。

 いや、いくら彼らが思い切ったところで、それは落ちることをただ知らぬだけの無謀。


「はっきり言っとくけどさ、お前のやり方には誰もついていけねーよ。窮屈だっての」


 若い端島や桐島が求めたのは、解放、そして自由。

 生まれつき定められているかのような自分の運命を、粉々に打ち壊すような。

 だが、彼らが本当に求めていたものを自由と表現するのは語弊があるのかもしれない。


「無法の世の中で貴様らが生きられると思っているのかっ!?」

「今の世の中をぶっ壊そうとしている奴にしては、しみったれた考え方だな!」

「当たり前だ!限度というものがある!婦女子を犯すような行為がまかり通るものか!」


 狭い部屋の中で二人の青年の怒号が飛び交う。

 実際に東郷はデモを行って何度か警察に連行され、留置所送りになったことがある。昨日もそれで釈放されたばかりであった。

 それはこの社会には曲がりなりにも機能する法があったから。無法さえ働かなければ、自分が罪に問われることはないのである。寧ろ彼自身は、社会の裏で堂々と行われている、権力を笠に着た無法を正そうとしていたのだから。

 互いに息を荒げるなか、先に表情を崩したのは端島の方であった。


「……じゃあ、こういうことだな。お前は何も変えられねぇ」

「なんだと……!」

「仮にてめぇが総理大臣になったところで、世の中は何も変わらねぇってことだよ。ただ、トップが入れ替わるだけだ。規則だの誓約だの堅っ苦しいことばかり述べて、この退屈で窮屈な世の中が変わるなんて万に一つもないね」


 端島は東郷の全てを非難するような勢いで吐き捨てた。


「俺は別に秩序のない世の中にしたいと言ってるわけじゃない!」

「じゃあ俺たちは協力しねぇさ!もう、この時点でてめぇの独りよがりなんだよ!自分の思想をクソのように垂れ流すだけの三流評論家と大差ないって言ってるんだよ!……なぁ、みんな?」


 不意に話を振られた、周囲の青年達も我に返ったように頷く。


「そうだ……何も変わらなければリスクを犯す意味がないじゃないか」


 それまで黙っていた桐島も援護射撃のように口を開いた。

 生まれ育った家庭環境のせいもあってか、元々気が小さく、人に口答えもしなかった彼であったが、それ故に心の中では誰よりも、責任と重圧からの解放を望んでいた。

 そんな桐島の様子に勇気付けられたのか、他の青年らもこぞって東郷の思想とやり方を批判する。

 

「貴様らのやっていることは……ただの欲望の発散だ……!」

「思想垂れ流しだって似たようなものじゃねぇか。とにかく俺たちは、クソのような大人どもの支配を抜け、自由に生きて死にたいだけなんだよ!」


 東郷は言葉を失った。

 自分の思想を否定されたのがショックだったのではない。もはや目の前に相手に言葉が通じないという絶対的な失望が彼を襲ったのだ。

 彼らには志など存在しなかった。ただ、目の前の現実を否定していただけ。

 その先には、未来も何もない。


「さぁ、どうするよ東郷。お前の味方はもう誰もいない。それとも今から、お前さんが批判してた世の中に縋り付くか?」

「…………」

「まあ、一人が声を上げてそれが適ったところで、それこそお前さんの嫌っている『独裁』とやらになるだろうけどなー!」


 端島は、言い返せずにいた東郷を嘲笑う。

 それにつられて周りの青年達も笑みを浮かべるが、その後の東郷の凄まじい睨みを見て、すぐに体を固まらせる。


「俺たちが憎いか?ま、そっちの方が好都合だがな」


 端島はなおも表情を崩さない。

 その理由は、彼が服の下から拳銃を取り出した瞬間に東郷も理解した。


「そんなものまで……貴様という奴は……」

「ウチの家も色々汚い商売しているからさ。銃の一つや二つ、簡単なもんだよ。さて、東郷、これが一体何を意味すると思う?」

「……俺を殺す気か?」

「そういう事を聞いてるんじゃねぇよ。ま、殺すのはそうだけどさ」


 端島は銃口を東郷に突きつけ、顎を上げた。


「結局、世の中は力だよなー。それも権力。そして上に立つ人間なら、法も秩序も関係ない。全てが自由に操作できる」

「……人の上に立つ人間ほど、己を律さなくてはならないはずだ……」

「そんな思想は置いといてよ。事の発端であるお前には、この事件の落とし前……取ってもらうぜ」

「何を言ってる!これは貴様らが……!」


 その瞬間、一発の銃声が鳴り響き、東郷が苦悶の声を上げながら、膝を落とした。彼の服が左肩から見る見る赤く染まっていき、地面に一滴、また、一滴と血が滴り落ちた。


「へへ、一発目はわざと外した。しっかり痛がれよ……」


 そういう端島の腕もかすかに震えていた。腕が銃の反動に慣れていないせいであるためだが、周りに見えないように必死にごまかしていた。


「俺たちはお前の命令で、経済会の大物一家を人質にして立て篭もった。かつその娘を犯した上に、全員殺害ってか?」

「そんなバレバレの嘘が……」

「うちらの親も自分達の息子がバカやったと思われないように、色々と手を回してくれんのよ。そして、この事件の幕引きはお前一人が背負えば向こうとしても都合がいいというわけ、さ」


 端島が今度は東郷の額に銃の狙いを定める。

 その引き金がゆっくりと引かれようとした瞬間、端島の横から一つの影が飛びかかった。


「な……!」

「あぁぁああああぁぁぁ---っ!!」


 既に言葉になっていない、悲鳴のような金切り声が部屋の中に木霊した。

 影の正体は、先程まで端島たちが犯していた少女であった。見ず知らずの男達に突然襲われ、銃で脅されながら、暴力を振るわれ、一物を咥えさせられ、下の穴にも散々精を注ぎ込まれ、茫然自失としていたはずの少女の行動に、その場にいた全員が虚をつかれた。

 弾丸は明後日の方向に放たれ、端島も地面に押し倒される。少女はなおも彼の首を締め付けようとするが、大の男の力には適わず、後ろに撥ね退けられる。


「このアマっ……!」

「端島ァッ!」


 端島は銃を少女に向けようとするが、地面から手を放そうとする前に、東郷の足に踏み潰される。全体重をかけられた人指し指がメキメキと砕かれ、拳銃が男の手から落ち、新たな叫喚が響く。


「この下種野郎がぁっ!」


 さらに東郷は容赦せずに、その状態から端島の下顎を全力で蹴り上げる。彼の体が一瞬宙に浮き、そのまま後頭部が壁に強打される。そのまま目を開いたまま崩れる端島を見て、慌てて他の青年達も東郷に飛びかかるが、ある者は喉元に正拳を喰らい、またある者は股間を潰され、肩を撃たれたハンデを物ともせずに、東郷に叩きのめされる。


「あぁ……あぁあぁぁああああーーっ!!」


 襲い掛かかる男達を一網打尽にした東郷の後ろから、再び少女の悲痛な叫びが聞こえた。東郷が振り向くと、少女は部屋の机にあった花瓶の底で、すでに意識のない端島の顔を何度も殴りつけていた。

 東郷はもう一方の女の方を見るが、顔は言うまでもなく、また、その股からは糞尿が垂れており、もう手遅れかと苦々しく視線を逸らした。


「くそっ……おい、そいつはもう……」


 東郷が狂ったように叫び続ける少女に近づこうとした時、その脇に小さな影が蠢く。


「き、桐島っ?」

「ひ……動くなぁ……!」


 こいつは気の小さい男だ。東郷すらそう思っていたのだが、自己保身のための行動力は彼の想定の範疇を超えていた。桐島は東郷には飛びかかろうとせず、東郷が少女に気を取られた隙に、端島の拳銃を奪い取ったのだ。


「バカなことは止めろ!桐島!」

「お、俺は悪くないんだぁ……!端島が……みんなが襲おうって言い出しただけで……」

「だったら、何故止めようとしなかった!何でここにいる!」

「け、警察が来てるんだよな……?俺は嫌だ……捕まりたくないぃ……」


 桐島は恐怖のあまり、半ば錯乱状態になっていた。既に腰が抜けていたし、銃の持つ手も遠くから見ても分かるくらいに震えていた。


「……あんたも……!」

「……っ?」


 少女の手の動きが止まり、震えながらも搾り出すような声を上げる。


「あ”んだも、い”っしょに……」


 少女の小刻みに揺れる瞳。それが、全ての事実を物語っていた。


「ち、違うんだぁぁーーっ!?」


 桐島は懸命に首を横に振りながら喚きちらす。

 そして、引き金が、引かれた。

 一発の発射音と共に放たれた弾丸が向かった先は――


「な……!」

「ひ、ひぃっ!」


 東郷の脇で、ごとり、と少女の体が横に倒れる。

 体はびくびくと痙攣していたが、すぐに収まり、床の上に血だまりを作っていく。その頭の後ろからどろりと滑り落ちた脳髄が、全ての結果を物語る。


「お、俺じゃ……な……!」

「お前だぁぁぁーーーっ!!」


 東郷は瞬時にその場を踏み出し、茫然としていた桐島の手を蹴り飛ばした。彼の手から外れた拳銃は回転しながら宙に舞うが、すかさず東郷がキャッチし、銃口を桐島に向ける。その眼には怒りと呆れと失望とが入り交じり、瞼の淵からは汗とも涙とも区別のつかないものが流れ出ていた。


「貴様だったっ!正すべきはっ!」

「や、止めろ……撃つなぁ……っ!」


 人は殺さない。法は犯さない。あくまでも正当な手段で訴え続ける。

 それが東郷の信条であったはずだが、不思議と彼の心に迷いはなかった。躊躇なく引き金を引ける。彼自身の中でも確信が生まれていた。

 その先に何があろうとも。いや、その先は考えるまでもない。 


「動くな!警察だ!」


 引き金が今にも引かれようとした瞬間、東郷はその声で我に返る。と、同時に、自分の致命的な失敗に気がついてしまった。端島らの人質立て篭もりの報を聞き、いち早く警察の到着を待たずに突入してしまった自分を恨んだ。ここまでの状況になっているとも思っていなかったのもあるが。

 後方からは、盾を持った機動隊の群れ。流石の東郷でもとても相手に出来るものではない。

 そして、この状況。自分が桐島に向けて銃を向けている状況。そして、周囲の死体と気絶した男達。


「助けてぇ……!こいつが……!」


 そして、東郷が先に口を開くよりも早く、桐島が警察に先に助けを求めてしまった。恐怖のあまり足腰も立たず、顔は涙と鼻水と涎にまみれ、さらには失禁すらしていた桐島の姿を見て、その状況のせいで、警察は真っ先に標的を決定してしまう。


「違うっ!俺はっ!」

「確保ぉっ!」


 もはや東郷になす術はなかった。

 武装した機動隊に手も足も出ず、そのまま留置所に連れて行かれ、罵詈雑言を浴びせられながらありもしない罪を吐かせられる。さらに、「保護された」桐島達の証言とその親の圧力により、この事件は東郷の脅迫によって引き起こされたものと処理されてしまった。

 東郷がいくら反証しようとも、警察らはまともに取り合ってくれず、一方的な裁判により、彼の無期懲役が決まった。しかし、端島の親はこの判決は不十分だと言いがかりをつけ、さらに死刑判決を求めて控訴。証拠の隠滅と後の禍根を残さぬためであった。

 そして、原告側控訴の報が入った日の晩……東郷は留置所から忽然と姿を消した。


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