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錬装機兵アルク・ミラー  作者: 四次元
怨嗟と願望の中で
44/112

42.計謀

 そこは窓一つ無い、6畳ほどの小さな部屋であった。

 その部屋には机が1つと椅子が2つ。そして男が6人。

 取調室、と呼ぶにも物騒すぎる。ここは尋問室と呼ぶのが一番正しい。


「……この男は二重スパイだったのです!あなた方に情報を流す振りをしながら、実際は偽の情報を流し、あなた方の情報を逆に得ていたのです!」


 机を挟んで、椅子に座っているのは東郷と天北博士。その横で、眼鏡をかけた小太りの男が、唾を撒き散らしながら力説していた。

 それをまともに聞いているのかどうか、東郷は腕を組んだまま目を閉じて黙っている。天北博士も煩わしそうに頭を掻きながら、溜息を吐いていた。


「……で、だ。君はこの男を告発してどうするつもりだ?」


 東郷がそのままの状態で口だけ開くと、小太りの男は鼻息を荒くしながら、さらに拳に力を籠める。


「この男の即時拘束を!近々、いや、既にあなた方の足元をすくいかねない脅威となるのです!」

「……で、君は?」


 天北博士は相手をするのも馬鹿馬鹿しいと、文字数を最大限に抑えて反撃する。小太りの男の顔が一瞬曇るが、すぐに鼻で笑い、姿勢を正す。


「たしかに、裏切り者、という点では私も同じでしょうなぁ。しかぁし、裏切りといえどもこの男とは、訳が全く違います。そもそも現時点で、この男の流した情報があなたに如何なる損害を与えているか……!」

「この男の首を手土産に黎明につこうという訳か」

「はっ……!つまるところはそうなりますが……!」


 東郷が目を開き、横目で小太りの男を睨み付ける。

 男は思わず竦み上がってしまうが、東郷はすぐに視線を戻し、口元を緩めた。


「まぁいい。こちらも人手が欲しいところだ。黎明の一員として受け入れよう」

「東郷さま……!」

「部屋に案内してやってくれ。詳しい説明はお前達でしろ」


 東郷の後ろで控えていた男は訝しげに小太りの男を見るが、彼の命令には逆らえないと渋々ながら一緒に部屋を出て行く。小太りの男はすっかり得意気になり、天北博士に捨て台詞まで残して部屋を去って行った。

 部屋の中の温度が2度ほど下がり、湿度も13%ほど下がり、不快指数がぐっと落ち着いたところで、東郷は軽く首を回した。


「……さて、雑音はこれで消えたわけだが、実際のところどうなんだ?」

「私が二重スパイであるかどうかですか?」


 東郷は目だけで答える。

 それに対して、天北博士も大袈裟に肩をすくめてみせた。


「とんでもない妄言ですな」

「しかし、端島の屋敷では完成された錬装機兵が出てきたと聞いているが?」

「あれが完成品?とんでもない。こちらのチェックもなしに、あの老人が勝手に使っただけですよ」


 あっけらかんと答える博士の姿を見て、東郷は先程とは違う笑みを見せる。


「なら、これから最後の仕上げとやらを頼むぞ」

「言われずとも。あと、こっち勤めになるなら、福利厚生もそれなりに充実させていただきたいのですが」

「検討しておこう」


 東郷が後ろに控えていたもう一人の部下に、軽く顎で合図すると、天北博士もすっくりと立ち上がる。


「ああ、それと、だ。先程の男についてだが」

「たしか名前は相川一郎。毒にも薬にもならない男ですよ」

「……第一印象でしかないが、私も同じ意見だ」


 天北博士はそのまま去って行き、東郷も腰を上げて尋問室を出る。

 傍にいた部下もそれに続こうとするが、東郷は軽く手を振って断り、自由時間だと言ってそのまま一人で廊下を進んでいく。

 廊下は無骨なコンクリート作りで、灯りも点々としており、薄暗い。時間帯のせいか、東郷の他に廊下を歩く者はおらず、革靴の足音が一人分だけ鳴り響いていた。

 やがて車も通れそうな大きな扉の前に辿り着くと、東郷はポケットからカードキーを取り出し、扉の脇の機械にかざす。開錠と同時に重い音を立てながら開いた扉の先は、かつて彼が、政界や財界など様々な時の権力者を集め、初めて黎明の名をこの世に送り出した場所であった。

 この扉はステージ側に続いており、そのまま東郷は壇上の真ん中へと歩いていく。軽く周囲を見渡すが、当然ながら灯り一つない、沈黙の闇の空間がそこに広がっているだけである。

 そこで東郷は壇上の演台に手をつけ、何やら物思いにふけるように息を静めた。


「東郷……!」


 自分以外は誰もいるはずのない空間。

 不意に聞こえた声の元へすぐさま振り向くが、その主に気づくと、東郷は肩を落とす。


「桐島か、こんなところに何の用だ?……いや、どうしてこの場所を知っている?と聞くべきか」

「やはり生きていたのか……!」


 見るからに苦々しそうな表情をする桐島の隣から、もう一人の男が姿を現す。黎明の設立を宣言したとき以来の姿であった。


「これはこれは、相馬行政管理局長。自らお越しいただくとは」

「飛んで火にいるなんとやらか?」

「いやいや、良い覚悟をお持ちだと感服したまで」


 東郷はあの時以来一度も接触のなかった相馬を目の前にして、余裕を見せつつ、あくまでも落ち着いた態度を崩さない。


「本日はどのような用件で?」

「お前の真意を確かめに」

「真意……ね。そんなことを聞くために、わざわざこんな所まで調べて潜入した、と」

「そうだ」


 相馬が手で合図を送ると、ホール一体に電気が灯される。

 そして、舞台の全容が分かった東郷は、さらに目を鋭くする。


「驚いたか?こいつらは言うところ、貴様の黎明の『下部組織』の者達だ」

「どうりで、知らない顔が多いわけだ。しかし……」


 ホールの中は数百はいようかという人で埋め尽くされていた。

 そして、その者たちは年齢、容姿、性別、職業はたまた国籍まで様々なものであった。そして、各々が見せる表情も様々。敬意、猜疑、不満、敵意、あらゆるまでの感情が混じっていた。


「よくもまあ、これだけの人種を取り揃えたものだ。見張りの奴を買収でもしたのか?」

「それだけ、お前の行動に疑問を持っている者が多いということだ」

「そう、か……」


 会場の視線は本人を除いて、全て東郷の元に注がれていた。

 ここまで来れば仕方ないと、東郷は首を鳴らしながら、演台の前に立つ。


「さて、じゃあ、何から話そうかな……じゃ、まずは今回の狂言についてからいくか」


 東郷は周囲の意向など確認するまでもないと話を切り出す。無論、それに反論するものはいない。

 誰もが私語一つすることなく、彼の言葉に耳を傾ける。


「あの見世物の目的は二つあった。一つは私自身が社会の表舞台から降りるため。そして、二つ目は啓明の存在を世に明るみにすることだ」


 東郷は淡々と語り出す。

 用意周到とばかりに、演台の前のマイクの電源もあらかじめ入れられていた


「念のために一つ言っておくが、正確には『啓明』という『組織』は存在しない。名前は私が勝手につけた。もちろん、それに近い集まりは実在するがな」

「す、すまん。どういうことだ?私にはよく意味が……」


 桐島がうろたえながらも問いかけるが、東郷も特に何かの感情を示すことなく質問に答える。


「簡単に言うなら、世間の敵を作り出したのだ。私が啓明と名付けたものは、実体を捕らえることが非常に難しい。せいぜい陰謀論好きの者が、躍起になって声を上げるくらいしか出来ないだろう。だが今回の一件で、そういった組織があるかないか、それだけは明確に出来たはずだ」


 啓明という、この国を裏から操っている組織は存在する――

 その実体を無理に示す必要はない。ただ、あるのだろう、と思わせればよいのだ。

 東郷という男は、そういった組織の実体を暴こうとして殺された。世間の人々にそう印象付ければよいのだ。この平和の国日本で、人を殺すことも厭わない恐ろしい組織は確実に存在する、その事実を作り出したのだ。


「だとしたら、とんだ茶番劇だな。しかし、現にお前はこうして生きている。これが世の中に明るみに出たら……!」


 相馬がその目論見を否定するが、東郷は分かりきった指摘だと首を静かに振る。


「残念ながら、東郷烈心は既に死んでいる。表向きはそう発表するしかないのだよ。なぜなら、公式上の私の生体情報は全て、あの時の死体が持っている。そして、銃で撃たれた映像を流したのは紛れもないマスコミ自身。私の生存を世に流すとしたら、それこそ情報を改竄するしかない」

「な、何を言ってるんだ!?」

「私が死んだことを証明できても、生きていることの証明は出来ないということだよ。今こうして私の映像を世に流したところで、単なるゴシップとして処理される。文字通り、東郷という男は歴史の表舞台から消えたのだ。今、ここにいる私は……性質の悪い幽霊かもしれんなぁ」


 桐島は生まれて初めて東郷の冗談を聞いたような気がした。それも、とてつもなく性質の悪いものである。目の前にいる人間は、本当に東郷とは別人なのかもしれない。そんな考えすらも芽生えていた。


「と、いうことだ。一応、政治家にまでなったのにも理由はある。表向きは正々堂々と戦っていることを世間に印象付けるためだ。そして、その最中に不当な方法によって、死んだ。もう少し表で活動したかった気持ちもなかったわけではないが、何しろ、最近は検察側もかなりイラついていて、手段を選ばなくなっていたからな。予定より少し事を早く起こす必要があった」

「……で、こうやって地下に降りたお前は、これからどうするつもりなのだ?」

「勿論、今度は裏舞台から行動を起こす。ここまで計画の内だ。表の方は桐島と芝浦に任せよう。私がいなくなって、党を支えるのが精一杯だとは思うがな」


 その言葉を聴いて、桐島の顔がますます険しくなる。

 影に好きに動ける東郷とは異なり、桐島は常に世間の目に晒さなれなければならない。今までの東郷のやり方を継承すれば、世間の非難を一手に引き受けることは間違いないし、かと言ってやり方を変えれば、総理時代と同じく腰抜けと罵声されるだけだ。そもそも東郷自身に何をされるか。

 最悪の状況が脳裏を支配していた桐島の脚に、横から鈍い衝撃が走る。


「そこまでして、お前は何を企んでいる!?過去の逆恨みと共に、また革命でも起こそうとするつもりか!?」

 

 相馬は桐島から大体の事情を聞き出していた。

 学生時代のデモ活動、財界のトップを人質にした立て篭もり事件。事件とは無関係の一家の殺害。そして、桐島たちの裏切り……

 諸々の出来事の後に、行方を眩ませていたのであれば、動機の根本は既に見えている。後は何をもって目的とするか、そこまで考えていた……つもりであった。

 だが、東郷は笑っていた。

 図星を突かれた人間とは到底思えない。憎悪や憤懣が微塵も感じられず、ただ、相手を愚弄するかの如き、低く、乾いた笑い。


「逆恨み?……桐島、お前、俺達の昔のことを話したのか?」

「……ぅぁ」


 会場全体が目の前の男の異変に気がつき始める。

 その男が纏う空気は、これまでのどこか威厳すら感じさせていた威圧感とは全く異なり、まるで周囲全ての人間を脅迫するかのような狂気を漂わせるものになっていた。

 

「どこまで話したんだ……あぁ?」

「……っ」


 その圧倒的な重圧に、桐島は舌が既に回らなくなっていた。

 

「お前らが過去にやってしまったことの顛末だよ。当時の殺人ならもう時効だろうが……未だに貴様は逆恨みしているようだな」

「顛末?……一体何を聞いたんだ、相馬ど、の?」


 東郷はまるで意味が分からないとばかりに、相馬の発現を叩き返す。

 

「や、やめてくれ……!」


 桐島はついに頭を抱えながら、膝を崩し、その場に崩れる。


「桐島……!?どうしたんだ!?」

「さぁ、分からんな。昔の話か……たしかに、あの時の怨みならあるがな」

「なんだと!?」

「出来るだけ簡潔にすまそう」


 桐島は目を見開いたまま、息も絶え絶えになっていた。

 東郷が何か言うのを止めようとしているのは近くの人間も分かっていたが、その場に流れ続ける淡々とした語り口にとっては雑音以下のものでしかない。



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