40.絶対絶命
通路には当然のことながら時計もなく、外の情報が全く分からない空間なので、どれくらい走ったのかは分からない。勇治たちはとりあえず、非常通路の出口まで到着した。天北博士は自転車を降りると、真っ先に出口の隣のロッカーに向かって戸を開く。
「よかった。非常用グッズが5個もあるよ。流石に備えはしっかりしてる」
安堵した声で大き目のリュックを3つ取り出し、勇治にも1つ投げ渡す。
中には携帯非常食、ペットボトルの水、懐中電灯、浄水ストロー、十徳ナイフ、雨ガッパに応急手当用品といったものだ。外付けでヘルメットに寝袋まで付いている。
万全の装備だったが、博士はおもむろにヘルメットと寝袋を取り外して投げ捨てる。
「いいんですか?」
「かさばる物は必要ない。ヘルメットも蓄光仕様で目立つしね。……おっと、この非常用ブザーもいらないな」
後ろの深知もそれに従い、荷物を減らしていた。
結果、残ったものは最低限の食料と水に懐中電灯。せいぜい一晩越せるくらいの装備だ。
「よし、行こうか」
「行く先なんてあるんですか?」
天北博士は勇治の問いにふふ、と笑みを返し、非常口の扉を開ける。
その先にもう一つ扉があり、さらにその先に待っていたのは小奇麗な小便器が二つ。どうやら、どこかのトイレの中に続いていたらしい。扉の表面には『用具入れ』と書かれおり、これはこれでよいカモフラージュになっているわけだ。
トイレ内の蛍光灯のせいで気づくのが遅れたが、外はすっかり暗くなっている。建物の中から見た感じでは、どこかのだだっ広い広場のようだ。
「そうだな~、やっぱり黎明かなぁ」
勇治は一瞬あっけにとられて、足を止めてしまう。
頭の中には自分でも分からないくらいに「なぜ」と「やはり」が入り混じっていた。
「スパイ……じゃなかったんですか?」
「二重スパイってのはいいよー。いざとなったらどちらにでもつけるから」
完全に固まってしまった表情とは対照的に、天北博士はからからと笑っている。
「もちろん、君も来るんだろう?」
勇治の口からはしばらく言葉が出なかった。しかし、その目は明確に否定の意思を示している。
多少の間はあったものの、顔をぶんぶんと横に振り、声を絞り出した。
「何でそんなところに!」
「何でって、食ってくためだよ。自分のやりたいことをやりながらね」
「黎明のことは知ってるでしょう!?奴らが何をやっているか!」
「もちろんさ。彼らは本気でここの端島さんのところをぶっ潰す気だ。そして、錬装機兵の有無がどうであろうと、間違いなく端島さんは負ける。さっきの状況を聞いて確信したよ。しかし、私らがそんなものに巻き込まれる道理はないね」
そういう問題ではない――勇治はこれで何度口にしたか分からなくなっていた。しかし同時に、目の前の男に何を言っても無駄だという諦めまで出始めていた。
「き、君はこれでいいのかっ!?君のお父さんはこんなことに手を貸して――」
勇治の問いかけは深知に向けられるが、数秒も待たずに冷たい答えが返ってくる。
「私も、死にたくないから」
極端ではあるが、妙に重い返答。
とても、中学生程度の少女が言える台詞ではない……はずだ。
「死にたくないって……だからって、黎明なんかに……」
「だったら、君はここの端島さんと東郷さん、両方を敵に回すわけかい?」
勇治の言葉を先読みするかのように、天北博士が強く尋ねた。
「……両方とも、正しいとは思えません」
「いつまでそんなことが言えるかなぁ?君にも家族がいるんだろ?」
勇治ははっとしたように天北博士に詰め寄り、無意識の内に胸倉を掴んでいた。
「はは、大人のやり方を甘く見ない方がいいよ。君のような下手に正義感が強い子は損をするだけだ」
「そんな台詞も聞き飽きたんですよ!」
「本当に君はいい子なんだね。大人たちは、本気で君のためを思って忠告してあげているんだ」
「くぅっ……!」
ぱこん、と勇治の頭が何か軽いもので叩かれる。
博士は彼が抑えているし、こんなことができるのは一人しかいない。
「お父さんに当たったって、何も変わらない」
「ナイスだ深知」
無表情で木の枝を持った深知の姿を見て、思わず勇治も手を離してしまった。小学生と見間違うくらいに小柄で幼い顔つきの彼女だが、その影は人一倍大きく見える。
「ま、結局は生き残るためだよ。生存権は誰にも否定できないだろう?しかし、生存の椅子の数が決まっているとなれば、それこそ競争するしかないじゃないか」
「だったら、初めからこんな研究しなければよかったじゃないですか!」
「……こんな研究でもしなければ生き残れなかったんだよ。特に深知はね」
天北博士は深知に軽く視線を移すと、肩をすくめて、吐き捨てるように言った。
「この子を、『ショー』の魔の手から救うにはこうするしかなかった……これはおふざけ無しの本当の話だよ」
『ショー』――
今日の昼間に東郷らが世に公開しようとしていた出来事だ。
浩輔の妹が犠牲になったと聞いてはいたが、その全容をまだ勇治は聞かされてはいない。
「その『ショー』ってのは……?」
「私より深知の方が……おっと、すまない」
急に謝罪を始める博士を変に思い、勇治は深知の方を振り向く。
彼女は相変わらず、無表情であった……が、わずかに震えていたのだ。謝罪の意図が分かり、これ以上は触れてはいけない出来事のようにも思えた。
「まぁ、元々私はロクな成果も挙げられずに、妻子に逃げられたヘッポコな科学者でね。最初に拾われたのは東郷さんの方だったんだよ。だから、彼に恩義があることもある」
「じゃあ、こっちについたのは?」
「最初は本当に黎明のスパイとして潜り込んだんだけどさ、ある日、生き別れた……っていうか嫁に親権を取られたはずの娘が、ここの金持ち共が開催する『ショー』の生贄にされるって聞いてね。いやぁ、あの時は本気で焦ったよ」
それ以降の事情は、博士が説明しなくても大体理解できた。スパイとして端島の元へ潜り込んだのはよかったが、娘を助けるために仕方なく黎明を裏切る必要があった。なんてことはない。さっきから自分のことを二重スパイなどとのたまってはいたが、元々黎明側の人間だったのだ。
錬金術の研究をしなければ、黎明にも当然入ることはなかったし、そして、たまたま娘に再会して、命を救うこともできなかった。運命の悪戯とはよく言ったものだ。
「と、いうわけでここの老人は元々嫌いだったのさ。実際監視もきつかったしね」
「それが、ただ、元に戻るだけ?」
「そういうわけだ。結局のところ、東郷さんも本当のところ何考えているか分かんないけどさ。私達のような人間が少しは生きやすいように世の中を変えてくれるんじゃないかな?」
完全に勇治の手を離れた博士は、深知に近づいてその華奢な肩を引き寄せる。彼女の方は少し落ち着いたのか、先程と同じ無表情に戻っていた。
そして、山の奥の方から大きな爆音が鳴り響き、空がチカチカと光る。
勇治たちが上を見上げると、周囲の鳥達が一斉に飛び交っており、一時的に星空の灯りを完全に遮ってしまっていた。
「君の仲間も頑張ってはいるみたいだけど、それがいつまで持つかな。単騎での能力はいくら優れていようとも」
「……結局は数、ですか」
「彼女の言っていることは間違ってはいないけどね。たしかにアルク・ミラーもほんの僅かの数だったら、『正義のヒーロー』になりうるかもしれない。だけど量産して、誰にでも手にできるものになってしまったら、それは既に『兵士』なのさ。錬装機兵ってネーミングも皮肉なものだね」
機兵、兵。つまりは軍隊の兵と同じ意味。
勇治はそんなものになる気はない。しかし、既に武器は渡されてしまっている。
本来なら一般の人間が持つことの出来ないもの。それを託されることは大いなる危険と責任が伴う。だから、この国では銃などのいわゆる兵器は警察や軍隊という統制された組織の元でのみ支給されている。
ものの違いはありはしても、結局のところ、勇治は単に一般人が銃を持っている状態と変わらないのだ。
「……錬装着甲」
勇治は突如として錬装化し、二人の前に立ちふさがる。
全身が漆黒の装甲に覆われ、例の如くその表情が表から消える
「俺は、黎明に協力する気はありません。東郷って人の真意がなんだか知りませんが……」
「それよりも何故、私達の前に立ちふさがる?」
「俺の横を通り過ぎた瞬間……あなた達は敵です。意味、分かりますか?」
深知が一瞬、博士の袖を強く握る。
「私を娘もろとも痛めつけようというのかい。面白い警告だ」
「明理さんと違って、女の子を殴る趣味は無いんですけど」
「……いいや、君は本当にいい子だ」
不意に、博士が深知を自分の背中に隠す。
その意味を勇治が思考した瞬間、後ろから無数の衝撃が襲い掛かってきた。
「なっ!?」
「追っ手が来たようだね!」
博士は勇治を盾代わりにして、すぐさま深知をつれて森の中に逃げ込む。
勇治もそれを慌てて追おうとするが、後ろを確認して軽く二歩下がって振り向くだけに留まった。
目の前に広がっていたのは脳裏を僅かに掠めた予想が見事的中した最悪の事態。アサルトライフルを構えたアルク・ミラー……いや、錬装機兵の群れ。具体的な数は見えているだけでも、5人以上。
「くそっ、こんなところまで!」
相手が武器をこちらに向けている以上、勇治は反射的に拳銃を発現させ、構える。が、敵は複数。適度に互いの感覚を開けており、その狙いは全く定まらない。
「貴様が黎明の錬金術師が作ったという錬装機兵のオリジナルか」
真ん中の兵が銃口を軽く上げながら問いかけてくる。声はくぐもってはいるが、その重さ、低さからそこそこの年を感じさせる。体も一回り大きく、装備の色と形状も他の兵士と異なる。指揮官格であることは間違いない。
「先程の銃弾の雨が全く効いてないのは驚かされるが、それはこちらとて同じこと。貴様の武器がそのハンドガンのみならばなおさらだ」
「……くぅっ!」
「構えも完全に素人だな。まぁ、この国の普通の子供ならば仕方あるまい」
武器の取り扱いに関しての互いの錬度の差は誰が見ても明らかであった。そして、チームでの戦闘についても。目の前の5人の錬装機兵は指揮官を始め、互いの隙と死角を補っている陣形だ。
「格闘戦なら装甲強度が弱まるらしいが、ならば数の上でこちらに利がある。これでもまだ抵抗するつもりか?」
「お前らに降伏したところで……!」
「ならば、死ね」
一際低い号令と共に、5人のアサルトライフルから一斉に銃弾が発射される。
勇治はこのくらいなら大丈夫とすぐさま拳銃をマチェットナイフ形態に切り替え、目標を一人に絞って突撃する。
……が、結局は戦闘の素人の考え。ターゲットとなった者はすぐに勇治から距離をとり、その隙に残りの4人が一斉に銃撃を浴びせる。装備が同じものであるが故に、誤射など全く気にしない一斉射撃。しかも銃弾が尽きることはない。
「いくら性能の良い鎧を纏っていようと、所詮はガキだ!」
「悪い玩具は取り上げてやらんとな!」
「油断するな、オリジナルはどんな仕掛けがしてあるか分からん。連携を崩さず、確実に仕留めるぞ!」
兵士達の声が飛ぶ中、勇治は真っ向から向かっても勝ち目はないと直感し、一旦森の中に飛び込むように逃げる。
銃弾は貫通こそしていないものの、全身に鈍い痛みが走っていた。ふと、胸や腕の部分を見ると、装甲のいたるところに亀裂ができている。
(修復が追いついていない!?くそっ、こんな状態で格闘戦なんて出来ないぞ!)
勇治はとにかく夜の森の中を全速力で駆け抜ける。まともに戦ってはいけない。とりあえず今は逃げなければ、ただその一心であった。
「遅いよぉ、ぼーやぁ」
全速力で走っているはずの耳元に、突如まとわり着くような囁き。
勇治は声の方向へと首を動かすと、次の瞬間、体全体が吹っ飛ばされていた。
「はっはぁ!前はよーく見ておかないとねぇっ!」
囁き声そのものが罠。それに気づいた時は、既に勇治は前方の木と衝突して、大きく体勢を崩してしまっていた。
「装備はしょっぱいが、役に立つもんだなあっ!この『疾風』もぉっ!」
相手がどのような意図でこんな大声を出しているのか分からないが、全く視界の利かない、灯り一つない夜の森の中では逆に好都合。その声を頼りに相手の位置を把握できる。
しかし、それも一瞬。
険しい森の中では、下手に体をよじらせると足を取られてしまう。
「こーゆー所でこそ、こいつの性能発揮よぉっ!」
相手の装備は向こうの名乗りからして『疾風』。機動性は非常に高いが、装備は最低限のものということは勇治も記憶していた。しかし、今の環境のような入り組んだ場所や閉所においては、小回りが利くというのが何よりのアドバンテージなのだ。
加えて声を聞く限り、相手はかなりの興奮状態。いつぞやの出来損ないのアルク・ミラーとの戦いが、勇治の脳裏をよぎった。
(動き回れない上、銃では決定打もない!ここはナイフで!)
勇治は右手からナイフを発現させ握り締める。過去の経験から言っても、これならばアルク・ミラー相手でも十分に通用する武器だという確信はあった。……が、これは完全な失策。
ナイフを発現させ、熱を灯した瞬間、勇治は思わず「あっ」と声が漏れてしまう。同時に、暗闇の中の相手の口からは笑みがこぼれる。
――ナイフから光が出たのだ、その高熱で。
「しまっ……!?」
「馬鹿がぁっ!」
その僅かな光で、勇治の姿がさらけ出されてしまう。その一瞬の隙を相手が見逃すはずがない。勇治はすぐさまナイフから手を離すが、引っ込めようとした前腕部に焼けつきそうなほどの電撃が走る。
「あっ、うあああぁぁーーっ!?」
「捕らえたぜぇぇぇいっ!」
相手の歓喜の声ともに、勇治の体は自由を失い、そのまま地面に叩きつけられる。装甲を貫き、勇治の右前腕部に刺さったコンバットナイフは、まるで獣の歯の如く喰らい付いた獲物を離さず、その肉を引きちぎろうと暴れ回る。
勇治はこれまで経験したことの無いような激痛に悶え、叫喚し、足をばたつかせる。
「暴れても無駄だぜぇ!このナイフには『返し』がついててなぁ、逃れようとするほど苦しむって作りなのよぉ!」
「ぅがぁぁぅぁあぁっ!?」
既に勇治の頭の中は真っ白になっていた。ただ、目の前の腕の激痛から逃れようと必死だった。
なんとか相手を引き離そうと地面に倒れた状態から蹴り上げるが、相手は驚くほどあっさりと間合いをとり、その蹴りも宙を舞うのみ。
「そいつは記念にプレゼントするぜ!ナイフは何本でも作れるからなぁ!」
これが錬装機兵の、アルク・ミラーの強みなのだ。
暗闇の中で僅かに光の文字が走るが、相手はすぐに場所を変え暗闇の森の中に身を隠す。さらに加えて、森の奥から明らかに獣とは違う『何者か』の接近音。
真っ向から立ち向かってはいけないとかいう問題ではない。相手をしたら負ける。絶望めいた確信が、勇治の精神を支配した。
ナイフは前腕に刺さったまま抜ける気配がない、抜こうとすると余計状況が悪くなる。今はそのまま逃げるしかない。だがどこへ?
(い、いや……人里……なら……!)
自分はともかく、相手側は錬装機兵のことはあまり表沙汰にしたくないはず。目撃者が口封じのため殺されるかもしれないが、今の勇治にはそこまで考えが及ばなかった。とにかく、命の危険を感じて、そこから脱そうとする本能に近いものであった。
勇治は右腕を押さえながら、再び必死に走り出す。すぐさま『疾風』が後方、いや寧ろ木々の上から追ってくるが、そんなものを気にしてはいられなかった。
「あっ!?」
だが、残酷なことにそれも長くは続かない。
足元には十分に気をつけていたはずなのに、足元を完全に取られた。視界が一気に下降する。足元は更なる暗闇が待っていた。間髪いれずに全身に衝撃と破砕音が聞こえるが、体そのものの痛みはまだ前腕部だけで済んでいる。
「く、そ……また、落とし穴……?」
穴の中には鋭利な鉄槍が仕込まれていたのだろうが、無傷なのは錬装さまさまである。しかし、穴の大きさはそう広くなく、大の大人がすっぽり入る程度である。腕の痛みが酷くなっているのも手伝って、体勢を変えるのに手間取っていた。
穴の深さはどの程度なのか、夜の森の中ということもあってさっぱり分からない。
「ひっかかった!ひっかかった!馬鹿がまた引っかかった!」
脱出方法を考えていると、上から人を小馬鹿にしたような声が響いてきた。先程からの『疾風』の男だ。
「これでもうお前は袋の鼠だなぁ!仲間が追いついたら鉛の雨をたーんと降らせてやるぜ!」
「くっ……」
いよいよもって万事休す。
屋敷からかなり離れてしまったので、明理の助けも期待できない。
流石の勇治も諦めの気持ちが強くなっていく。
「はっはっは!ションベン漏らしながら命乞いでもすれば、生かしてやらんこともないがなぁ!」
「…………」
「おいおい、何黙ってんだよぉ。もっと足掻いて楽しませろよぉ」
今まで夢中になって逃げ回っていたので気がつかなかったが、この男、性格が最悪だ。勇治は久しぶりに根本から人を嫌う感覚を味わった。
「お前まだ学生だろぉ?高校生くらいか?俺高校行ってねーんだよ。家がびんぼーでさ。頭も悪いけど。おまけにやたらと喧嘩売られるから、つい返り討ちにして、鑑別所送りになったから……中学もまともに行ってなかったけな!」
「…………」
「でも、この力を貰ってまさかまさかまさかの人生大逆転って奴?いやいやいやいや世の中は面白れーな!俺のことを馬鹿とか、全く努力をしていないって奴は、これから片っ端からこき使われるんだぜ?反抗したらちょいと首ひねってやれば終わりよ」
「……何が言いたい?」
「あーあー、お前もどーせ、親とか先生の言われるがままに勉強に励んでたってクチだろ?そんな奴らを徹底的に見下したいんだよ、俺は」
勇治は相手にも聞こえるくらいに鼻で笑う。
「……変わらないじゃないか」
「あぁ?」
「あんたが見下そうとしている奴らとあんた自身、何も変わらない!誰かの言われるがままに動く犬だ!どっちとも!」
勇治は多少キレていたのもあったが、頭の回転は止めていなかった。相手を挑発し、隙を作る、明理の得意戦法を必死に真似しようとしていたのだ。そして相手がよかったのか、案の定引っかかる。
「んだと、このガキ!」
「こっちはお前の言うとおり、もう袋の鼠だ。なのに、お前はこんな状態まで相手を追い詰めても、まだ仲間に頼ろうとするのか?情けないな、お前は武勇伝のように仲間に話すだろうが、どうせ鼻で笑われるだけだ!」
「て、てめぇ……!ぶ、ぶっ殺す!」
『ぶっ殺す』という言葉を聞いた時、勇治はあることに気づいた。声が確かに穴の中で響いたのだ。つまり相手は穴の入り口に顔を近づけている状態。勇治はすぐに光の文字が漏れないように、体の下で再度拳銃を発現させる。
「そんな力を持っても、一人では何も出来ないのか!?このチキン野郎!」
「ば、馬鹿にしやがってぇ……俺も『紫電』だったら……!」
「『紫電』だとあんたはそれこそこんな活躍なんて出来ないんじゃないのか?」
男の咆哮が落とし穴の中に木霊する。
その瞬間、勇治は穴の入り口を目掛けて発砲する。狙いは定まってもいないが、男のフェイスガードへの命中音が響いた。
「う、撃ったな……!だが、効かねぇんだよガキが……!」
「その『効かない武器』にビビッて顔を引っ込めているのは誰だよ!?」
「引っ込めてねぇよ!」
勇治はなおも発砲し続ける。男は避ける気など更々ないようで、小さな金属音が洞窟内に響き続ける。
(いよいよ体を乗り出したな……!隙を見て飛び上がって、ナイフを突き刺す!)
一か八かの賭けであったが、相手の方も負けじとハンドガンを持ち出して、勇治に発砲していた。
「効かねぇっつってんだろガキが!この鎧の前には拳銃なんて……っえ!?」
男が突然驚愕の声を漏らし、勇治への発砲が止む。
勇治も一瞬どうしたのか分からず、反応が遅れてしまう。いきなり上から何かが覆いかぶように振ってきて、勇治は思わず体を身構えた。
業を煮やした相手が、ナイフで襲い掛かって来た……というわけではない。
「……んで、だよ……?じゅうは……きかない……」
紛れもない『疾風』の男の声。しかし、男はそのまま事切れてしまう。
勇治には何が起きたのか分からなかった。だが、目の前の男は紛れもなく死んだ。
耳を凝らしてみるが、他に上から物音は聞こえない。一先ずは助かった。
「よ、よく分かんないけど……な、何とか、か……?」
勇治はフェイスガードの下で大きく息をつく。そして自嘲する。
目の前で人が死んで安堵する状態に。




