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錬装機兵アルク・ミラー  作者: 四次元
交差する白と黒
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39.トップダウン

 時を同じくして、勇治と天北博士達は屋敷の中をこそこそと走り回っていた。

 なぜ『こそこそ』なのかというと、人と監視カメラの目を避けるためだ。


「というか、あなたはこの屋敷の研究者だろ?何で避難するのにこんなことを?」


 壁に張り付きながら進み、時にはマスターキーのようなものを使って他の部屋に入って、警備員の目をすり抜け、どうしても見つかってしまった場合は、適当なことを言って誤魔化し、かれこれ10分ほど。

 勇治から同じ質問を3回ほどされて、天北博士はようやく軽そうな口を重々しく開いた。


「んー、言ってみれば、この混乱はまたとないチャンスでもあるからねぇ」

「チャンス?」

「ここの監視の目が抜ける絶好の、ね」


 勇治たちはとうとう玄関口の大広間までたどり着くが、玄関は既に大きく開け放たれており、何人もの警備兵達が怒鳴りながら、命令を飛ばしていた。

 その中には、全身にダークグレーの装甲を纏っている者も何人かおり、その光景を見て勇治は思わず生唾を飲み込んだ。


「あ、あれがまさか……」

「そ、量産型の。あれは『疾風』と『彩雲』だねぇ。一番戦闘力の高い『紫電』は……みんな出払っているのかな?」

「さっきの侵入者に向かったのかも」

「ありえるね」


 とはいえ、この状態では先に進めない。

 天北博士は「ふむ」と顎をつまんだ後、程なくして深知に何かを告げる。彼女は軽く頷き、そのまま錬装機兵の集団の中へと一人向かっていく。


「……大丈夫なんですか?」

「彼女は僕以上に自由を許されている。逃げ遅れたって言えば、情報を引き出してくれるはずさ」


 メイド服を着させられた年端もゆかぬ少女の登場に、見張りの男達はやや面食らっていたようだが、渋々と何かの門答を交し始める。そして兵士達に軽くお辞儀をして、すぐに彼女は二人のところまで戻って来る。


「深知、どうだった?」

「侵入者にかなり手こずっているみたい。何人かやられたって。お父さんの研究が不完全じゃないのかって怒ってたよ」

「自分達でこれを使うって決めたくせに、不完全もなにも……まぁいいか」


 天北博士は不満そうに口を尖らせながらも、振り返って勇治の顔を見る。


「どうやら君の連れの方は心配しなくてもよさそうだね。に、しても、『紫電』のスペックは結構自信あったんだけどなぁ」


 天北博士はぼりぼりと頭を掻きながら、笑みを交えて大げさに困ったような表情を見せた。

 

「……まるで気にしてないって言い方ですね」

「現段階でオリジナルに勝てるなんて思っちゃいないさ。それよりもアルク・ミラーの対抗策があるってのが気になるところだね」

「あの侵入者……ウォーダっていうんですけど、奴もかなり強いはずですよ。明理さんでも苦戦したらしいですし」


 勇治の答えに、天北博士はぶんぶんと首を振る。


「いやいや。個々の能力が高くたって、結局戦いは数のはずさ。加えてこちらは人質もいるし、場所的な強みだってある。それなのに未だに苦戦しているというのは、相手が完全に対アルク・ミラー戦を心得ているってことなんだ」


 彼の言葉は、勇治の心の中により一層の不安感を掻き立てた。

 始めに明理とウォーダが対峙した時は、明理がアルク・ミラーかどうかが分かっていなかったのだ。アンノウン故に確信の取れた対策も講じられなかった、という可能性も大いにある。


「参ったねこれは。こっちは対アルク・ミラー戦なんて、完全に後回しにしてきたからねぇ」

「黎明にも情報を流していたなら、いずれはそうなるんじゃないんですか?」

「うーん、黎明にはそれこそ偽のデータしか送ってないからなー。上の連中の指示が裏目に出たね」


 まるで人事のように話す父親をよそに、深知はどこからともかくタブレットを取り出して何やら操作をしている。


「何してるの?」

「ここの屋敷の管理システムを覗いている。外への逃げ道を確認するから」


 後ろで「もちろんそれは僕が調整したんだけどね」と、天北博士が付け加えるが、勇治はこの状況下で淡々とこういった行動が取れる彼女に対して微妙な感情を抱いていた。幼いながらも結構な美少女なのに基本的に無感情で、無表情。加えておかっぱ頭にメイド服という趣味の悪い容姿と、この少女の境遇が気になって仕方なく、自然とその言動に目が引き付けられていたのである。

 深知の方もそんな勇治の視線に気がついたのか、二人は思わず目が合ってしまう。


「……娘をどうしようというのだね、少年?」

「え”っ!?」

「惚れるのは分かる。だが、もし手を出そうならば……」

「な、何言ってるんすかっ!?」

 

 鬼の面を被ったような博士の表情に、迂闊に彼女を覗き込もうならこうなる、ということを勇治は理解し、大人しく深知から距離を取る。

 近くから僅かに溜息のような音が漏れるが、すぐに深知がタブレットを父親に見せて言った。


「ここからだと、東棟の二番地下通路が安全で確実」

「一番通路は?あそこなら車も使えたと思うけど」

「誰かに先を越された。端島ではないみたい」

「ふーむ、僕らの他に脱走希望者がいたとはね。ま、仕方ない」


 さらに二人が地下通路までの安全な経路を確認しているところで、勇治もようやく強く尋ねた。


「ふ、二人とも、本当に脱走する気なんですか!?」

「だって、またとないタイミングだし」

「さっきまで、僕らを調べたいとか言ってたじゃないですか!」

「そうだよ。でも予想以上に相手の動きが早かったからね。こっちも早めに動かないと。何事も安全第一だ」


 今度は何をしているんだと言わんばかりの態度で勇治を誘導しながら、天北博士と深知は足を進める。


「いや、別に俺は……」


 勇治は苦々しい顔をしながらも、二人の後を追う。浩輔のことも気になるが、話を聞く限りは明理に任せといて問題なさそうと思ったからだ。

 屋敷の構造が複雑すぎてもはやどこをどう来たのか分からなくはあったが、とりあえず三人は地下への入り口まで辿り着く。


「どうだい、深知?」

「さっきから管理システムに次々とエラーが出ている」

「ここのコンピューターをそう都合よくハッキング出来るとは思えないから……物理的な問題かな?」


 勇治は間違いなく明理の仕業だ、と確信した。それと同時に少し安堵する。

 本当なら地下への扉を開く際に管理室にもその情報が伝わるのだが、今の状態ならドサクサに紛れて問題ないとのこと。

 三人は地下への非常階段を駆け下り、さらにその先の地下通路へと向かう。通路は人二人がギリギリ通れるくらいの広さだが、ちゃんとした照明が灯されており、やや圧迫感はあるものの、逆に不安を煽らない造りであった。


「さーて、ここからが少し長いぞ」

「思ったよりも距離ありますね。一体どこに出るんですか?」

「どこぞやの山の中さ。それでも人里近いのは確かだよ」


 適当なことを言っているのか、それとも本当に詳しくないのか。

 そんな疑問を抱かせつつも、天北博士は入り口すぐ横の『緊急避難用』と書かれた開き戸を開ける。中から出てきたのは、ペダルが二つついた自転車、らしきもの。後ろには台車までついている。自転車のグリップ部分も通常のものより長く、さらにその先には小さい車輪のようなものもついていた。

 壁の両側面には腹の位置くらいの高さに手すりがついているのだが、よく見ると奥に溝のようなものもある。自転車のグリップの先の車輪がその両方の手すりの溝と一致し、勇治もよく出来ていると思わず感心してしまった。


「感心している場合じゃないぞ、君も漕ぐんだ」

「やっぱり……」

「何が『やっぱり』、だ。深知の足が逞しくなってしまったらどうする?おまけにスカートだぞ?」

「別にいいですけど、前はお願いしますよ」


 今の状況を想定したのかどうかは分からないが、ペダルは二人分ある。先頭に天北博士が乗り、その後ろに勇治が乗る。そして一番後ろの台車に深知が座り込み、タブレットの操作に没頭していた。

 二人が漕ぎ始めると、台車つき自転車は実にスムーズに走り始めた。台車付きとはとはいえ、整備が行き届いているのか車輪は不快な摩擦音一つなく回り続け、ギアを調整すると、ペダリングはほとんど苦にならないものであった。更に両端が固定されているために、ハンドリングの調整も必要なし。後はただ漕ぐだけ。


「便利といえば便利ですけど、無駄にお金のかかったローテクのような……」

「緊急時にこそローテクだよ。今はまだいいが電源がやられた時は悲惨だからな。両端の固定だって、万が一地震などで歪んでしまった時は、ちゃんと外せるように出来ている」


 本来なら、要人を逃がしやすくするために作られた設計、というところだ。傍から見れば戦闘メカが爆発した後に逃げる3人組……とも取れるシュールな構図だが、これはこれで案外快適なのだからしょうがない。

 とはいえども、ここはあくまでも予備の脱出経路。本来の一番地下通路なら、もっとしっかりした造りになっており、ちゃんと車も用意されてある。


「……それで?ここまで付いて来たってことは、これは私達に協力する、という返答だと解釈してもよいかな。少年よ?」


 天北博士は前を向いたままであるが、その口元のにやけ方は後ろからでも分かる。


「いいえ違います。ただ、あなたの持ってる情報が欲しいだけです」


 それに対して勇治ははっきり、きっぱり、と否定する。

 博士の方も分かってはいたみたいで、「つれないなぁ」と軽くこぼした。


「さっきはよく聞けなかったんですけど、アルク・ミラーは実際にどうやって作り出されているのか、それを教えてください」

「……それは君が一番よく分かっているんじゃないのかい?」


 そうは返したものの、後ろからの返答は無言の重圧。

 流石にここは空気を読まなければと、天北博士は口早に話し始めた。


「……ま、まぁ、君くらいの年の子にも分かるくらいに言うと、特定の物質を生成する化学反応式を人のコード情報の隙間に入れ込んでやるんだよ。後は、物質をどういう風に形どるか、つまりは出来上がり後の装甲と武器の形状の情報を交えて……」

「装甲素材の化学反応式……そんなものを?」

「ああ、特別に強く発現するコードは、周囲の物質を取り込んでそれを具現化する」


 周囲の物質の取り込み。そして具現化。

 先程の書類に書かれており、勇治自身もナイフを作り出すときに無意識にやっていた行動だ。


「ちなみにアルク・ミラーの装甲は、炭素繊維をベースとして、衝撃吸収ゲルに断熱ポリマー等といったものの複合素材だ。軽いのが利点だけど、実は装甲自体の強度はそれほどないんだよね」


 勇治はその何気ない情報に驚きを隠せず、思わず声が漏れてしまう。


「あぁ、知らなかったなら気をつけた方がいいよ。アルク・ミラーの真髄は『装甲の生成』にあると言っても過言ではない。例えば、銃弾が装甲に当たったとするだろ。その瞬間、弾丸の接触した部分から次々に装甲と衝撃吸収素材が生成され、それがリアクティブアーマーのごとく外に向かって拡散していく。これによって『銃弾が装甲に弾かれる』わけだ。見かけ上はね」

「そうだったのか……」

「もちろん、この見かけ上の耐弾性にも限界はある。機関銃くらいなら耐えはしたけど、戦車砲は流石に無理だったね。多分、瞬間的な威力が高すぎると、装甲の生成、つまり衝撃の減衰が追いつかないんだろう」

「無理だった、って……」


 勇治の問いかけに対して、天北博士は前を向いたままこっくりと顎を下げる。


「なんてことするんですか!?」

「いや、限界強度を確かめるのは基本だろう?キノコが安全かどうかだって、実際に食べてみないとわかんないわけだし。研究にはそれなりの犠牲がつきものだよ」

「話を逸らさないでください」


 人命に対してあっけらかんとした物言いにやや憤慨したものの、勇治はそれ以上攻めることはできない。目の前の男も事情はどうであれ、結局はまた別の誰かに利用されているだけだ。今は個人の罪を追及している場合ではない。


「……まぁ、とりあえず防御力の秘密は分かりました。だけど、アルク・ミラー同士で戦ったときにも装甲の強度が落ちるのは?」

「確証まではいかないけれど、互いのコード情報が干渉しあって、装甲の生成が阻害されたり、組成に変化が起きている、ってのが有力かな」

「干渉、か……」


 干渉。

 勇治も以前、明理にダメージを喰らわせた『干渉弾』の話は浩輔から聞かされていた。ここで博士の言うこととの関係性は十中八九間違いないだろう。


「俺が言うのもなんですけど、その干渉ってのを利用すれば、普通の人でもアルク・ミラーに対抗できてしまうんじゃないんですか?」

「干渉兵器の構想はもちろん出たさ。だが、生半可なモノでアルク・ミラーの装甲を破ることは出来なかった。それだと、単にもっと強い武器で力押ししたほうが早いって結果になったんだよ」


 やはりながら、錬金術の応用に関してはユミルが一つ抜きんでている。

 干渉兵器とやらが実用化されれば、アルク・ミラーの脅威はかなり小さくなる。だが、それ故にあえて深く研究しないということなのかもしれない、と勇治は思った。


「それと、もう一つ言っておくけど、特定の現象を起こすコードというのはほとんど解明されていない」

「ほとんどって……複雑な武器や装甲が作れているのに?」

「それも既存のデータの流用なんだよ」


 博士は自嘲めいた笑みを浮かべる。


「東郷さんが送ってきたのさ。錬装機兵研究の立ち上げの最初も最初。『このデータを使ってみろ』ってね」

「黎明も色々研究していたようですけど?」

「僕は二重スパイだよ?双方の事情は粗方知っている。確実に言えるのは、あの時点で一番錬金術に詳しいのは東郷さんだったのさ。そして、送ってきたデータも既に完成されたアルク・ミラーのものだった。装備は突撃銃と白兵戦闘用ナイフ……」


 勇治も博士の言おうとしていることを理解した。


「東郷も、ですか……」

「そうだろうね」


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