表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
錬装機兵アルク・ミラー  作者: 四次元
交差する白と黒
40/112

38.錬装機兵

 ウォーダの足に迷いは無い。

 廊下の分岐などお構いなし、道が無いなら壊して進めばよい。ただ目標に向かって一直線。屋敷の警備員も文字通り鬼人の如き彼の姿を一目見た瞬間に戦意喪失し、モーセの奇跡の如く道を開ける。

 ウォーダも彼らのことが眼中にない……わけではない。本来なら錬金術の秘密を無闇に探る者は全て抹殺すべきもの。……なのだが、ここに来てまさかの方針変更だ。

 主人に反抗する気はないが、どうも最近は対応が後手後手に回っている気がしないでもない。

 だが、創られし存在の彼に与えられた存在意義は唯一つ。

 今はただ、命令の範囲内で可能な限り彼女を支えてやらねばならない。


(来る……か)


 行く手には、屋敷の離れへと続く渡り廊下。幅は4メートルほどで、側面の壁がガラス張りになっている。本来なら自慢の庭園でも眺められる作りになっているのだろうが、既に日が落ち、周辺は森に囲まれているため、草葉の影が夜風に揺られている以外は何も分からない。

 つまりは、待ち伏せするのは格好の場所。


(…………)


 それでも決断は早かった。

 すぐに渡り廊下を一歩、二歩と踏み出し、体を前に軽く傾け、ただ前方のみを見据える。


(一発目だけなら貰ってやるが)


 その刹那、ガラスの破砕音と共にウォーダの足に鋭い衝撃が走る。バランスを崩して前のめりになった瞬間、周りから一斉に黒い影が飛び出し、次々と銃声が鳴り響く。

 その音の合図と共に鉛弾が前方からウォーダの位置で交差するように次々と襲い掛かって来た。


「ぬぅっ!?『殺し間』かっ!」


 本来なら、前にも後ろにも逃げようのない弾丸の嵐。

 伏せて回避しようにも、弾の狙いの高さも様々だ。確実に数十発は体に当たる。

 ウォーダは手持ちの巨大な棒を振り回し、襲い掛かる弾をはじき返すが、棒への激突を免れた銃弾はもれなく彼の体に突き刺さる。だが、ウォーダは全くたじろぐ気配を見せない。棒を振り回しながら、ひたすら前方へと突き進む。銃撃の角度は次第に変わっていくが、左右が真向かいになろうとも発砲を止める気配が無い。


(なるほど……なっ!)


 離れのドアまであと数メートル。

 ウォーダはそのままドアを破ろうと肩を突き出すが、ドアは内側から開け放たれ、その先から現れた無数の銃口、そしてレーザーサイトが彼の全身を捉える。


動くな(フリーズ)っ!」


 一気に静まり返った空間に、低い男の声が鳴り響く。

 僅かの数秒の間に四方からの包囲。加えて相手は年齢、性別すら分からない。全身を纏うダークグレーの装甲。統一された形状と武器。その無駄の無いフォルム。

 そして、鮮やかな連携。

 思わず足を止めたウォーダの碧い目が、いつにもまして冷たく尖る。


「……これが、量産型のアルク・ミラーという奴か」

「違うな、これは『錬装機兵』というものだ」


 ドアの後ろから出てきたのは、端島雄大であった。

 自信に満ちた声を出してはいるが、その表情は先程からの苛立ちを隠せていない。


「今さら人造人間ホムンクルスとやらの技術がどこまで役に立つか分からんが、貴様も回収するとしよう」

「……なるほど、完全にこちらの情報が筒抜けというわけか」

「ああ、お間抜けな貴様の主人のおかげでな」


 雄大は顎を上げ、見下したように挑発するが、ウォーダは視線一つ動かさない。息を一切乱さぬまま、静かに問いかける。


「……で、お前は、錬装化しないのか?」

「私が?」


 雄大はその質問を聞き返すが、すぐに一歩下がり、二人の兵士が前方を固めた。


「ふ……ふん。それは私も同じ疑問だな。貴様のような人造人間ホムンクルスとやらは錬装化しないのか?」

「……錬装能力は人間にしか付与できん」

「ほほーう、それはいいことを聞いた。これでますますこちらが負ける道理がなくなったわけだ」


 雄大の顔が勝ち誇ったように綻び、口調も強くなる。

 周囲を取り囲む兵士達も、じりじりと距離を詰め寄ってくる。


「貴様の身体能力がいくら優れていようと、この錬装機兵『紫電』の装甲は、重機関銃の雨にも耐え、大型トラックに跳ね飛ばされようとも傷一つ負わん代物だ!生身の生き物が勝つ可能性など、万に一つもないのだよ!」

「……可能性か。そりゃ単にお前が見たことが無いだけだ」

「戯けたことを!そんな棒一つでかぁっ!?」


 雄大の怒号と共に、ウォーダの周りから一斉に銃弾が発射される。

 その防御力ゆえに、誤射フレンドリーファイアの不安のない装備だからこそ出来る芸当だ。

 雄大も、『紫電』を纏った兵士達も、全く疑っていなかった。テストの上で何度も行ったのだ。

 たとえ、初発を逃れようと、こちらが相手の攻撃を喰らうわけが――


「ぇぁ……?」


 雄大の呼吸が一瞬止まる。

 胸に冷たい感触が走り、それに続いて血液の循環が止まる。

 顎の角度が下がり、彼の胸から伸びているものに視線が移る。

 ウォーダが手にしていた棒だ。

 その棒は雄大の前を守っていた兵士の背中に向かって伸びていた。その兵士の背中と棒の隙間から赤黒いものが、とくとくと流れ出ている。


「なぁ、ぜぇ……!?」

「たしかに重機関銃は通用しないかもしれん。だからといって、いつからアルク・ミラーの装甲があらゆる攻撃を通さない、堅牢無敵のものだと思い込んでいた?」


 流れる低い声と共に、雄大の前の兵士の体は、串刺しの状態で宙に浮き上がる。すぐさま銃声が鳴り響くが、ウォーダは今度は棒に刺した二人の死体を盾にして銃弾の雨を捌き切る。

 兵士の一人がその様子を見て思わず引き金を離すが、戦うために創られた男はその隙を見逃さない。

 ウォーダは二人の体から棒を一気に引き抜く。特に心臓を貫いていた雄大の体からは大量の血液が飛び散り、同じく刺さっていた兵士の鎧へと降り注ぐ。その光景は、周囲の人間に更なる虚を生み出した。

 真っ先に撃ち方を止めた兵士が自分が標的となっていることに気づいたときには、既にウォーダの棒は彼の頭上から振り下ろされていた。

 ナイフなどの白兵武器では全く通用しないはずの装甲が、まるでバターでも切るかのように袈裟斬りにされ、兵士の左肩から右腰にかけてすっぱりと分断される。


「怯むな!相手は生み……ぶぇぁ!?」


 なおも抵抗しようとする兵士の首を、ウォーダは一瞬で跳ね飛ばす。生物としての機能を失った体から錬装化が解け、頚動脈から血液を撒き散らしながら、成人男性の首が兵士達の目の前に転がってくる。


「て、撤退だぁ!」

「くそぉ、話が違うじゃないかぁっ!?」


 残された兵士達は一斉に夢から覚めたように一目散に散開し、屋敷や周囲の森の中に逃げ出す。ウォーダもある程度傷を負っていたせいか、大きく息を吐きながら、棒についた血を払った。


「……まだ撤退と言えるか。思ったよりも訓練されているな。しかし、劣化コピー相手とはいえ、この『干渉棍』もこうも強力だとは……」


 先を急がねばらならない。

 ウォーダはすぐに離れの屋敷の中に入り、入ってすぐの階段を駆け下りる。


(まるでこうなるのを見越していたみたいに……マスターは一体何を求めているんだ?)


 ただ、ユミルを護る守護者として生み出されたはずの存在。

 しかし、ここ最近は、その主人の考え方を疑ってしまうような展開が進んでいる。無論、ウォーダには主人への猜疑心はあっても反逆心は一向に芽生えない。寧ろ、主人に猜疑心を持つように創られていること自体が、彼女の何か考えあってのことに思えて仕方ない。それはそれで酷ではあるのだが。

 地下への階段を駆け下りると、そこには大人三人が通れそうなくらいの広さの通路、その先には最新のセキュリティー感漂う扉が立ちふさがっていた。


「アイキの奴はこの奥か……さて……」


 干渉棍で正面のドアと隣の壁を突いてみるが、思いのほか頑丈に出来ているようだ。この特注の棍も、対アルク・ミラーの武器ではあるが、純粋に頑丈なものに対してはただの金属棒と化してしまう。


「よう」


 次の手を考えようとした瞬間だっただけに、ウォーダはやや苦々しく思いながらも、白い破壊魔の登場を歓迎する。その両手には返り血がついているが、おそらく先程逃げ出した兵の何人かと遭遇し、そのまま屠ったのだろう。

 シグ・フェイスほどの実力があれば、あのような劣化コピー集団などさほど相手にならない、ということはウォーダ自身も認めている。アルク・ミラー同士の戦闘なら互いの装甲強度が弱まるため、後は中の人物の強さによる。連携が取れていた状態ならともかく、浮き足立った兵ならなおさらだ。


「今の目的は同じだろう?」

「そこの扉を開けるとこまでは、な。その先は知らん」


 明理の方も事情を簡単に理解したのか、その扉の計器に向かって左腕からの強烈な電撃を喰らわせる。計器のパネルからは文字化けしたような記号が色々と出たが、最終的に爆発ということで収まり、明理は渋々右手の溶断破砕に切り替える。ウォーダも始めからそうしろという突っ込みは自重した。

 扉の先は年代ものの鉄格子の牢屋で、二人の目的はここで分かれる。

 先に目的のものを見つけたのはウォーダのほうであった。


「……む、アイキか。拘束は特にされていないようだが……」


 牢屋の鍵がシンプルな金属製と見るや、ウォーダは干渉棍を打ち付けてものの数秒で鍵を破壊し、牢屋の扉を開ける。中には愛樹が仰向けに寝転がっていたが、外の様子にも全く反応を示さない。


「おい、起きろ、アイキ。嫌だろうが、助けに来てやったぞ」

「こいつがあの紅い奴の中身か……まだ生きてんの?」


 先程からぴくりとも動かないので、これも当然の反応だが、ウォーダは手早く彼の呼吸と脈を確認する。そして、彼の手の甲から伸びている管に気づき、それを乱暴に引っこ抜いた。


「こんな牢屋の中で点滴か?」

「ご丁寧に麻酔入りだ。下手に拘束するより確実ではあるな」


 ウォーダは嘆息すると、ぐったりとした愛樹の体を肩に担ぎ上げる。


「……もう帰るのか?」

「今回の目的はこれだけだ」

「じゃあ、次回は敵同士だな」

「…………」


 明理はフェイスガードの下で不適に笑いながらウォーダを煽るが、返ってきたのは何ともしがたいような、やや怪訝そうな表情であった。

 

「一つ聞いておく、シグ・フェイス」

「ああ?」

「自分の記憶に興味はあるか?」

「あのババアは見えたんだったな。教えてくれるのか?」


 ウォーダは静かに首を横に振る。


「いや、うちのマスターといえども、あの一瞬でそこまでのコードを読み取ることはできない。だが、一番始めに出てきた記憶の断片……その人物が持っている命題、要は生きる意味という奴だな。……それには俺達への明確な殺意があった」

「今も結構あるんだけどなー」

「そんな生易しいもんじゃないぞ。生きる意味とは、その人物が欲求を超えて何よりも優先する行動だ。この意味が分るか?」

「もったいぶってんじゃねえ。とっとと答えを教えろよ」


 僅かな時間、場に静寂が流れる。

 ウォーダは明理をじっと見たまま、口をつぐんでいる。


「……やはり、知らない方がよさそうだな。興味本位で記憶を取り戻されると、取り返しのつかないことになりそうだ」

「そ、れ、か、よっ!」

「それが俺達にとっても都合がよいし、お前のためでもある」

「私をここまでオアズケするとはいい度胸じゃねーかっ!」


 ウォーダは明理の台詞が終わる前にそのまま後ろに向かって駆け出し、あっという間に立ち去ってしまった。通路の奥から階段を駆け上がる音が鳴り響き、明理を軽く八つ当たり気味に鉄格子を殴りつける。


「あー胸糞悪ぃ」


 明理は一人ぼやきながらも牢屋の中を進んでいく。

 牢の中には他にも原始人のように毛が伸びきった囚人が蠢いていたが、とりあえず片手間で鍵を破壊しながら、ただ目的の人間に向かって突き進む。

 そして、牢の一番奥。ドアの上に『使用中』と書かれたプレートが取り付けられた部屋を見つける。その扉は中途半端に開いていており、小さな金切り音を鳴らしていた。


「コースケー、生き……てるかー……」


 冗談交じりに登場しようとしていた明理も、その部屋の形相には軽く引いたようで、やや声が尻すぼみになった。浩輔は……一応生きてはいるようだ。大の字の格好になった状態で、壁に両手両足を手錠で固定されてはいるようだが。服のあちこちが破けており、顔にも一目見て解かる痛々しい痣が出来ていた。

 加えて、部屋の中には他にも三角木馬や石抱や水車に、果ては断頭台や鉄の処女など古今東西趣味の悪い拷問器具のオンパレード。


「……まぁ、このラインナップの中で、これを選択されただけまだ運がいい方だと思うぞ」

「……敢えてこれを選択されたんですけどね」


 とりあえず拘束具を破壊して浩輔を自由にするが、拷問を受けた本人はかなり足にも来ていたらしく、体が壁から解放された瞬間、よろよろとおぼつかない足取りで近くにあった三角木馬に手をつく。


「……眼鏡をかけた、小太りの男、見ませんでしたか?あと唇が厚ぼったい感じの」


 浩輔は頬のあざを摩りながら、ドアの外へ視線を向けたままぼそりと尋ねた。

 助けられてからの一発目の台詞にしては唐突過ぎる内容。

 明理も軽く首を傾げてから、「いいや」と答える。


「くそ……逃げ足の速さは流石だな……」 

「いや、拘束されてた奴が言う台詞じゃねーだろ」


 明理はなぜ自分がツッコミ役に回らないといかんのかと不満げに浩輔の頭を叩く。


「個人的な復讐に手を貸すつもりはないと言ったのはそっちですよ」

「……そんなこと言ったかぁ?」

「会って一週間くらいでしたね」

「ん~……覚えてねぇな」


 そんなやり取りをしつつ、明理は浩輔に肩を貸して、部屋を出る。

 その途中で記憶を探るうちに彼の言うところの意味が分かったのだが、それを出すのは癪だった。


「コースケ、この一連の事件に関してはお前の言ってた通りだった。それは認める」

「お褒めに預かり光栄です。……ただし、少なくともここの屋敷の人間は、俺にとっては敵です」

「そりゃな。アルク・ミラーの量産型も作ってるようだし」

「マジですか……」


 できればあの老人との会話と天北博士の話を聞かせてやりたかったのだが、そこまでの余裕はない。結論からいうと敵ということが分かっていれば、今ここで話す内容でもない。

 相手が敵と分かれば、これからやることは一つ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ