3.ヒーローのお仕事
「あれだ。モノトーンファイヤーのペイントの奴、やたら尖がったもんがついてる奴。加えて、やたらビッチ臭い女の絵が描かれている奴」
過程はすっとばすとして、浩輔と明理はあれから四時間、ひたすら繁華街を歩き回って、犯人グループのバイクを探し続けた。ドラマとかだと、それっぽいBGMと共に台詞なしのダイジェストで放送される場面だ。
途中で明理が七回ほど「腹減った。何か食おう」と言い出して、牛丼屋を二件はしごしたりもしたが、これも地上波ではカット対象だろう。
そんな冗談は置いといて、ようやく被害者の女性の証言と一致したバイクを見つけたところだ。
辺りにはキャバクラ、ヘルス、ソープがひしめき合っており、いかにもな『夜の町』の光景である。そしてバイクが止まっていたのは、この繁華街の裏通りの一角の駐輪場……と化した場所。
「客引きも結構いますね。いかにもなヤーさんも、ちょこちょこいるし……これ以上は生身で近づかない方がいいでしょう」
「社会の必要悪とはいえ、こうも獲物がゴロゴロ転がってると思いっきり暴れたくなるな」
正義のヒーロー(自称)の癖に、『必要悪』という発言もいかがなものか。
しかし、本気の彼女は、一個戦車大隊にも匹敵しそうな強さであり、街ごと壊滅させるのは容易い。誇張無しの話で。
そこまで行くと、ただの虐殺者虐殺者だが、千人殺せばの英雄なら、意味は間違っていない。
「問題はどの店にいるかですね」
「面倒だけど、一件一件潰していくしかないかな。犯人に勘付かれないように」
「本当に『潰す』と、三件目あたりでこの町に人一人いなくなりますよ」
「大丈夫だ、ステルスっぽく行く。相手に非常ベル押させる隙など与えん」
もはや、どのあたりが正義のヒーローなのか。必殺仕○人、始末屋とかの方が、それっぽくていいんじゃないだろうか。広告詐欺は良くない。始めからダークヒーローということを公言しておけば、世間の理解も頂けるだろう。
一度、浩輔も彼女にそう提言したが、例に漏れず殴られた。よって口をつぐむ。
「ともかく御苦労さん。あとは帰って飯の準備でもしててくれ」
「作って置きますけど、俺は寝ときますからね。明日は二十時間越えの仕事なんで」
「今度はもっとマシな飯を用意しろよ」
「こればっかはお客さん次第です」
何はともあれ、まずは変身しないと始らない。
何とかライダーとか、何ちゃらレンジャーとかとは違って、人前では変身できないため、一旦この場所を離れ、町はずれのちょうど良さそうな廃ビル内に移動。
「ここら辺でいーか」
明理はそう言うと、軽く首を回しながら、一呼吸置く。
「錬装着甲!」
所要時間は数秒ほどもない。
特撮ものみたいに色々訳の解らないメカニズムがあるのだろうが、現実ではそんなダイジェストはお送りされないので、彼女は一瞬のうちに白色の装甲を全身に纏っている。
たしかにこれは、他の誰かに見つかったら、即研究所送りにされるだろう。
「うーし、じゃあ行って来る」
「警察の御厄介にならないように気をつけて」
この見送りも何回目だろうかと、数えるのも面倒臭く、完全に慣れてしまった。
落ち着いて考えれば、彼女が有名になればなるほど、その周りも危険に巻き込まれやすくなるのだろう。浩輔は先の事は考えないようにしていた。
「今度こそ行ってらっしゃーい……」
浩輔がそう言う前に、明理は姿を消していた。一応通りすがりの人に見つからないように、少し時間を置いて建物から出て、とぼとぼと深夜の街を歩いて帰る。
今日も空は曇っている。その中で、月だけが懸命に輝きを放っていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
浩輔が繁華街を離れて、間もない時間……
明理、もとい、正義のヒーロー(自称)シグ・フェイスは好き放題にやっていた。
「潜入の基本は相手の視界を奪うこと也」
正義のヒーローは、店の裏口から侵入し、片っ端からブレーカーを落としていた。
電線を破壊するなりして、一斉にやらないところがミソ。『どこぞやのクソガキが、いたずらをして回っている』と相手に思わせることが大事。
まともな神経の持ち主なら警察や特殊部隊、ましてや正義のヒーローがこんなことをやるとは夢にも思わない。
やられた側の脳裏には警戒心よりも、さっさととっ捕まえて、コンクリ漬けにして東京湾に沈めてやるくらいの怒りが渦巻く。そのように浮足立った敵陣の潜入など実に容易なものである。
「あっ!お前!?」
「やべ」
店の男が大声を上げようとするが、間髪いれず、彼の横隔膜付近にボディーブローが入る。男は悶絶することも許されないまま、そのまま後ろに三メートルほど吹っ飛び頭を強く打って、そのままぐったりと倒れ込み、本日五人目の犠牲者となった。
気絶したのか、それとも死んだのかは分からない。明理も調べる気はさらさらない。だが、持ち物の確認はしっかりしておく。
「財布財布……ちっ、シけてやがるな。こいつは下っ端か……」
倒れている男に頭に空の財布を叩きつけると、明理は部屋に広く設置されているモニターを眺める。この部屋は守衛室、店内で客が規定以上のヤラしいことをしていないか見張るための部屋だ。店の外の景色も映っており、ガサ入れの際にも素早い対応を行う事が出来るようになっている。
「ここは個室風呂だったか。このおっさん達もあんな厚化粧ロボットのドブスに金バラまくくらいなら、こっちに恵んでくれりゃいいのになー」
ぶつぶつと文句を言いながら、この部屋に金目の物がないか物色していると、○×町全店リストという、黒いファイルが目に入る。それを開いてみると、中にはこの地区一帯の繁華街の業種のマップ、どこがどの組の系列かが詳細に書かれていた。
これはいいものを見つけたと、明理は業種一覧の項を開き、当初の目的などすっかり忘れて、一番悪そうな店を探す。
「絶対手を出してはいけない店は……これは別の組織だからかねー」
よりどりみどり……ではあるのだが、逆にこの中から一番を決めろというのも難しい。明理は適当に鉛筆を倒して、先っぽの芯に一番近い場所を襲うことに決め、目の前のペン立てに手を伸ばそうとする。
「……ん?」
ふと、ペン立ての隣のファイルた立てに目が行く。ファイルの間に一枚の新しい上質紙が挟まっていたのだ。明理はそれを何となく手に取り、中身をざっと目を通すと鼻で笑った。
「私の知らない所でどっきりパーティーの準備をしていたとはね……なら招待されてやりましょう?」
ピンと一枚の紙を指で弾き、明理は上機嫌で裏口を破壊し、その場を去った。
紙はひらひらと宙を舞い、死者の被る面布の如く、倒れている男の顔に着陸する。
『最近シグ・フェイスと名乗る、パワードスーツらしき装備を纏った人物が騒ぎを起こしている。その被害者らの特徴から、いずれこの辺り一帯にも出現する恐れあり。もしも、奴が出現した場合は、速やかに店から離れ、BAR「DEATH SMILE」まで誘導を行う事。方法は各店舗・各人に任せる。もし、シグ・フェイスの捕獲に成功したら、協力者には二百万円の成功報酬を贈呈する。 DEATH SMILE 店主』