37.求心
――元来、科学者というものは常に歴史の裏で利用され続けれる存在であった。
表立って名を残すのは、いつの時代も政治家、もしくは軍人だ。
力の意味を知ろうとするものは、いつの時代も社会の隅へと追いやられる。
「時間の無駄だ」と。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「そもそもがオカルトな話になるが、一般の定義で言うと、賢者の石というものは本来『錬金術によって生み出されるべきもの』なんだ。だが、これはどうだい?『賢者の石が始めにあり、それによって錬金術が成り立っている』。これでは、まるっきり逆じゃないかい?」
「鶏と卵のどっちが先か考えるようなもんじゃねーか。だからどうしたんだ」
「……黎明の奴らも、ここの雇い主も、この石をアルク・ミラーを作るための道具としか思っていない。この石によって発現されるこの光の文字を、『そういうもの』としか見ていないのさ」
男がくりくりと指先だけで石を振ると、すぅっと腕の光の文字が消える。
石の使い方を熟知しているのか、随分と馴れた仕草であった。
「ふふ……アルク・ミラーの研究もよいが、僕としてはこの石の存在が気になるということさ。消費者共はいつの時代も、科学をいかに世の中に作用させるか、としか考えていない。最近は本業の科学者までもが、その研究がどんな風に役に立つのか、から研究に入ろうとする。そう、結果。結果ありきのものさ」
「科学のことはよく分かりませんが……そういうものなんじゃないですか?」
「ふん、そうかい。じゃあ、今ここではっきりと言っといてあげよう。この賢者の石は、人類の有史以来、最悪といってもいいほど危険な発明品だ。ダイナマイト、核兵器、生物兵器……そんなものと比べようがないくらいのな」
男は一瞬だけ表情に影を落とし、吐き捨てるように宣言した。
すぐに一言「実際に作られたものかどうかは分らないけどね」と、先程までのおちゃらけたような笑みを浮かべるが、一瞬だけ見えた彼の素の表情に、勇治は若干の戸惑いを覚える。
「アルク・ミラーの時点で既にかなり危険だと思いますけど、それよりももっと恐ろしいことが?」
「そう、使いようによってはね。要は応用性の問題だ。例えば核兵器なんて、極端な話、相手を殺すか脅すかしかできないだろ?使ったら使ったでその後の処理が大変だ。だが、この賢者の石を使った錬金術ってのはもっと絶対的な……おっと、これ以上は不味いかな」
「なに一人でもったいぶってんだよ」
「その危険な使い方を言えるはずがないだろう?この会話もどこで聞かれているか分かったもんじゃないしさ。しかし、確実に言えるのは、アルク・ミラー……たかだかパワードスーツなんて可愛らしいものだってことさ」
男は石を再び机にしまうと、今度はクリップで簡単に留められた10枚程度の書類を差し出す。
明理は無言でそれを受け取り、目を通して数秒も経たないうちに苦々しい舌打ちをする。
「……『錬装機兵の運用について』だとぉ?」
「僕がさっき電話で言っていた、例のモノってのはこれのことだよ。君達が驚きを取っておくタイプなら気の毒だが、量産は既に始まっているんだ。アルク・ミラーなんて、センスがあるのかないのかよく分からない名前なんかじゃなくて、こちら側でつけた呼称『錬装機兵』としてね」
「量産って……既に、完成しているってことですか?」
「ん、そのとーり。後は実戦で使ってみてどうかってところだけだね」
慌てて勇治も明理の横から、そのレポートを覗きこむ。
――『賢者の石』なる物体によって発現する『コード』と呼ばれる配列は、ヒトの生体メカニズムを解析する上で、ゲノムに匹敵する歴史的発見といっても過言ではない。
『コード』とは今まで脳髄が担っていると考えられてきた、ヒトの記憶情報もしくは意識情報を発現させたものである。
コードの解析については、ゲノム解析以上の期間を必要とする。その理由は、コードが糖、リン酸、塩基からなる遺伝子と異なり、物質的な実体を持たないことにある。また、コードの配列は個人間の相同性が極めて低いため、生物共通となる配列情報として導き出すのは困難であると考えられる。
そのため、個人の持つコード解析については、大きな成果は期待できない。
だが、一部界隈でこのコードを独自に利用した『錬金術』なるものが存在しており、我々研究チームはそこからコードの利用開発のためのヒントを得ることに成功した。
「何がヒントだ……単にあのババアの奴を丸パクしただけじゃねーか……」
「はしがきの部分だね。研究者はそういう風に書かないといけないんだよ。今はそうでも、将来のことがあるからね」
――コードの特徴として、人間の記憶、またはその時の精神状態によって、発現状態が大きく変わることである。
対照実験として、同じ三十歳の男性において、スポーツ、学術分野において特に秀でた人間と、一般企業に勤める平社員、そして引きこもりやニートのコードの発現具合を比較したところ、世間的に優秀とされている人間ほど、コードの発現量が大きいことが分かった。
このことから、コードの発現はその人間の持つ意思の強さや積極性を示すものだと考えられる。特に一芸に秀でた人間には各々に独特の強いコードが浮かび上がっていた。そして、その一芸に秀でた人間の中でもコードの発現量に差が生じていた。
さらに興味深いことに、その発現量の差は純粋な能力の差によるものではなく、その人物の社会的地位、もしくは本人の充実感に左右されるものであった。
このことを踏まえて、我々はこのコードの性質について『単なる何かの情報を示す配列だけでなく、外的に強い力を示す性質を持つ』という仮説を立てた。より踏み込んで述べるなら、『コードの発現量が大きいほど、それを現実となす力が強い』ということである。
「素人の俺が言うのもなんですけど、なんだか物凄く胡散臭くないですか?」
「そりゃそうさ。論文っぽく表記されているが、中身はFラン学生が書いた妄想よりも酷い。しかし、だ。なぜ、こんな脈絡もない滅茶苦茶な仮説が成り立つと思う?」
「……既に結果が出ているから、か」
「ご名答。そこに至るまでのプロセスと再現性が既に確立されてしまっている。曲がりなりにも科学者ならば、この間の何故そうなるのか、を考えるべきだ。しかし、その過程があまりにも科学とはかけ離れた、超常現象じみたものだからね。こいつを扱うには今までの科学者としての常識を捨てなければならない。いや、自分が科学者であることを一旦忘れなければならなかった」
男は後ろの本棚をちらりと見やる。
始めは単に難しそうな専門書が並んでいるかのように見えたが、よくよく見ると、哲学、心理学、宗教、サブカル本、果てはタイトルだけでも見てて眩暈がするようなオカルト本のラインナップだ。
これでは何の研究をしているのかさっぱり解からない。
「ま、原理的な部分は後でじっくり見てもらうとして、君達に見てほしいのはそこから3枚ほどめくった辺りからだね」
「……なるほど。穏やかじゃねーな、こいつは」
――錬装機兵の兵装について。
かくして、我々は人体に人工的に特殊なコードを打ち込むことによって錬装能力の実現に成功した。第一段階目の兵装プランとして、以下の3種を選定した。
○電撃戦用・軽量装備「疾風」
その名の通り、拠点の強襲、陽動作戦、要人の確保など『速さ』を求める作戦に対応した兵装。耐弾性はやや低く、武装も最低限のものだが、小型スラスターとアポジモーターと搭載しており、機動性は随一。スラスター噴射時のバランス制御に一定の訓練を必要とするため、錬度の高い兵を選出する。
基本武装はサプレッサー付きハンドガン(MK23)、7インチコンバットナイフ、フラッシュバン
○拠点制圧用・汎用装備「紫電」
新兵から熟練兵まで扱えるバランスの取れた汎用性タイプ。武装も充実し、耐弾性も高く、戦闘力は既存のアルク・ミラーにも匹敵する。錬装機兵部隊の主力となる兵装である。
基本武装はアサルトライフル(M4カービン)、グレネードランチャー、7インチコンバットナイフ、スタンガン機能付きナックルガード
○部隊指揮・偵察装備「彩雲」
錬装機兵部隊は、現状で絶対数が少なく、隠密作戦が多くなると予測されるため、小隊単位での作戦遂行力も重要になる。そのため、高い索敵性能・通信能力を持つ兵を部隊指揮官として設置するに至った。武装は疾風と同じく最低限のものであるが、耐弾性を重視した性能になっている。
基本装備はアサルトライフル(M4カービン)、7インチコンバットナイフ、フラッシュバン
現状では以上の3種のみであるが、その他にも拠点攻撃用、長距離攻撃、電子戦闘、光学迷彩装備などの兵装プランも現在開発中であり、調整が終了次第、逐次実戦投入を行う。
また、兵装については『書き換え』も可能であり、個人の特性に見合ったものも実際に使用して確かめることが出来る。
――そして今回、訓練が終了し調整の済んだ者の中から、特に優秀な者を50名選出した。「疾風」3名「紫電」6名「彩雲」1名の計10名を1小隊とし、5小隊、計50名で運用テストを試みる。
「ごっ、50人もっ!?」
勇治は戦慄する。
一番初めにアルク・ミラーの失敗作と戦った時も、かなり苦戦したのを覚えているからだ。フロイデ・ヘックラーにもあっさりと負け、自分の実力があまりにも未熟なのは十分に理解している。
常人相手ならともかく、相手は自分と同様の力を持った人間が圧倒的多数。しかも訓練を受け、その中でも優秀な人物を選出しているとまで書かれていると、たかだか力を手にしただけの自分に勝算があるとはとても思えなかった。
「ここに、その50人がいるんですか……?」
「ん、全部じゃないはずだけどね。詳しい数は僕も知らないよ。でも、君達を叩きのめすくらいの人数は残しているとは思うけどなぁ」
「脅しのつもりか?」
「いや、だからこそ君達には変な抵抗はして欲しくないんだ。ここに呼んだのもそのためだよ。変に抵抗して返り討ちにあって、木っ端微塵にでもされたら、それこそもったいないと思ったからね」
男は一応親切心を見せようとしているのだろうが、明理はあきれ返ったような溜息をつく。
「おっさん……お前は自分でその賢者の石の力は危険だと言ってんだぜ?どうしてそんなものの研究に私達が協力しなきゃなんねーんだ?」
「んーそうだねー……危険だからこそ見てみたいってのもあるけど……なんとなくさ、この石が私の願いを叶えてくれそうな気がしてね……」
「世界征服か?」
「そんな大それたものじゃないさ。もっと、ささやかな願いだよ。世の中にさしたる影響もなく……人は笑って絶対無理だと言うだろうけど」
明理は「馬鹿馬鹿しい」と吐き捨てる。
しかし男も、それに反論する気配もなく、ごもっともと言わんばかりにゆっくりと頷いた。
「お父さん」
部屋の中の空気を一気に入れ替えるように、先程のメイド服を着た少女がノックもなしにもう一方のドアから部屋に入って来る。表情には出さないようにしているが、息は少し上がっており、やや慌てているようにも見える。
「おー深知、お前は実によくやってくれたが、この方々が何分頑固でなぁ……」
「端島が逃げた」
「あー、もうかー……」
男はやや困ったかのように、こめかみを指で押さえて椅子に深くもたれ掛かる。
「おい、逃げたって何だ?端島ってどっちだ?あのジジイのほうか?」
メイド服姿の少女、深知は明理の方を向いて軽く頷く。
「どいうことなんですか?俺達を倒せる自信があるんじゃ?」
「……危険なことからは真っ先に逃げる。長生きの秘訣だ。覚えとけよ、少年」
明理もその言葉を聴いて合点が言ったのか、気を引き締めるかのよう首を鳴らす。
「もう黎明の奴らが手を回してきたか」
「いや、彼等にアルク・ミラーはまだ使えないはずだ。開発者の私が、最終調整中って言ってあるからね」
「……となると、あのババアか!」
次の瞬間、耳を刺すかのような爆音と共に部屋の屋根が崩壊し、明理たちの目と鼻の先に崩れ落ちる。
既に身構えていた明理は、動じる気配を一切見せず、瓦礫と共に粉塵の中に降り立った巨体を見据える。もはや顔なじみと言わんばかりの如く。
一斉に鳴り響く非常ベルの音も薄れゆくほどの空気がその場に立ち込めた。
「よう、お仲間を助けに来たのか?ウォーダ」
「反応は3つ……お前らの方だったか……」
「だとしたらどうする?」
明理は静かに指を鳴らすが、ウォーダはまるで興味ないと視線を逸らす。
その手には昼間の襲撃時と同じ、巨大な棒が携えられていた。
「今はお前らの相手をしている暇はない。今日の借りはまた後日だ」
「随分と仲間思いの婆さんなことで」
「当然だ。人に好き勝手されてはな」
「アルク・ミラーは既に量産されているらしーぞ」
「……なに?」
ウォーダがピクリと意外そうな反応をしたが、そこまで大きいものではない。
もっと驚くかと思っていた明理たちには逆にそれが意外だった。
「ならば……なおさらだ。量産などと考えている連中に渡すわけにはいかん」
「ということは、まだ何か秘密があるんだね?オリジナルには」
またまた意外なことに、ここで研究者の男が口を挟む。ウォーダを見つめるその目はキラキラと喜びの色すら浮かんでいる。そして明理は、流れるように無言のままウォーダと男の間に割り込む。
「……ふん、研究なら一人でしろ」
そう言うとウォーダは今度は入り口の扉を素手で張り倒して、そのままどこかへ去っていく。あまりにも素直に背を見せたが故に、明理も無理に追おうとはしない。
「……あのユミルとかいう老婆はかなりの曲者のようだね」
「ああ、秘密保持のために真っ先におっさんをぶっ殺しそうなもんだがな」
男は立ち上がって娘の無事を確認すると、あまたの上の埃を払い、机の中からノートPCを取り出して立ち上がる。
「……さて、弱々しい私達は避難させてもらうとするが、君達はどうする?」
「コースケ……、いや、私らの連れはどこにいる?」
「確証はないけど多分地下じゃないかなぁ。もう殺されてるかもしれないけれど」
「だったら骨くらいは拾ってやらねーとな。……それとおっさん、名前は?」
「はて、言ってなかったかい?天北孝一だ」
「忘れるかもしれねーけど、覚えとくよ」
明理は肩を回しながら、ウォーダの立ち去った先に向き直る。
その背中には微塵の迷いも感じられない。
「あ、明理さん……この先にはかなりの数のアルク・ミラーがいるかも……」
「ウォーダの野郎の反応を見る限り、おそらく対処はできるんだろう。なら、あいつにできて私にできんわけがない。やり方があるんだったら、直接見て盗む」
勇治の不安など何の問題かとばっさり切り捨て、明理は破壊されたドアの淵に手をかけて立ち止まり、振り返らずに、やや調子がかった声で尋ねる。
「おっさん、私は、シグ・フェイスは正義のヒーローだと、そう思えるか?」
「質問の意図が分からないね」
「ふん、じゃあ、量産型のアルク・ミラーはヒーローって呼べると思うか?」
「……天地がひっくり返ろうと呼べない、ね。それは断言できるよ」
「じゃあ、ユージも一つ覚えておけ」
明理が小さく呟くと、彼女の体から光の文字が僅かに走り、瞬時に白色の装甲が全身に纏われる。
そして、フェイスガードでくぐもった声で天に向かって吠えた。
「ヒーローってのはな……選ばれし者、特別な存在だからこそヒーローなんだよ!量産型なんて出たら、ジャンルが変わっちゃうだろうがぁっ!」




