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錬装機兵アルク・ミラー  作者: 四次元
交差する白と黒
38/112

36.科学者

 

 部屋を出てから勇治は、明理と分かれてからの経緯を簡単に話す。

 勇治は愛樹に敗れてから、しばらく呼吸が出来ずに地面に這いつくばっていたのだが、ほどなくして彼が明理との戦闘に入ったことに気づき、なんとかその場を離れて、浩輔と合流しようする。

 だが、その時既に、浩輔は屈強な男達に取り押さえられていた。勇治は慌てて生身の人間なら勝ち目はあると、男達に攻撃しようとしたが、浩輔の声によってそれも静止されてしまった。

 要するに、今回は浩輔が自分の意思で相手に捕まったというわけである。


「何やってんだあの馬鹿は」

「篠田さんなら何か考えあってのことでしょうが……」

「まぁ、それなら指の二、三本は無くなっててもしゃーねーか。後でたっぷり反省させねーとな」


 いつものように冗談を言いつつも明理の表情は平然としている。


「……それで?お前の方は、いつになったらアイツのいるところに着くんだ?」


 思い出したようにして、明理は前を歩く雄大の頭を小突く。

 忌々しそうな表情で振り向いた彼を、彼女は蔑むように見下しさらに背中を足の裏で乱暴に蹴飛ばす。


「言っておくが、私らをどーにかしようとは思うんじゃねーぞ。万に一つだが、仮に私らを仕留めたとしても、絶対にお前の首は捻じ切ってやるからな」

「…………」


 雄大は先程のアームロックの痛みがまだ残っているのか、もう片方の腕で負傷した腕を摩りながら黙って前に進む。明理達たちに背を向けてからは、歯をぎり、と鳴らしながらも、何とか平静を保とうとしていた。


(くそ、何故俺がこんな目に……あの老人も変な所で話を切りやがって……)


 こうなることは目に見えていたはずだ、と、雄大の怒りは寧ろ端島老人の方に向けられていた。しかし、短気を起こしても物事は解決しないと、すぐに頭を切り替える。


(まだテスト段階とはいえ、『アレ』を使えは流石のこいつらも為す術がないだろう。だが、問題は俺はどうやってこいつらの手を逃れるかだ。この女は殺ると言ったら殺る、それは間違いない)


 雄大は腕を摩る振りをしながら、上着のポケットの上から何かを操作した。


(合図は送った……ものの数分もすればあいつ等がすぐに駆けつけてくれる……後は奥の仕掛け部屋で奴らを簡単な罠にでもかけて距離をおけば……俺の勝ちだ!)


 端島老人からはあくまでも生かして捕らえ、出来れば懐柔して味方につけろとの指令が入っていたが、自分の身の安全には代えられない。


(どのみち、人質を取ったところでこの女共が素直に協力するとも到底思えんしな……研究材料にするのなら、体が少々欠損しても構わん)


 雄大が自分らに勝利できることを前提で考えているとは露知らず、明理達は並んで5人は通れそうな屋敷の廊下をきょろきょろ見回している。何か怪しいものがないのか警戒するという目的もあったのだが、壁にずらりと並べられた絵画の方に目が行っていた。

 玄関口にあった絵とおそらく同じ少女をまた違った角度から描いたもの、ひまわり畑の中で親子が楽しそうに笑っている絵、しまいには子供の落書きとしか見えない絵など、屋敷の主の趣味が今ひとつ掴めないラインナップであった。


「あ……」


 3人が長い廊下の突き当たりに差しかかろうとしたとき、右方から先程のメイド服姿の少女が現れる。小さめのカートを押しており、その上にはモップやバケツなどの掃除用具が置いてあった。

 少女は3人の姿を見て一瞬立ち止まるが、雄大が軽く右手を振ると、軽く会釈してそのまま3人の横を通る。


「ぇ……?」


 少女が勇治の横を通り過ぎようとしたとき、急に彼女の手が伸び、勇治の右手に何かを渡す。勇治は彼女に声をかけようとしたが、少女は振り返って無表情のまま口に人差し指を当てると、すぐに元の方向へ進み出した。

 

『助かりたかったら、次の角を曲がってすぐ左手の部屋に入って』


 勇治は一瞬躊躇してしまうが、前を歩く明理にこっそりこのことを知らせると、彼女の口元も軽く緩み「乗った」と身振りで伝える。先頭を歩く雄大は全く気づいていない。

 角を曲がって現れる部屋のドアノブを明理が静かに回すと、確かに鍵は開いている。二人は顔を見合わせて頷くと、音を立てずに素早くその部屋に入り込んだ。

雄大はまさか案内させている人間が途中で消えるなど予想だにしていなかった。予想できないということは、当然そこまで注意が回らないということだ。


「さぁみなさん、着きましたよ。ここがお連れの方がいる部屋です」

 

 雄大は一人罠の仕掛けている部屋にたどり着き、そのドアノブに汗ばんだ手をかける。数秒の隙さえ作ることが出来れば、忌々しい後ろの女共を叩きのめすことが出来る。その後は、どう料理してやろうか……そんなことまで意識の向いていた彼に、帰ってくるのはしんとした静寂のみ。

 雄大は呆然としていた。そしてしばらくして、物凄く焦った。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「さーて、次は何が出るかな」


 暢気な声を上げながら軽く伸びをする明理を横目に、勇治は気休めだとは分っているが、念のため部屋のドアに中から鍵をかける。

 部屋の中は特段何とも言いようもない小奇麗な寝室であった。結構値が張りそうな煌びやかな照明に木製のテーブル、大きめのベッド、大きい鏡、大きい棚など一通りの家具は揃えているが、生活感は全く感じられない。しかし窓が無いためか、妙な圧迫感を感じる。さらに左手奥に見えるのは……

 

「うん、そこにあるもう一つのドアがカギだと見た」


 明理は部屋の中にある二つ目のドアをぴしっと指差す。


「……いや、気にはなりますけどね。本当に何の躊躇も無いんですね」

「決断は早いほうがいいんだぜ。ユージ」

「これが罠か何かってことは……浩輔さんも心配だし……」


 勇治は明理が少々の相手では何の問題もないと思っているだけに、「自分達が助かる」という言葉に軽く飛びついたのが気になっていた。加えて実質の人質がいる以上、下手な動きが出来ないというのに。

 しかし、明理は幼児に反論するするかのような余裕の表情だ。


「罠、ねー。私はこのまま奴に付いて行くほうが、余計危ないと勘付いたんだがな」

「まぁ、それもそうですけど」

「何にせよ、私らの実力を知った上でこんなところにおびき寄せて、人質とって、やっすい挑発までしてくるということは、何か対抗策があるんだろうな。それも決定的な」

「そこまで考えているならどうして……」

「このメモ、ちょっと引っかかるんだ。『助かりたかったら』って書いてるだろ?あの状況で、私らを罠にはめようとしてこの部屋に誘い込みたいのなら、『仲間を助けたかったら』って書くべきじゃないのか?」


 勇治もこのメモの文のことは少し気になっていた。あの少女が自分達の力を知らないというのなら、話の筋が通りそうなものだが。


「なんだか、ややこしくなってきたな……」

「だったらウジウジ悩んでいるよっか動いたほうがマシだ。後は焼け野原にでもなりやがれってな」

「結局それですか……つーかそれだと全然駄目じゃないですか」


 勇治は浩輔の普段の心労に改めて同情する。

 そんなことを知ってか知らずか、明理はとっとともう一つの扉に向かい、ドアノブに手をかける。


「っ!?」


 今にもノブを回さんとしていた手を済んでのところで止め、明理は耳をドアに当てた。口パクと手招きで勇治を呼び、彼もそれに従い、屈んでドアに耳を当てる。

 

『……はい、はい。彼はこの屋敷の地下に……はい……』


 ドアの向こうからやや高めの男の声が響いてくる。その相槌からすると、どうやら電話を使っているようだ。


『はい……シグ・フェイスに手ひどくやられたのはまだ想定の範囲内でしたが、予想以上にここの老人の動きが早かった……折角のオリジナルをむざむざと解析されるのは、あまりよろしくないですな……』


 文脈からすると、紅い鎧……フロイデ・ヘックラーのことを話しているのだろうか。あの状態だと彼も易々とその場を立ち去ることなど出来ないだろう。あの後すぐに、ここの屋敷の人間に捕らえられた、と考えてもおかしくはない。……だが、そうなると、電話の向こうの相手が気になるところだ。


『……なるほど。あの老婆も動きますか……当然でしょうな……はい……了解です。私はせいぜい巻き込まれない程度に物陰に隠れるとしますよ……』


 老婆とは間違いなくユミルのことだろう。動くというのは、おそらくフロイデ・ヘックラーを助けに来るということだろうか。


『それと、例のモノですが……はい。ここの施設と資金のおかげで予定よりも早く完成しそうです。……いえ、完成は既にしています。あとは実戦でのテストです……使えるのが確定して初めて完成と呼べるものですから……はい、楽しみにしててください……東郷さん……』


 東郷、と聞いて二人ははっとする。

 さらに間髪いれずに、二人が耳を当てていたドアが内側からノックされた。


「さて、と。電話は終わったし、そこで盗み聞きしているお客さん達ももう入ってきていいよ」


 ばれていた。となると、これが罠ということは必然。

 勇治が身構えて後ずさりしようとするが、明理は上等だと言わんばかりにドアを力強く開け放つ。


「ふふ、ようこそ。オリジナルとアンノウンのアルク・ミラーのお二人さん」


 ドアの先にいたのは、どこか線の細い男一人……だった。

 明理は部屋を軽く見回すが、他に人が隠れられるようなスペースはあまりない。最初の部屋と同じくらいの広さで、部屋の大半を占めるのは本棚。あとは、大型のコンピューターに、ディスプレイが3台。株でもやってそうなくらい充実した装備だ。

 中にいた男は、40代くらいの中年であった。いかにもガリ勉風の黒縁眼鏡に、寝不足気味のような垂れ目、ぼさぼさの短髪に無精髭、すす汚れた白衣など、いかにも室内にこもっている感じの研究者だ。


「まさか本当に連れて来てくれるとはね。流石は私の娘だ」

「娘……って、あのメイド服姿の?」

「ふふ……そうだ。可愛いだろう?可憐だろう?惚れるだろう?なおかつ、仕事も的確にこなす。実に素晴らしい娘だ。私にですら勿体無いくらいの最高の娘だ。他のションベン女子共の追随を許さないアルティメット美少女……その名も、天北深知あまきたみち15歳っ!」

「……あのー」

「彼女が欲しいかっ!?ならば、肋骨の4本や5本じゃ済まさんぞっ!」

「お前のな」


 ヒートアップする男の鳩尾に明理の強烈な拳が炸裂する。

 男は悶絶しながら床を転げ周り、胃の中の内容物を500mlほどぶちまけた。


「ごっ……はっ……き、貴様ぁ……愛娘を自慢して……何が悪い……!」

「正義とか悪とか関係なしに単純にウザイんだよ。で、私らをここに誘い込んだ用件は?さっきのジジイどもの策略の一つか?」


 男はよろよろと立ち上がり、オフィスチェアに背をもたれかけて呼吸を整え、眼鏡を掛け直す。

 勇治は床の上の吐瀉物の臭いが気になり、後始末に困っていた。


「端島の老人とは関係ない……今頃あのドラ息子も慌てふためいていることだろう……君達をここに連れて来たのは私の独断と偏見だ……」


 男は必死に息を静めようと机の上のコーヒーに手をかけるが、その手もかなり小刻みに震えている。先ほどの一撃が相当聞いたのだろう。


「君達をここに呼んだ理由はただ一つ……私の研究に協力して欲しい……無論、君達には一切危害を加えるつもりはない……」

「まーたそれかよ。いい加減聞き飽きたっつの」

「ま、またといったな?断じて違うぞ!私が提示する条件は、他社と比較するのがアホらしくなるくらいに超絶ホワイトだぞ!?完全週休二日制、サービス残業無し、有給取得率100%、衣食住も揃っているうえに、おやつは毎日10時と3時!」

「続けろ」

「え~……?」

 

 総選挙時に野党が掲げる公約の如く、嘘なのがバレバレなくらいに良いことづくめの条件だが、男のトークは止まらない。明理も本気で乗っているわけではなく、途中から面白くなって聞き入っていた。


「ふふ……貴重な実験対象を下手に傷つけるわけにはいかんからな……いくらでも条件を良くしてやるさ……サンプルに余計なストレスを与えるのはご法度なのだよ……これは基本中の基本だ。あの親子は文系の出だから、そこのところを全く理解できていない。……おっと、誤解しないでくれたまへ。私は別に文系分野を、世の中の何の役にもたたん自己満足のクズ学問と小馬鹿にしているわけではない。事実、今回の研究にしても文系の協力がなければ、3歩進んで回れ右といった無限回廊の如き行き詰まり状態になっていたところだからな」

「一応確認しとくけど、お前は私らの錬装能力とやらの研究をしてるんだよな?で、あの老人に協力しているように見せかけて、実は裏で東郷に繋がっていると」


 早くも長話に飽きてしまったのか、明理は唐突に本題に入ると、男は大げさに鼻息を吐き出す。


「いかん、いかんな~。もう結果の話か。ただ覚えるだけの詰め込み教育では将来必ず大きな挫折に身を沈めること請け合い……まぁよい、私は別に君達の教育者ではないからな、その回答にお答えしよう。答えは研究の部分はイエスだ。そして、裏で東郷と繋がっているのはイエスでありノウ」

「え~っと……東郷と繋がっているのは確実として……ノーというのは?」

「まさか……二重ダブルスパイか?」


 明理も思い付きで言ってみたのだが、当の男は気を持ち直したのか、余裕の表情でコーヒーをすする。


「ふふ……そんな大それたものではないさ……私はあくまでも本業は科学者だからね……」

「なんかもう一発殴りたくなってきたな」

「すいませんごめんなさいそれは勘弁してくださいお願いですから君のパンチはほんと痛かったからもう胃のなかにはコーヒー以外何も残っていないから調子乗ってましたほんと」


 勇治は目の前の男の肺活量に素直に感心する。

 そして今更ではあるが、場の空気は先程とは打って変わって気の抜けたものとなっていた。床の上に残った吐瀉物も、三人揃って見て見ぬ振りである。

 男は軽く咳払いをすると、机の中から何やら小さな紅い石を取り出した。


「さて、本題に入るが……君達はこいつを知ってるかい?」


 明理にははっきりと心当たりがあった。何しろ見たばかりなのだから。


「賢者の石……って奴か?錬金術の大元になるとかいう……」

「その通りだよ。そして、アルク・ミラーを作り出すために不可欠の存在……結構早い段階で手に入ったんだが、大半の人間は使い方さえ解からず終いの代物さ」


 男の持つ賢者の石は、ユミルが持っていたものの半分以下の大きさである。しかし、改めて見ると、石は真紅の光を放ちながらも、その奥には黒い闇が潜んでいるかのようにも思える。その得体の知れない不気味さ故に、あまり長く眺めたくはない物だ。ちゃんと見ないと分からないのが何とも皮肉である。


「……まぁ、それをお前が持ってるのは少し驚いたが、それがどうした?」

「何かおかしいと思わないかい?」

「その石が……ですか?」

「そうだよ」

「訳が分からんぞ」


 男はその石を高く掲げてみせる。

 天井の照明に照らされた石は、さらにまばゆい光を放つ。

 そして、石を持つ男の腕に無数の光の記号が浮き上がる。

 明理は一度見ていたが、初見の勇治は思わず驚嘆の声を漏らす。


「この力を錬金術と呼ぶのなら……『逆』ではないかい?」


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