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錬装機兵アルク・ミラー  作者: 四次元
交差する白と黒
37/112

35.取り引き

 

 それから、どこに連れて来られたのかは分からない。

 明理たちは男達の言われるがままに車の中に乗せられた後、変身を解除するように求められ、そのまま都心部のビルの中の関係者用駐車場の中に入ったと思ったら、そのまま延々と薄暗い通路の中を進み、ようやく光が差したと思ったらどこぞやの森の中。他に車通りは全く無いにも関わらず、綺麗に舗装された道をさらに進んでいくと、急に開けた場所になり、そこには巨大な門と、その先に広大な屋敷があった。


「今時、こういうの作るかねぇ……金が余って余って仕方ないって感じなんだな」


 明理は車の中で嫌味ったらしく言うが、他の同乗者は肯定も否定もしない。反応がないとなれば、ひたすら悪態をつき続けるしかないのだ、この場合。

 相手は頑なに協力と言い張るが、黒服の男達が浩輔たちの後ろから銃を突きつけているのは明らかであった。人質に取られた以上、彼女も迂闊に動くことが出来ない。今はただ、相手側の出方を待つのみ。

 3メートルはありそうな堅牢な鉄格子の門が開き、ゴルフでも出来そうな広い庭の真ん中を通り、屋敷の入り口の前で3人は車から下ろされた。

 

(さて、鬼が出るか、蛇が出るか……)


 屋敷の中は一見するとレトロな風格漂う内装で、木造の幅広い階段や、中央の肖像画、小物など、金持ちの道楽の塊と称して差し支えない造りだ。

 特に目に入ったのは、玄関から入って一番初めに目に入って来る、ブロンド髪の線の細い少女の肖像画。この少女が、この屋敷の当主と、どのような関係があるのか……不意に想像を掻き立てられる。


「そこの肖像画が気になりますかな?」

「ああ、懇切丁寧に解説でもしてくれるのか?」

「いやいや、別に解説するほどの知識は持ち合わせておりません。この絵は、ドイツのとある企業の社長さんから頂いたものですよ」

「……なんでそんなもんをわざわざ飾ってるんだよ?」

「いい絵ですからね」


 いきなり出鼻をくじかれたと、明理は舌打ちしながら、SPの男達の連れられ二階の部屋に通される。無言でドアを開けられ、そして、ドアを閉められる。中に入れられたのは、明理と勇治の二人。


「おい、どうしてあいつを離した」

「彼はあなた達とは違って一般人ですからね。特に話すことはありませんから」

「そう言って人質にしておくつもりか?」


 明理が恰幅のよい男に掴みかかるが、すぐに部屋の奥からそれを静止する声が響く。

 奥にいた男は見間違うことなき老人、であった。

 渋く重い色のスーツ姿に、皺くちゃの手、頭部の毛は全てにおいて真っ白で、ふさふさとした太い眉毛は瞳をそのまま隠せそうな勢いだ。老人はいかにもな貴族が座りそうなアンティークな椅子に腰掛けており、明理たちにも席に着くように促す。


「気に障るようなら先に謝っておくよ。裕眞明理さん。しかし、世の中には聞かなくてはよい話というものもある」

「あいつが私らの連れだと分っているのにも関わらずか?」

「篠田浩輔くん……だったかね。彼の経歴も一通り調べさせてもらった。たしかに、普通の人生を送っているとはとても言いがたいが、彼自身は別段突出した能力はない。故に我々に協力してもらうのは、逆に酷な話だと思ってね」

「だーれがお前らの味方をするって言った。人の戦いに横槍かましたあげく、ロクに素性も名乗らねー連中によー」


 明理はなおも威嚇めいた口調で話し続けるが、この老人も一向にたじろぐ気配が無い。

 暴れ馬をいなすベテランの旗手の如く、余裕の笑みで返答し続けていた。


「これは失礼、私の名前は、端島良蔵はしまりょうぞうだ。そして、そちらの男は端島雄大はしまゆうだい。私の甥にあたる」

「ふーん、こんな道楽じみた屋敷や道を作るとは大層儲けてらっしゃるようで?」

「投資家というものは得てしてこうなってしまうものなのだよ」


 今にも噛みつかんとする明理の気をまたしても挫かんと、部屋の扉に軽いノック音が響く。端島老人が許可の返事をすると、ゆっくりとドアが開けられ、サービングカートと共に一人の少女が姿を現す。

 その姿が明らかになった瞬間、老人の顔がまた異なる緩み方をしたのを明理は見逃さなかった。


「おお、深知みちくん。今日もよい仕事ぶりだ」


 勇治は目の前の少女の姿に思わずたじろいでしまう。白と黒を貴重とした、仕事着としての意匠のものとはいえ、実際にメイド服を着て仕事を人間がいるなど思いもしなかったからだ。

 さらにその見た目も、黒い艶のあるおかっぱ髪と140半ばの華奢な体型と、歳は中学生、はたまた小学生といっても周囲は納得してしまうであろう。

 一見するとその手の趣味の男達が放っておかないくらいの美少女であるが、その眼差しはどこか虚ろで真っ白な肌と相まって、生気のようなものが感じられない。


「随分とご大層な趣味してるじゃねーか」

「彼女は自ら望んでここにいるんだけどね」

「選択肢がない、の間違いじゃないのか?」

「これは手厳しい」


 深知と呼ばれた少女は、淡々とテーブルの上にティーカップと茶菓子を配膳し、茶を注ぐ。非常に手馴れてはいるようであるが、見ている者をどうにも落ち着かせない雰囲気があった。


「さて、本題に入ろうか。我々も黎明の連中にはほとほと手を焼いていてね……そこでぜひ君達の協力を得たいと思っているのだよ。君達だって黎明と敵対しているのだろう?だったら目的は同じはずだ」

「敵の敵は味方、って考えか?」

「そうなるね。無論、タダでとは言わない。こちらも最大限の協力はするし、報酬も用意しよう」


 明理は何か考えているようで、目を瞑ってこめかみの辺りを軽くつつく。勇治は給仕の少女が気になるようで、彼女が部屋を出るまでその動きを横目で追っていた。


「そうだな……私らの力を借りたいんなら、もう一声だな。前金が欲しい」

「ほう、どのくらいの金額かね?」

「マネーじゃない。情報だ」


 老人はうんうん、と想定内の回答と言わんばかりの反応を見せる。


「いいよ。我々がどこまで掴んでいるかを話せばよいのかな?」

「ジジイの癖に話が早いな」


 明理はようやく席に着き、出された茶と茶菓子に手をつける。勇治もそれに合わせて、無言で椅子に座るが、流石に出された飲食物には手をつけない。


「さて……まずはあの東郷という男だが、彼とは昔から因縁があってな」

「昔から革命家を気取っていたのは知ってるけどさ」

「そうだ。そして、その活動に巻き込まれて私の息子が殺された。もう二十年以上も前の話だがな」


 明理は勇治の茶菓子に手をつけながら、その話の続きを催促する。


「今時の若者には馴染みが無いかもしれんが、昔は学生運動やデモ活動というのが頻繁に行われていてね。世の中全体が上向きになっていたというのもあろうが、とにかく既存権力を破壊しようと行動を起こす若者が多かった」

「東郷もその一人か」

「そう、私の息子もだ。昔から私の跡を継ぐことに反発してはいたが、そこを東郷につけ込まれて、反政府活動にのめり込むようになってしまった」


 老人の視線がちらりと右上を向く。そこには、古ぼけた白黒の家族写真が飾ってあった。

 中央にいる精悍な顔つきの男は、おそらく端島老人だろう。となると、その隣にいる若い青年がその息子だろうか。妻の衣装も気品溢れるもので、いかにも良いとこの家系といった感じだ。


「東郷にそそのかされたのは息子だけに限った話ではない。元総理の桐島くんだってそうだよ。彼らは当時から『日本の夜明け』という言葉を掲げて、様々なデモを行っていた」

「ああ、だから東郷の側についていたわけか……嫌々そうではあったけどさ」

「桐島くんからすれば、あまり思い出したくない過去だろう。彼や私の息子は、活動を行うためのスポンサーを担っていたわけだからね」

「単に利用されていただけに過ぎないってか」

「そして極めつけは軽井沢で起こった人質立て篭もり事件……当時レジャーでスキー場に来ていた、財界のトップとその家族を人質に取り別荘に二日間立て篭もった事件さ。事件の首謀者に政界や財界の人間が関与していることや、時期的に浅間山荘事件の影に隠れてしまったせいで、あまり表沙汰にはならなかったけどね。その時、ちょうど家族旅行に来ていた無関係の一家を殺してしまい、東郷たちのグループは瓦解してしまった」

「浅間山荘なら私も聞いたことあるが……だがよ、連合赤軍とか、今の時代じゃキチ臭い連中の集まりだろ?それがどうして、一家をぶっ殺したくらいでグズグズになってしまうんだ?」

「それは東郷の思想があまりにも高潔だったせいだからさ」


 端島老人はお茶を一口飲み、一息休憩を入れる。


「彼の思想は、右翼とも左翼とも相容れない……そうだな、極端な民主主義者だった」

「……訳が解からん」

「簡単に言うと、この世は弱肉強食こそ全てだ、ということさ。優秀な者こそ国を治めるべき……捉えようによってはシンプルな思想だ」

「あー、つまり世の中のトップ共が役立たずだと思って、それをひっくり返そうとしていたわけか」


 明理も勇治もこれで一つ合点がいったという感じだ。愛樹のような人物が味方に付くわけだ。


「まぁ、何をもって『強さ』とするか。その基準が曖昧である以上、欠陥のある思想だと個人的には思うが……東郷がどういう回答を用意しているか知らないがね。ともかく、彼が今のその思想の実現に基づいて行動を起こしているのは確かだ」

「なーるほどねぇ……」

「それに、話が戻るが、当時の彼らは無関係の市民は手を出さないという規則を持っていた。自分達が正義であると、世の中の人にも理解してもらうためにね。それがどういった経緯で人質などを取ったのかは解からないが、その行動原理を司る規律が破られた瞬間、彼らの結束も同じように崩れたわけだ。どんな高貴な思想を持っていようと、結局はまともな労働経験すらない未熟な若者だ。夢から目が覚めた瞬間、桐島くんたちは、慌てて保身に走ったというわけさ」

「その話が本当なら、あのおっさんも相当なクズじゃねーか」

「別に桐島くんに限った話じゃないさ。学生運動に参加した人たちの多くは、結局自分の身が一番大切という結論に至ったんだよ。家族なんてものを持てばなおさらね。その時の上向きの経済と相まって、多くの人が若気の至りということで済ませてしまったのさ。その点についての個人的な怨恨もあるんだろうけどね」


 やや、端島老人の懐古的な話にもなってしまったが、これで東郷という人物、そして、黎明という組織の全体像がぼんやりと浮かび上がって来るような気になる。

 結局のところ、動機はやや怨恨交じりで、かつての目的を達成させるべくしてテロ行為を起こしているというわけである。昔のように高潔な部分がなくなってしまった以上、厄介な相手であるのは確かだ。

 この端島老人の言葉を全て真実として受け取るならば、の話だが。


「しかし、単なるテロリストならいくらでも対処のしようがあるが、それに加えて奴らは錬金術、加えてアルク・ミラーなる力を持っている。これが最大の悩みどころだ。立て篭もり事件後の東郷の足取りは未だに掴めずにいるが……厄介なものを味方につけてしまったようだ」

「……一つ聞くが、ユミルというババアに関しての情報はどこまで掴んでいる?」

「それも問題なのだよ。我々もあらゆる情報網を駆使して調査しているが、確実な情報が手に入れきれずにいる。海外でも一騒ぎ起こしているのは確かなようだが……」


 老人の声が、いかにも困ったという様子でトーンダウンしているが、東郷の話をする時と比較すると、どこかわざとらしささえ感じる。


「謎の赤い石……賢者の石を使った、錬金術の話についての情報はちらほらと見つかっている。ほんの狭い区域だけどね。そして、同じくしてユミルという老婆の目撃証言もある」

「そんだけあれば、結構な有名人じゃないのか?」

「証言は第二次世界大戦前まであるんだよ」

「ということは相当な高齢?」

「だが、アルク・ミラーについてはほんの最近のことらしい」


 明理はユミルの『アルク・ミラーは錬金術の過程』という言葉を思い出す。


「いずれにしても、このユミルという老婆も、今回の事件の鍵を握っているのは間違いないだろうね。黎明側もアルク・ミラーの技術開発に躍起になっているみたいだし」

「やっぱり、あの婆さん以外には作れないのか?」

「そのようだよ」


 端島老人の目つきが一瞬だけ変わる。そばにいた勇治でさえも、その瞬間を捉えられた。

 明理もまた、彼らと同様に今回の事件の鍵を握る存在である、と。彼女は何ゆえの存在なのか。それは、これからの戦いで決して避けては通れない謎であるということ。

 明理が何かの言葉を口から出そうとした瞬間、それを遮るように大時計の鐘が鳴り響く。針は既に夕方の六時を指していた。窓の外からも、陽が落ちかかっている光景が見える。


「話はまだ途中、と言いたいところだろうけど、一度食事でも挟もうか。この歳になると、嫌が応にも規則正しい生活をしないと体がもたなくてな」

「……今から帰るって選択はないのか?」

「そう慌てなさんな。日も暮れてきたし、今夜は泊まっていくといい。部屋も用意しておくよ。君達の良い返事を期待しているよ」


 老人はそう言って、笑いながら部屋の奥の扉から外に出て行き、そっちにも入り口があったのかと、明理は軽く舌打ちする。

 そして、部屋に残された甥の雄大が明理たちを部屋の外に誘導しようと手を伸ばした瞬間、有無を言わさず、明理から腕緘アームロックを仕掛けられる。


「ひっ、い、いきなり何っを!?」

「色々大事な話を忘れてるよなー、あの耄碌ジジィー。例えば、コースケの話とかよー」


 腕を固める手にさらに力がこもり、雄大の顔に焦りと脂汗が浮かぶ。


「まずは、あいつの安全を確保してもらわんと」

「そ、それは……」

「何か都合の悪いことでもあるのか?」

「い、いえ……」

「だったら、とっとと案内してもらおうじゃねーか」


 雄大の体が部屋の扉に乱暴に叩きつけられる。


「明理さん、篠田さんのことも含めて、これからどうするつもりですか?」

「どうすっかなー、浩輔の素性も全て調べられたって頃は、こっちの住所まで割れたってことだ。敵に回すには、ちと厄介かも」


 とは言いつつも、明理の顔は場合によってはこの屋敷を破壊しつくさんと宣言しているような表情だ。とっとと扉を開けろと、悶絶する雄大の背中に一撃蹴りをお見舞いする彼女の姿を見て、勇治は軽く彼女に耳打ちする。


「明理さん、実は……」


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