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錬装機兵アルク・ミラー  作者: 四次元
交差する白と黒
36/112

34.手抜き

 明理と愛樹、二人の脚が何度も正面から交差していた。

 地面が震えるような音が響き渡り、二人は再度間合いを取り直す。

 互いの脚が接触した部分の装甲は、大きな裂け目が入っていた。装甲はすぐに修復されようとも、内側まで受けた衝撃までは無かったことにはできない。

 明理は再度強く地面を踏み込んで、相手に向かって突進する。愛樹も避ける気などなく真正面から向かえ打ち、鋭い蹴り上げを放とうとするが、明理の踏み込みは予想以上に速く、そして勢いがあり、蹴り上げようとした足を踏み台にそのまま顔面への強烈な膝蹴りが炸裂した。

 フェイスガード越しでもその衝撃は大きく、流石の愛樹でもよろめいてしまうが、相手の追撃を許す前にすぐに距離を取り、体勢を立て直す。


「へっへー、今のも立派な足技だぜ。お前にしては反応が遅かったな」

「そうか……膝は全然使ったことがなかったから盲点だったな……参考にするとしよう」

「へん、その程度で足技を売りにしてんのか?とっとと顔の傷直してかかってきな」


 愛樹のフェイスガードは今の一撃で大きく陥没し、装甲の破片がパラパラと地面に崩れ落ちていた。修復にも少し時間がかかっているようだ。


「そろそろ例のジェットとか刃とか使ってきてもいいんじゃないのか?私は本気のお前を叩き潰したくてウズウズしてんだよ」

「それはこっちの台詞だよ。僕も、お前を倒したくて、しょうがない」


 ボンッ!と、破裂音が鳴ったかと思うと、愛樹の体は宙高く浮かび上がっていた。その動きは先程と比較しても一段とスローで、堅牢な装甲の塊がまるで羽毛の如く風に舞い上がっているようであった。

 

「来たか、同じ手は二度も喰らわねぇぞ!」

「なら、上を向いていて、いいのかい!?」


 愛樹の体が不意に右にスライドする。

 が、明理はそれを視線だけで追う。敢えて見えるように動いているのが罠だと本能的に悟っていたのだ。そして、彼女の予想通り、愛樹の体が稲妻を描くかのように逆方向へと急加速した。これは始めとは比較にならないほどのスピードだ。


(読んでる……ぜっ!)


 明理の読みは合っていた、少なくとも向きは。

 だが、相手の体を完全に直撃したはずの彼女の左脚は、完全に空を切っていた。

 敵はその遥か下にいた。

 そして、刃が伸張したつま先が、明理の軸足を捕らえていた。


「ぬぅっ!?」


 明理は即座に右足も浮かし、足首を切断する勢いの足払いをかわすが、状況はさらに悪くなっている。

 両足を宙に浮かせたということは、そのまま背中から地面に落ちていくしかない。そして、その隙を相手が見逃すはずもない。

 地面にほとんど座り込んでいる状態の愛樹は、落下する明理の背中に膝蹴りを打ち込み、そのまま脚部の推進力で遥か前方まで吹っ飛ばした。


「ふう……これで、おあいこかな」


 愛樹は自らの装甲が破損するほどの威力で膝蹴りを打ち込んでいた。となると、実際に受けたほうの明理のダメージは推して知るべし。背中の装甲全体にひびが入っており、何とか立ち上がることができたものの、やや足元がふらついているようにも見える。


「今のは結構効いたんじゃないのかい?脊髄に少しきてるかもね」

「……くっ!」

「もう軽口は出させないよ!」


 愛樹は再び宙に高く舞い上がり、相手を自分の体の下に見据える。

 この『飛び上がる』、という行為は一見無駄なプロセスにも思えるが、案外そうでもない。

 頭上の遥か上まで到達すれば、相手は文字通り手も足も出ない。下手に自分もジャンプして応戦しようもものなら、空中で自在に動ける愛樹に滅多打ちにされてしまう。


(ったく、一見ただの格好つけに見えて、よく考えられた戦法だぜ……)


 明理は相手の戦法には付き合ってられないと言わんばかりに、その場を一旦離れようとするが、愛樹は一度着地したかと思うと、再び大きく跳躍する。今度は空中でさらに加速して、彼女を追いかける。

 その様子は、獲物の姿を完全に捉えたハンターそのもの。自分の優位な状況を覆させる隙は、決して与えない。

 そもそも、愛樹のアルク・ミラーに推進剤が搭載されている、というのは半分正解で、半分間違いであった。それは、正確に言うなら『爆発』に近いもの。

 自ら衝撃のエネルギーを生み出し、体を無理やり方向転換させているのだ。そのため、実際に思い通りの空中駆動を行うためには、緻密な計算と、人並み外れたバランス感覚が必要になる。

 愛樹は、それまでの人生の中の常軌を逸した歩行訓練でそれを身に着けていた。

 なにせ、並みの人間なら、無意識オートに行っている二足歩行を、全身の筋肉を感覚、力のバランスを考慮して、意識的マニュアルに行わなければならない。

 一般人が労せずして行うことを、長い年月をかけて習得しようとする、その過程がこの戦法を生み出したのだ。


「今度は何を企む気だ、シグ・フェイス……だが、もう、そんな時間は与えない!」


 愛樹の背中から目で確認できるほどの爆発が起こり、その速度は頂点に達した。

 もちろん明理も闇雲に逃げていたわけではない、相手が本気で追ってくるのを待っていたように、足を止め向き直る。


(さて、私の勘が正しければコイツは……)


 愛樹が空中から足を振りぬくと同時に、明理は同時に脚を振り上げる。が、スピードそのものは愛樹の蹴りが圧倒的に上で、明理の脚が上がりきる前に、愛樹のつま先が彼女の頬を掠める。

 一見、愛樹に軍配が上がったようにも見えるが、明理はフェイスガードの下でほくそ笑い、愛樹も同時に、今の蹴りの異変に気づく。


(ふん、やっぱりな。速い蹴りは繰り出せても、コイツは完全に重力を無視して浮いているわけじゃねぇ。あくまでも体をジェットみたいなので強制的に浮かせているだけ。ならば、おのずと対処法が決まってくるさ)


 やや警戒心を持ったものの、愛樹はさらにスピードを上げて突進してくる。直線軌道かと思えば、急に向きとスピードが変わり、そちらに向き直れば、すぐにまたベクトルとスピードが変わる。続けて攻撃を仕掛けてくるが、それは隙を無くした反面、やや小振りのものであった。

 明理は同じく、蹴りで対抗しようとして見せるが、どれも振りぬくまでとはいかず、フェイントをかけるかの如く途中で動きを止めていた。当然、彼女の攻撃は当たるわけがなく、愛樹のヒット数をいたずらに増やしていくだけだが、そのどれもが有効打と呼べるようなものではなかった。


「ちぃっ、右足からの衝撃波!軸をずらされているのか!」

「へっ、これで空中からの蹴りは使えねぇな!」

 

 軸足――

 足技においては、蹴る方の足と同じかそれ以上に重要になってくるとも言われている。

 愛樹の空中での蹴りは、つま先の刃で対象を切断するという点においては強力である。小爆発で強力な推進力を得た刃は、並大抵のものを切り裂いてしまうだろう。

 だが、通常の蹴りには無い欠点もあった。それは体を支える軸が、推進を得た方向にしかないこと。地面に足を固定している時と違い支点がないため、それ以外の方向のからの衝撃には弱いのだ。

 つまり明理、右足から発せられる衝撃波で(こちらは完全に振りぬく必要はない)、相手の体全体を揺さぶって直撃を上手く避けていたのだ。


「小癪な奴めっ!これで僕の動きを封じたつもりかっ!」


 愛樹は空中で屈んだような姿勢を取り、急加速で明理に向かって突っ込む。もはや、蹴りというよりもそのまま体当たりを仕掛けてきそうな体勢であった。明理は一旦距離を取ろうとして横に飛び込むが、愛樹はアスファルトの地面を削り取りながら急旋回して、さらに側面からの攻撃を仕掛ける。


(側面から……いや、奴は必ず方向を変えてくる!右足を上げる振りをして……)


 明理の右足が地面から離れた瞬間、その視界から愛樹の姿が消える。そのまま左の軸足を使って、逆方向へと蹴り抜く。……わずかに、金属同士が擦れた感触。明理の視線は上を向いていた。確実なダメージを与えてくるには、警戒するべきは、上からの攻撃だと思っていたからだ。

 しかし、愛樹は、明理の足元に潜んでいた。

 明理の軸足狙い……ではない。それでは先程と同じ。彼女も二度同じ手に喰らうほど馬鹿ではない。目は明後日の方向を向いているが、既に軸足は跳び上がろうとしており、振り上げた右足も下がり始めている。上を警戒しつつも、下からの攻撃に備え、回避と同時に攻撃を叩き込める体勢に入っていた。

 愛樹の視線も既に軸足から外れていた。狙うは下からのクロスカウンター。

 全身で地面を踏み込み、左脚を相手の右脚に交差させるようにして全力で放つ。ともすれば自爆の危険性も十分孕んでいるが、蹴りの速さそのものは愛樹の方が上。相手の脚がトップスピードに達する前に、彼女の太股にこちらの脚を叩き込み、相手の勢いごとそのまま蹴り抜く。

 例え相手が衝撃波を放ってこようとも、軸を伴う蹴りはそれを突破できる。愛樹には確信があった。


「僕のっ……!」

「……の負けだ」


 愛樹の軸足は……踏み込めなかった。一瞬何が起きたのか分からなかった。

 地面が彼の脚を拒むかの如く、踏み込もうとした軸足がその上を流れていく。何も掴めずに、体全体が浮く。宙に浮いたまま、ちょうどうつ伏せの状態になる。

 小爆発で体勢を整えなければ……

 だが、既に、時は遅かった。


「うぉらぁっ!」


 背中から、愛樹の全身を襲う衝撃。

 周囲のアスファルトが砕ける音と共に、彼の視界は180度真っ暗になる。

 痛みはそこまで無かった。……だが、体が動かない。まるで肺そのものが痙攣しているかのように、息が小刻みに震えている。だが、酸素がほとんど取り込めていない。その様子はまるで、癲癇を引き起こしたかの如く。

 愛樹は、無様に地面に突っ伏していたまま動けなくなっていた。

 つい先程、自分が同じように勝利したときと、全く立場が逆転してしまったかのように。


「私の能力はちゃんと説明しておいたはずだぜ。なのに、こんな簡単なトラップに引っかかるなんてなぁ」

「と、らっ……?」

「自分がぶちまけた物くらい、ちゃんと覚えておけっての」


 二人の足元にあったのは……肉片。それもほぼ原型を留めていないくらいの。

 それは先程、愛樹が戯れに殺した野次馬の死体。ここまで細かく砕いたのは明理の仕業だが。

 彼女はただ逃げ回っているように見えて、周囲の死体を細かく粉砕していたのだ。その肉片、骨片、血液、脳漿を地面にばら撒き、凍らせていた。その中の数人が買い物客なのも幸いした。手に持っていた食品や飲料がさらに水分を補給してくれたのだ。

 あまりにも広範囲にやりすぎたり、またその周辺に留まっていたりするとすぐにばれてしまうので、適度な範囲で、気づかれない程度に動き回っていたというわけだ。右足の衝撃波で、敢えて防御に徹していたのも、相手にこの罠を気づかせず、また、地面に一旦降りさせるため。


「んで、私に強烈なのをお見舞いしようと、地面を踏み込んだ瞬間、ツルっと。ばっかみてー」

「こっ、こっ……」

「空中からの攻撃に徹していれば、もう少し決着が長引いたのになー」


 明理はげらげらと笑ってみせる。

 勝敗は完全に決したと、両手を腰に当てて余裕のポーズであった。


「こ、こんなのが……?」

「……認められないか?汚ねぇか?ずりぃか?」


 愛樹の次の台詞を言い当てるかのごとく、明理は首を差し出し、わざとらしく問いかけてみせる。


「けっ、人を小馬鹿にしている奴と真剣勝負なんか端からお断りだぜ!てめーは油断して、こんなガキでも思いつきそうな小細工に引っかかって、そのまま朽ち果てるのがお似合いだよ!」

「だと……?」

「『手を抜いてる』ことはとっくに解かってんだよ!こっちから何発かヤキ入れても一向に本気を出そうとしねー。負けそうになってから『俺はまだ本気を出していないだけだから』とか、言うつもりだったのか?このトンチキが!」

「…………ぅ」

「本気出す前におっ死んでしまえば、そいつはもうただの雑魚なんだよ!未来永劫、決して覆ることなんてねぇんだからな!」


 今にも地面に唾を吐きそうな勢いで、明理は捲くし立てた。

 愛樹は一切反論できない。隠しておいたはずの、『本気』を出そうにも体が既に動かない。

 しかも、小細工の大小は置いておくとして、明理はちゃんと足技で勝利して見せたのだ。

 彼にとっては、これ以上無いくらいの屈辱であった。なにせ自分がこれまでの人生の中で蔑んできた者達とまったく同じ立場になっているのだから。


「さて、このままお前に止めを刺してもいいが、少しの間だけ生きながらえるチャンスを与えてやる」

「……じょう、ほう、か……」

「そのとーり。黎明の奴らについて知っていることを洗いざらいしゃべってもらうぜ」


 どうせ簡単には口を割らないだろうと、明理は首の装甲を鳴らしながら、息も絶え絶えの男に拷問を加えようとする。

 彼女の手が愛樹の首元に触れた瞬間、突如、後ろから軽い拍手が鳴り出す。


「流石だよ、シグ・フェイス。いや、正しくは裕眞明理くんだったかな?」


 聞きなれない男の声ということもあってか、明理は手を止めて振り返る。

 声の主は、やや白髪交じりのオールバックの髪に、恰幅のよいスーツ姿の男であった。年齢は顔の皺も考慮して、五十代後半から六十代ちょいといったところか。慎重もあまり高くなく、そこまで威圧感はないが、その不適な眼差しは間違いなく、彼女の嫌いなタイプであった。

 明理は頭の中の記憶を探るが、目の前の男に一致する人物はいない。


「この大事なときに横槍か。何もんだ、お前ら?」

「今のところ名前は特に無いが……目的は君達と同じだよ」

「目的?」

「黎明を倒すことだよ」

「……」


 男の後ろからSPと思わしき、黒いスーツ姿の屈強な男達が現れる。

 加えて、彼らのそばにいるのは……浩輔と勇治であった。


「な、何で、お前らがそんなところに!?」

「彼らも、我らに協力を願い出たのですよ」


 浩輔と勇治は、とてもその男の言葉を肯定するような表情ではなかった。

 ただ、何かに耐えるかのように、目元をしかめている。

 浩輔にいたっては、まるで今すぐこの場を離れろと言わんばかりの視線を送ってきている。


(人質ってことか……最悪だぜ……!)



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