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錬装機兵アルク・ミラー  作者: 四次元
交差する白と黒
34/112

32.徹底

 

 まずはともかく変身を最優先とする。これでとりあえず自分がやられることはない。

 次は目標ターゲットの選定。これが問題だった。敵組織の重要人物二人。東郷烈心とユミル。どちらを先に倒すべきか。

 一石二鳥を狙いたいところだが、現実の多くは二兎負うものはなんとやら……どちらか一人に狙いを絞らなければならない。

 この思考が流れるのはほんの一瞬。だが東郷も、ユミルも、明理が錬装化した途端、一切の迷いも無く身を引いたのだ。同じ逃げるのなら、年寄りの方がトロい。そう思って、ユミルの方向へ振り向いた瞬間、明理の視界の前に突如として黒いスモークが巻き上がる。というより、明理めがけて噴射されていた。


「ぶぇっ!?」


 フェイスガードに阻まれるので煙を直接吸うことはないが、例のごとく煙にまぎれて、液状のものも噴射されており、明理のフェイスガードの表面に糊のように貼りつき、視界を一気に黒く狭める。


「……が、残念だったなぁっ!二度も同じ手は喰わねーんだよっ!錬装離甲アルク・パージッ!」


 明理の全身を覆う装甲が、爆発反応装甲リアクティブアーマーの如く剥離し、中から脱皮した虫の如く、光沢に満ちた装甲が出てくる。剥離した表面の装甲は煙幕の盾となり、視界は一気にクリアになるが、すぐさまその隙間から新たな煙が進入し、明理の行く手を遮ろうとしていた。


(仮に敵さんが私の位置を把握できるとしても……この煙幕の中で『私』と判断できる要素は、熱か!光か!振動か!だが、所詮はどれも『実体』が見えているわけじゃあない!)


 明理は再度、表面装甲を外し、視界を取り戻す。短時間に連続使用は不可能だが、装甲はいくらでも構築できるのだ。そして、僅かながらも煙幕の揺らぎを見極める。


(そ、こ、かぁっ!)


 明理は狙いを定め一気に突進する、すると、案の定、煙幕が今までに無いくらいのブレを見せる。

 上だ――、明理は直感で確信し、大きく右手を振り上げた。

 そして、掴んだ。

 煙幕が晴れ、彼女の足元の40メートル先には、道路と、大勢の聴衆の姿が広がっていた。


「落、と、す、気、だったかぁ!?」


 すんでのところで明理の左足のつま先が窓枠に引っかかり、そのまま建物の壁に体を強く打ちながらも、何とか体を支える。さらに数秒遅れて、掴みっ放しの物体が大きな弧を描いて下の階の窓に叩き付けられた。窓が割れないのは、たまたま強化ガラスのせいだったのか。


(へへ、でもそれなら、こいつの頭蓋骨は……ん?)


 明理が掴んでいるのは、人間の足首であった。ならば窓ガラスにぶつけたのは頭部……だが、その人物も、いかにも頑丈そうなヘルメットをつけていたのだ。背中に背負っているタンクを見る限り、ガスマスクと呼んだ方が正しいのかもしれない。さらに全身に防護服のようなものを纏っている。そのわりに、体自体は随分小さく見受けられた。

 ぐらり、と明理とその人物を体重を支える窓枠が歪む。

 錬装化した本人にとっては何とも思わないとはいえ、装甲を纏った彼女の自重は結構なものだし、加えて大きなガスタンクを背負った人間までも支えているのだ。おまけに、先程の東郷の部下の銃撃によって、窓枠付近の壁も少し脆くなっていた。これを計算に入れて、明理を下に落とすつもりだったのだろうが。


(こいつは落っことしておくか?……いや!)


 体勢を立て直そうとする明理の目に、一人の人物の姿が映った。正確には、向かいのビルの窓に反射していたのだ。表情には、僅かに焦りが見られた。

 自分をさらに突き落とそうとするなら、そんな顔をするはずが無い。仲間がピンチだから、こいつはそれを助けようとしている――明理はそう確信した。

 ならばと、足首を掴む手を左手に代え、自分を支えるつま先を外す。もちろん、そのまま落下する気など毛頭ない。体を1メートルほど下に落とすと素早く下の階の窓に、自分の右手を突っ込む。超高温に熱された右手は、窓ガラスをえぐるように溶かしながら下に進み、窓枠をも溶かしコンクリートの壁を力強く掴む。

 明理の胴体が180度反転すると、すぐさま今度は右腕を曲げ、壁を蹴って、自分の体を浮かし、さらに手刀で損傷した窓を破壊して、そのまま部屋の中に飛び込んだ

 あまりの判断力に、屋上から様子を見ていたウォーダも思わず口笛を鳴らしてしまう。


「ったく鮮やか過ぎるぜ、あいつはよ!」

「感心している場合ではありません!リーンが捕まったのでしょうっ!?早く追跡を!」


 後ろから、ユミルの強い命令が飛ぶ。その語り口は、声だけで聞くと、もはや最初に接触した時と同一人物のものとは思えない。

 ウォーダはその場から足を動かそうとして、ふと怪訝そうな顔をして立ち止まる。


「マスターの護衛はいいんですかい?」

「ホムンクルスまで奪われてはなりません!そちらを優先なさい!」

「……俺を創っといて正解ですぜ、マスター」


 ウォーダは急にユミルの方を振り返り、その顔に向かって自身の身の丈はある巨大な棒を突き出す。

 棒はユミルの頬の横数センチという所を通過し、そこに小さな衝突音が鳴り響いた。


「なっ……!?」

「ミューア、何の弾だ?」


 ユミルのそばに控えていた少年も一瞬何が起こったのか分からなかったが、ウォーダの冷静な声に慌てて従い、近くの地面に落ちた物体を調べる。


「……通常弾ではありません。形状からすると麻酔銃……でしょうか」

「周囲の状況から考えて、撃ち出したのはライフル銃だろうな」

「と、いうことは……」


 ユミルの顔が曇る。

 ウォーダも口元は笑っているものの、表情全体には陰りが出ている。

 ミューアにいたっては、既に動揺を隠し切れずにはいられないでいた。

 さらにその場の間に割り込むように、屋上の入り口のドアが、けたたましい音を鳴らしながら吹っ飛ばされる。


「へへ……随分と余裕そうじゃねーか」


 ここに来て、自称正義のヒーローのご到着。

 しかもご丁寧に、人一人、逆さ吊りに抱えたままだ。まるで大物を釣り上げた漁師の如く。


「てめぇ……」

「お~っと、下手に動くなよ。こいつがどうなってもいいのかー?まぁ、お前らのような悪党が仲間を気遣うような心を持ってるなんて、始めから期待しちゃいないけどさ~」 


 明理は口先ではお気楽なことを言いつつも、人を支える左手に力をこめ、ぼきり、と周囲にも聞こえるようなくらいの音を鳴らしながら、足首付近の骨を握り砕いた。

 ガスマスクの奥から甲高い悲鳴が漏れ、宙吊りの体が激しく揺れ動く。


「リーンッ!くそっ、なんて野郎だ!」

「女の子にまで手を出すなんて!」


 完全に立ち位置が逆転し、ウォーダとミューアの非難を浴びた明理は、自分が掴んでいる人物のことにようやく意識が向く。

 よく見ると、身長は140センチと少しくらいとかなりの小柄。子供だ。さらに先程のドタバタと、宙吊りにされたまま暴れまわったせいか、ガスマスクが少し外れており、口元が露わになっている。


「んだよ、本当にガキなのかよ」

「っ、ぢくしょぉっ!ヴォーダッ!アタシのことはいいから、この女をさっさとぶっ殺してよぉっ!」


 ガスマスクから開放され、一層甲高い声がわめき散らされる。

 少女の涙交じりの悲痛な叫びに対して、自称正義のヒーローは軽く肩をすくめ、彼女を足首を掴む左手を大きく上げた。


「『私に構わず撃って』とは、見上げた根性だな。だけど、私は悪党に加担する奴はガキといえども……いや、ガキだからこそ、容赦しない性分なんだよ」

「ぞんな脅しなんて通用しないんだからぁっ!やれるもんなら……」

「じゃあ黙れ」


 リーンと呼ばれた少女は、それ以上声を発することが出来なかった。

 恐怖とかではない、物理的な問題だ。

 明理は、なんの躊躇いも無しに、少女の喉笛を、右手の親指と人差し指で、引きちぎった。

 悲鳴は喉元からの出血と肉片となって辺りに飛び散る。


「悪の華 若葉のうちに つまみ取れ」

    ――シグ・フェイスこと裕眞明理、心の一句。


 その場にいた3人は絶句した。

 まさか、ここまでとは。

 ここまでやるとは思っていなかったのだ。

 勿論、明理も単なる加虐趣味でこんなことをやったわけではない。あくまでもこれは挑発。

 結構な強敵だと思っていたウォーダが、意外にも仲間を大事にする面があったから、それを利用しようと思っただけだ。そして、ユミルも同じく。後ろのミューアとかいう少年は別にどうでもよし。

 ともかく、この場から逃げようとするなら、どんな危険を冒してでも、立ち向かわせたくなるような展開にしてやろうと考えたわけだ。

 このリーンとかいう少女も、意外に肝が据わっていた。だったら、人質にしてダラダラと痛めつけるよりも、こちらの方が手っ取り早いと判断したのだ。どのみち殺すなら、過程はより効果的な方がよい。

 明理はこの場の誰よりも冷静だった。


「どうした、ウォーダ。とっととかかって来いよ。余興は余興にしかすぎねぇ。早く決着つけようぜ」


 ここでさらに挑発のおかわり。

 だが、ウォーダは歯を噛み締めながらも飛び出さなかった。ユミルから離れられないのだ。この男もまた、冷静さまで失ってはいなかった。

 しかし、当の主人は、この中の誰よりも、激昂していた。

 その殺気に満ちた眼光に、明理はほんの一瞬、気を取られ、隙を作ってしまった。


「ッシャアァーーッ!」


 明理の後頭部に強烈な衝撃が走った。そして、遅れて、ひうん、という風切り音が耳を掠める。

 蹴った本人がこのタイミングを狙っていたわけではないが、明理は完全に虚を突かれた形となり、思わずバランスを取りために、人質から意識が離れてしまう。

 その瞬間をウォーダは見逃さなかった。一歩踏み出し、明理の懐まで一気に詰め寄る。

 明理は反射的に、蹴りで反撃するが、相手の姿はもうない。ウォーダは同じく一歩で、リーンを抱えたまま、ユミルの元に跳び戻っていた。


「くそっ……伏兵かっ!?汚ねぇぞコラ!」

「今日の貴様には突っ込む気にもなれんな……」

「撤退します!アイキ……この場はお願いするわ……」


 明理は素早く体勢を立て直し、追撃しようとするが、それまで眼中に入っていなかったミューアが横から何か投げたかと思うと、周囲はほんの一瞬、強烈な光と音に包まれる。


「ちぃっ、煙幕の次は閃光弾フラッシュバンかよっ!」


 次に視界が開けたときには、既にユミル達の姿はなかった。明理は大きく舌打ちし、先程キツイ一撃を受けた後頭部をさすり、そして、ふと手が止まる。


(装甲が、割れている……!?)

 

 すぐさま振り向くと、先程の蹴りの主は両手を腰に当てながら、その場で軽い跳躍を続けていた。

 全身を覆う、真紅の装甲。明理や勇治のよりも一層禍々しい、攻撃的な形状。


「よう、初めまして、かな。シグ・フェイス」

「赤い装甲……ユージの言っていた奴か……!」

「ユージ……?ああ、あの弱っちいクロンボね」

「弱っちい?」

「さっき始末したよ。準備運動にもならなかったけど」


 明理は大きく、静かに息を吐く。

 そして、構えを立て直す。

 戦闘態勢を取った相手に対し、赤い鎧の男は、大きく両手を広げた。


「さっきの一撃は大丈夫かい?ウォーダとの戦いで消耗したりしていないかい?」

「……けっ、不意打ちかましといて何言いやがる」

「ふふ、今のが効いてたなら、一発蹴らせてあげてもいいよ?」

「はぁ?」

「だって、対等フェアじゃないだろう?」

「……そういうこと、ね」


 明理の前の男の性格を大体理解した。

 こいつは、いや、こいつも、根っからの戦闘狂。

 全力で向かってくる者を叩き潰すことを望む……すなわち、戦いに快楽を見出した者。


「あいにく、ウォーダはりあう前に、尻尾巻いて逃げ出しやがった。ハンディは結構だぜ」

「そうかい、そりゃあよかった。じゃ、とっとと始めようか。シグ・フェイス」

「お前は……えっと……『風呂にて、ヘレン=ケラー』だっけ?」

「……『フロイデ・ヘックラー』だっ!どういう間違え方してるんだっ!」


 声を荒らげる相手を見て、明理は内心ほくそ笑んだ。

 目の前の男の性格が、『無駄にプライド高い』という予想を、全く裏切らなかったからだ。

 無駄にプライド高い奴は名前間違えただけで無駄に怒る。

 世の中のあるあるである。


「けっ、自分の名を上げたいなら、もう少し分かりやすい名前にしな。洒落たつもりだろうが、言いにくいんだよ!フロイデなんちゃらって!私の名前なんてプロレスラーから付けたんだぞ!」

「……呼ぶ必要なんてないんだよ!君がここでやられればなぁ!」


 直後に飛んでくる、鼻先がえぐり取れるような鋭いハイキック。

 明理も正直、今までに対峙した事の無いくらいの速さだと、軽く焦った。しかし、油断は全くしておらず、あと数センチというところで、その攻撃をかわす。


「ふん、中々やるじゃないか」

「お前もな。え~と……確かユミルの奴がアイキとか何とか言ってたな。それがお前の名前か?」

「……くだらない事を」

「でも、名前は大事だぜ。アイキくんよ。漢字でどう書くの?」

「その名前は嫌いなんだよ!」


 次に放たれた蹴りは、始めのよりも数倍速いものであった。


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