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錬装機兵アルク・ミラー  作者: 四次元
白き破壊魔 シグ・フェイス
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2.ヒーローの日常

「おせぇぞ! コースケ!」


 茶碗を箸でチンチン鳴らしながら、その女性は戦闘(食事)態勢に入っていた。


 裕眞明理ゆうま あかり。女。年齢不詳。おおよそ二十代前半。

 身長:浩輔より高い。

 髪型:栗色のセミロング。

 容姿:目つきの悪い美人。あと巨乳。

 職業:正義のヒーロー(ヒロイン?)兼寄生ニート。

 

 もうかれこれ三ヶ月ほど一緒に住んでいる浩輔でも、ここまでしか情報を掴めていない。

 三ヶ月一緒に暮らして分かったことは、この女とはあまり深く関わらない方がいい、ということであり、余計な親切心で彼女に食い物を与えた三ヶ月前の自分を呪っていた。


 ――こんな美人の人と一つ屋根の下なんて羨ましすぎだって?


 ちなみにこの部屋は六畳一間。築六十年。風呂無し。

 そもそも浩輔はただのフリーターで、明理が来てから出費が三倍に膨れ上がる始末。

 ちなみに明理の稼ぎは基本的に0。生活力もゼロ。

 出ていけとも言えないし、肉弾戦では絶対に敵わない。武器を持ってもとても敵わない。

 正義のヒーローはどっかのお家に厄介になるってのは古来からのお約束だが、基本的には割と金を持っているところばかりだ。どこかの研究所とまでは言わなくても、探偵事務所とかバイク屋とか牧場とか。

 

「今日の収穫は……っと」

「残念ながら肉類は少なめです」

 

 明理は早速、浩輔の持ってきたコンビニの弁当&惣菜類を物色する。

 この時点でおにぎり類は素早くつまんでいることから、彼女の育ちが伺える。


「ちっ、幕の内と低カロリーの野菜たっぷりヘルシー弁当か……例によって売れ残りそうなもんだな……」


 たしかに、コンビニで幕の内弁当ってのもどうかと浩輔も思っていた。

 野菜たっぷりの方も水分が大半を占めるしなびた生野菜だ。


「大体何だよ。『塩おにぎり』って。海苔もつけないとか売る気ねーだろ」


 見事に売れ残った、おにぎりの中でも最安値の塩おにぎりが2つ(もう一つの野沢菜は既に明理の胃袋の中)。需要はあるらしいが、浩輔はバイトの身分ながら首をかしげざるを得なかった。

 とはいえ、明理も賞味期限が五日過ぎた牛乳でも平気な顔で飲む癖に、妙なところで厳しい。


「と、なると……メインのおかずは幕の内の煮物系か……」

「ここは『ばらし寿司』が無難なところですかね。ちょうど冷奴もあるし、生野菜の方は味噌汁に入れます。きゅうりは塩もみして……」

「そういったことはお前に一任する。とりあえず十分で支度しな」


 浩輔の意にはそぐわないが、こんなやり取りも慣れたものだ。

 基本的にこの家の家事、掃除、洗濯、稼ぎは全て浩輔が担当している。要は彼女は、日常生活においては、お荷物以外の何物でもないと言う事だ。

 そして、こんな境遇を嘆きながらも、浩輔は何だかんだで料理を十分で仕上げてしまう自分を恨めしく思っていた。だが、専業主夫で食っていけるほど世の中は甘くない。


「出来ましたよ」

「ん」


 ちなみにばらし寿司とは、弁当のおかずをバラバラに刻み、酢飯に混ぜ込んだ、ちらし寿司風の料理だ。おかずの味が濃すぎるくらいがちょうどいいという、産廃利用飯である。

 弁当二つとおにぎり二つ分のご飯を使っているので、炭水化物はかなりの量になるはずなのだが、目の前の大食いお化けはものともしない。

 ちなみに、彼女を怒らせる最も手っ取り早い方法の一つは、食事の邪魔をすることだ。

 流石の浩輔もこの時は一切の物音を発さず、沈黙を守り続ける。

 次に話しかけていいのは、飯を食い終わってお茶を一杯やった後。


「また今回も派手にやったそうですね。連続タクシー強盗……でしたっけ?」

「おう、なんかあんましいいもん食ってそうな体じゃなかったから、髪と眉毛を炙るくらいで勘弁しといた」

「……現場では凄い爆音が鳴り響いたとか聞きましたけど?」

「あれは、まぁ……演出?」

「……」


 ――またか。

 この人が、ウルト○マンみたいな巨大化するタイプのヒーローじゃなくて本当に良かったと、浩輔は心の底から思った。


「何度も言ってますけど、周囲への被害も少しは考慮した方がいいんじゃないんですか?ほら、雑誌の特集とかでも結構叩かれてますよ?」

「面子を潰された奴らの妬みだろーが。気にしない気にしない。手柄を重ねれば、細かいミスは多めに見てくれるもんだよ。昨日だって屋根の上を伝って去るだけで、黄色い声援を一杯貰ったしね。ファンは確実に増えているんだよ」


 明理は一人勝手に納得し、腕を組みながらウンウンと頷く。

 味方は多くなりそうだが、余計な敵を作る方法でもある。……もう今更だが。

 彼女の迷いの無さは羨ましくもあるが、絶対に見習いたくない。


「さて、腹も膨れたし、今夜に備えて私は寝る」


 そう言うなり、瞬時に明理は畳に寝っ転がる。

 無論、枕は常備済だ。


「例によって、静かにしろよ。下らんことで起こしたら、肩を外す」

「いや、寝るのはいいんですけど、もう少し隅に寄ってください。俺も寝たいんです」

「ぐぅ……」

「早ぇよ!」

「……起こすなっつーたろーがぁっ!」


 どこをどう飛んで来たのか分からない彼女の回し蹴りを、浩輔は首の皮一枚で回避し、薄い壁に張り付きながら尻もちをつく。朝の十時でよかった。夜だと絶対に壁ドンものである。

 始めの方は、こんなやり取りの中での一発もよく貰っていた。人は成長するものである。

 そして彼女の寝相は先程よりもさらに悪化し、大の字仰向けで既にレム睡眠に入っている。


「どこで寝れば……いや、その前に食器が洗えん……」


 それから一時間、浩輔は思索した。

 

 『だれか彼女を引き取ってください』


 一時間の中で五十二回ほど、心の中でそう呟いた。




 ◇ ◇ ◇ ◇




「きゃあぁぁぁぁーーっ! だれかぁぁぁーーーっ!」

「うるせぇぇぇーーーー!」


 穏やかな夜。浩輔にとっての救いの時間は、無残にも明理の踵落としで打ち砕かれる。


「はっ!何だ!?悪か!?」

「少なくとも……俺が起こしたんじゃ……ないっす」


 やられたのは……左腕。利き腕じゃない。どうやら致命傷(骨折)は避けられたようだ。

 やはり日に日に防衛本能が研ぎ澄まされていってるようだ。

 浩輔は無事な方の右腕でよろよろと部屋の電気を点ける。


「コースケ! 聞こえたか? 今の悲鳴は……」

「迫撃砲で耳をやられてない限り、聞こえないわけないでしょう!?」

「にひひ、事件かな?」


 正義の味方は事件がないとお役御免とはいえ、明理は歓喜の表情を浮かべている。


「さーて、現場はどのあたりだ~?」


 明理は窓を開けて周囲を見渡し、浩輔はとりあえずテレビ(中古)をつける。

 ヒーローによくある『悪人探知機』なんてものはないので、この辺りは完全に手作業だ。

 

「おっ!人だかりはっけーん!」


 明理が見えるものは、まず浩輔には見えない。眼球の作りが根本的に違うのだろう。

 今にも窓から飛び出しそうな明理を適度に抑えつつ、急いで現場に向かう。

 どうやら、またもや閑静な住宅街のど真ん中のようだ。しかも見晴らしの悪い、一方通行の狭い道路。もう定番と言ってもいい場所だ。おかげで、他の野次馬が面倒で仕方ない。


「はい通してとおして~警察関係者だよ~嘘だけど~」


 明理は適当な文言で、文字通り野次馬を後ろに放り投げながら突き進む。こういう時の他人の振りも、基本中の基本である。

 それと同時に、後ろからサイレンを鳴らしながら救急車も到着。明理が切り開いた道をちゃっかり使いながら、救命士二人が現場に入って行く。

 俺はその場で待機してると、ほどなくして担架が運ばれてくる。どうやら二十代後半くらいの女性で、右肩を辛そうに押さえていたが、意識ははっきりしてそうだ。

 見送りもほどほどに救急車はとっととその場を去ってしまい、入れ違いにパトカー&警察が駆け込んでくる。ここまで来ると、これ以上ここに留まるのは無意味だ。

 浩輔がその場を少し離れると、横から他人の家の壁を乗り越えて、明理が姿を現す。


「……どうでした?」

「通り魔だってよ。バイクに乗った集団が、夜道を歩いていた彼女をいきなり取り囲んで、助けを呼ぼうと悲鳴を上げたら、荷物をひったくられた上にあのザマだってさ」

「命に別状は?」

「肩をナイフで刺されただけだよ。毒でも塗られてなきゃ死にはしないさ」


 死ななきゃ安いを地で行く発言をすると、明理は屈伸を始め、大きく息をつく。


「よーし、今夜のターゲット決定」

「それはいいんですけど、犯人は見つかりますかね?もう結構時間経ってませんか?」

「大丈夫さ。被害者もバイクの色を覚えていたし、隣町の繁華街をしらみつぶしに当たれば、その内見つかるだろ」

「どうしてそう言い切れるんです?」

「派手なバイクで女をナンパして、金まで奪ってるんだ。そのうえ集団でな。今頃夜の町で豪遊してるのが関の山さ。隠れ蓑にももってこいだしな」


 自宅に戻ったとか、その他の人の目の届かないところ(工場とか)に行ったとか、そういうのは一切排除したその思考回路は清々しくもある。

 実際は、もし犯人グループが見つからなくても、他の事件の種を探して、いざという時は別の奴らをぶっ潰そうって魂胆だと思われるが。


「つーわけで早速……」

「いってらっしゃーい」

「……悪人探しは全面的に協力するって前に言ったよな?」

「でも、手掛かりが微妙臭いし……」

「なんとかなるの!こういう地道な泥臭い仕事もヒーローにはかかせないんだって!戦闘は全部私が担当するから!」

 

 そりゃ戦いまで手伝わされたら、今すぐにでも家から追い出す、とは口が裂けても言えない。


「畜生、明日は二十時間のバイトが入ってるから、ここで寝溜めしたかったのに……」

「何か言ったか?」

「いや」

「じゃあ!出撃!」


 こうして浩輔は彼女に文字通り引きずられながら夜の町へと連行されることになる。


(子供心でも、ヒーローの助手とか一番なりたくないポジションだよなぁ……)


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