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錬装機兵アルク・ミラー  作者: 四次元
交差する白と黒
26/112

25.正義の時


『オルト・ザウエル、エクスプレッション』

「うぉぉらぁぁぁーっ!!」


 非日常を運んできたはずのテロリスト達は、まさか自分たちが現実逃避する羽目になってしまうとは夢にも思わなかったであろう。

 それだけ、いきなり女子トイレの掃除用具入れから、全身に黒い装甲を纏った男が、凄まじい馬鹿力を振り回して襲いかかって来るという光景は衝撃的なものであった。

 途中で何発か銃弾を浴びたものの、そんなものが錬装化した勇治に効くはずもなく。

 テロリスト達の体は文字通り宙に浮き、背中から天井に叩きつけられ、その後の落下で全身を強く打ち、運が悪かったら死んでもおかしくない状態までぶちのめされる。


「おい、そこの個室に入っている人っ!死にたくなかったらそこでじっとしていろよ!」

「え、え、えぇっ!?」


 トイレの個室の中から困惑した女子の声が聞こえてくるが、勇治は今は事情を説明する時間も惜しいと判断し、そのまま彼女を放置してトイレから出る。廊下には騒ぎを聞いて駆けつけたテロリストの仲間がいたが、間髪いれずに真正面から正拳一発。装甲越しとはいえ、中の勇治にも相手のあばら骨がベキベキとへし折れる感覚が伝わって来る。

 男は5メートルほど吹っ飛び、そのまま廊下の端まで縦に転がり続ける。手を使わず、強制的に後転させている状態なので、首の頸椎も相当やられていることだろう。


「流石に生身相手には強すぎるな……でも、こうでもしないと!」


 勇治は階段を駆け上がり、上の階のテロリストの元へと向かう。

 案の定、テロリスト達は勇治の姿を見て、多彩なリアクションを見せたが、その後の結末は全て同じ。死ぬか、五体不満足の障害持ちとして生きて行くかの二択を迫られ、次々と再起不能にされていく。


「これで、教室の前にいる奴らは全滅だな……」


 今更だが、勇治は安全のため、テロリストの持っていた銃は全て叩き折って使用不能にしていた。その最中、目の前のクラスの生徒から、湧き立つような声が上がる。


「な、何だお前!?その格好って……もしかして正義のヒーローとか!?」

「か、かっけぇ!しかも滅茶苦茶強ぇっ!」

「なぁ、やっぱこれって映画の撮影!?」


 生徒達の多くは、今の勇治を恐怖と羨望の入り混じった様子で見つめている。テロリストと同じくフルフェイスのメットと、それによってくぐもった声のお陰で正体はばれていないようだが。

 だが、今の彼には、そんな歓声も自分を不快な気分にさせるものにしか感じられない。


「俺は……そんなんじゃない。死人が出ているんだ。危険だから、みんなは教室でじっとしていてくれ」


 勇治は、興奮する生徒をなだめその場を後にしようとする。

 しかし、周囲の質問攻めは止まらない。


「な、名前は?名前何て言うの?」

「どこから来たのー?」

「それって、もしかしてパワードスーツとかなの?実在するの?」

「早く外の奴らもやっつけちゃってよ!」

「ねぇ、これやっぱりヤラせか何かなんでしょう!?常識的に考えて、この国で銃を持ったテロリストが学校を占拠するなんてありえないし……」


 なおも近づいて言葉を投げかけようとする生徒達に対して、勇治は暴力を持って返答する。真横にあった非常ベルを破壊し、その下に設置してある消火器を引きちぎり、壁に叩きつけて、ただ一言、低く呟く。


「死にたくなかったら黙ってろ……って言ってんだよ……!」


 生徒達の表情など確認するまでもなく、勇治はその場を立ち去って、屋上へと上がる。

 上空からの監視がないとは思えないが、自分も一先ず現在の状況を確認しようと思ってのことだ。屋上へのドアは例に漏れず封鎖されていたが、今の彼にはそんなことお構いなし。鍵ごとドアを蹴り飛ばし、外へ出る。


(校庭に大型トラックが4台、普通サイズの車が2台。数は……今外に出ているのは10人くらいか。裏口にも車……見張りは2人。だけど……)


 今の自分なら、このくらいの敵を倒すことは容易い。が、外に出てみて、思っていたよりも状況が芳しくないことを悟る。

 外の野次馬が想像以上に多いのだ。


(機動隊もいるみたいだけど、全てを取り囲むまではいっていない……下手に奴らを刺激して、なりふり構わず暴れさせでもしたら……)


 勇治の頭上からヘリコプターの飛行音が鳴り響く。

 機体の側面には見知った名前のテレビ局の略称が描かれていた。


(これじゃあ、学校の外の人間が人質みたいなものだな。さて……)


 いかに周囲に被害を出さずに敵を倒すか。

 だが、その方法をのんびり考えるような時間もない。

 結局辿りついた結論は、いかに素早く敵を倒すかとことだけ。


「一秒でも早く、しかないな……!『オルト・レイダー』……」


 昨晩の出来事を思い出し、右手の武器をイメージする。


『オルト・レイダー、ストレイトモード、エクスプレッション』


 頭の中に響き渡る機械音声、そして右手から発せられる光の文字共に、ものの数秒でひと振りのナイフが右手の中に出現する。

 が、そこで勇治ははたと気づいた。


「あ、ちょっと待った。『ストレイトモード』ってことは、他にバリエーションがあるのか?」


 その場で問いかけて良い物かは分からないが、その答えは脳内のイメージで返って来る。


『コピー。オルト・レイダー、ラピッドモード、トランスフォーメーション』


 音声と共に、ナイフの表面に光の文字が浮かんだかと思うと、今まで手に握っていた物が瞬時に全く別の形へと変形する。


拳銃ハンドガンか……!銃なんて使ったことないけど……」


 勇治は銃に関しての知識などさっぱりだが、その形は素人でも片手で使う事を躊躇ってしまいそうなゴツさ……かなり大型のものだ。普通に鈍器としても使えそうな代物。それでも錬装化した彼の手には、あまり重さを感じさせない。


「攻撃が全く通じない鎧に加えて、次々に武器を生み出せる能力……だが今はっ!」


 銃口をトラックの運転席へと向け激発。続けて、他の車にも次々に発射。鎧のおかげで反動も無に等しい。

 ……が、流石はド素人といったところか。構えはおろか、サイトの使い方すら知らない勇治の射撃は、お粗末と呼ぶにしても優しすぎるものであった。

 銃弾は車のボディを容易く貫くほどの威力を持っているのだが、如何せん狙いが酷い。動かないトラック相手に一発外してすらいるという始末。


「畜生っ、こんなに狙いがつかないものなのかよっ!?やっぱりナイフだナイフ!」


 情けない声を上げつつも、右手の武器をナイフに変形させ、勇治は屋上から校庭へ飛び降りる。落下の最中に一瞬後悔の念がよぎったが、結果は地面にめり込ませながらの両足着地。脚には微塵の衝撃もない。

 テロリスト達も突然の発砲に加え、黒い装甲を纏った人物が屋上から落下して来たというあまりにもファンタジーな光景に、一瞬思考が停止する。

 そこに生まれる大きな隙に関しては、戦闘の素人の勇治でも瞬時に把握できた。


「貴様ら覚悟しろぉぉっ!」


 咆哮と共に勇治はトラックに向かって突撃し、赤い輝きを増したマチェットナイフで、車のボディを正面から後方へ一文字に斬り裂く。バーナーで金属を溶断したような跡が残り、周囲には凄まじい熱気、そして異臭と共に、絶叫が響き渡る。

 流石にマチェットナイフで車を一刀両断、というわけにはいかないが、溶断破砕という効果が更なる副次効果を招いていた。車のガソリンに引火しているのだ。切断と同時に、次々に炎が上がり、周囲に更なる混乱を撒き散らす。


「な、何だぁっ!?何が起こった!?」

「全身真っ黒の男がトラックを!……うぉぁっ!?」

「くそっ、こんなの予定に聞いてないぞ!?」

「構わん、撃てぇ!!」


 テロリスト達は焦って応戦に出るが、すぐさまに絶望を味わう羽目になる。

 対人相手にこのナイフは強力過ぎると察したのか、勇治は主に投げと蹴りだけで戦うが、それでも戦力差は歴然であった。大の大人達の体が、火に炙られてはじけるポップコーンの如く宙に舞い上がり、そして落下して鈍い音を鳴らす。

 文字通り無双、言葉の通り一騎当千と呼べる状態を目の当たりにし、周囲の機動隊や野次馬たちも皆ぽかんと口を開ける他なかった。


「な、何なんだ……こんなシナリオは聞いてない……」


 かろうじて爆発を免れたトラックの中から、先程から拡声機で話をしていたリーダー格と思われる男と、そして、負傷した校長が命からがら這い出してくる。

 勇治は即座にリーダー格の男の首根っこを掴み、そのまま地面に叩きつけた。


「あんたが、このふざけたテロの主犯格か……覚悟は出来てるんだろうな?」

「き、貴様……何者だ?ど、どこの組織の者だ?」

「ただの通りすがり……だっ!」


 勇治はもう片方の手で、男のヘルメットをはぎ取る。同時に男が隠し持っていたナイフで勇治の脇腹を刺そうとするが、肉まで達することはなく情けない金属音が鳴り響くのみ。


「ば、化け物……!」

「そうさ……お前らみたいな奴の命なんて、簡単に捻り潰せるくらいのなぁ!」


 勇治は男の首を絞める力を一層強める。

 男の息は途絶え途絶えになり、顔がみるみる変色していく。


「どうした!この学校の生徒達を教育するんだろう!?だったら、あんたらも強い人間のはずじゃないのか!?何とかして見せろよ!」


 勇治は首から手を放し、今度はその拳を肝臓の位置に叩きこむ。

 男の口から吐瀉物が流れ出し、辺りに酸っぱい臭いが立ち込める。


「この国の夜明けとやらを願ってるんだろう!?俺達に死ぬ気で努力させたいんだろう!?歯向かう奴は片っ端から殺したよなぁ!?だから……」


 既に意識が朦朧としている男の耳に向かって、勇治は言葉を叩きつける。


「あんたは、強いんだろう?死ぬ覚悟だって……勿論出来てるんだよな?」


 そのまま男の顔を吐瀉物の泉へ叩きつけ、塗り込むように地面に擦りつける。


「どうした……優秀な力とやらを見せてみろよ……!」

「も、もうやめ……!」

「あぁっ!?じゃあ死ぬしかないんじゃないのかぁ!?お前は何のために存在してるんだぁっ!?お前自身が作ったルールだろうが!?自分で望んだ事じゃないのかっ!」


 勇治は男に馬乗りになり、何度も顔を強打する。それも、本気では無い。

 死なない程度に手加減しているのだ。『加減』が出来るようになっていた。

 始めは応援していた野次馬たちも、人間の顔の肉がどんどん剥げ落ちていくという展開までは想定していなかったのか、次第に声のトーンが落ちていく。


「これ以上は……本当に死んでしまうか。せいぜい警察に助けてもらうんだな」


 勇治は拳を止めるが、男の顔は既に原型を留めていない。

 生き物と肉の塊の境目まで叩きのされた男は、盾を構えた機動隊の前に放り出される。


「さて……残りの生き残った奴は……」


 銃声が鳴り響き、鉛の玉が次々に勇治の体に衝突する。テロリスト達は腰を抜かしながらも最後の抵抗を止めようとしなかった。

 勇治は熱気を帯びたナイフを一番近くにいた男に投げつける。クリーンヒットとまではいかないが、少し触れただけでも男の肉を炙ることぐらいは出来た。


「まだ抵抗するんだったら……徹底的にブチのめすだけだぁっ!」


 そして、尚も圧倒的な力による蹂躙が続く。

 テロリスト達のほとんどは、明確な抵抗の意思があるわけではなく、『自分の命が危ない』という防衛本能で勇治を攻撃していたにすぎない。

 が、そんな事が都合よく相手に伝わるはずもなく、次々に骨という骨を叩き折られ、体内で内出血の嵐が起きるまで手を加えられていた。


(あっちゃー。こりゃそろそろ止めないと危ないかも……)


 ……そのあまりにも一方的な暴力を、ただ茫然と見つめている聴衆の中で、ただ一人冷静にビデオカメラで捉える女性がいた。地味な色のダウンハットを被り、体型があまり目立たないラフな服装。顔立ちは恐ろしく美人なのだが、こうも人混みの中では誰もその事に気づくことはない。


(ウォーダ~、狙撃準備に入って。あの子、ちょっと加熱暴走気味みたい)

(了解だ。リーンも位置についてるな?)

(おっけー……それにしても、どうして普段ヘタれている奴って、一度キレて調子に乗ると抑えが利かなくなるのかな~。バカみたい)


 女性は通信機の類は身につけていない。それどころか一切口を動かしていない。

 彼女達の会話は全て、思念感応テレパシーによるものであった。


(マスターも何であんな奴をアルク・ミラーにしちゃったのかなー)

(はいはい、余計な事はそれまで。とりあえずこれ以上あの子が墓穴を掘る前に、この場所から連れ去るわよ。ウォーダ、狙撃のタイミングを)

(……いや、その必要はなさそうだ)

(え?)

(俺とリーンは離脱する。メローネはそのまま映像の記録を頼む)


 女性……もとい、メローネが事情を問いただそうとする前に、その事実はやって来る。

 突然の凄まじい爆発音とコンクリートの破壊音、そして数拍おいて、辺り一帯に謎の笑い声が響き渡った。


「ふはははははぁっ!!悪党どもぉっ、そこまでだぁっ!」

「……え?」


 炎の揺らめきの向こうに映るのは、白い影。

 場所は校舎の屋上から更に高い、時計台の針の上。

 聴衆の視線を一手に引き受けると、その影は大きく跳躍し、そのまま前方宙返りを決めながら地面に着地する。


「都内の学校を同時多発テロとは随分と大掛かりな計画だなぁ悪党どもよぉっ!だが、私の怒りの炎はいつにも増して燃えているぞぉっ!今日という今日は、全身の体液を使って反省してもらおうかぁ!!」


 聴衆のどよめきが先程に増して大きくなる。

 ハチャメチャな登場、返り血がとにかく目立つ純白の鎧、そして無駄に長い口上。


「お待たせしましたっ!無敵のヒーロー、シグ・フェイス!ただ今元気に十七連勤中ぅっ!あいにく今日は日曜じゃないがスーパーヒーロータイムはここから……あれ?」

「えーっと……」

「あーっと……」

「あのー……」


 白いフルフェイスメットのせいで、視線がどこを向いていたのかは分からない。

 が、今の今まで目の前の炎上している車の数々に気づいてなかったのは確かだった。

 幼稚園児でも察することが出来た。


「あー……ここはもう処理済みだったか。お目汚し失礼。すみませーん、とりあえず南の方から順々に解放していってるんですけどー、ここから北の方向で一番近い学校は……」


 その場にいた全ての人々が、人間が壮大にずっこける感覚を心で理解した。


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