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錬装機兵アルク・ミラー  作者: 四次元
交差する白と黒
25/112

24.迫りくる非日常

 白と黒の邂逅――物語は、ここからだ。




 ◇ ◇ ◇ ◇


 勇治にとっては三日ぶりの高校。そう、三日だ。たったの三日。

 一年の百分の一にも満たない時間で、学校はすっかり様変わりしていた。

 もっぱらの話題は、隣のクラスの担任である田嶋先生の死。そして学校の問題児、花田が怪我を負って入院したという話であった。


「……だから、お前も何かに巻き込まれたんじゃないかと思ってさ!」

「熱を出して寝込んでただけだよ」

「じゃあ何で連絡とか入れなかったんだよ?」

「ウチの母親が忘れてたみたいでさ」

「二日間も?」

「何か怪しいなぁ~」


 今日のクラスは朝からずっとこの様子だ。

 勇治は普段からそこまで目立っているようなキャラではないが、その他の出来事と相まって、この日は注目の的となっていた。……あくまでもこの日だけだ。他の生徒たちは面白半分でからかっているだけに過ぎない。クラスメイトの楽しげな視線を浴びながら、勇治は安心感と別の何かが入り混じった複雑な気持ちを覚えていた。

 そんな昼休みの喧騒の中、急に教室のドアが開かれ、勇治のクラスの担任が何やら大きな封筒を抱えながら入って来る。


「おい、お前ら、全員席につけー」

「せんせー、まだ休み時間終わってませんよ?あと五分ー」

「分かってるよ。その代わりこのアンケートを取ったら、今日はもう帰っていいぞ。部活も全面的に中止だ。お前らもいい歳だから、集団下校とは言わんがな」


 教室の中の生徒全員がきょとん、とした表情になる。


「……何かあったんですか?」

「今からプリントで説明する。さっさと席につけ」


 休み時間という事もあって、隣のクラスから来た生徒もいたのだが、教師はそんなことを一々気にしてられないと言わんばかりの物言い。すぐさま教室の中は授業中と変わらない、いや、授業中よりも静まり返った空気となる。

 この若い担任の教師は授業(数学)に関しては非常に熱心で、教え方も丁寧なのだが、それ以外のこととなると、途端にやる気がなくなる。ある意味で最近の学生にとってはありがたい性格であった。かと言って、別段好かれているわけでもないが。

 担任は無言かつ無表情でプリントを回していくが、途中でその内容を見た生徒は「え?」「おいおい」など、個性がはっきり見て取れるくらいの十人十色の反応を見せていた。


「今日はもう帰っていい理由は、そのプリントに書いてある通りだ」



『コノクニノヨアケノタメ、ミライアルコドモタチニ、シンノキョウイクヲ。ソシテ、ミライヲトザスキョウシタチニテッツイヲ』



 お約束というか、文字は全て新聞の切り抜き。

 しかし、生徒たちのほとんどは、ただのいたずら、「学校を休ませてくれてありがとう、勇敢なお馬鹿さん」程度にしか思っていなかった。


「……今朝、都内の全ての小中高にこの手紙が届いたそうだ。他県でも形式は少しずつ違うみたいだが、こう言った事例が相次いでいるらしい」

「文章も子供っぽいし、誰かのいたずらじゃないんですかぁ?」

「こっちの立場としては、それで済ませるわけにはいかないんだよ。もしもの事があったらお前らの親御さんに何て説明したらいいんだ?」


 担任はそのまま気だるそうな表情で次のプリント……つまりは、アンケート用紙を配る。

 そのアンケートの内容も、生徒達を一斉に怪訝そうな表情にさせるだけのインパクトを持っていた。


「せんせー、今回の脅迫文書の内容についての質問はともかくとして、どうして今支持している政党とその理由なんて書かないといけないんですかー?」

「これって、何かの違反行為に当たんないんですかー?」

「これは、脅迫とは関係なくて、元々来てた新聞社の方からの調査なんだよ。今の若者がどれだけ政治に関心があるかを知りたいんだとさ。ちょうど今衆議院の総選挙やってるしな。ちゃんと無記名になってるから心配するな」


 とは言うものの、選挙権すらもってない高校生達にとって、この質問は如何ともしがたいものであった。ある者は適当に○と文章をつけ、またある者は無駄に自分の熱い思想を綴ってみたり……無記名ながら好き勝手に書いていた。


「アンケート出した奴から、好きに帰っていいぞー。ただし、より道はするなよー」


 担任も本心では単なるいたずらだとしか思ってないのか、内容に反して抑揚の無い声を上げながら生徒の帰宅を催促する。生徒達も担任の言葉など全く気にしていないようで、だらだらと帰る支度をしながらおしゃべりを続けていた。


「ねーねー、あのアンケートさー、どの党に入れた?」

「私、『黎明』って書いちゃった!」

「あ、私もー。あの東郷っておじさん、過激で面白いよねー」

「どーせ、口先だけでしょ?」


 選挙権を持ってないからこそ、気兼ねなく話せる内容ではあった。


「でもさ、大人たちが必死に叩いているの見るとマジでウケない?」

「物凄く焦ってるもんねー。あそこの言ってる事を本当にやってしまったたら、今偉そうにしてる大人達がみんなパーになっちゃうみたいだよ?」

「でも、勉強の量が倍になるのは嫌だなー……」


 自分に責任が伴わないからこそ許される発言であった。

 勇治も同様に困惑しながらも、アンケートを適当に記入し、とっとと帰る準備を始める。 ……昨晩、家に戻ってからは、ろくに自分の心を整理する時間がなかった。肉体的、精神的に疲労しきっていたし、涙目で出迎えた母親に事情を説明するわけにもいかず、ただひたすらに謝ってその場を凌いだのだ。


(世間も変な事になってるけど……今はとにかく、家に帰って落ち着いて考えよう)


 勇治が鞄を閉め、席を立ち上がろうとした時――


「おい、なんだあれ!?」


 クラスの男子が窓の外を指して大声を上げる。

 生徒たちも窓際に向かい、外の光景を見て一様に仰天した。


「どうしたんだよ?」

「せんせー!黒いトラックが何台も校庭に!まだ入って来る!」

「そんな冗談……がっ?」


 勇治の担任もその現場を目の当たりにして、先程までの細い目が一気に見開かれる。

 窓の外と廊下を通じて他のクラスでも騒ぎ声が大きくなっていた。隣のクラスのおばちゃん教師が慌てたように勇治達の教室に慌てて乗り込んできて、担任に助けを求め始めた。


「おい、中から人が出てきたぞ!」

「……手に持ってるのって、銃じゃないの!?」

「おいおい、ここは日本だぜ?こんな妄想じみた展開が……」


 勇治もその現実的光景に思わず目を疑った。

 校庭には4台の黒塗りのトラックと2台の自動車が陣を構え、中からは次々に小銃を持った人が降りて来る。数にして20人程度。服装は様々だが、共通しているのは、皆機動隊のようなフルフェイスのマスクを被っている事。

 その内の一人が、白い拡声器を取り出す。


『この学校の教師、および生徒達に告げる。この建物はたった今を持って我々の物とし、貴様たちは人質となる!』


 校舎の中から一斉にどよめき声が上がる。


『建物からの出入りは例外なく禁止!なお、従わぬ場合は即刻射殺するものとする!』


 射殺、の言葉にどよめき声が一瞬止まり、囁き声に変わった。


「なに、何だ?映画とかの撮影?」

「ありえんだろコレ」

「何かの訓練とかじゃない?ほら、テロ対策とかの?」

「せんせー?」


 教師二人の顔は完全に青ざめていた。

 芝居にしては随分と凝ってるな、と思いつつも、生徒たちは恐怖半分、面白の半分の様子。携帯を取り出して、つぶやきに興じる者も多数。


「裏口は誰かいる?」

「車止まってて、4人くらいいるってよ。銃付きで。これって警察呼んでいいの?」


 なおも現実味の湧かない生徒達を諌めるように、校内のスピーカーが鳴り響く。


『全校生徒及び先生方に連絡します!そのまま教室に待機し、くれぐれも勝手な行動を起こさないようにしてくださいっ!』


 物凄く慌てた様子の校長の声が流れるが、それでも生徒達の表情は冷ややかだ。

 すると廊下から、乱暴な足音と共に金属の擦れるような事が響いて来る。外の武装した人間が何名か校舎の中に入って来たのだ。

 マスクをした人物らは、くぐもった声で廊下に出ていた生徒達を怒鳴り散らす。


「何をしている、全員教室に入れっ!」

「あの~これ、何か映画とかのロケですか?それとも訓練?カメラどこ?」

「貴様らに話す権利はない、速やかに教室に入れ。さもなくば発砲する」

「偽物でしょ?どーせ……」


 制服の前を大きく開いた男子生徒二人が、にやにやとからかうようにマスクを被った人物(声からして男)らに近づいて行く。

 この二人は教師の間でも手を焼いていた問題児で、暴力を振るうわけではないが、ただ単に不真面目でやる気がなく、いつも教師を茶化すような発言を繰り返していた。

 彼らにはどんな家庭の事情があり、また、その心情はどのようなものであったのか。

 他の人が知るであろう前に、その少年らは、次の瞬間、ただの肉塊と化していた。


「警告はしたぞ」


 校舎全体に悲鳴が響き渡る中、マスクを被った男達は低く吐き捨てる。

 少年らの顔は原型が分からないくらいに破壊され、血と脳漿が辺り一面に飛び散る。煙を上げる銃口を突きつけられ、残りの生徒たちは我先にと、教室の中へと逃げ込んだ。


「よく聞け、ガキども!死にたくなければ、俺達の言う事に黙って従え!」


 生徒たちはようやく、今置かれている現状が理解出来た、という表情に変わる。

 それでも死体を一目見ようと、廊下の方へ首を覗かせる生徒もいたが、死体を直視する前に、自分が死体と化していた。

 マスクを被った男の一人は、男子生徒の遺体の股間を弄ぶように足で踏み潰す。


「ほらほら、さっきまでの威勢はどうした?別に反抗したければ反抗していいんだぞ?」

「……一気に静かになったな。ガキどもの躾なんて実に簡単だ」


 校舎は静まり返り、呼吸の音すらも響き渡るような静寂に変わる。

 しばらくして、校舎の中から二人の男が、校庭へ引っ張り出されて来る。


「あれ……校長と教頭だぜ……?」


 二人は学校を占拠した男達と何やら言い争っている様子であったが、教頭はすぐに頭を撃ち抜かれ、校長も腕と脚を撃ち抜かれて、男達にトラックの中へ運び込まれた。

 徐々に広がっていく、教頭の死体の血だまり。そして、生々しく後の残った校長のが引きずられた跡が校庭に残り、生徒たちも顔を引っ込めざるを得ない。

 教室の中では、男子、女子、教師、例外なく顔が引き攣り、恐怖のあまり泣き出す女子もいた。しかしその泣き声が癇に障るのか、下手に嗚咽を漏らす生徒も頭を撃ち抜かれる。 

 校舎の中のスピーカーからも銃声が鳴り渡り、高校生には程遠い、ドスの利いた男の声が教室に流れる。


『子供達よ、よーく聞くがいい。君達には日本の明日がかかっている』


 声に似合わず、生徒達を励ますような台詞が言われ、少しの間が流れる。


『……がっ!未熟っ!若者はあまりにも貧弱!誰かを支えるどことろか、大人になっても誰かに支えられているくらいの体たらく!』


 唾を撒き散らすような音までが響き渡り、時折スピーカーの音を割らせながらも、男は熱弁を続けた。


『我々は君達を鍛え直さなければならない!何故ならば君達の今の姿!それは君達が最も嫌悪している、大人達の過去そのものだからである!このままではこの国は崩壊する!他の国の食い物になる一方だ!君達は、自分が奴隷になりたくないと思うのなら、努力しなけらばならない!それも、死ぬ気で!』


 生徒たちの大半は、男が何を言ってるのか理解できなかった。

 あまりにも唐突かつスケールの大きすぎる内容。

 そして、あまりにも身勝手とも言える要求。


『紹介が遅れたな。我々は『黎明』の尖兵。東郷烈心の精神に共鳴し、この国の夜明けを願う者だ!』


 ――『黎明』

 生徒の大半はその言葉に聞き覚えがあった。

 というか、先程のアンケートで見たばかりである。そもそも、テレビや新聞であれだけ報道されているのに、知らないのはよほどの無精者だ。東郷烈心という名前も、顔の認知度はほぼ100%に近い。元々若者受けはよかったのだ。


『これから我々はこの付近一体……君達の保護者にも向けて声明を発表する。君達を優秀な国民として真の教育を施す、とな』


 外では既に大勢の野次馬と警察、マスコミがごった返していた。

 何もこの高校だけでないのである。都内の全ての学校で、同時に占拠が行われていたのだ。全てのテレビ局で生中継が流れ、全国民から一斉に目を向けられていた。

 一部の生徒はそれを携帯で知ることが出来のだが、知った所で何が出来るわけでもない。おまけに下手に使っている所を見られたら問答無用で発砲される。

 教師含め、千人を超える人間が、たった数十名のテロリストに掌握されていたのだ。

 ……ただ、一人を除いて。


(ちくしょう……一体どうなってるんだこの国は……!)


 岳杉勇治。

 この学校の中で、唯一自らの死を覚悟し、人を殺した経験を持つ者。

 それでも他人とは僅かな差かもしれないが、その差が彼をトイレの中に逃げ込むという行動を取らせる働きとなった。しかも女子トイレの物置き場だ。

 結果はともかくとして、あのまま教室にいたら逆に危険だという本能が働いたのだ。

 外の事情は校内放送と銃声で粗方理解していた。


(やるしかないのか……?錬装化を……)


 こうなると、まるで学校の危機を救うためにやって来た正義のヒーロー状態だ。

 勇治はこの力に正義なんて枕言葉はとても似合わないと思っている。

 単なる暴力装置でしかない、そうとしか思えなかった。


「トイレの中は調べたのか?」

「今やってる、3人ほど隠れていやがったぜ。すぐに撃ち殺したがな」


 男達の声、それに続き銃声。

 隣の男子トイレから断末魔の悲鳴が聞こえて来る。


「あまり弾の無駄遣いはするなよ?」

「ああ、ガキを殺せる機会なんて滅多にないからな、ついやっちまった」


 少なくともこの男達に正義はない、と勇治は思った。

 表向きは大層な事を言っているが、実際は殺人を楽しんでるだけの異常者の集まりだ。

 死んだほうが世の中のため……正直、そこまで思っていた。


 ――こいつを纏うと人の本性って奴がもろに表に出て来るからね。


 迷いはある。だが、このまま手を拱いてじっとしているわけにもいかない。


「おっ、ここの女子トイレもドアが一つ閉まってるぜ。誰か隠れてやがるな」


 嬉しそうな声を上げながら男達が指しているのは、勇治の入っている用具入れではなく、個室の方だ。つまり、このトイレには勇治の他にももう一人誰かがいることになる。それもおそらくは女の子。


「おーい、隠れてないで出てこいよー。出ないとドア越しに撃つぞー」


 男達は他の入り口のドアをわざとらしく蹴りながら、嬉しそうに近づいて行く。

 ……勇治の中では、未だに錬装化の力を使う事の迷いが渦巻いていた。

 だが、男達をどうこうすることに対して、もはや躊躇いはない。



「……錬装着甲アルク・ライズッ!!」



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