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錬装機兵アルク・ミラー  作者: 四次元
黒き侵食者 オルト・ザウエル
24/112

23.紅き道、黒き運命

 血だまりは徐々に地面に広がって行く。

 こんな状態の人間にどう対処すればいいかなど、今まで平凡な学生として生活してきた少年に分かるわけがない。

 男の呻き声に反応するようにして、銀色の装甲が発光していく。鎧は光の文字となって拡散していき、その場には制服姿の少年が横たわっていた。ぱっと見た感じでは、年は勇治とあまり変わらない。


「あぁ……?うぅ……だ、誰か……助けて……」


 鎧が消滅し、単なる人間と化してしまった少年は、地面を這いながら助けを求める。目と鼻の先に勇治が立っているのだが、その顔は明後日の方向に向いている。

 勇治が近づくと、少年は一瞬息を詰まらせたが、すぐに手を伸ばして擦れた声を上げる。


「誰か……いるのか……?た、助けて……救急車……」


 目に大量の涙を滲ませ、視界も覚束なくなっているのか、少年は勇治の腕を力なく掴む。


「覚えて、ないのか?何も……」

「早く……死にたく、ない……」

「わ、分かった!すぐにでも……」


 一度は自分を殺そうとした相手とはいえ、何も事情の分からぬまま死なれるのはと思い、勇治の思考は彼を助ける方向に至る。が、自分の今の姿を思い出し、悩む。


(携帯はないし、彼を病院まで……この傷で持つのか?)


 勇治はコンクリート塀の向こう側を覗くように振り向き、いくつかの明りのついた大きな建物を見据える。……病院ならすぐ近くにあるのだ。問題はそこにいる人間。

 そこに勤めている人達の多くが、あの研究者達の手下である可能性も十分にありえる。それ以前に、病院全体が先程の感染患者用病棟と同じく、外からのカモフラージュなのかもしれない。


「ぅぁ……かぁ、さん……」


 後ろから僅かに聞き取れる声に、勇治は胸の中が熱を帯びるのを感じた。この一言で次の行動は決まったのだ。……直後、勇治の足元に何かが当たる。

 それが何なのかはトラックの灯りですぐに分かった。分かった……のだが。

 勇治は声を詰まらせる。喉の奥から吐瀉物がこみ上がって来るのが感じられる。

 ――少年の、首。


「な……に……?」

「何をやってるんだ君は?」

「なに?……だと……?」

「こんな出来そこないを片づけるのに時間かけ過ぎじゃないのか?って言いたいんだよ」


 銀色の鎧……いや、その前に『元』という言葉がつく少年は、十人中十人が一目見て助けるのを諦める状態で絶命していた。首が胴体から離れてしまっているのだ。こうなるとどうしようもない。どんな腕の良い医者だって刹那の迷いもなく諦める。

 さらに、その隣には、またもや新たに現れた鎧の男。全体の色は真紅。その装甲は他に改造を受けた者とは違い、全体的に尖っているような印象を与える。


「お前が……やったのか……?」

「何言ってんだ。君のそのナイフで十分に致命傷だったよ。なのに、君がいつまでたってもウジウジと止めを刺さないから、つい足が出ちゃったワケ」

「そんな簡単に……!」

「馬鹿か君は?コイツは、人を、殺そうとしたんだ。だから、それを、返り討ちにした。それだけのことだ。……ああ、それと、始めての錬装化とはいえ君があまりにもトロいから、あそこにいる奴ら、暇潰しに全部片付けちゃったよ?」


 真紅の鎧を纏った人物は、病棟を指差しながら答える。さらにその足は、侮辱するかのように少年の死体を乱暴に踏みつけていた。


「……全員殺したのか!?」

「うん」

「同じように改造された人達も……?」

「あんなのただの動く死体じゃないか。今更殺すもへったくれもないよ」


 さらに真紅の鎧の男はつまらなさそうな声を上げながら、足元の死体の首元を踏みつける。その鋭利な刃物で切られたような切断面から、ぐにょり、という生々しい音と同時に体内の行き場を失った血液が飛び出す。


「まったく、どいつもこいつも、大それたことを企んでおきながら、いざ自分が負けてしまうと涙ながらの命乞いだ。みっともないと思わないかい?僕は、奴らがこれ以上生き恥を晒す前に楽にさせてあげただけだよ?」

「生き恥って……そこの彼はどう考えても無理矢理操られていたんだぞ!?」

「はぁ?操られていたから、誰かを殺しても悪くありませーんってか?それこそみっともないな。だいいち、誰かに操られなんかしてる時点でそいつの程度なんてしれている。クスリだの、マインドコントロールだの、そして不完全な錬装化だって、元を言えばみんな、コイツが貧弱なのがいけないんだよ」


 勇治は今日何度目か分からないほど背筋がゾッとした。

 ここまで、これほどまでに、話が通じない、交わる気のしない人間は初めてだったのだ。自分と相手とは何かが根本的に異なっている。

 いきなり拉致されて、無理矢理改造され、さらには洗脳され、そして殺された人間に対して「コイツが弱いのがいけない」と評するなど、普通の感覚では考えられない。

 勇治でも自分の思考がおかしいのかと、一瞬ためらってしまったくらいの堂々たる発言。


「お前は……何者だ?あの研究者達に改造された人とは違うのか!?」

「君と同じくオリジナルだよ。こんな欠陥品どもと一緒にしないでほしいね」

「オリジナル……?」

「婆さんから直接『調製』を受けたってことさ」


 勇治は上手く事情が呑み込めない。

 てっきり、自分を拉致した(と思われる)あの老婆は研究者達の仲間と思っていたのだ。


「ど、どうなってんだ?あの研究者達はこの力を確実なものにしたいんじゃないのか?そのために実験体サンプルと称して……」

「そうみたいだな。正確には婆さんの力を、自分達の手で再現しようとしていたんだけど」

「じゃあ、どうして俺はあそこに連れて行かれたんだ?」

「婆さんはこの力……『錬装システム』を人に研究させるのを妙に嫌がっているみたいだからな。とんだマッチポンプだよ」


 真紅の鎧の男はカラカラと笑いだす。

 その表情が全く見えないだけに、不気味さは何割も増していた。


「まぁ、僕は感謝してるけどね。折角手に入れた力だから有効に使わないと」

「こんな簡単に……人を殺せる力をか?」

「勘違いするなよ?僕個人としてはあくまでも『やられたらやり返す』程度にしか使ってない。そうでなければ、この力は使いこなせないんだよ。こいつを纏うと人の本性って奴がもろに表に出て来るからね。……君の構えているそれだって」


 勇治はいつの間にか手に握っていたナイフを構えていた。本人でも気付かないほどの無意識のうちの行動。その刃は勇治が意識を向けた瞬間に、禍々しい熱気を発する。


「おあいにく、今日は『見逃してやってくれ』って頼まれてるから。戦うつもりはないよ。僕も非常に残念だけど」

「……誰からだ?」

「その力を使い続ければそのうち分かるよ。……次に会った時は互いに敵として、遠慮なく殺りあえたらいいねぇ」

「敵……になるのを望んでいるのか!?」

「そうだよ。こっちとしても普通の人間の相手は退屈していたんだ」


 真紅の鎧の男はそう言うと、そっぽを向き、つま先で地面を叩く。

 勇治のナイフを握る手に力がこもる。

 この時、目の前の人物を『危険』『放置してはいけない奴』と頭の中が認識したのだ。


「なら、このまま逃がすわけには……!」

「『今の君じゃ相手にならない』って言わなければ分からないのかい?」


 ひうん、と勇治の顔面を風が霞めたような音がする。

 握っていたナイフは刃の半分のところで、真横にスッパリと切断され、離れた刃先が地面に落ちたところで、勇治は何が起こったのか理解するに至った。


「トロいなぁ。もう少しマシに戦えるようになってくれよ」

「……ッ!?」

「えーとぉ?君の名前は……」


 男は勇治の額に人指し指を当てる。

 指先の周りに光の文字が溢れ、勇治の脳内に直接情報が入って来る。


「オルト・ザウエルか、結構洒落てるね。僕の名前は……」

「『フロイデ・ヘックラー』か……?」

「そ、長いからヘックラーって呼ばせてるけどね」

「……仲間がいるんだな?」

「そーだねー……あ、始めに言っとくけど、僕の仲間になりたいなんて思うなよ?」


 最初からそんな気はない、と勇治は思った。

 勇治の心は目の前の男に対して敵意しか感じないし、それはおそらく相手も同じ。

 どうしても分かり合えないのなら、ただぶつかり合うだけ。問題はその度合い。

 殺るか、殺られるか。


「それじゃ、今度会う時はもっとしっかり慣らしておくんだね。五十人くらい殺せば戦い方も分かるんじゃないかい?」


 ヘックラーは人間離れした跳躍力を見せ、そのまま夜の闇へと消えて行く。

 姿が見えなくなっても、耳には男の笑い声が響いている。

 その場に一人取り残された勇治は、やり場のない怒りにただ拳を震わせていた。


「どいつもこいつも……勝手な事をーっ!!」


 勇治は一人咆えるが、その声も丘の麓の救急車のサイレンの音にかき消される。

 流石に外の人間もこの異常事態を気づいてしまったのか。

 勇治はその場を離れるしかない。人の惨殺体が二つも転がっているのだ。

 そして、ヘックラーと言う男の話が本当ならば、隔離病棟には無数の死体で溢れかえっているのだろう。病院に救急車を呼ばれるなんて、とんだ笑い事だ。

 自分の錬装化の解除方法は、頭の中で尋ねるとすぐに答えが返って来た。だが、解除した所で時は遅し。一般人を装う事は出来ない。この力を既に知ってしまったのだ。


 これから誰を頼ればいい?誰に相談すればいい?

 そして、自分はどうしたらいい?


 いくら考えたところで、その解答は見つからない。

 勇治は、必死に自分の家があると思われる方向へ走り続けたが、行けども行けども、自分の進む道は深い暗闇の中にしかないことに気づく。

 ……たった一つ、明らかになっているのは、血に飢えた真紅の鎧の男の姿。

 病院から何キロ離れようとも、勇治は自分の錬装化を解除することが出来ない。

 漆黒の鎧は、勇治にとって悪夢の現況であり、そして唯一の心の拠り所だった。

 今はただ、闇の中をひたすら走り続けるしかない。



 ――光が、欲しい。



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