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錬装機兵アルク・ミラー  作者: 四次元
黒き侵食者 オルト・ザウエル
22/112

21.出来そこないの機兵

 その瞬間、体の全ての感覚が止まっていた……のかもしれない。

 視界に、全ての物質が輪郭を失うほどの光が広がったかと思うと、それはすぐに止み、目の前には先程までの部屋の光景が映る。

 ……自分は?そして、秋山は?どうなった?

 勇治の意識は確かにある。今、確かに自分が生きていることを確信した。

 そしたら、秋山は?この足元に転がっている人間は?

 魂が抜き取られたかのような瞳で、肘から先が無くなった自分の右腕を見つめる男は?


「ひっ」

「ば」

「な……」

「馬鹿なぁぁぁぁぁぁっ!?」


 ガラス越しにいる男達はは皆一様に、驚愕と恐怖がぐちゃぐちゃに混じり合った悲鳴を上げる。だが、勇治はそれ以上に、今自分の身に起こっていることに混乱していた。

 まず、自分の両手。

 手の平の部分は柔らかく、甲の部分は金属で覆われた、ちょうどプロテクター付きのグローブのような物をつけている。そして、腕、体、足元に至るまで、全身を覆うように金属製の黒い鎧らしき物を身に纏っている事に気づく。

 自分の息の温もりを感じることから、頭部も全て覆われているはずだが、視界は普段と全く変わりなく開けている。自分の制服の上からこの鎧を着ているはずなのに、不思議と纏っている物の重さは感じない。寧ろ生身の時よりも軽快に動けるような感覚だ。


『オルト・ザウエル、エクスプレッション』


 突然、勇治の頭の中に機械音声が流れる。

 英語はあまり得意な方ではないとはいえ、何の意味なのか思わず聞き返してしまう。


「か、完璧な錬装化だ!だが一体何故!?コイツはまだ未調製のはずだ!?」

「わからん!もしかして錬装化には個人の特別な因子も必要なのでは!?」


 勇治は自分でもどういうことか分からない。

 だが、彼の中で確実に言えるのは、今の自分はガラスの向こうの男達が恐れる力を持っていること。そして、目の前の秋山は、右腕が消滅し、切断面から血が止めどなく溢れている……このまま放っておくと大変なことになるということだ。


「何が何だか分からないが……とにかく秋山さんを何とかしろよ!」

「ま、待て!君は我々に協力する気はないか!?」


 こんな状況で自分を懐柔させようとする男達に対して、勇治は明確な怒りを覚える。

 さらに、これもこの力の影響なのか分からないが、ガラスのスモークも無くなり、視界はガラスの向こう側の男達の表情を鮮明に映し出す。相手の表情が見えるとなると、勇治の心の中の恐怖心はほとんど消え失せ、声も次第に怒号に近いものになっていた。


「何言ってんだよ!人をいきなり拉致して牢屋にぶち込んだうえに、おまけに訳の分かんない改造みたいなことまでしておいて!」

「ち、違うんだ。我々はまだ君には何もしていないのだよ!」

「何だと!?」


 白衣を着た男達はガラスの向こうで必死に手を振り、交戦の意思がないことを伝えようとする。その中でも最も年長らしき落ち着いた声をした男が、一歩前に出て語り始めた。


「我々は周囲の物質を身体の周りに固定して、一種のパワードスーツを形成する『錬装システム』の研究をしているのだ。今、君がやってみせたように……」

「錬装システム……だと?」

「ああ、君が何の調製も受けずにそれを成功させたとなると、いよいよもしかしたら個人の特別な資質によるものなのかもしれない。君は選ばれた者なのかもしれないんだ」


 男は顔を引き攣らせながらも、最低限の単語で事情を説明する。そんな中でも子供が喜びそうな言葉を使いなだめようとする意図、勇治が気づかないはずもない。


「それを作ったところで……!」

「な、何だ?」

「あんた達はこの錬装システムとやらを何に使おうとしたんだ!」


 勇治の頭の中には既に一つの答えが浮かび上がっていた。寧ろ、若者らを違法に拉致監禁している時点で、想像できない方がどうかしている。正義のヒーローを作るためだったら、それこそ大笑いだ。


「……たしかに、これは武力使用を目的としているものだ。だが、今、この国を救うためにはその力が必要なのだ!」

「国を救うだと……?これを使ってテロでも起こす気か!?」

「この国に巣食う害悪は、もはや暴力によってでしか取り除けん!今の時点でそれを否定したくなる気持ちは分かるが……!」

「俺にとってはお前らが一番の害悪だぁっ!」


 激昂しながら勇治は足を踏み出し、正面のガラス窓に向かって飛びかかる。男達の身勝手な物言いに関してもそうだが、それ以前に、こちらから見えないとでも思ったのか、後ろでこそこそと何やら機器を操作している人物の姿が見えたのだ。その時点で既に交渉決裂。

 勇治の体は驚くほど軽く宙に浮き、逆にガラス窓が恐ろしい勢いで迫って来るような感覚すら覚える。とっさに殴るのは間に合わないと判断し、そのまま肩から窓に突っ込む。……が、足が地面についていなかったせいか、勇治の体はいとも簡単に窓に弾き返されてしまう。


「っく!?」

「マシンガン程度ではびくともしない最新の強化ガラスだぞ!流石の君でもこれを割ることは……!」

「おおぉぉぉーーっ!!」


 研究者たちの忠告になど耳を貸さず、勇治はすぐに態勢を立て直し、勢いをつけてガラス窓を殴りつける。部屋全体が揺れるかのような鋭い破壊音と共に、ガラスに薄らとひびが入る。


「これほどとは……!」 


 驚愕する男達を尻目に、勇治は自分の腕の状態を確かめる。

 多少の衝撃はあるが、痛みのようなものは感じない。

 あと何発殴れるかは自分の体力の問題だと理解した。


「まだ……だぁっ!」


 轟音を鳴らしながら、続けて繰り出される拳。さらに蹴り。

 次第に広がっていくひび割れを目の当たりにして、ガラスの向こう側の男達もいよいよ余裕が無くなっていた。


「所長!これ以上は!今の状態で彼を説得するのは危険かと!」

「止むを得んか……『モルグ』に落とせ!」

「はいっ!」


 そうこう話しているうちに、勇治の拳がついに強化ガラスを貫通する。

 刺々しい光を放ちながら飛んで来る破片を見て、研究者の男達は一様に青ざめるが、所長は冷や汗を流しながらも、手を後ろに組み直立不動の姿勢を取っていた。その視線は勇治を一点に見据え、険しい顔をしながらも口元だけは不敵に笑っている。

 その表情に勇治も怒りを誘われ、渾身の一撃を放とうと、勢いをつけるためにガラスの前から少し離れる……が。


「んなっ!?」


 地面を蹴ろうとした瞬間、その対象が急に無くなる。部屋の床がぱっかり開いたのだ。ありきたり過ぎて逆に予想だにしない仕掛けに、勇治はバランスを崩しながら落下し、もし生身ならば最悪であろうという体勢で地面への着地を迎える。


「奴は!?」

「外部からは損傷を確認できません!……あっ、起き上がりました!」

「20メートルの高さだというのに、頭から落下しても無事なのか……なんて防御力だ!」


 勇治も正直自分が無事なのを不思議なくらいに思っていたが、それ以上に男達への怒りは一向に収まる気がしない。これだけ強力な装備があればすぐに上に辿りついて、あの男達を……そう考えていた時であった。


「ウゥ……ォァアァァーッ!」

「ヒトォ……」


 勇治が落ちた、始めの牢屋と同様の薄暗いコンクリート造りの空間に、猛獣のような唸り声が木霊する。それも、二つ三つではない。数は……十人どころではない。

 そして、僅かに聞き取れる言葉は……間違いなく日本語。


「廃棄処分に困っていた失敗作だ。君の力がどれだけものか見せてもらおう」


 上からそう告げられると、勇治は周囲を見渡し、戦慄する。

 周りには先程の秋山と同じく、金属の鎧を身に纏い、しかし部分的に素肌が露出した人間達がひしめき合っていた。まるでホラー映画のゾンビさながら如く。

 中には女の子もいる。勇治よりも年下……小学生くらいの少年もいる。


「アァ……カンペキナ、ヨロイ……」

「ナンデ……オマエナンダァァーーッ!」


 口元だけがむき出しの鎧の男が、唾を撒き散らしながら勇治に飛びかかって来る。勇治はほとんど反射的に両手を突き出し、その男を突き飛ばす。


「や、止めろっ!何で相手が俺なんだよ!?あんた達をそんな風に改造したのは上にいる奴らじゃないか!」


 勇治は正論を言ったつもりであった。当然のことだと思って言ったのである。

 だが、遅すぎた。ここにいる失敗作は皆、何が敵で、何が味方なのか、そんな考える理性など既に持ち合わせてないのだ。

 鎧の隙間から、げっそりと肉が削げ落ちてしまった腹をのぞかせる者もいる。

 そして、ゾンビのような呻き声を上げずに床に転がっている者もいる。左腕の肉が引き裂かれたかのように欠損し、その先の骨と思わしきものが散らばっている。もちろん一人では無い。奥の方をよく見ると、大量の頭蓋骨と骨が一同に纏められていた。


「まるで地獄、じゃないか……なんで……?」

「今落ちて来た黒い奴を抑えつけろ!そうすれば貴様らが助かる方法が見つかる!」

「え、ちょ、おいっ!?」

「アアァァァァーッ!!」


 助かる。自分の命が助かる。生き残れる。

 それが、失敗作と称された者達にとっての唯一の希望。ただ一つの道。

 地下のゾンビ達は所長の言葉によって、油を注がれた炎の如く激しく喚き立てる。


「そんな出まかせをーっ!」


 勇治は負けじと吠えるが、ゾンビ達の勢いを止めることは出来ない。失敗作の群れが猛獣のように次々に襲いかかって来るが、殴る、蹴るくらいでは、勇治の鎧はびくともしない。

 だが、逆に勇治は彼らに攻撃することができなかった。迷いが生まれていた。

 彼らも同じ被害者……のはずなのだ。


(くそっ!ここから逃げるしかないかっ!)


 勇治は周囲をざっと見回すが、出入口のようなものは見当たらない。もしくは始めから作っていないのだろう。壁も何の掴みどころもないくらいのフラット。ここはモルグ(死体置き場)の呼び名の通り、失敗作を捨てて、腐らせるための空間でしかないのだ。

 だが、まだ道はあった。研究者たちは文字通り高みの見物を決め込むつもりなのか、幸いにしてこの部屋の天井、つまり始めに入った部屋の床は閉じていない。

 今の自分ならやれるという確信。

 勇治は一気に後ろの壁に向かって走り、そして飛び上がる。

 体が恐ろしく軽い、これなら行ける、と思った瞬間、天井とは逆方向へ力が作用する。


「こいつらっ!?」

「オマエヲ、ツカマエナイト……!」


 勇治の右の足首を、顔の前面部がむき出しになった少年ががっちりと掴んでいた。勿論掴んだ手は装甲を纏っている。不完全とはいえ、勇治の浮力を殺すのにその力は十分過ぎ、そのまま二人は地面に落下する。

 勇治は再び上半身から地面に叩きつけられたが、少し体が痺れるくらいですぐに起き上がる。……彼の足首を掴んでいた手には、既に力が宿っていなかった。勇治は、一瞬だけ見えた少年の姿を思い出し、装甲の仮面の下で顔面蒼白になる。


「奴め、この高さを上って来る気か!」

「のんびり観察とはいかんか……床を閉じるんだ!」


 自分の意図が相手に悟られ、勇治はいよいよ焦る。だが、脱出口は上しかない。

 上ろうとしても、目の前の改造された人間達が、今度は飛ばせまいと、四方から一辺に勇治の体に飛びかかって来る。しかも正面から向かって来るのは……自分より幼い女の子だ。

 出来ない、と諦めかけた瞬間、少女の体が空中で止まり、そのまま横へ投げ出される。


「勇治ぃ……!」

「あ、秋山さん!」


 息も荒く、足元もおぼつかない様子であったが、秋山の瞳には、微かながらも人の生気が宿っていた。尚も後ろから続いて襲いかかって来る少年を、秋山は全身を使った回し蹴りで捌く。その途中で覗かせた肘から先の無い右腕は、止めどなく血が流れ続けていた。


「だ、大丈夫なんですかっ!?」

「俺に構うなぁっ!行けぇっ!」


 上から天井の閉まる機械音が聞こえて来る。一刻の猶予も無い。

 今ならゾンビ達の注意が秋山に対して向けられている。


「だけどっ!?」

「行けっ!お前は上がるんだ!上がってくれぇーーっ!!」


 秋山は血の涙を流しながら、喉を潰す勢いで叫ぶ。その姿は自己犠牲を通り越して、もはや命をかけた懇願に近いものであった。

 あまりの気迫に、勇治は躊躇うことすら出来なかった。ただ、目の前の男の願いを叶えるために、妨害する者を振り払い、壁に向かって跳躍し、更に壁を蹴って上に飛び上がる。邪魔する者はもういない。……足元から、絶叫と共に、肉が潰れるような音が聞こえる。

 しかし、勇治は見下ろさない。ただ上のみを見つめ、閉まる直前だった床の端を掴み、そこを支点にして瞬時に床と床の隙間から体を抜きだす。そして、研究者たちが次の操作を行う前に、そのままの勢いで割れる寸前だった窓ガラスに右足から飛びこむ。


「うぅおぉぁぁぁぁーーっ!!」


 咆哮と共に、周囲に大量のガラス片が飛び散る。

 常人の目から見たら、ほんの僅かな時間の出来事である。黒い装甲を纏った少年は、一瞬のうちに地下深くのモルグから、安全な場所にいたはずの研究者たちの目の前に姿を現したのだ。男達に逃げる隙など、あるはずも無かった。


「貴様ら……てめぇら……」

「ひ……ひぃっ!」


 勇治の感情に呼応するかのように、黒い装甲の関節部が赤い光を放ち、周囲に凄まじい熱気を撒き散らす。


「そんなにこのヨロイの力のことが知りたいのかよ……!」


 研究者達の脚は、蛇に睨まれた蛙の如く硬直しきっていた。中でも最も近い男は、距離ほんの1メートル程度。股に暖かいものを流しながらも、足を地面から離すことが出来ない。


「だったら自分の体で味わいやがれえぇっ!」


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