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錬装機兵アルク・ミラー  作者: 四次元
黒き侵食者 オルト・ザウエル
21/112

20.アルク・ライズ

 勇治は迷っていた。

 このまま、先程の謎の少女の言う通りにここから脱出するか。

 それとも、秋山をすぐにでも助けに行くか。


(いや、一度外に出てから助けを呼ぶ手だってあるか……)


 携帯や財布の類は全て奪われている。となると、近くの店か、通りすがりの人に助けを求める必要がある。しかし、仮に上手くいったとして、秋山の危機に間に合うかどうか。

 少女は放っておくと「死ぬ」と言った。悠長に構えていられる時間はおそらくない。


(俺が秋山さんを助けられる……あの子の言葉はどこまで信用できるんだ……)


 彼女が最後に残した言葉。しかし、勇治には今一つ確証がない。今ここでその言葉を言ってもいい。だが、少女が付け加えた言葉が気になっていた。


(俺が何時、その力とやらを使おうと、結果は同じ……か)


 意味は分からない。そして、信じる事もできない。あまりにも唐突な展開が続き過ぎて、目の前の状況に対応するのが精一杯だというのに。

 勇治はとりあえず監禁部屋から脱出する。部屋のドアを開けてまず目に入ったものは、廊下に転がっている防護服を着た人間。

 恐る恐る顔を覗いてみると、なんとも形の特徴が言い表せないような三十代くらいの男であった。体は脱力しきっており、寝息も立てている。先程の少女にやられたと考えるのが自然だ。だが、いつ起きるかも分からない状態で、呑気にまさぐっている場合ではない。

 勇治は大きめのエレベーターを横目に廊下を駆け抜け、非常階段の扉を開ける。


「ここは地下二階か……そんなに高い建物じゃないんだな」


 壁の『B2F』の数字が目に入り、階段の上を見上げる。非常階段は吹き抜けになっており、多少薄暗くはあるが、一番下からでも天井が見える。ドアの数から見積もって、表向きは三階建てくらいの建物だろう。

 階段はコンクリート製ではなく、金属の骨組みのタイプだ。上を歩いてみると結構足音が鳴るが、それ以上に排気口の音がうるさいので、勇治は構わずに昇る。何となくなのかもしれないが、上に行くほど空気が悪くなっているようにも感じられた。

 一階の非常口に辿りつき、ドアノブに手をかけたところで、再び身体が止まる。脳裏に、このまま逃げていいのかという迷いが起こる。


(駄目だ、俺一人行ったところで何が出来るんだ!こっちは一人、相手は間違いなく複数。武器も何も持ってないのに、ミイラ取りがミイラになるようなものじゃないか!)


 常識で考えるとこのまま逃げるのが得策なのだろう。警察にでも駆け込んで、他の人の助けを借りるのが、最も確実で、現実的で、適切な対処法だ。……だが、勇治には割りきれなかった。


(秋山さんは死んでしまうかもしれない……でも、だからって俺まで巻き込まれてしまってどうすんだよ!余計に事態が悪くなるだけじゃないか!)


 勇治は顔を振りながらドアノブを握り締める。その手には微かだが、震えが生じていた。


(ここは逃げるんだ!生き延びるんだ!下手な正義感なんて出してる場合じゃないんだ!父さんと同じことを繰り返すつもりか!)


 無駄死に。

 それは勇治が最も恐れていることの一つだ。

 自分が死んだら、残された母はどうなる?また、葬式の場で同情と言う名の罵倒を受けなければならないのだろうか。

 それは、断じて嫌だった。


「ぁ……」


 だが、あの時の少女の言葉が本当ならば、助けることが出来るかもしれない。

 短い間だったが、自分を勇気づけてくれた人を。

 彼は良い人だったのだ。

 勇治の手は汗ばみ、息も荒くなっていた。


「ぁ……アルク・ライズ……!」


 勇治はすがるような声で、必死にその言葉を絞り出す。

 しかし、何も、起きない。

 何度も、何度も、少しずつ声を大きくしてその言葉を口に出してみる。

 が、何も起こらない。起きる気配がない。

 排気音のファンの音が彼の様子をあざ笑うかのように鳴り響く。


「は……はは……何も起きないじゃないか……それ見ろよ……」


 勇治は正気に戻ったかのように自嘲する。

 同時に、これまでの迷いが全て無駄なものだったという後悔の念が湧きあがった。

 あの少女がどうして自分を助けたのか分からないが、ここは素直に逃げるしかない、そう頭の中では、意識の内では、結論づけていた……はずだった。


「……っ!?」


 が、ドアノブを握る手には力が入らない。

 ただ、右に回すだけだというのに、彼の中の『何か』がそれを拒否する。

 勇治は額をドアに叩きつけ、歯を噛み締める。いつの間やら顔全体に、滴り落ちるほどの汗が流れていた。やがて、手はドアノブから離れ、彼の脚は上に向かって駆けあがっていた。息使いはこれ以上ないくらいに激しくなり、目も浮き上がるくらいに見開かれている。


「ヤバくなったら、何が何でも逃げ出すんだぞ……!追いかけて来る奴は徹底的に……!」


 二階のドアの前で、勇治は自分に言い聞かせるように呟く。心臓が跳ねあがるくらいに動き、その振動で体が震える。勇治は今、「自分の体を動かしているのは自身の意思ではない」、そう思っていた。

 意を決して二階の非常ドアを開ける。必死に息をこらえながらその先を覗くが、人影らしきもの、そして監視カメラらしきものもない。勇治は体を乗り出して全体の様子を把握する。

 荷物一つ積まれていない、だだっ広い廊下。壁紙も白色を基調としており、真っ白な蛍光灯の光と相まって、より殺風景な様子を際立たせている。

 はた、と、勇治は無意識のうちに手を置いていたものに気づく。手すりだ。

 気をつけて見たら、大抵の所についてある。その先にあるのは部屋。扉はない。

 部屋の入り口の上には「204」というプレートがつけられている。


(もしかしてここは……病院?)


 周囲に気を配りながら、足音を立てないように慎重に歩き、部屋の中を覗く。

 勇治の予想通り、中にはカーテン付きの医療用ベッドが並んでいる。人の気配はないようなので部屋の中に入ると、まずは部屋右手の壁に置かれたアナログ時計に目が行く。

 時計の針は7時25分を指している。掃き出し窓のカーテンの隙間から外を覗いてみるが、外は夜のようだ。近くには大きな建物がいくつかあり、所々に灯りがついている。

 部屋の中に4台あるベッドは整然と整えられており、隣の棚には個人個人の小物が置いてある。家族で映っている写真もあるが、とても眺める気にはならない。

 勇治はあくまでも冷静に、情報を集めようと、頭を働かせていた。警察であった父親の真似事なのかもしれないが、ただ逃げるにしてもいくつかは情報を掴んでおきたいと思っていた。


宗田正人そうだまさと、林チエはやしちえこ、岩本カズエ(いわもとかずえ)……残り一つのベッドは空きか……)


 机にあったメモ帳とペンを失敬し、後の証言に使えそうな情報を書きこむ。患者の名前がどれほど役に立つか分からないが、ないよりマシだ。

 あまり一つの場所に留まってはいられないと、勇治は早々に廊下に出て、忍び足で次の部屋に入ろうとするが、ここで妙な点に気づく。


(なんだここは……人の気配がなさすぎる)


 次の部屋も似たような状態であった。患者らしき人の名前、個人の品物はあるのだが、本人が見当たらない。次の部屋、その次の部屋も同様。かれこれ十五分以上はこのフロアにいるのに、看護師や医者の姿も全く見えない。

 遂には、壁の端から少し覗けていた、ナースステーションと思わしき所にも近づいてみる。が、予想していた通り、書類や機器の類はあるものの、人の気配は全く無い。 


(どうなってんだ……?病院なのに人が全くいない……いや、人がいないのなら何でこうも全部の部屋に煌々と明かりがついているんだ?)


 ナースステーションの前には一般用の階段があり、その隣にはフロアマップが記載されている。勇治はそこに書かれている内容を食い入るように見る。


(芒ヶすすきがおか病院……感染患者用病棟か!)


 勇治の心臓が再び揺らめいた、むしろ今度は少し踊ったと言うべきか。今の自分の危険な立場を忘れるくらいの手ごたえを感じたのだ。今までの人生では味わったことのない感覚。

 わざわざ「感染患者用」と銘打つくらいなら、通常病棟もあるはず。となると、一般人にも分かる建物だということだ。実質隔離病棟と化しているはずの施設の地下に、次々と若者が拉致監禁されている。それも運動能力が優れた者ばかり。なんともきな臭い事件。

 勇治は湧きあがる感情を抑え、ここが自分の潮時だと言い聞かせた。

 秋山のことは気にかかる。……が、このままでは自分も犠牲になる可能性が大。今自分に出来る事は、これだけの情報を外の人間に伝えることだ。自分は勇気を振り絞ったのだ、覚悟を持ってここまでの情報を……


『うわあぁぁぁぉぁーーーっ!!』


 勇治は思わず背中ごと跳ね、軽く漏らすくらいに腰が抜ける。世の終わりかと思えるような男の悲鳴を聞き、身構える事も忘れて、その場にへたりこんだ。

 周囲には人影はない。どうやら自分には無関係のものだ。

 ……が、その声には僅かながら聞き覚えがあった。


「ま、さか……秋山、さん……?」


 最悪の状況が勇治の頭の中をよぎる。

 先程までとは百八十度変わり、頭の中は恐怖一色となっていた。


『や〝めろおぉぉ!だっ、だすけてくれぇぇーーっ!ぅがぁぁーーっ!?』


 しかし……断末魔とはこういうことをいうのだろうか。

 声はナースステーションのちょうど裏側から聞こえる。勇治が来た方向とはちょうど空間を挟んで反対側。フロアマップには『特別処置室』と記載されていた区域だ。さっきは無意識のうちに、そこを見ないようにしていたのかもしれない。 

 勇治は自分が間に合わなかったことを悟る。だが、もはや後悔の念は僅かだ。

 ――逃げよう。今すぐ逃げなければ。

 理性がただ、必死にその指令を飛ばしていた。


『み、るなぁあぁーーっ!おまえ、らぁーー!やぁめぇで……!』

「…………っ!」


 勇治はいつの間にか立ちあがっていた。そして、その足はナースステーションに向かう。もう音など気にしてられないと、「掃除用具」と書かれたプレートが貼りつけられた乱暴に開け放ち、中身を片っ端から放り出す。

 一つ、握り締めたのは、先端に金属の金具が取り付けられたモップ。雑巾も一緒につけられていたが、それを力任せに取り外す。さらには、近くの筆記用具置き場を探り回し、カッターナイフをポケットの中に突っ込む。


「病院だったら相手は生身の人間……やってやる!」


 勇治はもはや我を忘れて『特別処置室』の入り口まで向かう。

 普通の病院では考えられないような重厚そうな金属製の引き戸。その横には電子操作パネルのようなもの。まるで銀行の金庫さながらだ。勇治はそれを見て大きく舌打ちを鳴らす。


「くっそぉ……こんなんじゃ、ちょっとやそっとじゃ……!」


 そう思って近づいた時、扉は勝手に開き、中の異様な臭いの空気が茫然とする勇治の顔に吹きつけられる。その先には――


「秋山、さん?」

「ユ、ウジ……」


 部屋の中にはローラーのついた可動式のベッドが一つ。そして、金属製のアームか何か。

 そのどれもが、無残に、破壊されている。

 人影は……一人。秋山だった。

 顔の右半分が金属のような物に覆われているが、残りの露出した左半分で彼だと分かる。

 いや、顔だけではない、左腕、右足、顔の左半分からそのまま肩にかけて、所々露出してはいるが、全身が金属の鎧のようなもので覆われていた。


「ど、どうしたん、ですか?」


 秋山の異様な姿に、勇治は怒りも忘れて構えていたモップを下す。そのまま戸惑いつつも、部屋の中に踏み出すと、その部屋の全容が明らかになる。

 入口を覗き、他の壁は腰のあたりから上がガラス張り。天井も上の階まで吹き抜けになっている。さらに見回すと、ややスモークがかったガラスの向こうに人影がいるのが分かる。


『侵入者……いや、君は地下にいるはずのサンプルか。どうやってここまで来た?』

「な……誰だ!秋山さんに一体何を!?」


 中年くらいの低い男の声は、部屋の上の方に取りつけられているスピーカーから流れて来ている。勇治はモップを構え直して威嚇するが、急に入口の金属の扉が閉まりだす。


「し、しまったっ!?」

『逃げ出さずにここまで来た勇気は賞賛に値するよ。君はいいサンプルになりそうだ。その隣にいる男と違ってな』


 勇治は思わず秋山の方を見るが、彼は地面にうずくまって何やら唸っているのみ。先程までは悲鳴を上げていただけに、得体の知れない恐怖を感じずにはいられない。


「ユ、ユウジィ……オレハ、オレハァ……」

「だ、大丈夫ですか?秋山さん!」

「ツヨイ、ヨナ?」

「っ!?」


 瞬間、勇治の左頬を何かが霞める。

 視界が動いた時には、既にそこには何も無く。気が付くと、目の前には、ボクシングのファイティングポーズを取った秋山が立っていた。

 勇治の頬に暖かいものが流れる。手でぬぐってみると、赤黒い液体が付着していた。


「な……!?」

「ユウ、ジ、ドウダ?スゴイダロウ?」


 金属の仮面から覗かせる瞳は、もはや人間のそれとは異なっていた。

 眼球の全ての血管が限界まで血走り、はたまた一部は限界を超えているのか、頬には赤黒い血の涙の筋が出来ている。口元はつり上がり、涎がだらしなく垂れている。 

 垂れていると言えば、その金属の装甲で纏われた右手。指の部分に鋭い剃刀の刃のようなものが付いている。風圧なんて非現実的なものではなく、文字通り相手を殴ると同時に相手の肉を斬り裂けるようにできていた。


「ドンナ、ヤツダロウト、コレデ……」

「ま、待ってください!一体どうしたんですか!?」

「オレノ、チカラ!」


 秋山が叩き壊されたベッドにそっと触れると、何やら文字のようなものが辺りに周りに広がり、手の周りに存在していた物質がぽっかりと消滅する。

 そして再び手が光ったかと思うと、次の瞬間、更に禍々しいサイズの刃が右手の甲に存在していた。

 勇治は目の前で起こったあまりにも非現実的な現象に、ただ絶句する。


「コレデ、ナグレバ、ドウナル、カナ?」

「や、やめ……!」


 勇治は思わず左に飛び退いた。

 すぐ横から今まで聞いた事も無いような、金属の甲高い衝突音が響いて来る。

 そして、勇治の手元に一拍遅れて、赤白く変色した金属の破片が飛んで来る。いびつな割れ方をしたそれは、近づくだけでも火傷しそうな熱が発せられていた。


「ヨケン……ナヨ……」


 秋山は壁に向かって、先程のように手を触れてみせる。……だが、何か気づいたように舌打ちをし、今度はベットの傍の金属のアームに触れ、再度刃を生やす。


『おやおや、君はいいサンプルだと思ったんだが、このままじゃ殺されてしまうか』

『多少勿体なくはありますが、仕方ないですね』

『あれの戦闘力テストの実験台になってもらいましょうか。人間相手にはまだ試してなかったのでちょうどいい』


 上のスピーカーから男達の身勝手な会話が聞こえて来る。

 しかし、今の勇治にはそんなものに反応する余裕すらない。

 目の前の、秋山の形をした化け物に対しての恐怖しか感じられない。


「オイツクゼ!イチゲキデ、ブッコロシテヤル!」

「う……ぁ……!」


 勇治は息も絶え絶えになりながら、落としていたモップを拾って滅茶苦茶に振り回す。

 モップの先端の金属部は、露出している秋山の左側のこめかみに命中したが、彼は全く動じる気配を見せない。秋山はモップの柄を掴んでしまうと、握力だけで柄をへし折った。


(だ、めだ……こ、ろされる……!)


 自分はどうすればいいのか、勇治の頭には全く答えが思いつかない。

 これから、あの右手で、どんな凄惨な殺され方をするのかという絶望が脳裏によぎる。


(こんな……死に方……!)


 大昔の走馬灯など見返す暇もない。

 勇治の眼前に、秋山の人を殺す暴力以外の何物でもない拳が近づいて来る。

 その速度は恐ろしくスローに感じられた。


 ――もし、ヤバくて死にそうな状態になったら……


 刃の先が勇治の鼻先に当たった瞬間、微かに蘇った少女の声が、最後の抵抗となって勇治の口を動かした。


 「錬装着甲アルク・ライズッ!」


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