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錬装機兵アルク・ミラー  作者: 四次元
白き破壊魔 シグ・フェイス
15/112

14.人外

(――そういえば、明理さんが変身してから戦う姿は今まで数えるくらいしか見てないな)


 麻酔銃で眠らされている花田の怪我の手当てをしながら、浩輔はふとそんな事を思った。

 最近は真織の一件もあり、ちょこちょこ目にするようになったのだが、それでも積極的に見ようと言う気持ちにはなれない。

 普通の人からしたら、胸糞悪い悪人どもが吹っ飛ばされる様は、さぞかし爽快なのであろうが。

 しかし、浩輔は人の出血を見るのがどうも駄目であった。とにかく苦手なのだ。

 ――戦闘の音が止んだ。


「さぁ~って、お前らの用意した援軍はこれだけかぁ?」


 例によって、装甲のマスクによってくぐもった声が辺りに響き渡る。このおかげで中の人の性別が分からずに済んだのだが、人前で変身するのはこれが初めてだ。


「ま、まさか……お前が、シグ・フェイスだったとは……!」

「だったら何だ? あんなに調子乗ってペラペラしゃべらなかったってか?」


 浩輔はコンビニの本棚の隙間から、こっそり様子を窺ってみるが、状況は粗方予想通り。

 あの甘ったるい声の女は、ものの見事にうつ伏せに組み伏せられ、アスファルトの地面に頬ずりをさせられている。それ以外の男達は……ボロ雑巾と化している、と表現するのが最も端的だ。


「さぁ、ここからは尋問タイムだ!貴様らの組織の目的と概要を、洗いざらい吐いてもらうぞ!自分で吐けないなら、胃液と一緒に出させてやるからな!上からも下からも全身が空っぽになるまで排出させてやるぞぉ~!」


 そう発破を掛けると、明理は女性の前髪を右手一杯に掴み、綱引きを引くかの如く全身を使って持ち上げる。女性の表情は痛みと恐怖で、元の原型が分からないほどぐちゃぐちゃに歪んでいた。

 ヒーローの定義とは。


「や、やめてぇ……!」

「あ~?さっき私がそう言ったら、お前らは銃を撃つのを止めたのか?」

「これじゃっ、話すにも……!」

「じゃあ聞くぜ、お前らの組織の名前は?」

「れ、れぃぅぇ……」

「ん~?よく聞こえんなぁ? もういっその事、この髪全部引っこ抜いてやろうか!どうせ後からまた生えて来るだろうし。私は貴様らと違って、敵に対しても優しいのだ」


 この見事な外道っぷり。

 浩輔も、子供の頃は、敵に対しても情けをかけるテレビのヒーロー達にやきもきしていたものだが。こうして実際に見てみると、『甘さ』と『情け容赦』を捨てたヒーローはとても子供に見せられるもんじゃない。

 女性の顔は、もう色んなところから体液が出てぐしょぐしょになっていた。


「れ、『黎明』……です……」

「黎明?どこかで聞いた事あるような……」


 明理が尋ねるようにこちらに顔を向けて来たので、浩輔は念のため姿を現さないまま店の中から答える。


「黎明って……最近設立した新政党のことですか?」


 女性は苦しそうな顔で肯定の動きを示す。


「政党……ってことは政治家連中の手下ってことかよ」

「俺もこの前テレビで見たんですけどね。相当変な集団でしたけど」


 新政党『黎明』。

 衆議院の解散を目前にして、一週間前に突如設立された政党。

 一応代表は現在の野党の人らしいが、結成時の挨拶がそれはもう凄かったそうだ。

 何しろキャッチコピーが『強い日本を作る』。この御時勢に随分と攻撃的な言葉だな、とか思ってたら、その後の公約が凄まじい。


 ・憲法9条改正

 ・被選挙権の国家試験化および新規要綱の設置

 ・学習指導要領の改正、義務教育の内容を現在の1.5倍以上に

 ・生活保護制度の廃止

 ・国民年金制度の廃止

 ・国民皆保険制度の廃止

 ・既存のマスメディアへの政治的介入

 ・新興宗教団体の解体


 今パッと思いつくだけでも、国民に全体に喧嘩を売るような内容が盛り沢山。

 案の定、様々な方面から袋叩きを受けていた。

 一体どの層から票を取るつもりなのだろうか。

 せめて選挙でまともな数の票を取りたいなら、嘘でもその公約は外しとけよ、という感じだ。ある意味で勇者と言ってもいいかもしれない。


「まぁいい、ともかくこんな行為に及ぶ時点で、ロクでもない団体ってことで」


 明理はそこまで詳しく知らないのだろうけど、それには浩輔も同感していた。


「さぁ、次だ次!お前らの目的は?何で若者を誘拐している?」

「そ、それは……」


 女性は顔を引き攣らせながらも、口をつぐむ。

 これ以上は彼女も知らない……いや、言えないのだろうか。

 明理は彼女の髪を掴む手を更に後ろに引く。ちょうどキャメルクラッチを受けているような状態だ。女性がその痛みと息苦しさにますます悶え苦しむ。


「ッ!?」


 瞬間、浩輔達の目の前を巨大な火花が走った。

 僅かに遅れて爆音。そして地響き。


「あ、あぁ……!?」


 明理も女性の髪を掴んだまま、茫然としているようであった。

 髪はちぎれていた。

 髪が元々生えていた所は……無くなっていた。

 そして、二度目の火花が、今度は上空を走った。


「なにぃっ!?」


 今度の爆音で、向かい側にある建物が揺らぐ。なぜ建物を狙ったのか、そんな疑問が頭に浮き上がる前に、目の前でその解答が示される。


「しまった!? 狙いは――」

 

 今の攻撃で崩れた建物のコンクリートの外壁が、そのまま地面に崩れ落ちていく。その下には……明理が倒した男達。

 こちらが瓦礫の落下音を聞き取ったと時には、既に大量の埃が舞い上がっていた。外壁のあった場所は建物の4階、その下にいる者は、絶望的だ。

 これは――不味い。

 奴だ。

 あの倉庫街の時の。


「よう、派手にやってるねぇ」

「……来たか。今日も影からコソコソ撃つつもりか? とっとと姿を現せ」

「ふん」


 この野太く、低い声。間違いない。

 一発目の火花の軌跡の先には、大きく抉り取られたアスファルトの地面。

 明理も握っていた毛髪を放り投げ、その場にゆっくりと立ち上がる。


「安心しろ。今日はれって命令を受けてるからな」

「……ッ!」


 再び、地面が搖れる。

 地面の埃を激しく巻き上げながら、その男は姿を現した。


「今回は『名乗ってよし』っても言われたから名乗っとくぜ。俺の名はウォーダ。あんたは、シグ・フェイスでいいんだよな? 何か言っときたい事があったら先に言ってくれ」


 そう言って、ニメートルはありそうな超巨漢の男は不敵な笑みを浮かべる。

 顔の細部にまで筋肉が行きわたっているかのような、筋骨隆々の身体。非現実的な青白い短髪が、こちらを現実逃避に持ち込もうと誘って来る。

 そして、肩にかけている彼の身長と同等、つまりはニメートルはありそうな馬鹿デカい銃……みたいなもの。

 世の中の大勢の人間は、あんな物体を軽々と携えている人間には絶対に近づきたくない、と思うだろう。銃かどうかは元より、まず鈍器としての恐怖を感じる。


「ウォーダ、か。相変わらずの飼い犬っぷりだが、相手としては悪くなさそうだな。こちらも楽しめそうだ」

「そりゃどうも。……で?言いたい事はそれだけか?俺も貴様には色々と聞きたい事があるんだが」

「それはこっちの台詞だ。貴様には洗いざらい吐いてもらうぞ」


 明理の右手が赤く発光し、いつも通りの戦闘態勢に入る。

 普段だったら、こうなるとすぐに処刑用BGMでも流れて来そうな雰囲気になるのだが。

 この時の相手は、これまでと全く違っていた。


「戦いで語るってか!嬉しいねぇ!狩りがいがあるぜ!」


 同じく、笑っている。

 ウォーダは目の前の敵に対して、歓喜の表情で銃らしき物を向ける。すると、銃身が二つに割れ、その間を電流のようなものが駆け巡る。


「なんだありゃあ!?」


 浩輔は思わず声を上げてしまう。こうなると何が何だか分からない。いや、分からなくもないが、あまりにも非現実過ぎる。明理の存在の段階で今更って感じではあるものの。 

 次の瞬間、先程と同様に火花が軌跡を描き、地面を大きく抉り取り、辺り一帯に大量のアルファルトの破片が舞った。

 どうやら明理には直撃していない……いや、彼女はその場から全く動いていない。初撃は外すと読んでいたかの如く。


「随分と物騒な武器を使うじゃないか。電磁加速砲レールガンってやつか?」

「ふん、威嚇は終わりだ。次からは」

「当ててみろよ」


 明理は二本指を立て、『来い』と挑発する。ウォーダはそれを見て益々歓喜した表情で狙いを定める。そして、銃身が開き、再度電流が走り始めた。

 ……だが、その先に「目標」は既にいなかった。


「遅ぃっ!」

「!!」


 レールガンなんて漫画みたいな武器だが、それはそれ。

 今の段階で一つ言えるのは、発射までに僅かに時間がかかるという事。

 その発射までの隙を、彼女が見逃すはずもない。

 一瞬のうちに懐に詰め寄り、顔面めがけて鋭いハイキックを繰り出される。


「やっ……た?」

「ちぃっ!?」


 ……が、いない。

 その蹴りの軌道に、ウォーダはいない。

 一拍して、右側から地面の揺らぐ音がする。


「ほう、速い速い。その蹴りも普通の人間なら顔面が木っ端微塵になるところだな。ほれ、もう一発!」


 相手に驚く暇も与えず、ウォーダはレールガンを発射する。明理は振り向き様にそれをかわそうとするが、耳に刺さるような高音が辺りに走る。

 彼女の頬には黒い筋。直撃ではない。掠めただけだ。


「チッ!?私に傷をつけるとは……ただの人間じゃないな?」

「ふん、『人間か?』って聞かれたら『NO』って答えるしかないけどよ」

「なにぃ!?」


 ウォーダはさらっととんでもない事を言うが、それ以上は口に出さない。

 相手の疑問を駆り立てるように、得意気な子供のようにわざとそっぽを向く。


「ならば、力づくで!」

「分かり易いねぇ。正義のヒーローさんてのも」

「黙れっ!」

「良い方の評価なんだぜ!」


 今度は明理が爆音を鳴らしながら地面を蹴り、ウォーダとの距離を一瞬で縮める。だが、その一瞬のうちに彼は宙返りしながら彼女を飛び越え、射程距離外へと移る。

 そして、彼女が方向転換しようとした瞬間、再度レールガンの轟音が流れる。明理はすんでのところで交わすが、軽くバランスを崩していた。


「ちぃっ!」

「やるねぇ……とっととコイツをブチ当てた時の反応が見たいぜ」


 浩輔は完全にあっけに取られていた。

 その場で五メートルは飛んだであろう跳躍力。そして、宙返りをしながらあんな滅茶苦茶な銃を正確に狙い撃つ技術。……人間じゃない。人間では出来る気がしない。まさしく人外。

 明理のような化け物が、他に存在していたとは。


「当てた時……か」


 突然、明理が低く、小さく呟く。

 すると何を考えたのか、電磁加速砲を構えるウォーダを前にして、両腕を広げた。


「ほう……」

「撃ってみろよ」

「その装甲なら外傷はないかもしれんがな……だが、中身への衝撃はただじゃ済まないぜ?」

「試してみろ」


 浩輔には明理の作戦が一瞬理解できなかった。

 あんなの食らったらただじゃ済まない……いや、分からない。あの装甲は拳銃くらいなら何ともない。だが、実際どの程度のダメージまでなら大丈夫なのか。

 あの電磁加速砲なら、分からない。


(……そうか、分からないから、試してみるつもりか)


 あの銃弾で自分がどれほどのダメージを受けるのか。

 大丈夫だったら大勝ちだけど、駄目だったら洒落にならん。

 もし浩輔が彼女の立場だったらまずやらない非常に危険な賭け。

 相変わらず無茶しかやらない人だ。


「じゃあリクエストにお答えしまして!」


 ウォーダは彼女の考えを知ってか知らずか、何のためらいも無く銃を構える。

 そして前方の敵に狙いをつける。

 その様子を隠れながら見ている浩輔の手も、いつの間にか汗まみれになっていた。当事者でもないのに呼吸が荒くなってしまう。


「そらよ!」

「ッ!!」


 ウォーダが引き金を引くと、今までに以上の電流と火花が辺りに飛び散る。

 浩輔の動体視力ではとても弾を追う事は出来ず、発射から遅れてその結果を覗く事になる。

 ……しかし、結果はすぐに分かった。発射後のウォーダの表情を見て。


「私の……勝ちだっ!」


 明理は、その場から一歩も動いていなかった。

 だが、代わりに彼女の右手が突き出されている。

 その拳の先から、どろりと赤黄色い物体が流れ落ちた。


「たしかに威力はあるが、結局元をただせば鉛弾だ。今ので、弾筋を読むのにも目が慣れて来た」


 滅茶苦茶な話ではあるが、明理は、拳で弾丸の軌道を逸らしていた、

 さらに右手からいつものように高熱を発して、弾丸を溶かすことで衝撃を抑えてもいた。

 あの弾丸を受けても無事だということが分かれば、戦局は一気に傾く。


「コイツ……やるじゃねぇか!」


 しかし、ウォーダの方は今の様子を見て、動揺するどころかますます歓喜に満ちた表情と声になる。強がり、とかには全く見えない。神経構造が疑われるほどにすら感じられる。

 

「じゃあよ……」


 ウォーダは電磁加速砲の底部を弄ったかと思うと、マガジンと思わしきものが地面に落ち、腰元から取りだした次なるマガジンを取りつける。

 素人目に見てもただのリロード操作で隙だらけ、と思えたのだが、明理はその場から動かない。さっきの賭けで、もう相手の武器が通用しないのが目に見えているからだ。当たる位置にさえ気をつければ問題はない。


「何度もそう拳で受けきれるかな?」

「ふん、いくらその武器で連射しようと同じ事だ。当てきれないなら避ければいい話だしな」

「じゃあ、遠慮なく!」

 

 再び火花と電流が走る。

 しかし、対策が分かった以上そう脅威に思える物ではなかった。

 浩輔の視線は今度は最初から彼女の方に移っていた。


「あ……れ……?」


 明理は……吹っ飛んでいた。着弾音も先程とは異なる、鈍い破壊音。

 受け身すら取れていない。そのまま、十メートルは吹っ飛ばされたかと思うと、彼女はその場に転げまわる。


「マジ……かよ……!?」


 明理はよろめきながらも立ち上がる。無事だった……とは到底言えない。

 弾を受け止めたはずの右手の装甲はぐちゃぐちゃになっており、さらにそのまま彼女の首元まで吹っ飛んできたので、その部分の装甲にも大きなひびが入っている。


「なんてこった……」


 そして、今度はウォーダすらも驚き、というか戸惑いの声を上げていた。

 思わず視線を移すと、それまでの彼とは打って変った険しい表情になっていた。更には、困った様な唸り声を上げながら、頭を掻きだす始末。


「まいったな~こりゃ。主人マスターが『もしかしたら』って言うから持たされたんだけどよ……『干渉弾』が本当に効いちまうとはな……」


 カンショウダン?

 訳の分からない単語に浩輔達が疑問符をうつ間もなく、彼は言い放つ。


「でも、これが効くっていう事は……お前はやはり『アルク・ミラー』というわけだ。こりゃまいった。色々と面倒臭い事になりそうだぜ……ったく」


 ウォーダは嬉しさと苦々しさの混じった声で軽く笑った。


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