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錬装機兵アルク・ミラー  作者: 四次元
白き破壊魔 シグ・フェイス
11/112

10.警告

 夕暮れの港の倉庫街の一角。

 こんなシチュエーションにありがちな貨物船の汽笛が鳴り響き、夕焼けの海でハードボイルドっぽい雰囲気でも味わいたくなる。が、現実は船の発着所から飛んできたカモメ達が一斉に糞を撒き散らすため、人間様はその場を離れるか、建物に逃げ込むしかない。

 そんなことはどうでもよく、今現在、鳥達ですら見て見ぬ振りしたくなるよな展開になっているのは事実だ。


「私達、これからどうすれば……」


 真織が途方に暮れたように、今はシグ・フェイスの明理に問いかける。

 目の前には二つの死体。

 一つは、浩輔達の目の前で突然苦しみもがいて死んだ黒服の男。そしてもう片方は、もう一人の黒服。つまりは明理が脚と指を滅茶苦茶にした護送車の運転手だ。彼も俺達が外に出ると、同様に口から泡を吹いて死んでいた。

 明理は倉庫の中に山積みにされている誘拐犯の男達に顔を向けるが、男達は必死に『私達は何も知りません』&『抵抗の意思はありません』という視線を投げかける。


「とりあえずこの場を離れるか。この猫娘のことも気になるしな」

「あの……ミミちゃんをどうするんです?」

「私の方で引きとろう。随分と君に懐いているようだが、その子と一緒にいる限り、君も狙われ続けるぞ」

「…………」

「ふー!」


 ああ、また勝手な事を。家の中が大変なことに……なんて表情には出せない。

 この場合は初めから真織から引き剥がした方が吉だったのかと、浩輔も反省する。

 当の彼女は自分に寄り添う猫娘の事を気にかけつつも、憧れのヒーローからの提案に自分の考えを納得させようとしている。


「誘拐犯達はどうします?」

「放っておけ。これで奴らも懲りただろう」


 全身打撲の上に、女の子の前で下半身丸出し……いつもの明理にしては随分と慈悲深い措置だ。

 むしろ、もはや眼中にないと言うのが正しいか。彼女の興味は目の前の猫娘と、自分と同じようなパワードスーツを開発している組織に向けられている。


「さぁ、行こうか。家まで送ってあげよう」

「はい……さっきからちゃんとお礼言えなかったんですけど、本当にありがとうございました、シグ・フェイスさん」

「これが私の使命だからな。それと、男物だが靴も履いてくといい」


 今更気づいたけど、部屋から直接連れ去られたから、彼女は裸足だった。

 明理が黒服の男から引っぺがした靴を渡すと、真織はぺこりという効果音がつきそうなお辞儀をする。夕焼けのせいかもしれないが、その頬はやや赤みがかっているように見えた。


「ところで、あか……シグ・フェイスさん。この子を引き取ったところでどうするんですか?外には迂闊に出せないし、ずっと室内の中で飼うというのも現実的じゃ……」

「ヒーローだから大丈夫ですよ、先輩。それにきっと、何か考えもあるんでしょうし」


 まさか真織に擁護されるとは思ってもいなかった浩輔はただ苦笑いするしかない。


「いや、ここは敢えて世間に公開する。正確に言えば、少しずつ情報を小出しにする」

「……相手を釣り上げるってわけですか?」

「ああ。国家権力を操作してでも、ひた隠しにするくらいだからな。向こうも躍起になって来るだろうさ」

「さすがシグ・フェイスさん!そこからは飛んで火にいるなんとやらって奴ですね!」


 ヒーローの自信たっぷりの提案に同調しまくる真織。もはやミーハーと化している。

 どうにも悔しいので、浩輔はとりあえずその考えの致命的な欠陥を指摘することにした。


「じゃあ、八瀬さんはどうするんです? 自宅まで調べられた上に、家に押しかけられて消されそうになったくらいですよ?」

『あ』

「それに加えて、八瀬さんの家族や友人達……関係者全般が狙われる対象になると思うのが自然かと」

「…………」


 真織のテンションは急降下。一気に絶望的な展開へ。

 彼女には悪いが、このくらいは考えないと、世の中そんなに甘くない。


「……じゃあ、こうしましょう! 私達一家とミミちゃんで、しばらくの間シグ・フェイスさんのお家にお泊まr」

『ダメだ』

「……何でハモるんですか?」


 浩輔はむしろ明理の方を真織が引き取った方が安全じゃないのかとも思ったが、今回の一軒で自分の顔が割れている可能性もある。

 いずれにせよ、今ここですぐに対策は思いつかない。


「みゃあ……」


 会話が途切れ、静まり返った空間の中に、猫娘の不安そうな鳴き声だけが木霊する。

 来る時はあまり気にしていなかったが、ここの倉庫街は本当に人気が少ない。

 この一見は警察も一枚噛んでいるようだし、人を遠ざけるのは造作もないようだ。

 しかし、敵の援軍が来たとしても明理ならまず負けることはない。その確信はだけはあった。


「ま、とりあえずは、ここを離れようか」

「そ、そうですね……きゃっ!?」


 突然、真織の体が前に倒れる。すかさず超反応でヒーローがキャッチ。


「大丈夫か?」

「あ、ありがとうございます。……靴紐がほどけてたみたいです」


 苦笑いをしながら真織は、紐を結ぶために屈む。猫娘がその様子を不思議そうに見つめているが、浩輔は彼女の邪魔にならないようにそいつを少し離した。

 明理は俺達の前に立ち、首を軽く回しながら周囲を見渡していた。ついでにこれからの事を考えているのだろう。それは浩輔も同様だった。

 

「……ぁ?」

 

 一瞬、浩輔の目の前に火花が舞った。

 錯覚か、幻覚か。単なるバイト疲れの蓄積か。はたまた慣れない状況の中にいるせいか。

 そんな疑問を持つ前に、僅かに遅れて、耳に風が走り、鼓膜に爆音が響き渡る。


「な?」

「に?」


 もうほとんど反射的に『それ』が通った方向を見る。

 俺達の左側にあった倉庫にマンホール大くらいの大穴が開き、不気味な煙を中から噴き出していた。明理も反応は同じ。

 視界が回る。

 屈んでいた真織は大丈夫だ。明理の姿も横から浩輔の視界に入る。

 浩輔自身も……何ともない。あと、猫娘は……。

 ねこ、むすめ、ハ――


「ぁっ……あ……あ……? ミミ……ちゃん……?」


 真織の詰まりかけの声。

 浩輔の視線は一度通り過ぎ、戻り……気づく。

 …………ない。

 ない。

 顔が無い。

 体はあるが。

 首から上が無い。

 数秒前まで首と繋がっていた部分から血飛沫が上がり、振り向きざまの真織の顔に容赦なく降り注ぐ。

 残された身体は、よろよろと二メートルほどふらつき、地面に音を立てて、倒れる。

 手脚は、まだ、少し、動いている。

 ……あぁ、こんな光景、前にも見たなぁ。


(駄目だ。目が離せない。逸らす事が出来ない――)


 首なし、血だまり、死体、血、ち、チ……


「コースケぇっ!何ボサっとしてんだぁ!こいつを持っとけぇっ!」


 明理の怒号で我に返ると同時に、浩輔の目の前に真織の身体が投げつけられる。

 彼女は悲鳴の一つも上げない。そして何だかやけに身体が重い。顔面蒼白で、目も閉じて気絶している。

 そして明理も、変身した状態で浩輔の名前を呼び捨てするくらいに、相当な不意打ちだったのは容易に想像できた。


「くそ、どこから狙って来やがった……!」


 周囲に人気は無い。相変わらず静まり返っている。

 周りはいくつもの倉庫が立ち並んでいる。相手は身を隠せるかもしれないが、広い道路の真ん中に立ち尽くしている浩輔達はまさに格好の的。

 そもそも何の武器で狙われたのかが分からない。

 この倉庫の大穴は銃なんぞで開けられる代物ではない。

 ……戦車の大砲、もしくはロケットランチャーか。

 そんなもので見えない所から、狙われる。


「明理さん、俺達も身を隠した方が……」

「黙ってろ」

「敵の位置も数も分からないんですよ!」

「次撃って来た時に位置を割り出し、同時に反撃する」

「かわせるんですか?」

「日頃の行い次第だな」

 

 いつになく冷たい声で答えると、明理は2歩ほど踏み出す。つまり浩輔たちから離れる。

 ……まるで囮にするかのように。


「私の不意をついたのは賞賛に値するが、そろそろ出てきたらどうだ!」


 明理は空に向かって吠える。

 あくまでも強気な姿勢を見せるが、要するに彼女も敵の位置が分からないのだ。

 猫娘が撃たれた方角を計算すると……浩輔の右斜め前の倉庫の中。

 の、はずだが、ありえないのだ。

 倉庫には大型トラックが余裕で入れそうな、大きなシャッターがあるものの、もちろんのことそれは閉じている。他に窓のような物もない。高さも五階立ての建物くらいはあり、足を引っ掛けられそうな場所もない。壁を貫いたような形跡もない。

 しかし、事実、猫娘は奴らに撃たれ、頭が木っ端微塵になった。

 昨日からもう全てが滅茶苦茶だ。


『――安心しろ。二発目は無い』


 男の低い声。しかも背後から。

 浩輔達は当然の如く振り向く。

 が、その先に人影らしきものはない。


『俺のターゲットはそこに転がっているキメラ一匹。貴様らへの攻撃は命令されていない』


 今度はさらに後ろ、つまりは数秒前の前方から野太い声が響く。

 ……が、そこにも声の主らしき人物はいない。


「どこだ!姿を現せ!」

『そういうわけにもいかんのでな。今日は一応警告だけしておく』


 男の声が四方八方から響き渡る。


『自分の命が惜しかったら今日の事は忘れろ。今ならまだ見逃してやれる』

「見逃す?今なら?」

「んだとぉ!?」

『そこの男と気絶している女は、こちらの不都合に巻き込まれただけだ。……残る正義のヒーローとやらは別だがな』

「ほーお、やる気か」


 明理は誰もいない方角に向かって指を鳴らす。

 その様子をどこから見ているのか、どこからともなく鼻で笑ったような声が響く。


『残念だが今日のところはまだ命令を受けていない。またの機会に、だな』

「命令、命令って。どんなご主人様だか知らんが、随分と忠実なワンちゃんなこって」

『次に会う時にはもっとマシな挑発を考えておけよ』


 明理はフェイスガードを挟んでも聞こえるくらいの舌打ちを鳴らす。

 見逃す、とは言われたものの、浩輔達はかれこれ五分くらいはその場に立ち尽くしていた。傍に猫娘の死骸が転がっている事もいつの間にか気にならなくなっていた。


「クソが。どうやら本当に狙いはこの猫娘だけだったようだな」

「でも、その命令は殺害……黒服の奴らは捕まえようとしてたのに?」

「複数の組織が動いてるのかもしれんな」

「……考えたくないです」


 遠くからサイレンの音が聞こえて来る。今更警察のお出ましのようだ。

 だが、保護してもらえるなんて甘い考えはとうに捨てている。

 明理は猫娘の首なし死体の傍で屈み、じっと見つめていた。何を考えているのかは分からない。

 少なくとも、拝んでいる様子はない。


「キメラか……いや、キメラ?合成……?」


 明理は何やらぶつぶつと呟いていたが、浩輔はまともに聞く気になれなかった。

 正直、もう関わりたくない。

 向こうが逃がすって言ってるんなら、喜んで逃げる。

 

「明理さん、一旦家に戻りましょう。警察に今日の出来事を一字一句伝える自信はないですから」

「……だな」


 サイレンの音がだんだん近づいて来る。

 今回は流石の明理もすんなりと納得してくれたようだ。

 浩輔は今更であるが、猫娘の死体に手を合わせる


「野郎……次にあったら確実に潰す。そして泣かす……!」


 明理はそう呟くと、人の確認も取らずに浩輔と真織の身体をそれぞれ両脇に掴み、一気に倉庫の天井まで跳躍した。それから家までの事は、あっという間の時間であった。


 ――翌日。

 朝のニュースで、昨日の出来事が報道された。


『昨日午後未明、閑静な住宅街で強盗が押し入り、女子大生が誘拐された。警察は夕方5時に、誘拐犯達の隠れ家を見つけるが、到着した時には既に全員死亡。

 女性大生の身柄は最近巷を騒がせている、シグ・フェイスと名乗る自称:正義のヒーローによって無事に、自宅まで送り届けられる。しかし、警察側は誘拐犯達(内一人は密入国者)の殺人をシグ・フェイスが行ったと断定。殺人容疑で身元捜索にあたっている。女性大生の意識が回復次第、当時の現場の詳しい聴取を行う予定である』


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