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錬装機兵アルク・ミラー  作者: 四次元
陽はいずれ彼方へと消える
106/112

104.近衛

 遡ること十分程度。

 浩輔達が突入した皇居入口の反対側では、もう一つの戦いが始まっていた。

 ただでさえ二人しかいないアルク・ミラーを更に分けての同時攻撃。

 黎明基地突入時よりも、無謀で、愚策としか考えられない所業である。

 ――が。


『アルク・ミラーが一体っ!別方向から突っ込んで来ますっ!』

『何ぃっ!?先程のトラックは囮だとでも!?』


 ちぎっては投げ。ちぎっては投げ。

 皇居内の豊かな自然に動物性の養分が撒き散らされていく。


(弱い……そして遅い……!)


 勇治の戦いは、もはや作業ともいえる状態。

 まず、通常装備の兵は姿を見た途端に腰砕け。虎の子の錬装機兵も二振りのヒートマチェットに薙ぎ倒されていく。力の差は歴然。片っ端から赤子を踏み潰すようなものである。

 これは必然であった。

 黎明で開発された錬装機兵は、そもそも錬装機兵同士の戦闘を考慮されていない。現代の白兵戦で基本となっている銃撃での攻撃は決定打にならず、干渉作用を生かした近接武器と、装甲の強度を上回る高威力の砲撃のどちらかで勝負が決まる。

 どこぞやのロボット漫画と同じ状態になっているので、少し考えれば分かりそうなものであるが、開発期間が短かったこと、開発の中核人物(天北博士)の嫌がらせでわざと欠陥を残した作りにしていること、そして何よりも錬装機兵の表向きのスペックに魅せられた上の人間が、対抗策を考えることに人と労力を割かなかったことにある。


(俺は順調だが……篠田さん達は大丈夫だろうか……)


 今となっては、不安はミューアと仲間の心配のみ。

 既に自分が知りうる限りの強敵は存在しない。


「怯むなっ!相手はつい先日までただの高校生だったんだぞっ!そんな子供一人にこの数で負けるはずはなぁい!」

「や、やっぱり、オリジナルのアルク・ミラーには勝てないんじゃ……」

「こちらが劣化版だからと言いたいのかっ!?偽物が本物に劣る道理なんてないのだっ!」

「ひっ!」


 つい数秒前まで部下に根性論を撒き散らしていた防衛部隊の指揮官も、勇治のナイフに頭部を真っ二つに叩き割られる。

 その場に残された部下は無様に地面に尻を付け、今にも漏らしそうな格好で命乞いを始めた。


「ひっ、ゆ、許してください!命令されてやっただけなんです!従わないと殺されるんですぅっ!」


 勇治は一つ溜め息をつく。

 次の瞬間には命乞いの声を出す声帯が、完全に切断されていた。

 迷いはなかった。

 同時にそうなってしまった自分に一抹の虚しさを覚える。

 彼等の言うとおり、少し前まで自分はただの高校生だったのだ。

 特別な存在になることに憧れがなかった訳ではない。

 だが――。


(どうして、俺が篠田さんを攻めることが出来るんだ)


 その過去を知る前は、勇治にとって浩輔は良き先輩であった。

 力の差とか、そういうものは一切関係なく。

 一人の人間として。

 だが――。


(あの人は……なんだか生きてる感じがしない。明理さんもだ。だけど世の中をどうこうしようって感じでもない。あの人達は――)


 既に遠い存在へと成り果ててしまった二人。

 敵ではないし、かといって味方とするべきかも分からぬ存在。

 戦う目的を完全に違えてしまっている。

 そこにあったはずの目印がふっと消えてしまい、暗闇の中に一人取り残されたような感覚。


「勇治」


 反射的に声の元へとナイフを滑らせる。

 声の主はすぐに分かるはずなのに、理性よりも反射が先行する。

 喉元……のつもりであったが、背が低いのでこめかみ付近でギリギリに止められたナイフを、深知は呆れたように手で押し退けた。


「……ごめん、みんなは?」

「平穏無事にミューアを探しているわよ。もうここには、まともな戦意のある敵はいないみたいだし」

「平穏無事って……どこに敵が潜んでいるのか分からないのに……!」

「殺すのは敵だけにしてよね。ほんと」


 深知は首を傾けながら勇治の後ろを指差す。

 そこには、その軌跡には、無数の切断された死体、そして、恐怖に歪んだ顔、目玉。

 凄惨としか言い様のない光景が広がっていた。

 勇治の喉に熱いものが込み上げてくる。


「な、ぁ……ミューアを見つけてさ……」

「なによ?」

「それで錬金術も錬装機兵もどうにかなってさ、この国もアメリカに助けられて……」

「…………」

「俺達、どうなるんだろうな……」


 これが、ここに来るまでに何十人という人を切り刻んだ少年の本音、いや、弱音。

 何故、この少女の前でそれを漏らしたのか。

 でも、こんなことは彼女の前でしか言えなかった。

 勇治自身、彼女に何を求めているのか上手く言葉に出来ずにいた。


「知らないわよ」


 返ってきたのは予想通りの、それも寸分の狂いもない答え。

 表情は見えなくても分かる。


「私は、自分のやりたいようにやるだけ」

「何をだよ」

「ぜんぶ」

「そうやって割り切れるの、尊敬するよ」

「……父さんが言ってくれたから」

「え?」

「幸せになれって」


 不良少女の答えは思っていた以上に単純だ。

 勇治は純粋に彼女を羨ましく思えた。


「深知」

「何よ」

「お前が味方でよかった」

「……何が気にいったのよ」

「お前の言葉にはいつも本音が出ているからさ」

「見る目ないわね」


 勇治は苦笑いしながらナイフを収める。

 全身に帯びた熱が少し冷めようとしていた。


「どこを探せばいい?」

「私らはもっぱら建物の中ね。まだ、こっちの方が残ってる。地下のシェルターは気にしなくていいわ」

「……篠田さん達は本当に大丈夫なんだよな?」

「篠田さんよりも、あの女ね。錬装能力がなくても口先だけは流石だわ」


 地下の兵はウォーダが片っ端から処理し、地上の兵は勇治と深知で蹂躙。文字通り、下っ端の人間にはまともな戦意は残されていなかった。

 加えて、明理の口八丁。

 上の人間がこのままだと負けると見て自分達だけ脱出しようとしていることを言い触らし、こちらに協力したら命は見逃してやるとの甘ーい誘い。

 更に真織から、もうすぐアメリカ軍が来て何とかしてくれるから、とのダメ押し。見張りをやらされている層には見事にこの情報が伏せられており、結果的に一斉寝返りの決め手となってしまった。


(かといって、そんな簡単に――)


 流石の勇治も疑心暗鬼であったが、その事実は少し進んだ先で如実に表れる。

 出会う敵、出会う敵が頭を下げ、許しを乞い、協力を申し出て来るのだ。

 随分と現金な奴等だと、勇治はほとほと呆れ果てたが、話をする限り、ミューアを拐った事実すらも知らない人間が大半だ。

 彼らは、ただ恐怖に屈していただけであった。

 そして今、新たな恐怖に屈している。

 誰も彼も、その顔は酷く疲れ果てていた。


「おいおい……いつの間にか敵がいなくなっているぞ……」

「ボーっとしないで。こいつらはちゃんと脅しながら、こき使ってやるのよ」


 本当にこの子は、と勇治は嘆息し、紅く染まったナイフを振り回しながら、大人たちへ檄を飛ばす。

 そして、誰がこの組織の頭なのかを会う人会う人に片っ端から吐かせる。

 ほどなくして、返事が一つの答えに集約された。


「……桐島元総理に、柏原さんだって!?」

「篠田さん達といた時も同じことを聞いたわ。これで間違いないわね」

「なんで、あの人達が……!」

「ふん、少なくとも、人に命張らせる癖に、自分の手は絶対に汚そうとしない奴等だったわね」


 たしかに勇治にとっては、袂を分かった相手ではあるが、敵にした覚えはない。

 しかし、目の前の答えがもはや全てなのである。

 深知に至っては、当然の事だと、一切の疑念の余地はなかった。


「おーい、何だよあれはー!?」

「ヘリだ!ヘリの音だぞ!近づいてくる!」


 心を落ち着けようとする勇治の耳に新たな喚声が響き渡る。

 続けてくるのは、言葉のとおり疑いようのない、空飛ぶものの風切り音。


「ちっ、脱出用だっての!?」

「待て深知っ!あれは今朝ラジオで言っていた……」


 勇治の考えは当たっていた。

 後方から次々にヘリが現れ、皇居周辺が照らされていく。

 周囲一帯がローターの音に支配されるが、これらは歓迎すべき存在だと、周囲の歓声が徐々に盛り上がってくる。


「アメリカ軍……ちゃんと国旗もあるわね……」

「だな……」

「何黙って見てんのよ」

「…………」


 勇治は夜空を覆いつくさんばかりのヘリの群れを見上げながら、一つ一つの動きを注視していた。

 いくつかのヘリが空中からロープを下ろし、人影らしきものが降下していく。


「下手したら相手に逃げられるわよ。ただでさえ、このカッコじゃ狙われるだろうし」

「そうだな……」

「ぁぁー」

「怪我人を乗せるなら、当然ヘリは降りる」


 深知もその意味に気づいたのか、不服そうに勇治の後ろ180度を飛び回るヘリを眺める。


「降りた。一機」

「こっちもだ。さらに二機」

「やっぱり駄目じゃないのっ!」


 その時、二人の元へ現金な声が届く。


「おぉーい、正義のヒーローさーんっ!向こうだよぉー!二の丸庭園の辺りで大きな荷物を運んでる奴等がいるってー!」

「本当ですかっ!?」

「嘘だったら殺す」


 深知の端的な脅しに顔をひきつらせながらも、近寄って来た坊主頭のひ弱そうな男は、息を切らしながら指でその方向を示す。


「本当だよぉ、俺も行くから殺さないでくれよぉ……童貞のまま死にたくねぇんだよぉ……」

「じゃあ死にたくなるように、玉を潰そうか?」

「深知……いいよ、全速力で行くからさ。お前は他の所を」


 勇治は半ベソの男に位置を確認すると、男の体を米俵の如く肩に担ぎ上げ、脚部のフレーム駆動をフルパワーにして地を駆け抜ける。

 ひ弱な男はその数分足らずの間、「死ぬ」という言葉を、何百となく連呼した。


「……いたっ!あそこだなっ!?」


 肩の上で既に失神しかけている男の言ったとおり、林を抜けた先の庭園で数多くの人影があった。

 ヘリはまだ降りてきておらず、灯りも無い中で身を隠すかのように移動している。


「止まれっ!そこの奴ら!止まらないと撃つ!」


 勇治は抱えていた男を適当に投げ捨てると、右手にヒートマチェットを発現させて周囲を照らし、左手にハンドガンを構えて相手を威嚇する。

 蠢く影からは様々なうろたえ声が発せられるが、その内の一つが負けじとばかりに反抗する。


「う、撃つなっ!この方を誰だと思ってるっ!」

「なら、顔を出せ!それと全員手を上げろっ!」

「くっ、くそぉっ!」


 周囲にサプレッサーのない銃声が響き渡り、勇治の右肩を揺らす。


「お前な……!」

「ひっ!」


 さらに銃声が四発、勇治の体を三度揺らす。

 しかも神経を尖らせてやっと感じる程度のもので、実際は蚊に刺された痛みすらない。


「いい加減にしろっ!」

「ひぃっ!銃が効かないなんてぇっ!」

「当たり前だっ!……ってそうじゃないか」


 なんだか随分と懐かしいやり取りに思えてしまい、勇治は逆に反省してしまう。

 そこから懐中電灯で全身を照らされるが、そこにいた影達は全身に漆黒の装甲を纏った人物の姿を見て声を震わせていた。

 まだここまで純粋な反応が出来る人間がいるのかと、勇治は咳払いをして声を静める。


「とりあえず攻撃はしないから、全員の顔と荷物を見せてください。灯りはあんたらに向けて」


 急に丁寧語になった襲撃者に戸惑いつつも、影達はすごすごと携帯や懐中電灯で自分達の姿を灯す。


(っておい!こいつらは……!)


 勇治はアルク・ミラーのフェイスガードの存在を忘れるくらいに、動揺した表情を抑える。

 その一行、老若男女の多くは見覚えのある顔ばかりだったのだ。それもテレビや新聞で。

 発砲してきた中年の男は警備員の服装をしており、恐怖を堪えつつも他の人物を庇うような位置にいる。


(本当にいたのかよ……この分だと、何も知らないように見える、けど……)


 そして最も顔に心当たりのある白髪の老人が、私達をどうするつもりですか、と尋ねるが、勇治はどうにもしないからとにかく運んでいる荷物、特に大きなものを全て見せて欲しいと答える。

 大きな荷物という言葉に一行の視線が一様に泳ぐと、勇治は出来る限り加減した怒号で捲くし立てる。すると、台車に載せられた冷蔵庫サイズの金庫のようなものが前に出された。


「あ、あんた……この金庫が目当てなのか?」

「中身は何が入っているんだ?」

「し、知らない……」

「この中で!中身を知っている者は!?」


 皆が一様に首を横に振り、知らないと答える。

 白髪の老人も同様であった。

 勇治は答えを聞くと、迷い無くヒートマチェットの出力を最大にして金庫の鍵を焼き切り、蓋を乱暴に開け放つ。


「なっ……!?」


 金庫の中を確認した勇治は目を丸くする。

 脇から見ていた者も同様だった。


「空っ……?おい、どういうことだっ!」

「しっ、知りません!私らはこれを運ぶように言われただけで……!大事な物だから絶対に渡してはいけないし、開けてもいけない、と……!」

「誰にだよっ!?」

「か、柏原という人です……き、桐島元総理の秘書の方で……」

「あの野郎……!」


 一切の加減のない拳が金庫へと叩き込まれる。

 拳と倒れた金庫の衝撃が辺りの地面を二度揺らした。

 勇治は思い出したかのように深知の方へ向けて通信を試みる。


「聞こえるか、柏原の奴に一杯食わされたっ!こっちは囮だっ!」

『じゃあ、そっちにもあの二人はいないのね?色んな奴をシめて吐かせてるけど、誰も居場所を知らないのよ。皇族達もどこに行ったか分からないって!』

「皇族の人達はこっちにいるよ!柏原の奴、天皇まで囮に使いやがった!」

『じゃあ人質も放って逃げ出したってこと?』

「ああ、逆にまずい……」


 数十人で逃げるのと、数人で逃げるのとでは、追いかけるにしても全く異なる。

 そして、今の自分達にとって大事なのはミューアの方なのだ。相手も追い詰められているのかもしれないが、下手に逆上させて殺されでもしたらそれこそ最悪の事態になる。


「くそっ、この中で桐島元総理と柏原がどこにいるか知ってる人、いませんか!?」


 駄目もとで尋ねたが、結果はやはり駄目。

 だが、白髪の老人が頭を抱える勇治を見て、一言答えた。

 桐島達が逃げた場所は分からないが、自分達がいた場所、最後に別れた場所なら、と。


(そうだ、まだ終わっていない……足跡は残っているんだ……)


 勇治は急いで深知にこの情報を伝え、彼女も他の仲間に伝えるとの返事が来る。

 自分もこの場を発とうとした瞬間、周囲が一斉に突き刺すような光で照らされる。


「Freeze!動クな!手を上げロッ!」


 先程と全く逆の立場となってしまい、勇治は大きく肩を落としながら武器を砂に還す。

 フェイスガード越しとはいえ目を細めながら振り返ると、無数のレーザーサイトが自分に向けられていた。

 しかし、どちらが精神的優位に立っているのかは明白。

 相手にとっても、全身を装甲に包まれたアメコミヒーロー(というよりヴィラン)を相手にするのは初めてであろうからだ。


「あんた達は、アメリカ軍……か?」

「動くナと言っていル!」

「日本語は通じるんだな!?この人達を救出に来たのか!?」

「貴様ノ所属と名前を答えロ!」


 勇治は当たり前の事を聞かれ、少し吹き出してしまう。

 所属なんてない、名前も言えるわけがない。

 自分自身は『そういう』存在なのだと。

 自嘲せずにはいられない。


「……ただの通りすがりの正義のヒーローだ!政府の公認は貰わなかったけどな!」


 勇治はそう啖呵を切ると両手を上げ、顎だけで後ろの人達に指示する。

 周囲は一瞬唖然となったが、やがてぽつぽつと片言の男達の下へと足を進めて行く。

 全員が勇治の横を通り過ぎて行くと、最後に白髪の老人が勇治の方を振り向き、軽く頭を下げる。

 何か、返事を待っているようであった。


「覚えておいてください……この国には、俺達のような人間がいるって事を……」


 自分自身でも、どうしてこんな台詞が出たのか分からない。

 どういう意味合いで言ったのかも。

 だが、間違いなく、これが、心の底からの言葉であった。

 白髪の老人は、もう一度、頭を下げた。


(……急げっ!)


 米兵の次の指示を待つことなく、勇治は踵を返す。

 数発の発砲があったが、効果があるかないかの確認をさせる間もなく、その場から姿を消す。

 戦局は刻々と変化していっている。もう、これ以上の戦闘は起きない。

 そして、目的を果たすための時間はあまり残されていない。


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