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錬装機兵アルク・ミラー  作者: 四次元
陽はいずれ彼方へと消える
104/112

102.報復

 

 日本国、皇居。

 かつてこの国を治めていた将軍、徳川家が居城していたとされる江戸城跡に建てられ、今日に至るまで、天皇家の住まいとして使われてきた場所。

 周辺地は観光スポットになっており、その場所を知らない者は東京都内にはまずいない。

 ……が、この国の法と倫理を破壊しつくした、オペレーション・デイライトが始まってから、何故今の今まで放置されてきたのか。

 一つ、そもそもの警戒が厳重であったこと。

 黎明による日本国民の武装蜂起の喚起が始まってから、ここへ避難しようとする者も少なからずいた。

 しかしながら、皇居側は避難民を一切受け入れることはなかった。徹底的な防衛線を張り、ひたすらに立て篭もったのだ。

 無理にでも入ろうとする者はその場で射殺された。国全体がそういう雰囲気であっただけに、その事に関して違和感を覚えることはなかったのであろう。

 そして、もう一つ。この場所を襲う必要性がそもそも薄かったこと。

 天皇というのは、日本国の象徴である。だが、すぐに権力と結びつくわけではない。

 天皇家と縁を結べば皇族としての箔はつくであろうが、それまでの苦労の割に得られるのはその程度のものである。

 それにここは、一般市民からの恨みを買っているわけではない。

 人々の不満の矛先は、政治家、官僚、公務員、セレブ……もっぱらそういう輩に向けられていた。

 東郷の演説に心から賛同した者達でさえも、ここはスルーしていたのである。それも敢えて。

 ――どうせ、今、大した力を持っているわけではない。

 ――だが、自分がこの世で力を持てば、後で色々と利用できる。

 日本国民としての誇り、矜持、または文化財としての価値などといった観念を全て放棄した者達ですら、そう思っていた。

 いち早く行動に移せたのが、『彼等』ということであるだけなのだ。


「桐島総理、米軍から連絡が来ました。あと三十分程で『天皇陛下の救出部隊』が到着するそうです」

「分かった。それと柏原くん、総理というのは止めてくれないか……今の私は……」

「こんな世では、貴方が総理になる他ないでしょう。知名度的にも」


 何を隠そうここは、その皇居内に設置されている地下シェルター。核攻撃にも耐える代物だ。

 八畳程度の薄暗い部屋の中には無数の内外監視カメラのディスプレイが配置されており、黎明の地下基地と変わらぬ風貌を呈している。

 その中に初老の男と、まだ顔に若さを残した男が共にスーツ姿で居座っていた。

 初老の方、桐島元総理の顔は以前にも増してやつれ細っており、もはや黒い髪を探す方が難しい。

 それもこれも、この目の前にいる男、自分の公設秘書、いや、元秘書とも言うべき柏原の行動によるものだ。

 正義のヒーロー、シグ・フェイスとの協力体制が破談になってからというものの、桐島はいつ自分の寝首をかかれるか気が気でなかった。

 オペレーション・デイライトが始まって数日までは東郷に怯え、それ以降は、この柏原の行動力に完全に圧倒されてしまっていた。

 ――今上天皇を始めとした皇族の安全確保をダシに、米国へ亡命するという提案。

 急にそんな事が出来るのかと驚いたのだが、そこからの用意周到な段取りに更に肝を冷やされた。


「柏原くん、本当にこれでよいのだろうか……。いくらアメリカに助けて貰うとはいえ、彼らを敵に回すのは……」

「奴等は元々気に入らなかったんですよ」

「……っ!」

「そうでしょう?折角政府が後押しをしてやるって言ってるのに、子供染みたヒーロー気取り。あんなのがいたところで、世の中何も変わりませんよ。所詮はごっこ遊びだ」


 鼻で笑う柏原に流石の桐島も声を荒げた。


「君も見ているはずだろう!?彼らのアルク・ミラーは遊びではなく本物だ!あれを敵に回すということがどういうことになるか……!」

「そうやって、何もかも先送り後回し、ですか。彼らは、どちらにせよいずれ戦うことになる相手ですよ。それすら、お気づきにないないのか」

「ばかな……勝てると思っているのか……?」

「勝てますね。所詮は現代兵器に毛が生えた程度。おまけに中身は子供だ」


 柏原は得意気に自らの頭を人差し指で小突き、先程まで操作していたノートパソコンに目を移す。


「デイブレイクはまだ生きてるんですよ……とんだ遺産ですねえ」

「それはっ……!」

「貴方の過去の悪事も全て見させてもらいました」


 その一言で、桐島の顔は一気に青ざめてしまい、合わせて体も思わず後ろに下がる。

 目の前の男は全てを知っている。故に利用しようとしているのだ。

 これでは東郷と全く変わらない。


「東郷……?そうか、ずっと引っ掛かっていたんだ。黎明の追跡から家族全員で上手く逃れたり、シグ・フェイスの特定、そしてこの騒ぎが起こってからの皇族の保護等の対応の速さ、まさか君は……!」

「ええ、東郷さんには随分とお世話になりましたよ。あなたの監視の見返りにね。でも、彼ももう死んだようですがねぇ」

「君も東郷の手先だったのかっ!」

「元ね、そう……元。元ですよ」


 柏原は言葉を何度も強調する。


「最初は彼の言ってることに少しは共感しましたよ。……でも、やっぱり奴も生まれた時代故の魔物、単なる年寄りに過ぎない」

「年寄り、だと……」

「とっとと若い者に譲ってくれませんかねぇ」


 その顔には、これまでに見たことの無い邪悪が宿っていた。

 世の中の闇を散々見尽くしたはずの桐島でさえ見たことのない物だ。

 実際のところ、桐島は仮にも二世の国会議員。おまけに彼の親も総理大臣経験者。何だかんだで周りの人間も彼に対してそういう顔をする者はいなかったのである。家柄という力があった故に。


「何か、勘違いされていませんか?私は仮にもこの国の未来のことを考えているんですよ。この国の害悪である存在を一掃し、もう一度あるべき姿に戻すために、ね」

「あるべき姿に……?」

「努力し、行動し、結果を出したものが正当に認められる世の中……ただそれだけですよ」


 柏原はそう言い、引きつった笑いを続ける。

 そこに愉快さは欠片もない。感じられるのは世の中への呪詛の意思。


「……ただ、それだけなんだよ。だが、それすら許さないんだ。てめえらジジイ共はな。自分達の犯したツケを一切払おうとせず、いつまでたっても社会に寄生しやがる!」


 吠える柏原を前にして、桐島は以前に聞いた彼の過去を思い出していた。

 柏原は生活困窮家庭の生まれだった。それでも苦学しながら一流大学に通い、一度は国家公務員とまでなったのだ。自分の稼ぎで生活保護を打ち切ったのが誇りでもある、と言っていた。

 故に、思うところがあるのだろう。努力して這い上がった者故に。

 省庁勤めを止めてまで、決して安定しているとはいえない議員秘書の立場になったのは、一体どういう心積もりがあったのか。


「柏原くん……そういえば、君の母親は?」

「あぁ、もう死んだんじゃないんですか?」

「そこまで……」

「介護なんて生産性のない行為を、やるつもりはありませんから」


 冷淡に答える柏原に、桐島は絶句する。

 柏原もまた、東郷の毒気に当てられた一人なのかもしれない――。

 彼とはそれなりの付き合いがあるので、これが本性だとはどうにも認め切れなかった。


「錬金術の力……これがあれば世界を相手に出来る。だけど、私は真っ向勝負をするつもりはありません。表向きは媚びへつらいながら、内側から食い破るんですよ。黎明……そう、老いた組織にやったようにね」

「出来ると、思っているのか?」

「多少のリスクは覚悟の上です。あなたとは違ってね」


 柏原は己の腕時計を見て、にやりと不敵に笑った。

 よく見ると、その腕は微かに震えているようにも見えたが、それを指摘しようとも今の彼には武者震いという答えしか帰ってこないであろう。

 そこへ、シェルター内の内線電話のベルが鳴り響く。受話器を取る動作も、どこかぎこちない。


「どうした?」

『シグ・フェイスの一味が動き出しました』


 受話器から漏れる声に、部屋の空気が張り詰める。

 それも一瞬。

 柏原はその声の調子から、首尾の良さを悟った。


「うまく引っかかってくれたか」

『はい、潜入員の報告では、羽田空港へ向かったとのこと』

「ヘリは羽田に飛んだからな、当然だ」


 平静を装っているが、柏原の声は歓喜のあまり今にも踊り出しそうだ。

 実際に話している人物を見るとよく分かる。

 その後の報告の通話が終わり、受話器が置かれると、満面の笑みでガッツポーズを決める。


「ははは……勝ったぁっ!羽田空港ぉ?さぞかし賑やかだろうなぁ!日本国民を助けに来たアメリカの海軍だか海兵隊だかが、わんさかお越しになるんだからなぁ!何も知らないアメリカ様相手にせいぜい奮闘するがいいさぁ!ご自慢のアルク・ミラーやらでなぁぁぁっ!ひゃぁぁぁはははははっ!!」


 部屋は防音とはいえ、文字通り腹を抱えながらの絶笑は完全に常軌を逸した存在そのもの。

 一頻り笑い転げると、今度はまた見違えるかのように活力に満ちた顔つきで、再び己の腕時計を見やる。部屋のモニターにも時刻は映っているのに、そこには拘りを感じさせた。


「天皇陛下はエスコートされるべき存在だぞ、まったく……!お出迎えまであと二十五分……これで私達は歴史上の英雄になれますよ。真の戦いはその後になりますがねぇ」

「……まさか、この計画も、東郷があらかじめ用意していたものだったのか?」

「さぁ、どうだか。私は黎明幹部の皆さんから、いざという時の脱出方法として聞かされていただけですから。ま、東郷さんの発案だったら、ますます死んで当然だったでしょう」


 オペレーション・デイライトの果て。

 柏原を始め、黎明の幹部の一部は、この壮大な混乱の結果が人々の心身の荒廃を生む、ということしか考えていなかった。だからこそ、支配がやり易くなる。

 太平洋戦争後の日本で、GHQが既に実証済みだ。

 信じる者を全て失った人々がまず求めるのは、心の拠り所、いわば一種の宗教だ。

 そこへ颯爽と、財力、行動力、そして日本という国の象徴たる天皇を伴った人々が、荒廃した国の救世主として降りてくる。

 人々はもう喜んで頭を下げ足元に擦り寄ってくるであろう。

 そのままでは再びアメリカの子分に甘んじてしまうであろうが、そこで出てくる交渉カードが錬金術、ひいては錬装機兵の技術だ。

 柏原が示すとおり、世の中を内側から食い破るその技術は、外交の切り札になる。

 そこから血湧き肉躍る世界権力との戦いが始まるのだ。


「ふふ……おっと、いけない。まずは陛下に挨拶をしておかねば。随分とお疲れのようですし」

「…………」

「総理、何をしてるんですか。あなたも来るんですよ。私だけでは、陛下も落ち着かないでしょう」


 唖然とする桐島をペットでもしつけるかのように命令する柏原の耳に、またも内線のベルの音が入ってくる。

 タイミングが悪いな、とやや不機嫌そうに受話器を取ると、今度は鼓膜を破りにかかるのような悲鳴が部屋の空気を揺らした。


『大変ですっ!こちらに向かって装甲車が接近中!錬装機兵も乗っていますっ!』

「なにぃっ!?どこの奴等だっ!」

『それが……シグ・フェイスの一味ですっ!ありえませんっ!』

「奴等は羽田に向かってるはずだろう!逆方向じゃないかっ!」

『こちらも今付近のカメラで直接捉えたんです!』


 ディプレイの一つに問題の映像が映し出される。

 そこには装甲車……正確に言えば特型警備車が、付近の車やら電柱やら壁やらに何度も体を擦りつけながら、異様な唸りと共に、静まり返っていたはずの夜の街中を爆走していた。

 しかも、その車体の上に居るのは、非現実的な電磁加速砲(レールガン)を抱えたダークグレーの錬装機兵……アルク・ミラー。

 流石に車の勢いだけでは突破できないであろう障害物を、その凶悪な獲物で次々と破壊していた。

 おまけに付近に他の人らしき姿が現れたら、そこへも容赦なく発砲している。それでもこの車に近づこうとする者がいたら、その頭の造りを疑いたくなるような光景だ。


「何故、だ……」

『柏原さん……シグ・フェイス一味の元に潜入させていた者と連絡が取れました……』

「無用だっ!クソの役立たずがっ!」

『それが……『潜入していた者は自分を残して全員死んだ。あんな奴らの相手をするなんて頭がイカレている。悪いが自分はここで降りる』と……』


 決して大きくはない声であったが、その内容は桐島にも伝わり、白髪と共に頭が落ちる。


「裏切られた、のか……なんて皮肉だ……」


 その一言で柏原は激昂し、上質とは言えない革靴で椅子に座っていた桐島を蹴り飛ばす。

 怒りを放出し終えると、すぐに受話器の元へと駆け寄り、声を荒げた。


「こちらが何も用意していないと思っていたかっ!周辺の橋を全て爆破しろ!堀の前で動きを止めた車に向けて戦力を集中っ!四方から発砲を仕掛ければいいっ!」

「そ、こまで、する、のかっ……!?」

『了解っ――』


 その号令のもと、部屋のモニターの映像が揺れ、いくつかは真っ黒な画面になってしまったが、流石にシェルター内には一切の震動はない。

 国の文化財などという概念はもはや無く、柏原の瞳が生き残った映像を次々に巡っていく。


『ターゲット、依然外周を走っています!』

「よし、車に向かって発砲しろ!」

『しかし、レールガンの反撃が……』

「臆病共がっ……!」


 柏原は咳き込みながら息を整えようとする桐島には目もくれず、落ち着き無く腕時計を確認する。

 次の手を繰り出すまでの時間を必死に計っていた。


『ターゲット、武道館側から回り込んで来ますっ!』

「何で止められないんだよっ!?」

『バリケードも突破されましたっ!』

「だからだっ!」

「あそこは、そう簡単には崩れないよ……」


 仕掛けられる爆薬にも限度がある。

 破壊できない分をバリケードで補っていたのだが、それが裏目に出た形だ。

 柏原の腕の震えは、明らかに先程とは別種のものになっていた。


「柏原くん、どうやら正義のヒーローという存在を頑なに信じていたのは我々の方だったようだ……」

「……だと?」

「彼らも……人間だ。あそこまでやって怒るなという方が無理な話だ。報復が、来る……」


 柏原たちが明理ら不在の避難所を襲撃した理由。

 それは、日本脱出後の事を考えて少しでも戦力を削っておきたかったことと、そして、更なる交渉材料となるものを手に入れることであった。

 出来れば勇治と深知の始末まで行きたかったが、予想外の抵抗に合い作戦時間内に収まらなかった。

 その代わり錬金術を使用できるホムンクルスの少年の確保が収穫であった。これで、自分達以外の存在は錬金術を使えないも同然。そしてこの少年も、曲がりなりにも人造人間。研究材料としての価値はある。要は手土産にもなるのだ。

 全ては脱出の手はずが確定してからの、立つ鳥跡を何とやら……のはずであった。

 柏原は腕時計をもう一度確認する。

 ――救出部隊の到着まで、あと二十分。


「……よし、これも次なる一手にと思っていたが、こちらで確保していた錬装機兵を出撃させろ。少しでも相手を消耗させるんだ。その間に陛下を連れて、地下から脱出する。ランデブーポイントも変更だ。連絡は私が送っておく」

『わ、我々は、どうすれば……』

「脱出するメンバーは、皇族の方々と、今この会話を聞いている者だけだ。それ以外は全て迎撃に回せ」

『…………』

「お前も死にたいのかっ!」

『分かりました……』


 柏原は受話器を叩きつけると、血走った形相でようやく体を起こした桐島を睨みつけた。


「あと、二十分なんだよ……それで、この世界は変わるんだ……!」

「変わるのは、世界ではないよ……」

「黙れっ!あんたも来るんだよ!陛下が落ち着かないだろうっ!?」


 すぐさま二人で今上天皇を始め、皇族やその世話人達が非難している部屋へと向かう。部屋の扉を開けた柏原は、まるで何事も無かったかのように爽やかな好青年へと変貌し、シグ・フェイスらの襲撃を除いた現在の状況とこれからの行動を端的に伝えた。

 齢八十を超えた男性は、国民を差し置いて自分達だけ国を逃げるのは心苦しいと悲しそうに答えたが、柏原はすかさずこの国、ひいては国民を救うためにも、貴方を安全な場所にお送りするのが我々の使命です、と心にもない台詞でその場を落ち着かせる。

 桐島もその隣で同調したことにより、皇族たちは柏原の指示通り、地下の秘密経路へ向かうことを了解した。

 ただし、脱出のメンバーには高齢の要人も多い。柏原は内心焦りつつも、決して彼等の支度をせかすようなことはしない。だが、これだと脱出準備に十分以上はかかるのは明らかであった。

 柏原はついに辛抱たまらずに先に自分が脱出口に行って、用意をしておくと一人でその場を立ち去る。


「あと十五分……もう少し、もう少しだ……」

「……あ、柏原さん!」


 その最中、最悪のタイミングで黎明時代からの部下達に遭遇してしまう。

 ちょうど錬装機兵部隊の出撃準備が整い、現場へと向かうところだったのだ。おまけにこの部下達は、自分達が先に脱出することを伝えていない。


「どちらに行かれてたんですか!?警備室からいなくなったんで驚きましたよ!」

「……ああ、陛下たちをなだめに行ったんだ。さっきから随分と騒がしくしてしまったからな」


 あくまでも、若い部下達の前では冷静な指揮官。

 結局はそれも東郷からの受け売りに過ぎない。


「今、現場から連絡があったんですが、チャンスですよ。相手の錬装機兵は二人だそうです。シグ・フェイスはよく分かんないけど変身しないまま向かって来てるって」

「そ、そうか……油断するなよ。こちらの錬装機兵の調子は?」

「はい、調整は完璧です。この『桜花』は、集団戦闘もこなせつつ、マインドコントロールもばっちりですからね。ここで使うのが、もったいないくらいですよ」

「よし、奴等を徹底的に潰すんだ」

「はい、もう少しで俺達の時代が来ますからね!」


 何とも体育会系の気持ちのいい挨拶で、若い部下達はその場を去っていく。

 単に根本が馬鹿な奴等なのであるが、故に扱いやすくもあった。

 だが、その後も部下達が次々と通路を通っていくため、その度に柏原の動きが止まる。


(くそっ、よりにもよって何でこんな造りになってんだ!早く……早く出口へ……!)


 意識だけが前に向かった瞬間、爆音と共に地面が揺れ、柏原は前のめりに倒れこんでしまう。


「な、に……?何だ今の揺れは……核攻撃にだって耐えられるじゃなかったのか……」


 外からの爆発という生易しいものではない。明らかにシェルター全体が直接的な衝撃を受けていた。

 敵が近くまで来ているのかと、強烈な悪寒が頭を過ぎる。


「な、何だお前はっ!どこから現れたっ!」

「敵襲っ!てきしゅっぶべっ?」


 腰を落とした柏原の眼前に、つい今しがたすれ違った部下の体が飛んでくる。

 下顎が割れ、後頭部が背中にくっついている惨状を見て、瞬時に声帯の振動が止まった。

 そして、次々に聞こえてくる、部下達の悲鳴。

 ぐちゃり、どちゃりという、思わず目を逸らしたくなる音。


「……ふん、錬装機兵とやらでもなかったか。しかし、日比谷公園からこんな所に繋がっているとはな」


 聞くからにたくましい男の野太い声。

 柏原もその声には聞き覚えがある。最後に聞いたのは何時だったか。

 誰の声かはすぐには出ないが、主の前に立ってはいけないという本能は働いていた。


「最大稼動で残り時間二十分ってところか。最後の一仕事、存分に愉しませて貰うぜ、主人(マスター)


 主人(マスター)の一言で、ようやく柏原の脳裏にその人物の輪郭が浮かび上がる。

 完全に抜け落ちてしまった腰をうねらせながらその場を離れようとする柏原を、更なる地鳴りが襲う。


「まずこの抜け道は潰しておくとして……敵さんの音はこっちかっ!」


 柏原は顎を地面につけ、頭を手で押さえながらその場で息を止めていた。敵とはいえ、声だけの存在に恐怖していた。

 結局、声の主、ウォーダは、柏原には手を出さずにその場を去った。

 その姿に気づいてないだけか、見逃しても問題ないと判断されたか。はたまた、単なる優先順位か。

 突破口となる希望が木っ端微塵に壊され、後に残ったのは純然たる絶望。

 だが、それでも諦めはなかった。

 それが、人間の執念。


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