98.真名
『Regene - ALC』
『Alchemy - Cide』
『System……』
『OverExpression』
言葉と事象を繋ぐ光の象形文字、そして二人の装甲の展開と同時に、周囲に文字通りの衝撃波が走る。
先に形を作ったのは、相手を捕食するかの如く攻撃的かつ生理的な嫌悪感を与える明理の鎧。
装甲を纏ったヒーローというよりは、遥か彼方宇宙からやって来た異形の侵略者という言葉の方が似合う、有機的な形状。
一方、遅れてその姿を表したユミルの鎧はあまりにも単純。
紺色一色で、継ぎ目一つない。
そもそも、予備知識無しの初見でそれを装甲と思うものはまずいない。全身に性的嗜好品のラバースーツでもまとっているかのような姿。
小学生でも描けるような曲線で構成された、人を極限までシンプルに表現した形状。
共通点と言えば、これもどことなく宇宙人の様な形相と感じられるところか。
「さあて、本気、だな……」
明理が大きな息と共に呟く。
「もはや錬金術を、科学技術に擬態させる必要もないってことか……!」
ユミルが両腕を大きく開く。
野性動物の本能に訴えかけるような威嚇ではない。
まるで相手を抱こうとするかの如き、柔らかな腕。
「Alchemy for Linking to Celestial world with Mind of Ravage……」
「……ッ!?」
「先生それは……アルク・ミラーの……!」
囁くかの如きユミルの一言。
その意味はミューアが解説しているようなものであった。
「この教えは……まだ生きているでしょう?」
「ですが、意味は……」
「暗澹たる未来、終わりなき絶望……よいではないですか。そんな物、実に、にん――」
ユミルの発言が終わる前に、明理が仕掛ける。その場の地面を右足で思い切り蹴りつけ、同時に爆発を起こし、周囲に轟音と砂埃の雨を撒き散らす。
当然周りの人間は皆、本能的、生理的に目を覆い、身体を屈めた。
遮られた視界の中、銃弾が掠めるかのような音が幾度となく鳴り響き、戦いの始まりを告げる。
程なくして攻防と思わしき音が無くなったが、視界が完全に開けるまでの間、誰一人として声を発することが出来ないでいた。
「……い、行ったのか?」
この場において勇敢さで最も勝るであろう花田の一声と共に、周囲の人間は徐々に顔を上げ始める。
「な、なんとか生きてる……」
「ったく、大概の事には慣れてるつもりだが、ワケのワカんねぇ奴等にはやっぱりタマが縮こまっちまうんだな……」
真織とボロアパート大家の老人らを始め、各々が己の醜態を晒す台詞と共に、辺りの様子を伺い出した。誰しもが真っ先に目にしたのは、グラウンドにできた直径十メートル深さ数メートルはありそうな地面の抉れ。
彼女らしい、で済む話ではあるが、相変わらずの規模にただ感嘆するしかない。
「あっ……そうだ!篠田さんっ!?」
「生きてるよ……勇治と深知は……?」
「あーっと……よかった、大丈夫そうです!変身はまだ解けてないけど……」
いつの間にやら仰向けになっていた浩輔は、真織の報告に大きく安堵の息を吐くと、精一杯の力を込めて上体を起こした。
「……っと、花田くん、あいつを」
「あいつって……ああ」
浩輔が目だけで示す先には、ただ呆然と腰を落とすミューアの姿。あのようなものを見せられたばかりであるが、浩輔に対して反応出来る分、まともな意識はまだ残っているようだ。
「おい、ミューア。聞こえてるだろ?」
「は、い……でも、僕は……その……」
「どうでもいいよ」
花田に今度は猫のように両脇を抱えられながら引きずられ、浩輔の前に連れてこられるミューア。何をどうすればいいのか、その視点は全く定まっていない。
「ミューア、色々あって混乱しているのは理解できるけど、お前にはやらなきゃいけないことがある」
「え、と……」
「勇治と深知を治せ。お前が敵だろうと、味方だろうと、どっちにつこうと、知ったこっちゃない。まず、やれ。出来るだろう?」
「はい……」
疑問符をつけているが、答えは一つしか与えない、要するに有無を言わせぬ問いに、ミューアは力なく頷くと、よろよろと勇治達の元へと近寄って行く。
「花田くん、一応見張ってやってくれないか?こんなことまで誰かに邪魔されちゃ、やってられない」
「そうっすね……」
花田が遠くまで飛ばされていた得物を拾いに行く後ろで、ボロアパートの老人達も再び立ち上がる。
「俺達も見張っとくよ」
「ありがとうございます」
「篠田くんはどうする?」
「俺は取り合えず体育館の人達にも説明を……」
「それは私が何とかしますよ」
気が付くと真織が後ろに立っていた。
綺麗な顔が泥塗れで随分と台無しになっているが、その代わり少々大人びたようにも思える。
「先輩はもう歩けるんですか?」
「まだ痺れは残ってるけど――?」
冗談混じりのつもりが、浩輔の全身がぐらりと揺れ、思わず尻餅をついてしまう。
これは口の割にみっともないぞと思ったが、周囲の人間も同様に手を地に着いていたため杞憂に終った。
「じ、地震か……あの、姉ちゃんらがやってんだろうな……」
「近くにいたら俺達まで巻き込んでしまうから、わざと遠ざけたんですよ」
その一言に大家と真織が顔を見合わせる。
浩輔がそんな異変に気付くと、二人の表情は苦笑いに変わった。
「はは……何だか、妬けちゃうなぁ……」
「ひゅーぅ、言われてるぜ?」
「ありがたいけど、今は勘弁してください」
満更ではないのは確かだが、既に腹積もりは決まっている。
二人もそれに気づいてはいるようだ。
「篠田くん、行ってこいよ」
「俺なんかが行ったところでって思うんですが」
「見届けるだけでいいじゃないですか」
「お前さんが、あの姉ちゃんを一番信じてんだ。俺達じゃあ、とてもついていけないくらいにな」
――事情を知らない者からすると、そんな自分はどういう風に見えるのだろう。
――好意の類ではないのに、間違いなく。
――単なる馬鹿なのか。
――嫌われてないのが、不思議でならない。
どうしようもなく自責の念にかられるが、それでも、浩輔は自身の体が軽くなる感じを覚えた。
「……すみません、その言葉に甘えます」
言葉の上では感謝を述べているが、顔は項垂れ、視線も合わせることが出来ない。
大家も浩輔のそんな姿に何かしらのシンパシーを感じたのか、過去の自分に重ねてしまったのか、とにかく、強く、叱咤する。
「篠田くんよぉーっ、自分は無力だなんて、誰だってそう思って生きてんだぞぉっ!」
浩輔はもうそれ以上の言葉は受け取らないように、その場を駆け出した。
尾を引かれるとはこの事だ。
人の優しさがどうしようもなく心を苦しめることだってある。
(逃がして貰えたのか……俺は……)
息を切らしながら駆け抜けた距離に比例して、深層の想いが薄れていく。周りの状況を視るために、神経が研ぎ澄まされてきているのだ。
周囲の建物のガレキ化具合が徐々に進行していき、あちこちで水道管の破裂や可燃物への引火が引き起こされている。
この分だと戦闘の痕跡を追うのは簡単だ。そして、妨害される可能性も低い。
「しかし、折角双眼鏡も持って来たってのに、本丸が見えなきゃな……」
二人との距離も掴めないまま出たぼやきは、鼓膜を貫通するような耳鳴りと、前方から襲いかかる無数の瓦礫のつぶてによって否定された。
全身に何発か刺さるような痛みを受けながらも、近くにあった新築らしいデザインのビルの影へと身を滑り込ませる。
怪我の具合を確認しようとしたのも束の間、今度はその十階建てくらいのビルもぐらり、とその身を傾けてしまい、一時的に四足歩行の獣と化しながら、狭い路地へと身を飛び退かせた。
(こりゃ、見届けるどころじゃねぇぞ……!)
良くも悪くも、これなら文句なしに邪魔物は入らないだろう。
瓦礫と砂と建物の埃が舞い上がり、目を開けられる状態ではない。周囲の音も、建物の連鎖的な崩壊音でほとんど聞こえない。鼻も使い物にならず、出来れば塞ぎたいくらいだ。口も全く開けられない。
そして、残された感覚、触覚だけが、戦いの惨状を物語る。先程から頻繁に流れてくる地鳴り。首都圏直下型の奴でも起きてるのかと思えるほどの、地面の震え。そして、大気の異様な振動。
(くっそ……この調子だと、まともに息すら出来ない……)
浩輔は一つの場所に留まるのは悪手だと確信し、移動の先を決めようと塞がれた視界の中で地面に手を這わせる。
その中でふと表れた、丸い、ツルツルとした感触。
もしやと思い浩輔はその物体に顔を近づけ、一度の瞬きで物を確認する。
(よしっ、バイクのヘルメット……しかもフルフェイス!渡りに舟って奴だ!)
仏が付属していたのが難点であったが、臓器ドナーばりの感謝を示しながら、ヘルメットを拝借する。
視界は相変わらずだが、一先ず呼吸は良好。
(後は足下さえ気を付ければ……!)
物の輪郭は掴めずとも、光の濃淡くらいは分かると、塵だらけの空間を脱出。
二人の姿は……全く見えない。
戦いの音だけがけたたましく鳴り響いてはいる、が。
それ以上に、道路上に大量に散らばったモノへと注意が向いてしまう。
(死体……いや、どうなってるんだ?この死に方は……)
人間の死体やその数など今更どうでもよくなっていたが、それよりも気になったのは、その状態。
周囲を見回すと、ざっと数十人はまるで全身から血を抜かれ、干からびたミイラのようになっていた。
臭いはよく分からないが、服はそこまで汚れておらず、明らかに不自然。さらに近づくと胸元にぽっかりと空いた穴。
まるで、先程映像で見た無人兵器の仕業と見紛うくらいに。
(巻き込まれる、か。これは、最悪だな……)
遺体から離れると同時に、次なる崩壊音。ヘルメットがないと気が狂いかねないほどの耳鳴りであるが、ついに戦闘の中心を捉える。
『その二人』は地上何百メートルかとも思えるような高さにいた。それが当たり前だとばかりに、空中で自在に軌道を変え、機銃のような弾を飛ばし、爆発物を携えた手足で肉弾戦をしかける。
どんな特撮のヒーロードラマでも、かける手間と予算の割に映像が安っぽくなるとされて避けられていた人型同士のドッグファイト。
双眼鏡を覗きこむと、現在の主な攻め手は明理であることを確認。
物理法則を無視してるかのような軌道を宙で描いているが、今は頼もしい事この上ない。
機関銃の様な弾の発射元も彼女であり、速度、火力、制圧力共に、従来のアルク・ミラーと比較する方が馬鹿馬鹿しく思えてくるほどの戦闘力。伊達に未来からの使者を名乗っているわけではない。
これなら優勢か、と胸を撫で下ろしたくなるような思いは、すぐにやって来た違和感によって潰される。
(いやっ、どうして明後日の方向に弾を撃ってるんだ!?)
明理から見て斜め上の上空にユミルはいる。しかし、機銃は正面や後方へばら撒くように発射され、しかも明理自身もユミルから遠ざかっていた。
ユミルは前方上空から手を伸ばしてあっさりと明理の頭部を捉え、再び破裂するような音と、爆発の余波が浩輔の元へと飛んで来た。
「つっ……何が起こってるんだ……?らしくない……」
明理が落下したと思われる地点に、更にユミルが紅い光球を次々と発射する。
先程種明かしをしたのに――と油断する心も、物の見事に打ち砕かれた。
今までの人生の中で聞いたこともないような音と共に、光の玉の周りが一瞬で消滅していく。それは球体の掃除機で空間を丸ごと削り取るかのように、東京の地に次々とクレーターを作り出していた。
明理はすんでのところでその空間の消滅範囲から脱出しており、再び宙へと舞い上がっていく。
戦闘場所がさらに移っていくのを確認すると、浩輔は恐る恐るユミルの攻撃で出来たクレーターへと近づいて行く。半径百メートルはあるクレーターの中心にはなにやら黒い物質。昔読んだSFの本の知識と本能的なもので、絶対に近づいてはいけないことを悟る。
「お、押されているのか……!?」
良くも悪くも絶対であった信頼が脆くも崩れ去る。
力に対する力。
その上のまた上。
もはや青天井。
そして更なる、地震。
明理が再び地に叩き落とされる音。
しかも、今度は追撃とばかりに、落下点へと凄まじい速さで向かうユミル。
浩輔は完全に足が止まっていた。下手に動いてもミンチにされるだけだ。
圧倒的な無力感を味わいながらも、不思議と妙な知恵だけは浮かぶ。
そして、足掻く。
――声を、聴いた。
◇ ◇ ◇ ◇
「――改めて、確認しましょうか」
「…………」
「私は貴方の素性、そしてメッセージを信じます。その上で問いましょう。他に、私に言い残すことは、ありますか?」
「……ない。後はあんたが私の質問に答えるだけだ」
「よろしい」
事実、明理は完全に計算が狂っていた。
自身は少なくとも、この時代から遥か未来の技術で創られている。現地では通用しないとしても、この時代の存在に遅れを取る気はなかった。
――が、
(やべぇぞミューア……お前の師匠、今の時点で滅茶苦茶チートじみてんじゃねぇか……!)
錬金術に関しては途方もない知識を持ち合わせていたとしても、戦闘能力そのものはどうか。経験はそこまでないのではないか。対策を練られる前に速攻で仕掛ければ――。
そんな考えも甘過ぎた。
表情は勿論、声の抑揚からも一切の感情を感じられないが、こうして攻撃を止めて語りかけてくるのも、余裕から来るものとしか感じられない。
「私が初めて貴方と会った時、素直に驚いたのは本当です。私が世に漏らしたはずのない技術を使っていましたから」
「…………」
「故に警戒しました。どこまでの力を持って対応すればよいのかと、ね」
「……本当に、『どこまで手加減するか』ってことに悩んでいたっていうのかよ?」
これは慢心から来るブラフではない。
僅か数分の死合いで、その凄みを明理は全身全霊に叩き込まれた。
「見せることも、使うことも、躊躇われる力というものがあるのです」
「それが、今だってのか……!」
ユミルの全身が再び白い光に包まれる。
明理は思わず身構えるが、相手の全く殺気の感じられない動作に構えた腕が徐々に降りていく。
そして、光が拡散する。
中から出てきたのは、一糸纏わぬ女。
今度こそ、体の大小もない、明理と同じ姿の女。
敢えて言うならケルト系の顔立ちと髪の色。そして、筋肉をあまり感じられない肢体に豊かな乳房。戦闘行為との縁を感じられない、旧時代の女性らしい体つき。
「これが私の本来の姿。……ふふ、何百年ぶりに戻ってみて分かるわ。貴方は本当に良く真似できている。この体の情報……いや、予備の体の情報もあの子には教えていなかったのにね」
この期に及んで全裸を晒すとは。
いよいよもって、戦いの意思すら放棄する姿勢。
「私の本当の名前は、ルクシィ=ミュエイル。ユミルというのは私の仇の名。厳密には渾名だけど」
「なんっ……!」
「私の事が知りたいのでしょう?」
そうであった。
そのために自分は創られたはず。
そうであるが、明理の全身はプログラムされていないはずの凄烈な寒気に襲われていた。
「……知るということは、受け入れるということ。ミューアが創ったというのなら、それを理解しているはずよ」
「なら今、私は……」
「正常な反応だと思うわ」
ユミルは宙に浮いたまま吸い寄せられるように、明理の元へと近づき手を伸ばす。
そして、顔を覆う装甲をすり抜け、羽毛の様な感触で顎から頬へとその輪郭をなぞってみせた。
「私と貴方、姿形は同じ。もしかすると遺伝子すらも同じかも知れないわね。だけど、別の存在であり、別の意思を持つ」
「何が言いたい……!?」
「なら、私と貴方は何が違う?」
脳味噌が撫でられるかの如き感触と共に、明理の視界が揺らぐ。
「ホムンクルスは元々、錬金術の過程の中で生まれた小人に過ぎなかった。あらゆる知識を有していたというけれど、それが『あらゆる知識』なんて断定できる人間など、この世に存在し得るのかしらね」
「知識なんてものは、後付けの連続だ……そうすることでしか、人は進めない……」
「そうね、だったら、人はどこまで人の事を理解しているのかしら……?」
「それを理解しようとする心こそが、あんたのいう錬金術なんだろうが……」
「そう、私の、ね」
するとユミルは、何処からともなく豆粒程度の賢者の石を取り出し、明理の目の前にかざして見せた。
「だけど、この力の始まりも、歴史に残された方の錬金術によるものだった。とある男が作ったこの賢者の石も」
「まさか、その男が、ウルム、か……?」
「そう、ウルム=ミュエイル」
「そういうことか……!」
「いいえ、あなたは、まだ何も見えていないわ。何も……」
突如として、体内の神経という神経が引き抜かれたかのように、明理の全身の筋肉が弛緩する。
続けて、錬装が強制的に解除され、露になった全身から熱が放射されていく。
魂を覗かれているのか、と慌てて心の拒否反応を示した時には、ユミルは既に数メートルほど距離を置いていた。
「ふふ……貴方に、人間とホムンクルスの違いは分かるかしら?何が、どう、異なるのか」
「ここに来て謎掛けかよ……!」
「私の真を知りたければ、答えなさい。重要なのは、貴方が私を受け入れるために、どこまで歩み寄ろうとしたか」
釈然とはしないが、これもまた、対話。
明理は自らの使命であり、存在意義のために、それに乗る他ない。
「ったく……私の答えと、ミューアの答え。どっちがいい?」
「異なるのなら、貴方のものを」
「そうかい」
――自分達はヒトではない。人に創られし存在。
それは、明理の初期の思考回路の中に刻まれた大前提。
だが、そんな自分に芽生えた意思が許されるのなら、堂々と、物申す。
「私から言わせれば――」
素顔を晒した明理は、『鏡』に向かって不敵な表情で笑って見せた。
「人間と私らホムンクルスに『違いなんてない』な。何が、どう違うってんだ」
それは解説ではなく、解答への真っ向からの反抗。
「人の腹の中で創られようが、フラスコの中で創られようが関係ないさ。管に繋がれてないと生きていけない奴もいる。五感を持たない奴もいる。生殖機能がない奴もいる。本能も、感情も、理性も、自由意思も、私らだってそれらを持つことが出来るし、逆に人は全て放棄することも出来る……だったら」
「ふふ……随分と人も舐められたものですね……」
そう言いつつも、ユミルは心地よさそうに両腕で肩を抱える。
「よろしい。次の質問です」
一先ずは合格……表情を崩さない明理の前に、ユミルは不気味なくらいに満面の笑みを見せた。
「……では、今の私は人間でしょうか?」
明理の背筋がまたもぞくり、と震える。
目の前の相手は、期待をしているのだ、と。
「……へっ、あんたも答えが欲しいんだな」
「いいえ、そういうわけではない……一つヒントをあげましょう。この人間の肉体は言わば消耗品。私は魂を移し変えることによって、半永久的に生き長らえることができる」
「『半』永久的に、ねぇ……」
「貴方の答えは、出せそうですか?」
随分と質の悪い謎解き。
しかしこれは、自分の事と違い、相手側の問題。
故に答えは微かに慎重さを含んだものになる。
「あんたは人間……ではないものになろうとしている……じゃあないのか?」
「何故、そう思ったのです?」
「元々人間だった奴が、人になりたい、人として認めてほしいだなんて、そんな甘っちょろい思考をするかよ」
錬金術の行き着く先。果ての果て。
それらから推察される答えは、究極を超えたもの。
――ユミルの目が閉じられる。
「人ではないもの、とは、どういうものだと、貴方は考えますか?」
「それこそ、私らの考えが及ばない存在だ。不老不死やら全知全能やら、知らねーけどよ。それ以上は考えたってどうしようもない。……あんたは、これでも、まだ本気を出してないんだろう?」
「ええ、それは当たりです」
再び、明理の背筋に悪寒が走る。
これは、恐怖から来るものか。
だとしたら、何に対しての恐怖か。
「……回答は、以上ですか?」
ユミルは微笑みかけるように尋ねる。
明理の口が止まる。
これは、宣告。
最後通告。
創られし者ですら、感じさせられる本能。
思考が遅れる。
「……よろしい。さぁ、私の真実です……全身全霊をもって感じなさい」
明理の眼前へ、透き通るような細い指が伸びていく。
抵抗は、出来ない。
訂正も、出来ない。
ゆっくりと指が近づいて来る。
受け入れなければならない――脅迫。
『――後ろだよっ!何をやってるんだっ!』
男の声が明理の脳を強く波打たせ、その反射が地面を蹴り出す動きとなる。足を着く地面が無いと分かれば、瞬時に脚部からの爆発を生み出し、強制的にその場から離脱する。
(視界がっ……!?)
周囲の風景が『割れ』、再び同じ風景が姿を表す。頭を二、三度振って前方の足元を見るが、そこにいたはずの人物は姿を消していた。
声が指し示した通り、後ろにいた。
「なっ……幻覚、か……!」
明理の錬装は解けていない、勿論ユミルも解いていない。
現実と幻想の境を探ろうとするが、それは無意味という結論で終わる。
「ちぃっ、見せかけたのかっ!?」
明理の追及に対して、ユミルは手振りを交えながら明確な否定を見せた。
「いいえ、貴方が私を受け入れようとする意思がある限り、続けましょう……話を」
そう言うと、ユミルはひらりと明理と同じ高さまで飛び上がった。
明理はさらに距離を取る。
そして、意識を張り巡らせた。
(コースケ、近くにいるのか?)
『二人の区別が分かるくらいのところには』
(けっ、この死にたがりめ……)
『明理さんこそ、不味いんじゃないんですか?』
(ああ)
それは、彼女らしくない肯定。
だが、それを認めるのは、面子以上に考えなければならないものがあるから。
『……コースケ、死んでもいいなら、力を貸せ』
(了解)
『次は見捨てるぞ』
(……オーケー)
この時より、浩輔と明理の思考が完全に重なる。
信じるも疑うも無く。
都合のいい夢は全て、残酷な現実となり。
これから為すことが、最後の賭けだという事実を共有した。