そのDragの名はMusic
私はあなたの耳から入り、あなたの目の奥で衝突する。さざなみ。あなたの中に私は広がる。あなたの細胞を一度きり揺らして消える。
その一度かぎりの振動をあなたは覚えていない。
私はあなたの耳から入り、あなたの目の奥で衝突する。発火。小さな火花が視神経の末端に瞬間はぜる。何も焼くことのない火花。あなたの視界をゼロコンマ一秒に満たないきらめきで飾る。後には何も残らない。
あなたはそのきらめきを認知しない。
私はあなたの肌に触れる。不可視の風が、絹幕のように正面からあなたの体に圧しかかる。あなたは揺らがない。幕はもろく、粉々に砕けながらあなたの輪郭に沿って流れ去る。風圧はかすかな余韻だけを残して消え失せる。
あなたの体にはそのかすかな重さだけが残る。重さは私があなたに触れたその瞬間から薄れてゆく。
私はあなたの耳から入る。あなたの肌に触れる。私はあなたの中に広がり、爆ぜる。
私はあなたの心に触れる。私のすべてで触れる。あなたの皮膚をすり抜けて内へ沈み込み、細胞を震わせながら全身に拡散し、反響し、収束し、その最奥であなたの心臓を私の真中にやわらかく包み込んで捉える。あなたの心臓は私に触れ、その質量を感じて僅かにこわばり、跳ねる。ひとつの鼓動。ひとつの血の巡り。血流があなたの全身に熱を運ぶ。あなたは、あなた自身の知らない自我の底で静かに動き出したものを認める。
あなたは私を聞き、私はあなたの五感の中に侵入した。
私はあなたの耳から入り、あなたの目の奥で衝突する。何度も、絶え間なく。繰り返す。あなたの目を奪う。あなたの視界を火花で満たす。衝突は衝撃である。私はあなたを内側から揺らす。さざなみは繰り返し押し寄せさながらに鼓動である。あなたの心臓は私に握られている。あなたの心臓は私の揺らぎとともに揺らぎ、私のうねりとともにうねる。血流に私がにじんでいく。あなたの意識は円錐状に鋭く研ぎ澄まされていく。私の来るほうへ。私の生まれるところへ。
揺らぐ。揺さぶる。揺れる。あなたの全身に私が巡っている。
あなたの体は揺れ始めている。酩酊するように目を細め、あなたは私に酔いしれていく。全身の筋肉が熱を帯びている。芽吹き。あなたの自我の底で生じた高揚と衝動が殻を破る。あなたの手は徐に伸び上がり天へと差し伸べられる。曖昧に伸びきらない指先はゆるく脱力している。あなたはその手を私に委ねる。
揺れる。私の鼓動をあなたの手が刻む。
私が揺れ、あなたが揺れる。わたしが揺さぶり、あなたが揺さぶる。波は伝う。私は何度でも押し寄せる。絶え間なくあなたに注ぎ、あなたの中に熱を生む。熱はあなたの内だけにとどまらない。あなたが揺れ動くたび、あふれた熱が私と溶け合う。私をいだいた血流があなたの中で巡り、あなたの表現する熱が私の中に広がる、脈打つ。境界が溶ける。曖昧になる。あなたと私の両方が息をしている。歌っている。生きている。
私たちは大きなひとつの音楽になる。
揺らぎは情熱を帯びてうねりへ。うねりはさらなる高みへ。今やあなたは熱狂にすべてを委ねている。揺れてうねって私に酔いしれる。私を表現する。私たちは大きな一つの音楽になり、細胞のひとつひとつまで震わせる。衝動は絶え間なく突き上げる。生じては消滅する火花が、さざなみが、連続的にあなたのすべてを掌握する。
あなたは私になり、私はあなたになった。
恍惚。
あなたが私を奏でる。肉体に押し込められていたあなたの熱狂が殻を破って迸る。
踊れ。
fin.




