従者の告白
勇者の従者ほど苦しい立場はありません。
何せ、全てを知りながら黙っていることが求められるのですから。
「魔王討伐の命令が来たよ」
主様の言葉を聞いて私は思わず両目の色を失いました。
「そんな。冗談でしょう?」
「いや。本当だ」
そう言って主はひらひらと王からの手紙を私へ見せました。
受け取り読み込むとそれは確かに魔王討伐の命令でした。
「こんな時代だ。少しでも誰かに縋りたいんだろう」
「ですが、主様はもう七十の坂を超えております」
「あぁ。君と同じように」
「剣も満足に振るえませんし、魔法だって使えません」
「あぁ。君と同じように」
それなのに討伐を命じられるなんて。
「当代の勇者たちが全滅したのだ」
「だからといって、主様に勝てるはずは――」
私の言葉に主様は笑う。
「随分とはっきり言ってくれるな」
「どうせ、今は二人きりです」
主様が『先代』の魔王を討伐したのはもう五十年も昔のことです。
暗黒の時代を終わらせた主様はそれはそれは称えられました。
様々な絵が描かれました。
主様の雄姿をこれ以上ないほどに描いておりました。
様々な歌が歌われました。
主様の雄姿をこれでもかと言うほどに歌詞に込めておりました。
たった独りで勇者は魔王を打ち倒しました。
――嘘です。
主様の隣には私がおりましたから。
あらゆる敵を勇者は打ち払いました。
――嘘です。
だって、私と主様は……。
「当代の勇者たちは馬鹿正直に正面から挑んだと聞く」
主様はもう着替えを始めておりました。
今日中に旅立つつもりなのでしょう。
「当然でしょう。『先代』の勇者を称える歌は全て正々堂々としたものでしたから」
私もまた着替えを始めておりました。
何せ、私は主様の従者ですから。
「積極的に否定をしなかった僕らの罪とも言えなくはないか?」
「……どうでしょう」
実のところ、主様は先代の魔王を倒したのは事実ですが、その方法は絵や歌で語られるような正面突破ではなく暗殺でした。
「実際には寝込み襲ってそのままざっくりとだったのにな」
「しかも私と二人がかりで」
主様が笑うので私も笑いました。
そう言えば魔王討伐直前もこうして二人で笑いましたっけ。
きっと、失敗するから今だけは二人で笑っていようって――。
「とりあえず若さがあった当時と違い、僕らにはもう若さもない」
「代わりに老獪さはある……なんて思いたいですがね」
そう言って着替えを終えた主様の恰好を見て私は笑いました。
「なんですか、その恰好は」
「いや、今の魔王は魔術の収集に熱心だと聞いたからな」
「それで世捨て人まがいの魔法使いの恰好ですか」
「とりあえず、近づかなければ話にならないしな。魔王が興味を持って話しかけてきたならこっちのもんだ」
その通りでしょう。
今回の魔王は魔術を集めるのに異様な執着を示しており、魔族どころか人間にも積極的に声をかけていると聞きます。
それを知る偏屈な魔法使いたちの中には自ら魔王の下へ行く者もいるとさえ。
きっと、そこから人間側の情報も相当流れているのでしょう。
「そんなにうまくいきますかね」
「そんなことを言う割には君もばっちり魔女の恰好をしているじゃないか」
「主がそんな恰好しているんですから、私だけ普通の恰好をするわけにはいかないじゃないですか」
「――にしても、君、その恰好似合いすぎないか?」
「あなたには言われたくありません」
二人でくすくす笑います。
これから命がけの戦いに向かわなければならないのに悪戯好きの子供みたいな雰囲気です。
「ですが、今の私達では近づいたところで魔王を殺す術なんてありませんね」
「あぁ。だからこれに頼る」
そう言って取り出したのは劇毒。
昔、魔王退治に行った途中で手に入れたもので、本来なら先代の魔王に使う予定のものでした。
先代の魔王が毒に強い耐性を持つと聞いてから使うのはやめてしまいましたが。
「それ、まだ取っていたんですか」
「いつか役に立つかなぁって思っていてね」
「ろくなこと考えませんね」
「君も知っての通りさ」
どこからどう見ても老魔法使いと老魔女である私達。
そんな私たちの、きっと最後となる冒険が今、始まります。
「さて。悪いね。巻き込んでしまって」
「お気になさらず。私はあなたの従者ですから。生きていても、死んでいても」
主様の笑顔が眩しいです。
もうしわくちゃですけれど、この顔を見るたびに思います。
この方の従者で良かったって。
「それじゃ、行こうか」
「はい。かしこまりました」
若い頃、何度もしたやり取りと共に私たちは旅立ちました。
――杖を持ちながら。
お読みいただきありがとうございました。
二人はその後、見事大義を果たして幸せな余生を送ったようです。




