スキル借金回収人
借金で苦しむ人を助けながら、主人公も自分の借金を返していく……いわゆる「Win-Wン」な話です。
パン一斤、銅貨一枚。
銅貨百枚、銀貨一枚。
銀貨百枚、金貨一枚。
金貨百枚、スキルポイント1。
つまりスキルポイント1で、パン一万斤。
3,247,800SP。
パン324億斤。この街のパン屋が3000年かけて焼く量。
俺の首には、事実上「人類の歴史より長く働け」と書いてある。
「レント・カーネギー。火魔法Lv4、延滞14ヶ月」
受付の女が無機質に読み上げる。
「元本470SP、複利月10%――総額1,750SP。お預かりします」
指を鳴らされる。
右手から、音もなく炎が消えた。煙も、熱も、焦げ跡も。Lv4まで育てた火魔法が跡形もなく消える。
隣の席では治癒魔法を取られた女僧侶が床に泣き崩れている。
向かいでは剣術Lv3を奪われた戦士が「ふざけんな」と叫んでいる。
誰も止めない。
これが女神銀行のルール。借りたものは返せ。返せなければ奪う。奪われた者はただの負債者になる。
俺は右手を見下ろした。
火傷の痕すら消えている。3年間、毎日鍛えてきた感触がゼロになった。
膝が震えた。自分でも意外だった。こんなに簡単に価値が消えるんだ。
は、と笑った。泣くよりマシだ。
---
組合の宿。壁のない四畳半。月租50SP。今月分はもう払ってない。
ベッドに倒れ込む。天井の染みがじっとりと広がっている。
視界の端で何かが動いた。
壁に貼ってあった火魔法の認定証。紙くずになったそれの余白に、文字が浮かんでいる。
『あなたは3年前、ここに血の署名をした』
記憶が戻る。
そうだ。火魔法を借りるとき、証書の端に親指を切って押した。絶対に返してみせる、と念じながら。
その血が今、光っている。
『債務整理機能、起動』
次の瞬間、世界が白く塗り替わる。
無限に続く廊下。壁には無数の数字――スキルの元本と利息の履歴。天井には巨大な残高。
3,247,800SP。
『起動条件――債務者が“本当のゼロ”になったとき。あなたは今、何も持っていない。だからこそすべてを変えられる』
声は幼い。少女のように澄んでいる。
「誰だ」
『リコ。元・女神銀行システム管理者。現・債務者の味方』
「元」
『追い出されたの。貸しすぎて、回収できなくなって』
それで俺に何をさせたい。
空中にパネルが現れる。
債務整理モード
・対象の債務を引き受ける(買値:債務額30%)
・スキル分解→再構成(手数料20%)
・整理完了で忠誠度獲得
『あなたと同じ借金地獄の人を助けて。スキルを回収して再構成する。あなたの債務は減り、相手は自由になる』
「で、お前の得は」
リコの声が初めて揺れた。
『私にも負債があるの。あなたの成功が私の返済条件』
なるほどな。
俺は数字を見上げる。
「最初のターゲットは」
『提示する』
フィリア・ノースブルグ
元A級冒険者・現奴隷
債務12,800SP/所有スキル:治癒Lv5、聖女の祝福
市場価格50,000SP/現在価格8,000SP
備考:あと3日で教会に売却
「聖女の祝福」
『女神から直接付与された希少スキル。この世界に12人。教会は彼女たちを“聖遺物”として飼う。祈りを強制し、スキルを搾取する』
飼う、ね。
パネルを睨む。
「買う」
『資金は』
「お前が貸せ」
長い沈黙。
『月5%複利なし。これが限界』
「交渉成立」
---
奴隷商グレイマーケット。
鉄錆と汗と諦めの匂い。
檻の中の奴隷たちは全員、首に細い鉄環――スキル封じの針金のようなそれをはめられている。あれがあるとスキルは使えない。外すと暴走する。
「おう、レント」
店主ガッツ。歯が三本抜けている。
「火魔法取られたってな。借金の相談か。それとも売られる準備か」
「フィリア・ノースブルグを買う」
ガッツの笑顔が消える。
「8,000SP出せるのか」
カウンターに融資証書を叩きつける。女神銀行の刻印。偽造不可能。
ガッツの顔色が変わる。
「な、なんで銀行が――」
「売るのか売らないのか」
奥の檻から銀髪の女が連れ出される。
フィリア・ノースブルグ。
紫色の瞳はどこも見ていない。諦めきった目。でも――。
左手の薬指。他の指は伸び放題なのに、そこだけ爪が短い。
何かを掴もうとした痕跡か。それとも。
「フィリア」
名前を呼ぶ。眉が一ミリ動いた。
生きてる。
「鉄環を外せ」
「は?正気か。こいつは元A級――」
「債務整理をする。スキルが必要だ」
ガッツが唖然とする。俺は許可証を掲げる。銀色の光。
「な、なんで一般人が回収人の資格を――」
「昨日から肩書が変わった」
フィリアの前にしゃがむ。
「お前の債務12,800SP、俺が買い取る。スキルは担保。その代わり――」
鉄環に手をかける。
「3ヶ月、俺のために働け。完済すれば自由だ」
カラン、と乾いた音。
鉄環が外れる。フィリアの身体から金色の光が溢れる。治癒魔法のオーラ。首元に新しい刻印――三日月と天秤。債権者はレント・カーネギー。
彼女は俺を襲わない。できない。債務整理契約の効力だ。
「うそ……」
フィリアが自分の手を見つめる。震えている。
『債務整理完了』
獲得12,800SP/手数料▲2,560/純利益10,240SP
忠誠度65/あなたの債務残高3,239,560SP
「立て」
手を差し出す。
フィリアは自分の手を見てから、ゆっくりとそれに触れた。
指が冷たい。でも握り返す力は意外に強かった。
「なぜ私を」
「不良債権を買っただけだ」
「それ以外の理由は」
目をそらさない。
「教会がお前を飼うのが気に入らなかった。それでいいか」
フィリアの口元が初めて動いた。
笑ったように見えた。
---
そのときだった。
馬の蹄の音。複数。
ガッツが窓を覗いて顔を青ざめさせる。
「な、なぜここが……」
銀色の鎧。マントの三日月と天秤。教会騎士団――女神の番犬たち。
「フィリア・ノースブルグは教会の資産だ」
先頭の騎士が馬から降りる。仮面の下の目が冷たい。
「債務整理士とやら。その権限、誰が許可した」
俺はフィリアを背にかばう。
「女神銀行だ。文句は銀行に」
「銀行は女神の機関。お前のような蟲が――」
騎士が剣を抜く。刃にはスキル封じの刻印。
『レント。戦闘力ゼロ。逃げて』
「逃げる場所があんな」
『ある。地下――違法スキル市場への通路』
フィリアの手を強く握る。
「走るぞ」
「え――」
「いいから」
ガッツのカウンターを蹴り飛ばす。裏手の扉。地下への階段。
背後で怒号。
「捕らえろ。生かして帰るな」
フィリアがつまずく。俺は腕を引っ張る。暗闇の中、手探り。
『左』
壁に手を当てる。隠し扉――開く。
飛び込む。
その瞬間、床が崩れた。騎士の剣が光る。
「ちっ」
扉が閉まる。完全な暗闇。
フィリアの荒い息。俺の心臓の音。
「はあ……はあ……あなた、まさか――」
「ああ。これで俺もお前も教会のお尋ね者だ」
暗闇の中で彼女の手が震えている。
でも離さなかった。
『目的地まであと200メートル』
リコが静かに言う。
『その先は――あなたたちの借金次第』
フィリアが暗闇の中でささやいた。
「教会を潰すのを手伝って」
「何」
「それが私の利息。あなたが私の借金を買ったなら、私はあなたのために祈る。でも――」
彼女の手が強く握り返す。
「いつか私の借金をチャラにしたら、そのときは私の願いを聞いて」
俺は笑った。
「交渉成立。ただし――」
暗闇の中で前に進む。
「金利は高いぞ」
読了ありがとうございました。
あなたの「時間」というスキルを、この物語に投資していただき、感謝します。
もし少しでも「面白かった」と思えたなら——ぜひ☆やブクマで、その“利息”をお支払いください。
では、またお会いしましょう。




