記憶の欠片 Ellia
「でねでね、ここであたしは魔女に助けられて」
夕日で顔を真っ赤に染め、エリア・マリンは手書きの絵本をゆっくり閉じる。
「……って感じで終わり! どう?」
「うん。いいと思うわ」
その相手は二人の少女だった。評価をした方はエミリア・マリアンヌといい、エリアより六歳年上の姉の様な人間だ。
「エリアちゃん、もっと聞かせてよ」
そう言ったのはジュリナ・マリアンヌ。
エミリアの妹で、エリアと同い年の可愛い少女だ。
二人とも、エリアより先に、ベリーズの家に住んでいる。
この姉妹は元々リフィール村の住民ではないらしいが、そのことについては誰も言わない。
と言うより、口止めされているようにも見えた。
エリアは物心付いたときから乳母ベリーズと一緒に住んでいた。
なので、ベリーズを本当の母の様に慕っている。
「エリア」
突然エミリアが深刻そうな顔を向ける。
「今夜ね、この村を出て遠くの学校に行くことになったの。だからね、もう会えないかもしれない」
「えーっ!?」
エリアが大声をあげると、エミリアがとっさにエリアの口を塞ぐ。
「このことはお母さん、いえベリーズには内緒にしてちょうだい」
ジュリナはこのことを知っているようで、寂しげに俯いている。
「でも、この村から出られるの?」
「私もそれ思った」
エリアとジュリナの頭に浮かぶのは、ベリーズの怒った顔だった。
ある日、遊びながら知らず知らず村を出そうになった時、ベリーズは物凄い顔をして、
『村から出たら、どうなるか分かってるんでしょうね!?』
と怒った。
ベリーズの手には拳銃が握られていた。
エリアは見ていなかったが、他の二人は拳銃に気づいていたそうだ。
エミリアは殺されたくないからと、エリアに何度も言いながら、二度と村を出ないと誓った。
だが、エミリアは危険を冒してまで村を出る決意をしたらしい。
「実はね、わたし魔術を覚えたの。上手くいけば出られる」
「まじゅつ?」
まだ幼い二人には、魔術の意味が分からなかった。
夜中の0時。
エリアは毎日物語の真似で、この時間にお祈りするために起きていた。
また、エミリアが出発するのも0時だったので、いつも寝ているジュリナも起きていた。
「本当に大丈夫なの?」
家の前でエリアが聞くとエミリアは笑って、
「大丈夫よ」
と答えた。
何も言わないジュリナは悲しそうな顔をしている。
まだ村に残らないといけない彼女の頭を、エミリアが優しく撫でる。
「ジュリナ、この際だから言っておくわ。わたしは異界という世界の首都、マリアンドの皇王の娘なの。でも、あなたはわたしとは一切血は繋がっていない。ベリーズによって作られた偽りの姉妹なの」
「えっ?」
「異界には、わたしの両親がいる。でもあなたの本当の親は、もうどこにもいないわ」
意味の分からない言葉ばかり言われて、ジュリナは首を傾げている。
それを気に留めながらも、エミリアはエリアに顔を向ける。
「エリア、あなたの両親についてはわたしもよく知らないの。でも、家族の居場所を知らないまま、この村を出ようと思ったら死ぬわ。だから、今は我慢して、村にいなさい。あれだけ祈っているのだから、いつか魔女はあなたを助けてくれるわ」
「うん、分かったよ」
エミリアは、エリアの母が既に殺されたのを知っており、エリアの姉が現在の皇帝だということも知っていた。
それに、村の教会にある塑像がその母を模ったものだということも、知っていた。
だが、幼いエリアにそこまで言う気にはなれなかったので、今はいるかも分からない魔女を信じることにした。
「明日ベリーズにわたしのことを聞かれたら、自殺したと言っておいて。あなたたちを巻き込むわけにはいかない」
「エミリア……」
「それじゃ、元気でね。わたしはいつか、あなたたちに会えると信じてるから」
そう言って、エミリアは入り口に向かって歩き出す。
危険を冒してまでエミリアが遠くの学校、異界魔法学校に行かないといけない理由は一つしかない。
エミリアが誘拐される前のマリアンドは、大きな奴隷国家だった。
毎日マリアンドのあちこちで奴隷国家反対のデモが起こった。
そのデモを企てたのは、ジュリナの両親だった。
当時マリアンドの皇王だったエミリアの祖父ルークは、奴隷国家を反対するエミリアの両親によって殺され、マリアンドの奴隷国家は幕を閉じた。
だが、事件は起こった。
ジュリナとその両親がマリアンヌ家に来ていた夜。
エミリアとジュリナは親の目を盗んで、家を出て夜の街に出た。
夜の街に興奮する二人の前に現れたのは、拳銃を持ったベリーズとリフィール、メイラン王国王女メイリンだった。
エミリアが悲鳴をあげると、家からジュリナの両親が駆けつけた。
だが、その両親の左胸に、突然黒い棍が刺さった。
犯人はこの三人ではなく、偶然その場所に居合わせた無差別殺人機械、悪魔皇帝だった。
悪魔皇帝には敵わないと思ったのか、三人は逃走を始める。
その後ベリーズに縛られた二人は、成す術もなく原界に連れて行かれた。
エミリアはいつか村を抜け出して、強くなって、あの悪魔皇帝を倒す、と決めた。
その夢が叶うかもしれない。
悪魔皇帝がエリアの姉なので少し抵抗があったが、ジュリナの両親の仇をとるためなら、抵抗を気にするわけにはいかない。
エミリアはそんな思いを秘めて村の門の前に立った。
家の前に立っているエリアは、ジュリナと一緒にエミリアの無事を祈っていた。
「ねえ、エリア」
「なに?」
ジュリナは一度涙を拭って、
「どうして私とエミリア姉ちゃんが誘拐されたんだろ」
と、尋ねる。
「それは多分、ママに聞かないと分かんないよ」
エリアも誘拐の理由を知りたいのは山々だったが、今は考えても仕方ないことだ。
「そうだよね。じゃあ、寝ようか」
「うん」
二人は家に戻って自分のベッドに入る。
エリアはすぐに寝たが、ジュリナは眠れず、起きていた。
それから何分後だろうか。
エリアは何度も鳴り響いた銃声に起こされた。
起き上がって横を見ると、ジュリナの姿がない。
「ジュリナちゃん!」
焦ったエリアが部屋を出ようとすると、扉が開かない。
外側から鍵がかかっているらしい。
ベリーズの仕業なのだろうか。
「開けて! ママ!」
叫びながら、扉を何度も叩く。
だが、返事はない。
ベリーズは一体何を考えているのだろう。
その疑問がエリアの頭を何度も過ぎる。
ジュリナは何処へ行ってしまったのだろう。
エミリアは村を出られたのだろうか。
いろいろ考えるうちに怖くなったエリアは、ベッドに潜り込んだ。
翌朝。
外が騒がしい。
エリアが窓から顔を出すと、下には小さな棺桶を運ぶ村人たちがいた。
彼らは教会に向かっているようだ。
「エリア、朝ごはんできたわよ」
後ろからベリーズの明るい声が聞こえた。
エリアが後ろを振り向くと、笑顔のベリーズが立っている。
毎朝の風景だったが、何かが違う。
べリーズの服に、少量の血がついている。
「ママ、それどうしたの」
ベリーズの服についた血を指差して、エリアは尋ねる。
「ああ、これ? さっき野菜を採りに行った時に転んだのよ。痛かったわー」
笑顔のままベリーズは血を手で隠す。
例え転んだとしても、ベリーズの服は重ね着だ。
あんなところに血がつくわけがない。
それに、村人が運んでいた棺桶。
ジュリナぐらいの子供がかろうじて入るぐらいの大きさだった。
全てを悟ったエリアは呼吸を整えて聞く。
「ジュリナちゃんはどこ?」
「ジュリナはね、旅に出たの」
「旅?」
「ええ。ヘヴンという国に行ったのよ」
後にクレイエル帝国で、ヘヴンが天国だという意味を知ったエリアは、泣きながら物語を綴った。




