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Darkness Empire  作者: 豹牙
過去編 狂ったモノ
34/36

記憶の欠片 Abyss

「僕があいつに負けるのは絶対に嫌だ! エミリアは僕が……!」

 魔法学校のトイレでアビスは叫ぶ。

「大体僕はオカマじゃない! シュンっていう人より弱いわけじゃない!」

 注意して以来、アビスは三人組にオカマ呼ばわりされ続けていた。

学園最強の三人組は魔術を使わず、暴力を武器としていた。

主に魔術や弓を使って戦い、体術をほとんど使わないアビスが敵う相手ではなく、向かっていっても返り討ちにされるだけだった。

しかし、それは突如現れた新入生シュンの手によって終わった。

それから時が経つのは恐ろしく早かった。

もう一年も経とうとしている。

 シュンは三人組を相手にして、脅える反応は何一つしなかった。

三人が殴って来ても恐れるどころか笑って、倒した。

そして、自分が戦った相手の中で一番弱いとまで言った。

 確かに彼は強い。

アビスが思うに今まで見た生徒の中で一番強い。

だからエミリアは惚れたのだ。

だが、これにアビスは納得いかなかった。

「誰よりも彼女に愛情を注いでいたのは僕だ! それが負けるなんて! ありえない!」

 アビスが鏡を見ると、涙目の自分が映っている。意気地無しの自分が、女にしか見えなくなった。

「もし僕が女装したらエミリアは振り向いてくれるかな?」

「あいつに惚れてんのか?」

 後ろから声が聞こえた。

アビスがはっとしてトイレから出ると、シュンだった。

「聞いてたの!?」

「そりゃあんな大声で言ってたら聞こえるだろ」

 アビスは恥ずかしくなって赤面する。

「もしかして俺が聞いちゃいけねえってやつだったか」

「う……だって僕、君のこと思い切り言っちゃったよ」

「別にいい」

 てっきり殴られるかと思ったアビスは少し安心した。

「明日から、成績優秀者の講習に行くんでしょ? 場所は確かクレイアルウォッドだよね。あそこは特別な結界が張られていて、大魔法使いやクレイエル皇族がいないと入れない。まあ大魔法使いであるキリアル院長がいるから入れるけどさ。

 最近は人型をした影が墓参りしにきた人を襲ってるとか。多分その影の討伐だと思うけど」

「ああ、面倒で仕方ねえ」

「君は凄いよ。だって、強いし格好いいし、頭もいい。僕なんて敵わない」

 アビスはシュンを褒めるが、まだ彼に対する対抗心は消えない。

「ねえ、君が苦手なことってないの?」

「何でそんなこと聞くんだよ」

「いいから!」

 彼の苦手な分野で、勝ちたい。

アビスはそう思っていた。

「苦手なこと?」

「例えば、料理とか!」

 シュンは考えている。

料理はアビスの得意分野であり、料理の腕では誰にも負ける気がしない。

もし彼が料理をできないのなら、アビスの勝ちとなる。

だが、

「俺はガキの頃におふくろが死んで、親父は異界で行方不明になった。その後は弟が死んで、一人暮らししてたな。だから料理は一応できる」

 さりげなく悲しい過去を話されて、アビスは何も言えなくなった。

家族をこんなに早く失うなんて、想像もできない。

アビスは、自分の家は恵まれていたのだと改めて思った。

両親は優しく、アビスが我が儘を言っても笑って接してくれた。

料理も教えてくれた。

その両親は、今も家で一緒に暮らしている。

それに比べてシュンはきっと、家族に甘えるという言葉を知らないのだ。

何もかも一人でやってきて、頼る人間は必要ないという感じだ。

これ以上料理のことを話すのはやめよう。

アビスはそう思った。

「じゃあ何が苦手なの?」

「そうだな……あんまり話したくなかったけどな、俺は水泳が苦手だ」

「水泳、僕も嫌いだよ」

 彼が水泳を嫌うのは意外だったが、アビスも泳げないことには変わりない。

だから勝負はできない。

アビスが次の質問を考えていると、

「お前さ、俺と張り合ってんのか?」

 シュンが笑って聞いてきた。

「えっ」

 図星だった。

アビスはエミリアを奪われたくないという思いから、いつのまにかシュンと勝てることで勝負しようとしていたのだ。

「ったく、男なら武術や魔術で戦って勝とうと思わねえのか? そんなくだらねえことで勝負しても現状は何も変わらねえぜ」

「そうだよ。僕は一応男だけど中身は男じゃない」

「は?」

「戦闘では何もせず脅えて、誰かに守ってもらっているくせに、自分のできることだったら出しゃばって勝とうとする卑怯者。それが僕だ」

 アビスの話を聞いたシュンは呆れている。

本当のことだから仕方ないとアビスは思う。

「じゃあお前は一生そのままでいいのか?」

 シュンはアビスを睨みつける。

アビスはそれだけで恐怖感を覚えた。

それでも事実なのだから、と思うアビスは言い返す。

「嫌だよ! 僕だって君みたいに強くなりたいよ! でも無理なんだ!」

「何で諦めるんだよ」

「僕が誰よりも守りたいのはエミリアだよ! だけど、大切な人を失う悲しみを知らない僕には、戦う理由なんてなかった! だから強くなれないんだ!」

 と言ってアビスは泣きだした。今まで泣いたら許してくれる人がほとんどだった。

もう泣くのが癖になっている。

だが、シュンに慰める気はなさそうだ。

「戦う理由がねえと強くなれねえのか? じゃあもし俺が、エミリアやお前の身内を殺したらどうする?」

「えっ?」

 アビスは目の前の男が何を言っているのか、と疑った。

だが、冗談に聞こえなかった。

「それでもお前は泣いて諦めんのか?」

「君がエミリアを殺したら、僕は君に立ち向かうよ! 負けるのは分かってるけど」

「エミリアか……俺はあいつ嫌いだけどな」

 アビスは、抱きつかれたのに嫌いと言う神経が信じられない。

自分だったら絶対に喜ぶだろう。

「どうして?」

「エミリアの話を聞いたけどな、皇王の娘っていう権力に溺れているようにしか見えねえよ」

「エミリアを否定しないで!」

 アビスが突然怒ったので、シュンは若干驚いている。

「否定するのだったら、僕と戦って!」

「さっき俺に負けるとか言ったお前が?」

「武術館に来て練習試合して! 君と戦ったらふっきれそうな気がする!」

「まあ……別にいいけど」

 アビスはシュンの腕を引っ張って走る。

すると、

「あっいた!」

 廊下を歩いていたエミリアが二人を呼び止める。

「どうしたの?」

「これ!」

 そう言ってエミリアは手に持った新聞を二人に見せつける。

記事には大きな文字で『クレイエル帝国皇女帰還』と書いてある。

そして、写真には茶髪の女の子が写っている。

 異界の新聞は、写真が動画になっていて、再生ボタンを押すことにより、動画が再生される。

今の異界では普通のことだが、シュンは初めて見るような目をしている。

「この動画を見てちょうだい!」

 エミリアに言われてアビスが再生ボタンを押す。

写真の女の子が動き出す。インタビューを受けているようだ。

『つまり、クレイエル帝国の悪魔皇帝がエリア様を?』

『うん。でも姉さんは悪魔なんかじゃないよ!』

『では、皇帝陛下は何処へ?』

『姉さんはマリエの墓に行くって言ってたけど』

『マリエとは、二代皇帝陛下のことですか?』

『多分そうだと思う』

『困りましたね。マリエ様の墓は異界のクレイアルウォッドにあるので、私たちが皇帝陛下を探すことはできないですね』

『あたしも心配なんだけど……』

 そこで動画は終わった。

「びっくりしたわ。まさかエリアが帰ってきたなんて」

「でもさ、クレイアルウォッドって今危ないんじゃない? 明日シュンが行くみたいだけど」

「わたしは悪魔皇帝がこんなところで死ぬとは思わないけど」

 エミリアとアビスが話していると、階段を下りてきたキリアルが三人に気付く。

「シュン! 今からクレイアルウォッドに行くぞ!」

「えっ何でだよ」

「いくら悪魔でも、あそこで皇帝陛下を死なせるわけにはいかないのだ。クレイアルウォッドはわしの土地でもあるからな」

「分かった。アビス、試合できなくてごめんな」

「いいよ。僕は大丈夫だから、気をつけてね」

 シュンは軽く手を振ってキリアルと共に階段を下りて行った。

「ねえ、彼が探している人って誰なのかしら?」

 静まり返ってから、エミリアはアビスに尋ねる。

「まだ考えてたの?」

「だって気になるじゃない」

「これで悪魔皇帝だったらエミリアどうする?」

「ない! いくら彼でもそれはないと思うわ」

 エミリアは悪魔皇帝を嫌っている。

具体的な理由はない。

ただ、気に食わないだけだろう。

「そういえばアビス、わたし魔界史のテストでいっつも忘れるんだけど、悪魔皇帝の名前ってなんだっけ? これシュンくんも分からなかった問題らしいわ」

「確かシャルル・ヴィスティア・クレイエルじゃなかった? 男みたいな名前だよね!」

「忘れるのよ! 皇族って名前が長すぎるのよ! 今すぐにでも忘れそうよ!」

「ははっ可愛いねエミリア。抱きしめたいぐらいだよ」

 そう言ってアビスはエミリアを優しく抱きしめた。

「えっ!? ちょっと!」

「僕だって男なんだよ?」

「べ、別にいいけど! なんで廊下なのよ! もっといいところなかったの?」

「いいじゃん。僕、シュンに怒られて分かったんだよ。逃げてばかりの卑怯者じゃ、駄目だって。だから行動で示していこうかなって思ったんだよ」

「ふーん。まあ、シュンくんが言ってたのならそれでいいんじゃないの? それで、あなたは行動で示してどうするの?」

「決まってるよ。明日から僕、女装する!」

 エミリアは最初黙っていたが、アビスの言った言葉の意味をやっと理解し、

「はあああっ!?」

 と大声で叫んだ。

過去編二話はアビス視点で書きました。

ちょうど本編十章の前の話です。


次話は『記憶の欠片 Setsuna』です。

一度魔法学校から離れます。



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