最強の快感
29章 最強の快感
「家族全員を失った人を見るのが夫の趣味であります。これには自分も困るのであります」
「わしらは、あの騒ぎを利用して騎士団から脱走したのだ」
いつの間に結婚したのか。
そんな事を考えている暇はなかった。
「お前らは知らなかっただろうが、わしらは夫婦となったのだ。はははっ!」
「今までのことを種明かししませんか? さっきからこの二人が、怖ぁい顔で見てくるのであります」
と、デュアルはキリアルに提案する。
それに対しキリアルは笑って頷いた。
「そうだな。矢を射た男を殺したのにどうしてまたこの矢が飛んでくるか、知りたいのだろう?」
返事はない。
それでもキリアルは話す気満々の様だ。
「全てはわしの世界を作るための過程に過ぎなかったのだ」
「俺たちの家族を殺すことが過程だったって言うのか?」
瞬矢は少し怒りが籠った声で言った。
「そうだ!」
キリアルはそう言ってまた笑いだす。
「わしらの世界を作るのに邪魔だったのは」
「大きな権力と、強さを持つクレイエルの皇族と」
「デス=クルーエルの正統な血をひく暁月の家族。この二つの家系だ。最悪な事に、この二つの家系は父親同士が仲良く、子供が二人ずついた。だからいろいろ考えた」
キリアルはデュアルの肩に腕を乗せると、また話し始める。
「まずわしは原界の殺し屋の男を雇い、暁月の子供を殺せと言った。もちろんそれは母親が庇うのを想定した結果。これは稜とユーリを旅立たせ、奴隷とし邪魔できないようにするためだ」
「なっ」
「その何年か後に殺し屋に刹那を誘拐させ、組織を作らせた。嘘をついたらあいつはわしのために本当によく働いたよ。どこかの冷酷兄だったら失敗してたかもな。まぁ殺し屋がお前に殺されるのは意外だったが」
「それと同時に私は、クレイエルの妖精を操って転送魔の封印を解き、妹の方を地球に転送するように命令したのであります。二代皇帝が幼い姉に殺されたのも意外でしたが。その後、私は姉と妹が再会した頃に強さを確かめに行きました」
「だが、まさか魔法学校の成績優秀者がお前だったとはなぁ。いくら異界に溶け込むためとはいえよく騙してくれたな。まあそれも無駄なことだったか。はははははっ!」
「あははははっ!」
二人の笑い声が小さな丘に響く。
「さて、先に死ぬのはどっちでありますか?」
デュアルが槍を持って歩いてくる。
「瞬、丘を降りて刹那かアビスのどちらかを連れてこい」
シャルルは小声で言った。
「コーネリアと魔物、連続で戦って傷だらけだろう? このまま戦ったら死ぬのが結末だろう」
「お前っ」
「そんなに戦いたいのならさっさと行って帰って来い。いいな?」
正面からデュアルの槍が勢いよく振り下ろされる。
二人はそれを同時に避ける。
「絶対死ぬなよ」
キリアルが魔術を詠唱しているのを指で伝えてから、瞬矢は丘から飛び降りる。
かなり落差があった。
普通の原界人なら死んでいるだろう。
でも着地しても痛くも痒くもない。
降りた先には、魔物の全滅を喜ぶ人々がいた。
魔法学校の制服も何人か見かけた。
シャルルは刹那かアビスを連れてこいと言っていた。
そのうちの一人アビスが家族と笑っているのが見えた。
エリアに治療してもらったらしく、傷も見られない。
「アビス、よくやってくれたな! お前は私たちの誇りだよ!」
アビスの父親はアビスを褒める。
「ママ、パパ、ボク頑張ったよ!」
両親に抱かれてアビスは笑っている。
気付かないふりをして通り過ぎようとした。
「あ、瞬!」
しかしすぐアビスに気付かれた。
「ねえパパ、あの瞬がね、ボクを守ってくれたの!」
「そうなのか? ならお礼を言わないといけないな。アビスを守ってくれてありがとう」
父親はそう言って頭を下げる。
「瞬、どこ行くの? もし暇だったらボクの家でパーティしようよ! たくさんお肉用意するよ!」
ここで幸せに満ちているアビスを今から戦わせるのは酷すぎる。
散々考えた結果、瞬矢はアビスを連れていくことを断念することにした。
もし、刹那が異界にいなかったとしたら話は別だ。
「今急いでるんだ! これが終わったら食いに来る!」
「あっうん。分かったよ。じゃあ待ってるねー!」
俺を食べ物で釣るのは簡単だと、アビスは思っているのだろうか。
そんなことを考えながら、瞬矢はまたマリアンドの街を走っていた。
「もう一人の方はいいのでありますか?」
デュアルはキリアルに尋ねた。
キリアルは魔術の詠唱を中断して、
「心配ない。あいつの性格からして必ず帰ってくるだろう」
と言った。
「私を殺そうとしている割に随分余裕だな」
シャルルはデュアルが作った方の棍をキリアルに向けて投げた。
「むっ!」
キリアルは少し驚いた様子で避ける。
その隙を狙ってもう一本の棍がキリアルの前で一閃。
「あなた危ない!」
デュアルが叫ぶ。
キリアルが反応して避けようとしても少し遅かった。
黒い刃はキリアルの腹を浅く斬った。
キリアルは腹から血を流しているが、大して痛くなさそうな表情を見せる。
「なるほど。そういう隙の作り方をするのか。だがもう一本が無いのではお前に不利だろう?」
キリアルがシャルルが投げた一本の棍を拾い上げる。
「不利? 有利の間違いだな。その棍はこいつが作った。お前らにはその棍が当たらない。絶対な」
「じゃ、じゃあこれはお前が作ったのか?」
キリアルが聞くと、デュアルは黙って頷いた。
「夫の方が気づいていないのなら投げない手は無いと私は思ったんだよ」
手にした一本の棍をシャルルは片手で回す。
「お前らにとって邪魔だった私や瞬を殺すためだけに家族を殺すのか? 馬鹿にも程がある」
沈黙が続くにつれて、棍の回る早さが増していく。
「ここはあの作戦で行くぞ!」
「はい!」
二人が同時に戦闘態勢に入る。
最初に攻撃してきたのはデュアルの方で、キリアルは後ろで詠唱を始めた。
デュアルの攻撃は遅く、難なくかわせる。
問題はキリアルの方で、長く詠唱を続けている。
あれが放たれたら逃げ場は無くなる。
なんとかしないと危険だ。
シャルルは後ろに飛んで、デュアルの攻撃を避ける。
「姉さん、あたし」
足元で横たわっていたエリアが言った。
「黙ってろ」
「でもあの人たち!」
「黙れって言ってんだ! 邪魔するな!」
エリアは何かを言いたそうにしてこちらを見つめている。
怒りで冷静さを失う性格ではなかった。
でも死にかかってでも何かを伝えたそうにしているエリアを見ていると、何故か苛ついてくる。
デュアルの攻撃を受けてでもキリアルの詠唱を止めないといけない。
頭の中はそれだけで一杯だった。
「ちっ」
棍をデュアルに向け振り回す。
デュアルにかすってはいるが傷みを感じない程傷は浅すぎる。
この一瞬に分かったのは、一つ。
キリアルの作戦とは、デュアルに前に行かせて時間を稼ぎ、自分の強力魔術を相手に当てることだった。
こんなに単純なのに自分はどうしてこんなに苦戦しているのだろう。
時間だけが経ち、腕や足からも血がでてきた。
長時間棍を振り回していたせいか腕が疲れてきた。
冷汗が額を伝っていく。
「私を殺しても殺さなくてももうすぐ死にますよ皇帝!」
デュアルは槍を心臓に向け刺そうとする。
キリアルの詠唱はもうすぐ終わる。
「どけっ!」
シャルルはデュアルの攻撃を弾くとキリアルの方へ向かう。
「残念だったな。皇帝」
デュアルは攻撃を止める。
もう何をしようがキリアルに殺されるのだ。
私はこんなところで死ぬのか?
頭の中の疑問が諦めに変わっていく。
「スペシャル・キリアル・スター!」
ダサいネーミングの技。
このダサい技で死にたくない。
目の前は真っ暗になってきた。
上から無数の白い星が降ってきた。
シャルルは諦めきれない自分の目を無理矢理閉じた。
星の角が自分の頭か心臓に刺さる。
そう思った。
最後に銃声らしきものが聞こえたのは気のせいなのだろうか。
かなりの時間が経った。
目は記憶と同時に戻った恐怖で開かない。
星は刺さらない。
「何故だ! どうして星が消えるのだ!」
キリアルの声が聞こえた。
何かがおかしい。
恐怖が少し消えて、目を開ける。
魔術を使っても使っても失敗し、心臓から血を流すキリアルと頭を撃たれて気絶するデュアル。
霧がかかって見にくいが、デュアルの近くに人影があった。
「これは……」
シャルルが立ちあがろうとすると突然誰かに抱かれて、そのまま丘の近くの森に入った。
誰かは暗くて見えない。しばらくしてかなり森の深いところで降ろされた。
「おい、大丈夫か?」
後ろを振り向くと、心配そうな顔をした瞬矢以外には何もない。
「大丈夫かはお前だ! 私にお姫様抱っこなんて……」
「それを言うなら皇帝様抱っこだろ。まぁ、お前軽かったら俺は全然疲れてないけどな?」
「そういう問題じゃない!」
「何で、そんなに怒るんだよ」
「お前は……」
言葉が詰まる。
彼は何を考えて私をここまで連れてきたのだろう。
「そうか。お前恋人でもできただろ? だから俺に怒るんだろ?」
瞬矢は平然とした顔で聞いてくる。
「違う……キリアルとその妻はどうしたんだ」
「あのハゲ夫妻か? 俺と刹那が殺っといたけど、見てなかったのか?」
「そうなのか……」
自分が目を閉じている間に戦いは終わりを告げていたらしい。
こんなことを言ったら瞬はまた笑ってくるだろう。
そう思っていると、突然力強く抱き寄せられた。
「……抵抗、しないんだな」
「……」
嫌とは思わない。
抵抗もしたくない。
何故か、彼にだけなら、捧げてもいいと思えた。
「俺は、お前に会う前から、お前が皇帝だってこと知ってた。でも、そんなこと言ったら平民の俺は安易に近づけない。だからわざと知らないふりをしたんだ。……俺はお前に会う為に異界に来たから」
「え……?」
瞬矢はやんわりと身体を離し、立ち上がった。
「俺の母親が死んだ後、ユーリが言ってたんだ。帝国を離れた娘が心配だって。だから、行方不明になった親父たちの代わりに、俺が探すことにしたんだ。
本当は、ユーリに安否を伝えるだけに会うつもりだった。でも、それだけじゃ物足りないって思い始めて……。刹那とコーネリアに無性にいらついて、やっと気づいた。暗黒帝国の皇帝としてじゃなくて、一人の女として、お前が好きなんだって」
シャルルは黙って俯いた。
こういう時、どうすればいいのか、分からなかった。
「でも、俺がこうやってお前と近くで話せるのも、これで最後だ。原界人は城に入れないんだからな」
「そんなことはしない。また会え……会いたいから」
その後、しばらく沈黙が続いた。
「お前がそんなこと言ってくれるなんて、思わなかったぜ」
「……悪いか?」
「いや、嬉しい」
「……」
「俺、お前が城に行っても、また会いに行く。今度は親父たちじゃなくて、自分の意思で」
「じゃあ、待っている」
瞬矢は跪き、そっとシャルルに口付けた。
「……ありがとな、皇帝陛下」




