強さを求めて
28章 強さを求めて
「こっちは片付いた! そっちは?」
「こっちも片付いた!」
この様な声が所々で響いている。
事件が始まってから約四時間が経った。
最初は皆やられて異界が破滅するかと思われていたが、エリアの言う『姉さんの暴走』とエミリアの加勢でだんだん優勢になってきた。
魔物が全滅するのも時間の問題だ。
そんな時にエリアと瞬矢がいたのは、マリアンドがよく見渡せる所だった。
緑豊かな草原が広がっていて、とても息がしやすい。
魔物もみんな弱くなってきて今では子供も魔物を倒すのを楽しんでいる。
エミリアは何故か魔物を倒すのに楽しさを覚えたらしく、シャルルに負けないくらい暴走しているそうだ。
「よっぽどのことが無い限り、もう大丈夫だろうな。あいつどれだけ暴走したんだよ」
瞬矢は笑って言った。
エリアは自慢げな顔をして両手を合わせる。
「姉さん凄かったよ。姉さんが魔方陣を描いた後すっごい大きな黒ーい竜巻が出来てね。そういえばまだ気になることがあるんだけど、どうしてわざわざ地球から異界に来たの?」
「どうしてって言われてもなぁ」
そう言って瞬矢は上を見上げて言葉を詰まらせる。彼の口を開くのをエリアは待つ。
「昔、俺の親父とシャルルの父さんユーリが冒険家をやってたんだけど、二人とも結婚したから二人で冒険家を辞めたんだ」
「それで?」
瞬矢は今の一言でエリアのことをせっかちだと思ったようだ。
それが顔に出ている。
「俺が二歳の時、ちょうど刹那が産まれた頃に、家にユーリが来て、もう一回冒険家になりたいとか言ったんだよ。皇帝マリエが気に食わないとか言ってな。最初親父は冒険家になるのを反対したけど、追い出すのもあれだったから、ユーリを家に入れたんだ。それで、な」
「どうしたの?」
「あのときの事はよく覚えてる」
エリアは瞬矢が話したことを全て頭の中に映像として浮かべた。
「ユーリか!? 久しぶりだな! クレイエルの皇帝陛下と結婚したって聞いたからもっと忙しいかと」
「稜。もう一度冒険家になって異界を回ろう」
ユーリは真面目な顔をして言う。
稜はえ、と一言言って固まる。
「もうあの女の野望には付き合っていられない」
「確かにマリエさんは……だが俺には二人も息子がいるんだ。ユーリ、お前だって娘がいるんだろう?」
稜はもう冒険家になるつもりはない、ときっぱり言った。
横から妻、暁月舞が二人の子供を抱えて歩いてきた。
「あら? ユーリさん。ゆっくりしていってくださいね」
舞に言われてユーリは黙って家に上がる。
ユーリはその時二人の子供に気が付いた。
ユーリに二本の足でよろよろと近づく子供。
その首には十字架のネックレスが下がっている。
「この子、原界人なのにクルーエルの血を引いたのか? 名は?」
「あーそれはだな。こっちは刹那って言うんだけど」
稜は産まれたばかりの子供を指差して軽く頭をかいた。
「稜さん、この子が産まれてから二年も経ったのに」
「まさかまだ名前が!?」
「そういうことだ。刹那と言う名はなんとなく弟っぽいから先につけて、兄の方は今まで暁ジュニアと呼んでいた! はははっ! だからユーリ。お前なんかいい名前ないか?」
ユーリはこの家に来た目的を忘れて笑う。
舞もそれを見て軽く笑う。
そんな時、突然開いた玄関から矢が飛んできた。
稜もユーリも気づいていないが間違いなくそれは子供たちに向けられている。
「あぶないっ!」
それにいち早く気が付いた舞は、子供達の前に立ち塞がる。
矢は何かに操られていると思うくらい的確に心臓を貫いた。
「舞! 大丈夫か!」
稜は舞を揺する。
ユーリが玄関の外に出てみても誰もいない。
「くそっ誰が……舞さん!」
ユーリは走って舞に近寄る。
「稜さん。早くその子の名前を決めてください。私、安心して他界できません……」
「この矢、猛毒が縫ってある……。ユーリ、名前を考えてくれないか」
稜は泣きながらユーリに言った。
「今医者を呼べば助かるかもしれないのにか!?」
「……早く」
かすれた声で舞は言う。
「一瞬の間に、飛んできた矢。瞬矢」
ユーリはそう言って子供から目を逸らした。
「ユーリ! お前!」
「分かりました……では稜さん。刹那と瞬矢をよろしくお願いします……」
「自分の名が母親を殺した物の名だって知ったのは結構後だけどな。ユーリはその後二年ほど家にいたんだけど、旅の話をしているうちに親父も変わった。自分が旅に出れば、相手は子供を狙わねえかもってな」
「ユーリおじさんて、姉さんの名前も付けた人だよね」
エリアは嗄れそうな声で言った。
瞬矢はエリアが泣いているのに気づく。
「何でお前が泣いてるんだよ。普通俺が泣く場面だろ? まあ俺は自分の思い出話くらいで泣かないけどな」
「……その犯人は見つかったの?」
エリアは涙をこぼしながら言う。
「あーそいつは俺が十歳の時に家に来たんだよ。生きていたのにすごい驚いてたけど。その時出た刹那が仇だとか言ってそいつに花瓶を投げたら、銃を取り出して撃ってきてな。刹那は心臓を撃たれて死んだかと思ったから」
「で、でも刹那さん生きてたんだよね!? それでその後犯人どうなったの?」
「俺が家の家宝だった刀を持ち出してぶった斬った」
「えっ」
また震えた声を出すエリアに対し、瞬矢は平然とした顔で話している。
「その後高校までは一人暮らししてたんだけど、問題を起こして退学。途方に暮れてたら偶然異界に行く方法が分かったから、とりあえず親父を探そうと思って来た。それでハゲ院長に学校に入れって言われて、今に至るのかな?」
ハゲ院長と言う言い方にエリアは少し笑う。
エリアにとってハゲ院長とは誰か分からなかったが。
「も、問題!? 姉さん並みかそれ以上か分からない人生?」
涙を服で拭くと、エリアは何かを感じたように後ろを振り返る。
「いや、初めて人を殺した年齢はあいつの方が幼いし、それに」
「それに?」
エリアの見ていた方角から聞き覚えのある声が聞こえた。
「あ、姉さん!」
突然現れたシャルルに瞬矢が驚いたのは言うまでもない。
「それに、の続きを言え。瞬」
「あ、えーと……あはは」
二人の姉妹の視線が、笑って誤魔化すなと言っている様に見えた。
「声が聞こえたから来てみたら私の噂か?」
「お前の話を持ち出したのはマリンチキンだ! 俺じゃねえよ!」
瞬矢は焦ってエリアに罪を押しつける。
「大食い男のくせにそんなこと言わないでよ! ちょっと痩せているからって……文句があるならダイエット法教えてよ!」
「俺が痩せている? それは単にお前が太ったんじゃ……あ、分かった。城で食いまくったな?」
エリアは口を膨らませて黙りこむ。
どうやら図星のようだった。
「だってだって! お城の人たちがおいしそうな高級お肉をたくさん出してくるの! あまりにもおいしかったから全部食べちゃったの! それにっ」
言い訳を考えているうちにエリアは言葉を詰まらせた。
「俺から見れば、回復ができる奴はみんなデブだ。マリンチキンとかな」
「もう! 酷い! みんな揃ってすぐあたしをいじめて!」
エリアは拗ねて後ろを向く。
それは錯覚なのか分からなかった。
エリアの目に矢らしき物体が映った。
後ろを見ても二人は気づかずに笑っている。
「あれ……何?」
時間がゆっくり流れる。
エリアが気づかない二人をなんとかしようとして出た言葉は、風にかき消される。
もう何を言っても間に合わない。
矢が二人のどちらかに刺さる。
そう思ったエリアは反射的に右に動く。
「あぶない!」
エリアが叫んだのと同時、身体中に鈍い傷みが走った。
「どうした?」
突然蹲ったエリア。
瞬矢が覗き込むと、額に血が付いた。
「お、おい」
何も言わずエリアはその場に倒れる。
緑の草原が赤色に染まっていく。
その体に刺さっていた矢は見覚えがあった。
「また、庇ってもらったな!」
左側から聞こえた足音と声。
音の多さからして二人だろう。
瞬矢より先に左側を見たシャルルはその二人を見て驚く。
「わしのことを覚えているか? クレイエル皇帝」
そこに立っていたのは、魔法学校院長のキリアルと、秘書デュアルだった。




