血まみれマリアンドと逃走エミリア
27章 血まみれマリアンドと逃走エミリア
結界石がマリアンドから無くなってから2時間の時が経った。
魔法学校の生徒たちも疲れ果てて怪我人が続出して、もうすぐ限界が訪れる。
そろそろ死人が出るだろうと思われてきたそんな中。
マリアンドで一番大きな街路が、血だらけになってきた。
アビスは瞬矢が来るまで、魔物の群れを一人で相手していた。
「あっ瞬 !大丈夫!?」
アビスは一時的に魔物がいないことを確認する。
途中から応戦した瞬矢の傷にかなり驚いた様子だった。
「アビス、お前の方が大丈夫なのかよ」
「ボクは大丈夫だからエミリアを探してよ! どこにもいないんだ!」
アビスは右肩の出血を左手で押さえつつ言った。
「エミリア? あいつがどこかに行く理由なんてあるか?」
瞬矢は辺りを見回してアビスに尋ねた。
しばらく沈黙が続いてアビスは寂しげに首を振った。
「エミリアがいなくなってから魔物が突然急増して……ボク一人でここを守ってたんだ。街の人たちはみんな真ん中の噴水近くに避難させたけど」
「街の連中の中に魔法学校の卒業生だっているだろ? 何で避難させたんだよ」
「だって子供とかその親がみんな泣いてるんだ! ボク見てられないよ!」
アビスは涙を流して叫ぶ。
その声はいつもの明るい女声ではなく完全に男の声になっていた。
「分かったからもう喋るな。クソ眼鏡は俺が探してくるからお前は休んでろ」
と言って笑いかけた瞬矢にアビスは小さな笑みを見せた。
「ねえ瞬、傷大丈夫なの?」
「これぐらい痛くもかゆくもないぜ。俺がこれくらいで死ぬわけないから」
「それだけ重傷だったら普通の原界人はもうとっくに死んでるよ……」
アビスはそう言って不審な表情をした。
「あー……それは後で! この事件が終わってから話す! とにかく今はエミリアだろ!」
顔を赤くして走り去っていく瞬矢をアビスは笑って見送った。
街を駆け抜ける影はマリアンドの天皇の娘エミリアを探し続ける。
そして、見たのは街の小さな路地に入ってくる大量の魔物。
その下に制服の人間が五人程倒れているのを見た。
魔物たちを止める人間はいない。
「兄貴!」
後ろから刹那が走ってきた。
「皇帝陛下がいないんだよ! さっきまでここにいたのに!」
「シャルルが? てことはここが破られたのはあいつがいなくなってからか」
「兄貴、俺はここを戦闘経験のある大人と守る。だから兄貴は皇帝陛下を探して!」
刹那は笑って魔物の心臓めがけて銃を発砲する。
同時に後ろから武器を構えた大人たちが来る。
「いや、あいつは多分陰で何か重要なことをやってる。だから探さなくてもいいと思う。それよりお前、天皇の娘のエミリア見なかったか?」
「あっその女なら、地球に逃げるとか連呼しながらあっちに走っていったぞ。どうせ弱いと思うから無視したけど」
刹那は右を親指で指した。
「分かった!」
そう言って瞬矢はまた走る。
それを見た刹那は魔物の群れを一掃し、
「まるで恋人を追いかける男だな・・・・・・そう思わない?」
と大人達に問いかけた。
大人たちはただ無理矢理笑顔を作って頷いている。
先程起こったばかりの事件なのに、原界人の『暁月兄弟』の名はもうマリアンド中に広まっていた。
騒ぎの中で首都マリアンドとブレイズ鉱山町の間の道を、一人駆ける少女がいた。
「はぁはぁ……ここなら誰も見ていないわよね」
エミリアは誰もいない草原で独り呟いた。
いつもつけていた眼鏡が無いのに少し違和感を感じつつ、ここまで走ってきた。
エミリアが空を見上げると、当たり前のようにあった結界が無い。
走っている途中、本当に異界は滅んでしまうのか、心配になった。
だが今思えば魔界か地球に逃げればいい。
エミリアにある選択肢は、一、マリアンドで戦う、二、魔界に逃げる、三、地球に逃げる。
エミリアはそれぞれの選択肢でどうなるか考えてみた。
一の場合。
まず、マリアンドで戦う。
魔物が増え続ける。
皆死んで、自分も死ぬ。
それば絶対に嫌だ。
二の場合。
荒地が多い魔界で人が住めるのは暗黒帝国ことクレイエル帝国のみとなる。
そしてそこにエミリアが行くと、マリアンド天皇の娘だということがばれる。
おそらくこの事件でシャルルが死ぬわけないので、皇帝に会わされそのまま殺される可能性がある。
どちらにしろ待つのは死。
三の場合。
異界や魔界の何倍もの面積を持つ地球。
そして暁月兄弟以外の地球の人間はその二つの世界を知らない。
マリアンドと言っても変な顔をして終わるだろう。
もし怪しまれたら土下座でもして、エミリアの少女時代を過ごしたならず者の村、リフィール村に入れてもらう。
完璧。
どう考えても選択肢は三の地球しかない。
そう思ってエミリアが魔方陣を描こうとした時、首筋に一瞬冷たい風が通った。
「だっだれっ!?」
震えた声でエミリアは後ろを振り返ると、血で赤く染まった刀身がそこにあった。
エミリアには相手の顔が暗くて分からなかった。
だが、その相手には分かっている。
「わっ私は、マリアンド天皇の娘エミリア・マリアンヌよ! 手出したら、あなた、どうなるか分かってるの!?」
刀身がさらにエミリアに近付いた。
「お前がいてもいなくても、結局異界はじきに滅びるんだろ? だったら、捕まるとかどうでもいいじゃねえか」
「その声……」
聞き覚えのある声にエミリアは息を呑んだ。
「さっきからいたんだけどな。ついでに言うと独り言全部聞こえたしな」
「瞬矢くん?」
「やっと分かったのか? 意外に鈍いんだな。誰だっけ? 俺に鈍いとか言った奴」
瞬矢が刀をおろすのと同時にエミリアは飛んで後退した。
「お前にどうして地球に逃げるのかって聞いたら、一番安全だからって言うだろ?」
エミリアは唇を噛みしめて黙っている。
「じゃあ俺が地球に三世界のことをバラしたらどうなる? 俺は行き方も分かるから立証できる。お前に安全な場所は存在しないんだよ」
足が震えた。
それでもエミリアは引く様子を見せない。
「ひっ酷いじゃない! 私に無理矢理にでも戦わせようって言うの!? どうして分かってくれないの? 私は死にたくないのに!」
「戦って街を守りきればまたお前の地位を利用できる。だが逃げたらどちらにしろ死ぬぞ?」
「私は無様な死に方したくないの!」
エミリアは初めて自分が適わないと思えてきた。
「あーあ。折角お前の幼馴染が異界人蘇生魔術を使えるようになったのになぁ」
瞬矢がそう言った時、
「エミリア!」
血だらけのエリアが走ってきた。
「噂すればマリンチキンか」
「もう! その名で呼ばないでよ!」
エリアはいつもどうりだが、すぐにエミリアを睨み付けてきた。
「今は魔物が一時的に減って、アビスさんと刹那さんがなんとかしてくれてるけど、どうしてエミリアだけ逃げてるの?」
「エリア、私は……」
エミリアはまた黙り込んだ。
「そういえば妹、シャルルを見なかったか?」
瞬矢は刀を鞘に収めて、尋ねた。
「え、姉さん?姉さんならさっき帝国から帰ってきたよ。一気に魔物を倒せる強い魔術の研究してたんだって」
エリアは笑って答えた。
「ならいいけどさ、一時的に減ったってどういう意味だ?」
「えーと。姉さんがね、暴走したって言うか……とりあえず凄かったの!」
辺りが一瞬静かになった。
エリアは焦って早口になっていく。
「姉さんが街の真ん中ですごーい闇魔術を使ったの。そしたら魔物がみんな倒れていって」
「あいつと戦ったらマジで危ねえな」
「私はあなたの方が怖いわ。瞬矢くん」
エミリアは顔をあげて言った。
「もう。二人していいことしすぎよ。後の魔物は私が片付けるわ。少しくらいいいとこ見せないとね」
「エミリア!」
エリアは笑って頷く。
「それでこそクソ眼鏡」
「なんですって?」
「何でもねえ! 分かったならさっさと行けよ!」
「ふーん。後でどうなるか覚えてなさいよ?」
人差し指で二人を指差すと、エミリアは走ってマリアンドへ向かった。
「ねえねえ。気になることがあるんだけど」
エリアは瞬矢の服を軽く引っ張った。
「どうして原界人なのにエミリア以上に強いの? 村でエミリアに勝てた人いなかったのに」
「あーそれは後で話すってアビスに言ったんだよ」
「じゃあ姉さんみたいに何かあるの? 言ってくれるの楽しみにしてる!」
そう言ってエリアはスキップでマリアンドに向かっていく。
それを見て瞬矢は軽く頭をかいた。




