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Darkness Empire  作者: 豹牙
異界結界石編
27/36

刹那と瞬矢

26章 刹那と瞬矢 


――――刹那の件が落ちついたら、この三世界にやっと平和が訪れるのか?


 瞬矢が一人でブレイズに行く直前に言っていた言葉が、シャルルの頭から離れない。

確かに暁月刹那をなんとかすれば、世界が落ちつくだろう。

だが、他の人間が何かをしそうな気がする。

歳が10歳離れているメルケッティ姉弟。

騎士に捕まった院長キリアル・デニッシュ。

考えられるのはこの三人。


 そして、異界最大の大事件が起ころうとしていた。

全ては騎士のこの一言で始まる。

「異界結界石が原界人に盗まれた!」

 その犯人は刹那だった。

刹那は現在、ブレイズ鉱山町で『ヴァレンティブラッド』と言う名の組織を作り、血の研究をしていると聞いた。

そしてその研究にどうしても結界石が必要だったらしい。

街を守っていた結界石がマリアンドから消えて、魔物から街を守る結界が無くなった。

 魔法学校の全生徒が、魔物の退治に向かわされている。

エミリアやアビスが疲れきった身体を動かして闘っている。

そして偶然来たエリアが回復に当たっている。

おそらくこれは長くは持たないだろう。

一刻も早く刹那から結界石を取り戻さないといけない。

だが、予想外のことが起きた。


 マリアンドの街を出ようとしたシャルルの前に、結界石を抱えたマルクが立ちふさがった。

「お前!」

マルクの幼い、力強い声が誰もいない森に木霊した。

「その結界石をどうする気だ?」

「決まってるだろ! この石を壊して姉ちゃんの記憶を戻すんだよ!」

 石を壊すと異界が瞬く間に滅んでしまうが、マルクにとっては姉の方が重要なのだろう。

「姉ちゃんは刹那って奴からこの石を奪って、今闘ってるんだよ。僕に石を持たせて逃がしてくれて。僕がもっと強かったら! あの二人と戦えたのに!」

 自分の弱さを悔やんでいるマルクだが、泣いていなかった。

「石を壊して姉の記憶を戻すのがお前の目的か?」

 シャルルは冷静に聞いた。

「そうだ! 邪魔するなら容赦しないよ! 悪魔皇帝!」

 そう言ってマルクは空中に魔法陣を描く。

色と大きさから、かなりの光魔術の使い手だ。

魔術だけなら恐らく自分を軽く上回る。

 解放された棍と強力な光魔術がぶつかった。

その間にマルクはまた魔法陣を描いている。

跳ね返すより逃げる方が無難だ。

そう思ったシャルルは横に飛んだ。

無数の光の矢が先程までいた場所に突き刺さる。

「普通の人間ならこれで死んじゃうのに、無傷って。やっぱり悪魔皇帝だね。魔術で戦えばいいのに」

「黙れ、ガキ」

 相手が光なら闇魔術で確実に負ける。

マルクはそれを分かって挑発している。

「悪魔皇帝。暁月兄弟の弟は近距離戦だけ弱いけど、兄は強いよ」

 マルクは一度攻撃を止めて話し始めた。

「この石を壊したら、僕真っ先に姉ちゃんを助けに行く。あいつは、姉ちゃんと同じ刀を使うんだ。姉ちゃんは負けないけどあいつも強い。だから石を壊してすぐに行きたかったのに」

「その石が無くなって、異界の人間全てが滅んで、お前と姉が残って生きられるのか?」

「はっきり言って僕、悪魔皇帝は相手したくなかったよ。微妙に強いから時間がかかるもん。兄の方と戦うだけの力がなくなっちゃうよ」

 マルクはため息をついて、結界石を自分の服のポケットに無理矢理突っ込んだ。

「決めた。僕、お前……じゃなくてシャルルを殺さないよ。だから僕を殺さないでよ。姉ちゃんを助けてくれたら僕何になってもいいよ」

 結局マルクは死にたくないらしい。

よく分からないことを言うのはやはり7歳だからなのか。

そのわりに賢い気もするが。

「兄の方は弟のやることに文句言ってるけど殺そうとしないんだ! それで姉ちゃんに刀を向けるんだよ!」

 マルクの言葉に迷いは無い。

「お願い! 一緒に来て兄の方を倒して!」

 シャルルは少し戸惑った。

マルクは自分の姉の為に何でもする人間。

マルクからすればあの兄弟の命なんてどうでもいいものだ。

瞬矢は刹那のやることに反対しているが、やはりコーネリアより弟を助ける立場にいる。

しかし、何故瞬矢は刹那ではなくコーネリアと戦っているのだろう。

「研究所には行ってやる。結界石も今だけ見逃してやる。だが、あいつを殺すつもりなら私を先に殺してからだ」

 マルクはその返事に小さな笑みを見せて走り出した。

この少年は本当に七歳なのだろうか、とシャルルの脳内に疑問符が浮かんだ。


 マルクは黒い扉を勢いよく開ける。

中では、血の臭いと妙な光景が広がっていた。

メイランの城で会った青年――刹那は体のあちこちから血を流して、気絶している。

コーネリアは血だらけの体で刀を持ち攻撃を繰り返す。

その攻撃を受け止める瞬矢も返り血で真っ赤だった。

「姉ちゃん! もうやめて!」

 マルクの声でコーネリアは攻撃を止める。

「クレイエルの皇帝? どうしてここに……」

 ふらついて倒れそうになるコーネリアをマルクが支える。

「そんなことはどうでもいい! 姉ちゃんこんなに怪我してるんだよ! 死んじゃうよ!」

 マルクは泣きながらコーネリアを揺すっている。

「良かったじゃねえか。死んだら記憶とかどうでもよくなるしな。お前一人と異界一つじゃ比べ物にならねえよ。さっさとくたばったらどうだよ」

 瞬矢は低い声で言った。

「やっぱり、あなた強いんですね……異界の為にこれだけの強さを発揮するなんて……私が、マルクのような弟で満足できなかったのは、彼の様な兄の方が欲しかったからかも……しれ、ない」

 コーネリアはそう言って気を失った。

マルクが横たわる姉にしがみつく。

「うわあああ! 姉ちゃあん!」

 幼い子どもの泣き叫ぶ声が響く。

その怒りの矛先は殺した本人に向けられる。

「お前が姉ちゃんに欲しがられる権利なんてない!」

「やめておけ。お前の様な餓鬼が敵う相手じゃない」

 シャルルは、マルクの腕を掴んで言った。

「姉ちゃんがいない中で生きるくらいなら、いっそ死んでやる!」

 マルクは黙って姉の刀を持った。

震えた手で自分の左胸に結界石を置く。

「止めろ。お前が死んで何になる」

「いいんだ! 僕はもう生きられない!」

 姉の刀が弟の心臓を貫いた。

結界石は同時に粉々に砕け散った。

「シャルル。止めるなんてお前らしくないな。今までのお前なら、問答無用に殺したんじゃねえのか」 

「らしくないのはお前の方だ、瞬。私はもうヘルバルムの殺人機械じゃない。」

「そうだったな。まあこのクソは死んで良かったけどな」

「瞬……何があった」

「別に。ただこの姉弟の愛っていうか……見てると胸糞悪い」

 瞬矢は横目で二人を見下ろして言った。

その後ろでは気絶していた刹那が立っていた。

「刹那は重要なところで結界石が奪われて、実験失敗して、この有様……」

「兄貴!」

 刹那は嗄れた声で叫んで、横たわるコーネリアに近づいた。

「兄貴にはこの女の気持ちが分かんないのか? この女は俺のことを敵視していたが、兄貴のことは敵とみなしていなかったんだよ」

「先に斬りかかってきたのは女の方だ。敵以外の何だってんだ」

 刹那はコーネリアの右手を取って両手で握りしめた。

「俺は……俺は昔この女性に実験を手伝ってもらって惚れたんだよ。だけど、実験が失敗して彼女は記憶を失い俺は敵視されてた。でも彼女は記憶を失う前に俺のする兄貴の話だけを真剣に聞いていた。

分かるか? 彼女は俺より話を聞いただけの兄貴の方が好きだったんだ」

 コーネリアの手に一粒の涙が落ちた。

「刹那。そんなにその女が好きなら抱きしめるとかキスとかすればいいじゃねえか。俺は少なくともこの女だけは気に食わねえんだよ! 結界石の実験はこいつの同意の上でやったんだろ? それなのに何が記憶だ。なくても生活できるもんを得て、暮らせなくなるもんを失うってのが分からねえクソッタレが」

 瞬矢は刹那から目を逸らして言った。

「結局兄貴は何も分かってくれない。結界石は、兄貴とその女性が幸せに生きられるような物に変えようと思っただけなのに。来てすぐに殴ってきてさ」

「馬鹿。俺の為だけに異界を犠牲にするなんて許せねえよ」

 そう言って兄は弟に背を向ける。

「ヘルバルムの残骸の魔物は今も1分に1体のペースで増え続けてるが、それよりも早くやれば魔物を全滅することができる。うまくやれるか分からねえが俺は魔法学校の連中を手伝ってくる」

「待ってよ兄貴! こんなに怪我してるのに! 敵だって数が多すぎる!」

 刹那はコーネリアの手を持ったまま叫んだ。

「結界石は無いし作った張本人は魔界に逃げた。だから闘うんだろ?それに、俺の血はもう止まってる」

 瞬矢はそのまま研究所を出て行った。

足取りは少し重そうだった。

「馬鹿は兄貴の方だ」

 刹那は泣きそうな声で呟き、立ち上がった。

「皇帝さん。何で兄貴はあんな怪我で化け物染みた強さを出すんだろうね。普通の原界人なら死んでるよ。その理由は俺知らないし、聞いても兄貴から言ってくれないし」

「私は、その理由をあいつが自分から話してくれる日が来ると思う」

「へえ、意外に気長なんだね。もしかして皇帝さんも兄貴と手伝うつもり?」

「他に方法が無いからな」

 刹那はその時初めて笑って、

「ははっ。その無謀さが強い人の共通点かな。確かに兄貴はいろんな意味で馬鹿かもしれないけど、意外に頭いいし。兄貴がこんなことで死ぬとは思えなくなって来たよ」

 と言った。

「皇帝陛下。俺は後で応戦することにする。それまでにあの馬鹿兄貴が死なないように見張っててよ?」

「……馬鹿は死なないと思うが」

 シャルルはため息をついた。

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