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Darkness Empire  作者: 豹牙
メイラン王国編
24/36

崩壊と悪魔の涙

23章 崩壊と悪魔の涙


「メイランの崩壊? この駒がわたくしたちの国を壊すなんて不可能よ」

「分かるか? このチェスは貴様の運命を意味する。雑魚が大量。無防備な王と女王」

 メイリンは黙ってチェスの盤を見る。

白の方はポーンがほとんどで、後はキングとクイーンだけだった。

「3年前マリアンドの植民地支配から逃れ、平和の国を作ろう……がこの様か。今はマリアンドの方が余程平和だと思うが」

 そう言って、シャルルはメイリンが差し出した茶を飲もうとした。

甘い匂いが漂ってくるが、茶にしては色が少し変だった。

「これはメイラン名物のメイランティーですわ。独特な色を持っていて、甘くていい香りがするのですわ。皇帝である貴方の為に用意させた高級なお茶なのですよ? 5万Mの価値が」

「嘘をつくのもいい加減にしろ。これは毒草だ。飲んだらどんな人間でもたちまち死に至る。例え飲んだのが殺人機械だとしても、死ぬ。それだけの猛毒が葉に付いている」

「あら、殺人機械って貴方のことでしょう? 不老不死の殺人機械」

 メイリンは一番黒駒に近い白のポーンを前に進ませた。

「それは愚民どもがつくった悪魔皇帝の噂。いくら私が鍛えて強くしても心臓をやられたら終わり。それと同じ様にメイランの核である貴様が死ねばメイランは終わりだ」

 黒のナイトがポーンの上に乗って外に弾かれる。

「これからメイランの大量のゴミが死んでいき、自分が最後に死ぬ。それとも自分が先に死んで後にメイランの大量のゴミを一気に灰にするか。それは私の意志でなく貴様の意思で決まる」

 メイリンは何も言わず唇を噛む。

反省する気はなさそうだ。

「貴様が簡単に奴隷を集めたり異界にいたクレイエルの人間を殺せるのに対し、私はこのメイランを好きな方法で壊滅させることができる」

「あなた、何がしたいの! 奴隷国家ばかり壊して、何になるの。何も、何もあなたの得にはならないでしょ。悪魔皇帝の汚名を消すとでも言いたいの。それとも」

 メイリンは言葉を詰まらせる。

怒りでメイリンは息を切らしていた。

それでもシャルルは顔色一つ変えずに、「理由? そんなもの無い。」と言った。

「嘘つきね! どうせ国を壊してクレイエルを一番にしようとでも言うんでしょ!?」

「気が変わった。貴様にメイランの置かれている状況をこのチェスで教えてやる」


同時刻、メイラン地下


 今まで奴隷を見張る1人の兵士に何人もの奴隷が挑戦したらしい。

しかし圧倒的な差で、残念な結果しか返ってこない。

疲れ果て、武器を取り上げられた奴隷には敵う相手ではなかったのだという。

「ほう。ここまで俺とやりあったのはお前が初めてだ。これで少しは本気を出せると言うもの。だが、死ぬのは……」

 兵士は疲れる様子を見せずに鞭を器用に操る。

先に付いた刃が不規則な動きで命を狙ってくる。

「死ぬのはてめえだけだっての」

 瞬矢は刀を振って鞭を返す。

鈍い金属音が響く。

後ろで奴隷が逃げる機会を窺っている。

すでに何人かは逃げた。

ユーリは逃げようともせずに座っている。

「そんなところでぼけっとしてないで逃げろよ」

 兵士の攻撃をかわしつつ瞬矢は言った。

その言葉を聞いたのか、奴隷はユーリを残して逃げていく。

「私はもう死ぬ」

「何言ってんだよ」

「この紙を娘に……それと、娘を頼んだぞ」

 ユーリはその場で横に倒れた。

その手にはしわしわになった紙が握られている。

「そうだったな。遺言だけは書かせてやろう、とメイリン様が言ったのだったな。まだ持っていたとは。まあいい。これは責任を持って俺が燃やしておこう」

 そう言って兵士は紙に手を伸ばす。

瞬矢は兵士の小手を思い切り蹴った。

「触んな。てめえにそれを触れる資格はねえ」

「それは俺を殺してから言う台詞だ。それはお前のような餓鬼には到底無理だと思うが」

「黙れクソジジイ!」

 クソジジイと聞いて兵士は一瞬固まる。

「今度それを言ったらどうなるか分かってるんだろうな? これは忠告だ。同じことを言ったらお前の身内を一人殺す」

「俺に家族なんて、もういないんだよ。クソジジイ」

「一度ならず二度も言うか! だが、お前を殺しても悲しむ家族がいないということは遠慮なく殺せるということだ」

 兵士は鞭をその場で振り回す。

その勢いで砂埃が起きて、辺りを茶色に染める。

兵士どころか近くにいたユーリさえも見えない。

「お前に俺は見えないだろう。だが俺にはお前が見える」

 何故兵士はこの中で自分の存在が分かるのか。

考える暇は無い。

瞬矢はユーリのいる岩陰の反対に回り込んだ。

「無駄だ」

 鞭が頭のすぐ横の岩を貫いた。

「どこが無駄なんだよ?」

 瞬矢は岩から出てきている鞭を掴んだ。

指と指の間から血が流れてきた。

「俺を焦らせようとしてギリギリを狙ったのが失敗だったな」

「なんだと……ん?」

 兵士は鞭を握る手が引っ張られているのに気がついた。

「うおっ!」

 兵士はすぐに手を離すも、勢い余って岩に派手にぶつかる。

倒れた兵士の上に岩が落下する。

さらに後ろの岩壁も崩れる。

壊した岩が地下を支える大黒柱だと気づく前に、地下が崩壊を始めていた。

「やべっ……」

 瞬矢はユーリを担いで地下から出た。

ユーリからはまだ温かさを感じられたが、完全に力が抜けていた。

まだ生きている。

だが完全に死ぬ気なのだろう。

 急いで地下を抜けると、そこには兵士が一人もいない入口があった。

奴隷が逃げたので騒いでいるのか、それともメイリンの身に何かあったのか、知る必要がある。

だがユーリを担いでいてはそう簡単に動けなかった。


 王座の上でメイリンが大声をあげる。

「なんですってっ!?」

 先程までは余裕に勝てそうだった。

だが突然立場が逆転した。

黒のナイト一体にポーンを全てやられ、黒のクイーンにキングとクイーンをやられた。

メイリンはこの現状を認めることが出来なかった。

「インチキよ! イカサマよ!」

「負け惜しみか? これがこれからのメイランだろう」

 メイリンは怒り狂いそうになった自分をなんとか止めた。

扉が開いて一人の兵士が入ってきた。

「メイリン様! 大変です! 城の奴隷が全て脱走しました!」

「なっ……!」

 メイリンは驚いてシャルルの方を見た。

シャルルは黒い笑みを浮かべていた。

「あっあなたがやったのね! 何をしたの!? 言いなさい!」

「私は貴様とずっとチェスをしていたが?」

「じゃあ他に誰がいるってのよ! 折角ここまで国を作り上げたのに!」

 メイリンはドレスを握って悔やんでいる。

奴隷は確かに簡単に集められた。

だがここまで作り上げるのには時間がかかる。

シャルルは無言で黒のナイトをメイリンに見せ付けた。

「これがっ!? これがやったの!?」

「言ったはずだ。メイランの状況をチェスで教える、とな」

 メイリンは少量の涙をこぼした。

「誰が……誰がやったのよっ!」

「メイリン様。ここは」

「行きなさい。わたくしはこの女に聞かなければいけないことがあるわ」

 兵士は、素直にメイリンに従って部屋を出て行った。

兵士が去った後、メイリンは黙って睨みつけて来た。

手にどこからか取り出したフレイルを持ちながら。

「最初、私はお前を縛り付けて城ごと燃やそうかと思ったが」

「ふざけないで! あなたもこの鉄鞭フレイルの餌食にしてあげるわ!」

「この城は鞭ばかりだな。私はこの腐った城で長居したくもないし戦いたくないんだ」

「なんですって!?」

 シャルルはポケットから銃を取り出してメイリンに向けた。

「死ね」

 派手な銃声が城に響く。

メイリンは避ける間もなくその場に倒れ伏した。

使ったのは非常用に持っていたごく普通の護身用銃だ。

最初はメイリンごと城を燃やそうかと思ったが、なんとなくあっさり殺したくなった。

そう思った結果だった。

銃を数回回してポケットに戻すと、シャルルは部屋から出た。

入り口に装飾が多いコートを着た男が立っている。

「へー皇帝様よく動くなあ」

「は?」

「……じゃ俺は行くか」

 男はそう言って窓から飛び降りた。

黒い髪をしていたが、どことなく瞬矢に似ていた。


 階段を降りていくと、すぐに入り口にたどり着く。

「瞬、その男は?」

 シャルルは瞬矢が担いでいたユーリが誰か聞いた。

産まれて父親の顔は見たことが無かったので分からなかった。

「お前の親父さん、助けられなかった」

「生きていたのか?」

「自分から死にたいって、わざと鞭で打たれて……」

 無言の中でシャルルは何の為にここへ来たのか分からなくなった。

瞬矢は黄ばんでぼろぼろになった紙を手渡してきた。

「お前に会ったら渡してくれって」

 文字は少しかすれていたが読めた。

『長年の旅の末、私は人間を蘇生する魔術を発見した それは魔法学校の図書室にある

 だが死ぬと消える異界人には意味が無い それに僧侶のような人間でないと使えない

 もう一つ、瞬矢に会ったら伝えてくれ 弟刹那は異界で生きている ユーリ・ティアリス』

 手紙はそこで終わっていてあとは空白だった。

「刹那が生きている!?」

 最初に声をあげたのは瞬矢の方だった。

「あいつは死んだはず……まあ手がかりも無いし。学校に帰ってから、か」

「帰ろう。この腐った城に用は無い」

「そうだな」

 城を出るとき、シャルルが一粒だけ涙を流していたような気がしたが、瞬矢は気にしなかった。

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