チェスとナイト
22章 チェスとナイト
舞踏会の次の日は学校が休みになり、教師も全員休みになる。
そのおかげで院長を眠らせても誰も気づかない。
奴隷を差し出す為に休みにしているのはもう見えている。
3日の講習と言うのは、奴隷に言うことを聞かせるための魔術をかけるためにある。
メイリンがこの日を選んだのは奴隷を差し出す日と関連しているのだろう。
メイラン王国城前
「作戦について説明しようか。まず、私は変装して奴隷、つまりお前を差し出し、帰ったふりをする。そしてメイリンに呼ばれていると言い素顔で行く。お前は見張っているクソ兵士どもを倒して奴隷を非難させろ」
シャルルはメイラン王国の地図を指差しながら言った。
「分かったけどさ。俺が非難させたらお前はどうするんだよ?」
「決まっている。メイリンの糞野郎と城を一緒に燃やす」
「あはは……」
笑いながら瞬矢は隣にある大きなダンボールに気がついた。
「……って俺はダンボールか!? まあ何もしなくても結局は入ったんだろうけどさ」
瞬矢はしぶしぶダンボールに入る。
シャルルは髪をアビスの様なポニーテールにして、青色のコンタクトをして城に入った。
「何者だ!」
早速兵士が辺りを囲む。
「魔法学校の者です。貴様、じゃなかった貴方たちが欲しいという奴隷を」
「ではここで奴隷を預かりますのでこれが代金です」
兵士はダンボールを受け取ると札束をシャルルに手渡した。
「もう引き取って帰って結構です」
兵士に無理矢理追い出されたのが気にくわなかったが、その苛つきも札束で吹っ飛んだ。
札束は院長に白状させるための道具になるかと思った。
だが逆にどうやって奴隷の話をつけたのか問われる可能性がある。
シャルルは面倒なことを避ける為と、自分が欲しいという欲で札束を財布に突っ込んだ。
札束は大きすぎて財布が閉まらなかった。
そのまま髪を下ろしてカラーコンタクトを取り、上着を腰に巻いた。
またあの威圧的な城に入ると思うと面倒臭い。
そう思いつつ城に入る。
「あっ皇帝陛下! 王女様がお待ちです。ご案内しますのでこちらへどうぞ」
先程の魔法学校の人間に対する態度と全然違っていた。
案内役の兵士は、恐怖を覚えているように見えた。
マリアンドより小さい国の王女のくせに自分から来ないのかと思ったが、ここで思っていることを言っても何もない。
「あら、皇帝陛下! 来てくださったのね」
宝石で彩られた玉座に座っていたメイリンは、勢いよく立ち上がった。
「てことは、手紙が届いたのですね。あの兵士にしか渡さなかったのに」
メイリンは死んだ兵士に感心している。
「どうでもいいから賭けの内容を話せ」
「相変わらずせっかちな方ですわ。では内容を話します。賭けと言うより勝負ですわ。今からわたくしと貴方で原界で学んだチェスで勝負しようと思いまして。貴方ならチェスは当然知ってますわよね?」
そう言ってメイリンは玉座と揃いのテーブルの上に黒と白の盤を置いた。
その上に繊細な彫刻の駒が置いてある。
「ルールは原界のルールで。そして貴方が勝ったら貴方の父親とその他の奴隷を全て解放し、奴隷国家を終了します。その代わり、わたくしが勝ったら貴方を縄で縛ってクレイエルを破壊します」
「余程クレイエルに怨みがあるのか知らないが、私にチェスを挑んだ時点で、貴様の敗北は決まっている」
返事を聞いてメイリンは少し笑う。
「では勝負してくださいますね? 黒と白、どちらの色にしますか?」
「黒」
「うふふ。クレイエルに相応しい色ですわ」
メイリンは笑い続ける。
シャルルは黙って睨みつける。
それでもメイリンは笑う。
何か策があるのか。
卑怯な何かを仕組んでいるのか。
その何かは人の心を読めない限り分からない。
「ではわたくしが先攻でいいですね?」
「勝手にしろ」
メイリンは白の駒に手をかけながら笑う。
その様子は堕天使の様だった。
同時刻、真っ暗な廊下を二人の兵士が歩く。
気分が悪そうだがしっかりとダンボールを持っている。
「あーあ。いつまでこんな腐った奴隷を運ぶ仕事しないといけないんだろ。……ぐおっ!」
ダンボールから拳が出てきて兵士に直撃。
もう一人のほうは腕に気づいていない。
「なんだっ!? どうしたって……ぐぁっ!」
さらにもう一人の兵士の顔面に肘が当たり、二人の兵士はその場に倒れ伏す。
ダンボールが同時に落下する。
「いってー。下ろすならもっと慎重に置けっての」
ダンボールの中から背中を押さえた瞬矢が出てくる。
「なんだ? 気絶しちまったのか?」
兵士から返事は無い。
「結構軽くやったのにな。まいっか。奴隷が働いてる部屋はこっちでいいんだな?」
当然、返事は聞こえない。
メイランは清潔な印象があるのに、この廊下の右側は黴臭い。
左側は花のいい匂いがする。
花の香りがするところに奴隷がいるはずがない。
そう思い瞬矢は黴の臭いが強烈な方角へ向かうことにした。
思った通り、大量の奴隷が働いていた。
ある奴隷は20kgほどの砂袋を運ぶ。
別の奴隷は天秤に吊られた巨大バケツに水を汲んで運ぶ。
遠くの奴隷は鶴嘴を振るって穴を掘っている。
そして、さぼると鞭で打たれる。
誰も入り口に立っている新入りには気づかない。
ふと瞬矢は近くの岩陰に隠れてさぼる男を見つけた。
埃まみれの髪は伸びすぎたのか後ろで適当に縛っている。
そして顔のそこら中に痣をつくって顔が赤くなっている。
その表情はとても悲しそうだった。
「おい」
瞬矢は見張りの兵士の目を盗んで男に話しかけた。
「私に話しかけると鞭で打たれるぞ。当然私もな」
男は冷静に返事をする。
まるで打たれてもいいという様子だった。
「鞭で打たれていいのか?」
「構わない」
「どうして?」
男は口を小さく開いて話し始めた。
「冒険家という夢のせいで妻に見捨てられて、その妻は死んだ。娘は、生きているか分からない。それに、仲間だった友人も昨日死んだ。きっと娘も私の知らないところで死んでいるんだ。だからいっそのこと死にたいんだ」
「……」
「友人は私と一緒に冒険家になったせいで奴隷になって飢え死にしたんだ。全部私のせいなのに。私に息子を頼むのか。すまない。暁月、いや稜。瞬矢と刹那は私には守れそうにない」
涙を流しながら男はもう存在しない人間に話し続ける。
瞬矢は暁月という名を聞いて一瞬固まった。
「暁月稜……」
「稜を知っているのか?」
「もう、親父はこの世界の人間じゃないんだな。そうなんだろ? ユーリ・ティアリスさん」
男は閉じていた目を開く。
「もしかして……瞬矢なのか!?」
「そうだよ」
ユーリの溢れる涙が湿った地面をさらに濡らす。
だが一方的に泣いているのはユーリの方で瞬矢は泣かなかった。
「お前までもが奴隷になったのか?」
寂しそうな声でユーリは言う。
「違う」
「違うのか? だったら何なんだ」
ユーリは安心したのか、先程のように冷静になった。
「あんたの娘さんは、生きているんだよ。俺は」
瞬矢の言葉が詰まる。
「そうか。生きているのか。これで私の不安が全て消えた。もう死んでも悔いは無い」
そう言ってユーリは右を見る。
そこに立っていたのは鞭を手にした見張りの兵士。
「貴様、まださぼって何がしたい。鞭で打たれて死んでもいいのか」
「構わない。むしろ殺せ。娘はもう私のことなど知らないだろうからな」
ユーリは鞭で打ってくれと言うように目を閉じる。
「勝手に死を覚悟すんじゃねえよ」
怒りの篭った低い声が、瞬矢の口から出た。
「ん? 見慣れない顔だな。そうか。魔法学校の新入りか。貴様もさぼっていたのか? いい機会だ。目の前でこの男を殺して、この城のルールを教えてやる」
兵士は笑ってユーリを鞭で打ち始めた。
機械のように何度も振り下ろされる腕。
鞭が弧を描いて頭に当たる。
「おい、それ以上やったらてめえを殺すぞ」
瞬矢は刀を鞘から抜いた。
兵士が少し驚いて鞭打ちを止める。
「おかしい。講習を受けているなら黙って言うことを聞くものなのだが。まあいい。貴様もその男と一緒に埋めてやる。悪く思うな。これもメイリン様が望む世界の為だ」
鞭が蛇の様に飛んで来る。
完全に頭を狙っている。
瞬矢はとっさに後ろに飛んでかわした。
「そんなクソ野郎の世界なんか誰も望んでねえよ!」
刀を兵士に向けて振り下ろす。
しかし、兵士は鞭を両手で伸ばしてそれを受け止める。
「普通の人間だったらこれで死ぬんだけどなぁ、この様子じゃ俺も久しぶりに本気出さないといけねえかもな」
勝負を開始してから10分、チェスの勝負はまだ続いている。
白の方が勝っている、と誰もが思うだろう。
その数の差は歴然だ。
「あら、あなたはキングとクイーンとナイトだけなのに何故笑えるの? わたくしに負けそうでおかしくなったのかしら?」
「全部私の作戦通りだ。この三つの意味は貴様に理解できるわけが無い」
「分かったわ。このキングが貴方のお父さん。クイーンが貴方なんでしょ。最後まで生き残ってる」
「ご名答。だがナイトは?」
「どうせさっきみたいに捨て駒とか言うんでしょ?」
「ナイトは、貴様の作戦を粉々に破壊する人間」
そう言ってシャルルは少し笑った。
「あら、聞こえなかったわ」
「聞こえなくてもいずれ分かる。メイランの崩壊と、共にな」




