真夜中の奇跡
西暦1000x年。地球は、500年前、ある奇怪な事件に気がついたばかりだった。
太陽系の仲間であった水星と金星が何の前触れもなく、この宇宙から消え失せた。これを、奇怪な事件と科学者は言う。
原因は分からない。調べる方法もない。それから五百年もの月日が経って、この2つの天体は科学者の頭からも消え失せてしまった。
そんな中、この地球で異常に流行った物語があった。
「Midnight Witch」と呼ばれたこの物語の内容は、
夜中の0時。山奥の村で暮らしていた孤児の少女が「家族に会えますように」と天に願うと、魔女が目の前に現れて両親を少女の目の前に呼び出したという。そんな童話の様な出だしから始まったこの物語は、少女がどんな願いでもかなえてくれる魔女に対し欲張りになってしまい、最終的に魔女に殺されてしまうという残酷なものだった。
この物語は、一年前の9月25日の夜中0時に、ある国の大統領の家の上空がら降ってきたことで有名になった。最初は物語をそのままコピーした作品が書店に並んでいたが、今は教育に悪いなどと議論が起こり、最後だけ手直しして魔女は少女の世界中の人を平和にしたいという願いをかなえたという修正版がいつの間にやら無修正とすり替えられた。
修正版は幼児に爆発的な人気を誇り、大人でも無修正の話は忘れられてしまっていた。
この物語を信じて夜中まで夜更かししようとした子供もいたが、それも5歳までだった。
だが、その常識が通じない人間がこの地球にたった一人、いた。
ユーラシア大陸に、最近の地震でできた巨大火山『クレイドルボルケイノ』があった。
その裏に、住民以外は誰も知らない村があった。
絶望に満ちて自殺を考えた者や、犯罪に手を染めたならず者たちが集まってできたこの村は、村長リフィールの名をとって『リフィール村』と名付けられた。
この村の気候は、巨大火山の影響で気候は温暖。ビニールハウスの食物は育ち、近くにあった小さな湖では魚がたくさん獲ることができる。約三十人の村人たちは自給自足で生きていくことができた。
そんな大人ばかりのこの村に、一人だけ12歳の孤児の少女がいた。
乳母に甘やかされて自己中心的に育ち、何よりもいまだに『Midnight Witch』の事を信じて毎日夜中0時に本当の両親に会えるよう願っていた。
最初、村の民はこんなに願っているのにかわいそうにと思っていた。だが、最近では少女が勝手に作った自分が主人公の『Midnight Witch』を毎日のように読み聞かせてくるのでうんざりしていた。
そんな少女はエリア・マリンという名で呼ばれていた。
「でねでね、ここであたしが魔女のおかげで……って聞いてる!?」
と、茶色の髪の少女エリア・マリンは言った。返事は返ってこない。
それもそのはずで、聞いていた村人2人はいつのまにか眠っていたからだった。
エリアの罵声に起こされた村人はあくびをしながら言った。
「また自分だけ幸せになる話つくってんのか? 借金まみれで逃げてきた俺にとってさ、そういう話っていらつくんだよ。もうそういうクソみたいな話作るんじゃねえよ」
「おっおい、それは言いすぎじゃないのか……まぁ俺も同感だけどさ」
5年も前からこういう話を作ってきたエリアにとって今の言葉はかなり傷つくものだった。
すると、夜中の0時を告げる鐘が村の教会から鳴り響いた。
「お、鐘が鳴ったぞ。今日は年に一度の買出し日だからな。お前は一人で明日まで留守番だ。じゃあな」
年に一度の買出し日とは、電気の無いこの村が生きていくための調味料や蝋燭をふもとの村まで買いに行く日だ。ふもとの村は、この村の存在を知らない。ただ、毎年大量に買ってくれる人間たちとしか思っていない。
「お前一人で留守番だろ? ガキは大人しく勉強でもしたらどうだよ」
エリアは今日一日一人で留守番することになっている。
今まではエリアを一人しないために乳母のベリーズがついていたが、今年からたくさんの荷物を持ち帰ることになり、ベリーズも買出しに行くことになった。
「最後に一つ、今度その話俺に聞かせたらただじゃおかないからな」
二人の住民はエリアに背を向け走っていった。
ほかの家からも次々に住民がふもとに向かい、十分もしないうちにエリア一人を残し村は静かになった。エリアはその場でしばらく突っ立っていた。
風に中くらいで結んだツインテールがなびいている。髪と一緒に少量の涙も風にさらわれていく。
エリアは涙を服でぬぐい、自分とベリーズの家に入った。
「あーあ……」
独りでため息をついたエリアがドアの開いた部屋に豪快に入ると、散らかった部屋がそこにあった。
「もうっなんなの!? 最近になってみんなあたしの話ひとつも聞いてくれない!」
怒りの一喝とともに、投げられたクッションがマッチと蝋燭の入った本棚に当たり、本が雪崩のように落ちてきた。
その中に『Midnight Witch』がまぎれているのを見たエリアは、マッチの火が本に燃え移ったのに気づかないまま、本を手に取った。
『昔、ここからはるか遠くに山奥の村がありました。そこには、家族のいない少女がいました。少女は家族に会えるようにと毎日午前0時にお祈りしていました。ある秋の日のこと、いつものようにお願いしていた少女のもとに、美しい青髪の魔女が現れ、たちまち少女の両親を呼び出してしまった・です』
物語の『の』の字が茶色の焦げで消えていることを不思議に思ったエリアは、物語に顔を近づける。すると、異常な暑さが彼女を襲った。
「熱っ! ……えっこれって火!? どうしようっ!」
あわてて本を落とすと、そのまま火が床を伝わって壁に燃え移った。エリアがあくせくと動いていると、炎は生き物の様に広がっていく。
炎が部屋を包み込むまで、エリアにとっては一瞬の間だった。
「だっ誰か助けてぇーっ!」
窓に向かって叫んでも誰も助けに来ない。エリアは指を組んで、物語の主人公のように一生懸命に祈り始めた。もはや、これしかできることがなかった。
「あたし……ここで死にたくないよ」
うずくまったエリアは助けを待ち続けた。
「全く、何やっているんだか」
誰かの声がした。だが、エリアには恐怖で聞こえていなかった。目を閉じていたエリアは自分の前に人が来たことにも気づかなかった。
その誰かは黙ってエリアの腕を掴んで窓から飛び降りた。
「えっ何っ? きゃああああっ!」
エリアは落下の恐怖が終わったことを認識する。そっと目を開くと、炎に包まれた家があった。
上を見上げると青い髪と黒い服が印象的な背の高い女性が立っていた。
「あたし、助かったの? ……あなたは、誰?」
エリアは助けてくれたらしい女性に聞いた。
「やれやれ、せっかく助けてやったのに礼より先に名を聞かれるとはな」
予想より低い声が返ってきた。
「あっすみません! 助けてくれてありがとう……」
「私の名よりこの火のほうが先決だな。お前は下がっていろ」
女は、家に向けて指で術式を組んだ。
女の足元に金色の魔方陣が出来て、地面から水が噴き出した。
エリアには何が何だか分からなかったが、火が一瞬にして消えたのは誰にでも分かる。
「すごい……」
後ろにいたエリアは、思わず声に出した。
「名前、聞いてもいい?」
「……シャルル・ティアリスだ」
「さっきのって魔法!?」
エリアは目を輝かせてシャルルと名乗る女性に聞いた。
「そんな子供っぽいものじゃないと私は思うがな」
「なんかよく分かんないけど助けてくれてありがとう! 今日はみんないないからゆっくりしていってよ! あたし、あなたに聞きたいことがたくさんあるの!」
そう言ってエリアはシャルルの腕を引っ張って、燃え尽きた自分の家の隣にある倉庫のような小屋に入った。
今まで会いたくて仕方が無かった魔女のような青髪、紅の目の女性シャルルと会えたことをエリアは嬉しくて飛び上がりそうだった。
自分の夢、両親と会うという願いがもしかしたら叶うのかもしれない。エリアは魔女のような人間に会えたことが何よりも嬉しかった。
エリアは、小屋に入る前から最高の笑顔を見せていた。




