机と教卓
17章 机と教卓
異界 首都マリアンド 魔法学校 3-A組教室
「起立。気をつけ。礼」
どこの学校にもありそうな風景だ。
この学校は3年生になると卒業試験をクリアした人から卒業という形式で月日が経っていく。
転入生が入るのはよくあることであり、大した歓迎もしない。
シャルルは制服の袖をまくって、一番後ろに座っていた。
「えーみなさんおはようございます。今日は普通授業と……おい!」
中年の教師が、向かった先は爆睡している瞬矢だ。
「お前は毎日何時間寝ているんだ! コアラか!」
ファイルの筒が彼の頭に直撃する。
「いって」
「ふん! 動物じゃあるまいし、いつまでも寝てようと思うな!」
「はいはい」
「はいは一回だ!」
教師は物凄い鼻息を出すと、ホワイトボード前の教卓に戻っていく。
それを確認すると、瞬矢はまた寝る体制に入る。
毎日のことだ。
「今日は1時間目が魔界史、2時間目が異界史だ。歴史ばっかりで面白そうじゃないか」
「えー」
「そして3、4時間目が魔術で一ヶ月に一度の武術の授業が午後からある」
「やったー!」
そう言う声がいくつも聞こえてくる。
魔術で喜ぶ人間も多いようだが、ほとんどは武術の授業だろう。
そんなに楽しいものなのだろうか。
「というわけで一限は私の魔界史だ。そこのコアラみたいに寝ていたらどうなるか」
「コアラじゃねえっての」
完全に寝たと思ったが、瞬矢は一応起きていた様だ。
「だったら寝ないことだ。5分間休憩が終わって寝ていたら水をぶっかけるからな」
教師はそう言って教室を出て行った。
皆午後が楽しみでたまらないようで話し合っている。
と、その中に強引に入りこんでいく人間が一人。
彼女がエミリアだ。
「ねえねえ! なに話してるの?」
「今日の午後のことだよ」
「ふーん。つまんないの。恋バナとかしないの?」
つまらなそうな顔をしてエミリアは別の人ごみに入っていく。
「あれがエミリアだよ。あのオヤジ教師並に迷惑だよなぁ」
瞬矢は壁に寄り掛かって言う。すると、
「ねえ! 転入生の人?」
エミリアが割り込んでくる。
瞬矢はとっさに後ずさる。
「げっ」
「何脅えてるのシュンくん。わたしはこの人に……あーっ! マルクと一緒にいた人! 大人かと思ったけどまだ18だったのね」
一言一言にいらつきそうになるエミリアの会話。
「なあ、それでいいだろ? ほらアビスのとこでも行って来いって! な?」
「何? わたしを追い出そうとしてるわけ?」
笑ってるが、エミリアは怒っている。
「いや、そんなんじゃなっくってな。こいつ、学校のこと分かってないし俺が」
「へえ。シュンくんってホモだったの?」
「ちげえよ! 大体お前……」
「ふうーん。わたし、久しぶりにちょっとストレス発散したくなっちゃった。相手になってくれる?」
そう言ってエミリアは、眼鏡を片手で折って近くにある机に手をかける。
「おいっ朝からこれかよっ!」
「わたしに時間なんて関係ないんだからね」
机が頭上に持ち上がる。
「待て」
シャルルはエミリアに近付いた。
「新入りは黙ってなさいよ」
「そんなことをして何になる? 結局皆に自分の権力を見せつけているだけじゃないのか。人の机を荒らしたらただの迷惑だ」
「なんなの? 皆そんな新入りに同感するって言うの?」
皆から返事はない。
ただ机が飛ぶので防御するのに一生懸命なのだろう。
「あなたそれ以上言ったら」
「机を投げるのか」
「分かってるじゃない」
エミリアは両手で机を投げつける。
それは難なくかわせた。
「喧嘩売ってるのか?」
もう一つ、机が飛んでくる。
横に飛び退いてかわす。
隣にエミリアが持ち上げられないと言う教卓があるのにシャルルは気づく。そして、手をかける。
「あなたそれを持ち上げようっての? 無理よ! あの人でさえ無理なのに!」
女子生徒が叫ぶ。
「やってみせる。あいつを止めるためにな」
教卓をシャルルは軽く持ち上げた。
「なんで持ち上がるの……」
たくさんの人間が茫然としている。
「これで机を投げるのをやめないなら、貴様っ……お前にこいつを当てる」
そう言いつつも、シャルルは教卓を下ろす。
エミリアは机を持ち上げたまま笑う。
「もしかして、限界ってやつ?」
しかし、エミリアの得意げな表情はすぐに崩れた。
あの中年教師が教科書を持って入ってきた。
「エミリア。またやったのか。いい加減にしろ」
「だってこの人が!」
そのとき、何故シャルルが教卓を下ろしたのか分かったらしく、エミリアはうつむいた。
「この新入りが何をしでかしたかは知らないが、いい加減その癖をなんとかしろ」
エミリアはしぶしぶ机を下ろして自分の席に座る。
「いい提案がある。今から新入りとエミリアに問題を出す。答えられなかったら別室で説教アンド卒業一ヶ月延長だ」
「得意の魔界史なら私の方が有利に決まってるじゃない。やってあげるわ」 相手は自信満々のようだ。
「では難問を5問出そう。いいな?」
「いいわよ!」
先程からエミリアと教師しか話してしない。
と言うよりシャルルはあきれていた。
「第一問、クレイエル帝国の初代皇帝をフルネームで」
「ルビア・ヴィスティア・クレイエル」
と、シャルルは迷いのない即答を返す。
自分の祖母の名前を知らないわけがない。
「正解だ。では第二問。奴隷国家を作り上げたマリエ・ヴィスティア・クレイエルは何代皇帝か」
「2代皇帝」
「魔界史得意な相手になかなかやるな、新入り」
エミリアはムッとしている。
「第三問、現在のクレイエルの領地は異界の何倍だ?」
「三分の二」
「ひっかからなかったか……よし、これならどうだ」
教師は教科書の最後の辺りを見て話す。
「4問目は穴埋め問題。
11年前、4代皇帝になる人物が○○○○○という転送魔により姿を消した。その○○○○○を倒したのは○才の○代皇帝。○を埋めてみろ」
「11年前の話がもう教科書になってるのか?」
周囲が騒然としている。
それを見たシャルルは自分の失言に気づいた。
今の発言は、魔界史の教育を一度も受けていない者だと思われるかもしれない。
「……一つ目がデスバルムで二つ目が6、三つ目が3」
「正解だ。これでエミリアが別室だな」
「ちょっと! 私にも答えさせてくれたらどうなの!?」
と、言っているが、その様子からしてエミリアは一問も分かっていないだろう。
エミリアのおかげで、周囲の猜疑心が忘れられるといいのだが。
「じゃあエミリアにチャンスを与えよう。最後の問題だ」
「正解したらこの人が別室ね」
「5問目、現在のクレイエル帝国の皇帝の名をフルネームで答えてみろ」
「悪魔皇帝のフルネーム? えっと……」
エミリアは必死に考える。
答えは目の前にいる人間だと言うのに。
「答えられないのなら、私が難問を出してやる。何故クレイエルの皇帝が悪魔皇帝と呼ばれるようになったのか答えてみろ」
とシャルルが言うと、エミリアは自信に溢れた表情を返す。
「それは奴隷国家をもう一度復活させて、大量の人間を殺したからでしょう?」
「最初の奴隷国家が終わったのは、2代皇帝が死んだのと同時だったのは知っているか」
「それがどうしたってのよ」
「その時点で不正解。説教決定だな」
「はあっ!?」
思わず自分の汚名を晴らそうとしてしまった。
エミリアは分かってくれる人間に到底見えないというのに。
「エミリア、どう見てもお前の負けだ」
中年教師は知らぬ間に他の教師を集めてきたらしい。
教室で大声をあげたエミリアは、あっさり教師たちに連れて行かれた。
「コアラくん。珍しく起きていた様だがこの様子じゃ一番も終わりそうだな」
「だからコアラじゃねえっての」
外を向いて話す瞬矢に、珍しくクラスの皆が笑っていた。




