腹黒眼鏡と生意気少年
≪episode Ⅱ≫
16章 腹黒眼鏡と生意気少年
異界 首都マリアンド 中央付近
異界の首都であるマリアンドに来たのは記憶上2度目となる。
中央に位置する花形の水を噴き出す噴水の中に、この町を守る異界結界石がある。もしこの結界石を取ったらこの町はヘルバルムが創った魔物の残飯約1億体とその子孫に襲われるだろう。なので誰も取ろうとしない。これは幼児が言葉の次に学ぶことであり常識である。
そして、北側に位置するのは異界に住む未成年の中で賢い人間が通う異界魔法学校。通称『デニッシュ学院』。
彼女がマリアンドに来たのはこの魔法学校に入り、父親について調べるためである。
それまで少しだけ時間があったために、この噴水の辺りを散歩していた訳だ。
「どけどけどけえー!」
背後から幼い少年の罵声が飛んできた。背後を振り向くと、まだ5歳ぐらいの少年が人ごみをかき分けて走ってくる。元気のいい奴だと思いつつ、シャルルは避ける気を殺して気付かないふりをしていた。
「どけよおばさん!」
「おばさん?」
少年は立ち止まって指を指してきた。
「そうだよ、お前のことだよ! 僕がどけって言ってるんだからな! どかないからおばさんだ!」
そう言ってまた少年は走り出す。シャルルは少年の肩を片手で掴んだ。少年は肩を長い指に掴まれて走ることができなくなった。
「待て、ガキ。私はまだ18だ。それにこんな人ごみの中を偉そうに通るな」
「なんだとー!お前謝る前に文句かよ!」
「生意気なガキだな」
その時、
「誰か! その子を捕まえてください!」
眼鏡をかけた女が走ってきた。容姿は未成年だ。
「あっエミリア姉ちゃん!」
「もう、勝手に孤児院を脱走しないで、マルク。みんな心配してるから帰ろう。私ももうすぐ学校の時間なんだから」
学生で眼鏡のエミリアと言えば、エリアの友達で瞬矢が腹黒いと恐れていた人間のことだろう。
でも、こんな細身では机を持ち上げられそうにない。別人なのだろうかと思ったが、ねこかぶってるだけかもしれない。
エミリアは安心した表情でマルクという名の少年を引っ張っていく。
「ちょっと待ってよエミリア姉ちゃん! こいつぶつかってきたくせに謝らないんだよ!」
「え?」
疑問の声をあげると、エミリアは速足でシャルルのところに歩いてきた。
「どんなに小さい子でも、謝らないのはおかしいと思います」
「こいつがぶつかってきたんだよ」
「大人げない男性。でももしそれが真実ならこの人と喧嘩になるのかな? マルク、謝りなさい?」
エミリアに完全に男だと思われている様だ。マルクはおばさん、と言ったところから女だと分かっていたらしいが。
「なんでこんなやつに僕が謝らないといけないんだよお」
マルクは怒った表情で近づいてきた。
「お前! クレイエルの悪魔シャルルみたいなやつだな!」
「貴様のようなガキが」
みたいな、というか張本人だがとはこんな街中で言えないだろう。
マルクはそう言い残してエミリアの手を引いて行く。それを確認すると、シャルルは別方向に歩いて行った。
異界 首都マリアンド 魔法学校院長室
「なんと! やはりあのヘルバルムを仕留めたのか!?」
「これが嘘だったら私は今頃死んでいる」
「シュンから聞いてもいまいち信じられなくてな。まあ君のような強い人間が入ってくれるのは学校の院長として嬉しい限りだ。早速手続きをしたいところだが……朝からシュンの奴が見当たらんのだ。もう昼を過ぎているというのに」
院長は額に血管を浮かべて考え込んでいる。
「あいつがいないのが、そんなに大変なことなのか?」
「いや、あいつはあれでも成績はいつも1番だ。おそらく原界の学校の授業はここより数倍進んでいるのだろう。奴も授業中は寝ているが、私は成績が一番の人間には毎年3日、講習をしておる。今日は3日目でな、一昨日あの森に入ったのもその一環だ」
「あいつが一番、か」
少し信じられないが、院長が言うのなら事実なのだろう。
そう思っていると、突然扉がノック無しに豪快に開いた。でてきたのは瞬矢本人だった。
息を切らして、何か重要なことを二人に話そうとしているのだろうか。
「……院長」
「どうしたのだ。暑苦しい」
「『死の覚醒』について何か知ってるか?」
「どうしてお前がそれを知っている!」
院長が勢いよく立ち上がる。
「院長、教えてくれよ。知ってるんなら」
「瞬。『死の覚醒』は髪が白くなり、目が金色になる。そして運動能力を最大限までに引き上げるものだ。十字架により封印、解放できるという伝説がある」
「え、シャルルおまえ知ってたのか!?」
「記憶が戻ってから思い出した。お前が昨日やったことだろう?」
「なーんだ。クソハゲ院長に聞く必要なんてなかったぜ」
瞬矢は横目で院長を睨みつけた。
「なんだとこの野郎……だが死の覚醒を使える人間は限られている。並大抵の異界人なら一度使って10分で死に至ってしまうだろう。もちろんこの私もな。だがお前たちは生きている」
「俺もこいつも異界人じゃねえっての。まあこの学校では異界人ってことになってるけどな」
「なに! お前も、異界人じゃないのか……」
「私はれっきとした魔界人だ」
「何という。シュンは原界人だということが昨日分かったが、お前までも」
原界は異界の人間が使う地球の呼び名だ。使う人間は年々減っているものの、今の時代使う人間は多い。
「院長、私は男として入学したい」
「なぬ! あ、いや別に構わないが……何をやろうとしとるか知らんが、騒ぎだけは起こすでないぞ」
「意外にすんなりしてるんだな」
「うむ。疑っても仕方がないことだ。制服は秘書に渡してもらうといい。おい、秘書はどこに行ったんだ?」
「秘書? そんなのいたっけ?」
瞬矢が初耳だということが珍しい。新人秘書なのだろうかと思ったら扉にノックの音が3回、鳴った。
「入らせていただくであります」
院長の返事を聞かずに扉が開く。
「あ、院長。例の書類でありますが、無事発送できた模様であります」
女は部屋に入ってすぐにべらべらしゃべる。語尾にありますがつくのと、それにこのスーツの女、どこかで見たことがあった。
「どこかで見たことあると思ったら、借金コスプレ野郎のデュアル・ソディか」
「この学校になんの用でありますか」
デュアルは目を逸らした。
「借金は返せたのか知らないが、そんな高そうなスーツ着て大丈夫なのか?」
「院長、そこにいるのは虐殺悪魔シャルルであります」
「虐殺悪魔? 誰がそんな名をつけたんだよ」
瞬矢は面白そうに聞く。
「たった今私がつけたであります」
「ふざけるな。院長。こんなクソを秘書にしていいと思ってるのか?」
「まあな。仲良くしてやってくれ」
院長はそう言って部屋を去る。
「へーこいつ、借金背負ってたのか。だったらお金でちょっと利用できるか?」
瞬矢が上から目線で言う。
「そうだなー、校舎を500Mで掃除してもろおうか」
Mは異界のお金の単位であり、1Mは地球の1円と同じぐらいの価値がある。
「500は多すぎるんじゃないか? 瞬。そこは10で上等だと思うが」
「はははっ! おまえ地位の割にケチだな!」
瞬矢は腹を押さえて笑っている。
「たった10Mで!? ふざけるのはよくないであります!」
「てめえにはそれで十分だよ」
デュアルは大きく息を吸って、
「あなたたちは私を誰だと思っているでありますか! 私はこの学校の秘書であります!」
「秘書なんて俺は知らねえな。不審者は大人しく雑用でもやったらどうだよ」
「きいいいいい! 成績一番の人間と虐殺悪魔はドSであります!」
大声で叫んだせいか息を切らしている。
「誰が虐殺悪魔だ」
「制服はここに置いておくであります! 入るからには大人しくしてほしいであります!」
机に勢いよく青い袋を置くと、デュアルは速足で部屋を出て行った。
「あいついじめるの楽しいな。っとこんなドS発言はやめて、シャルル、お前あいつ何処で知ったんだよ。」
「ついこの前山道で勝手に呼びとめてきてな。自分より強い者がいるのはプライドが許さないって戦いを申し込んできた。勝ったら借金を肩代わりしてもらうとかな」
「うっぜ。単に金が欲しいだけじゃねえかよ」
「その通り、だな」
瞬矢はポケットに手を突っ込んで笑う。
「今日は学校午前だけで終わる日なんだよ。明日の朝に制服着て、ここにこればクソハゲがどうすればいいか教えてくれるさ。おっと言い忘れてた。俺とエミリアは3のAだぜ。じゃ、俺は寮に帰るか」
「分かった。いろいろとありがとう」
「おまえがお礼言ったのって俺が初めてか?」
「そうかもしれないな」
「ふーん……ま、気にしても仕方ないか。じゃあな」
軽く手を振って瞬矢は院長室を出て行った。




