ヘルバルムと白い髪
12章 ヘルバルムと白い髪
異界 クレイアルウォッド入口付近
「クレイエルの幼い女帝か。何て名前だったか知ってるか? 凄い長かったから、俺は全然覚えてねえんだけどさ。確かなんとかヴィスティア……忘れた!」
「なんでそこだけ覚えているんだ」
「んー、かっこいいと思ったとこだけ覚えてた。まっ俺みたいな日本人からすればってとこだ。異界人とかクレイエルの人間とか、本人はどう思ってるか知らねえけどさ、皇族とか王族とかってみんな名前長いよな」
「そういうことはその名をつけた親が問題になると思うが。で、話したいことって何だ」
返す言葉が無くなって瞬矢はまた頭をかいた。
「後で話す」
「じゃあどうして着いてくるんだ」
「ヘルバルムに聞きたいことがあるんだよ。話変えるけどさ、シャルルはどうしてこの森にいたんだよ?」
どうやら着いてくるだけの口実だったらしい。こいつを突き放すのは不可能だとシャルルは思った。
「……この森に、私の母親の墓があるからだ」
「母親の墓がここにあるのか? てことは、お前の母親がクレイエルの血を持ってたって訳か。この森に張ってある結界は、クレイエルの人間か異界で2人しかいない大魔法使いしか破れないんだよ。院長がその一人で、もう一人はユーリさんだ」
「……」
「おっ森の出口だ。やっと出れるぜ」
瞬矢は背伸びをして森を抜ける。
「気の早い奴だな」
遅れて森を出たシャルルは少し苦笑いした。
「あっお前俺の前で初めて笑ったな」
「どうでもいいことだと思うが」
「たまには素直になろうぜ」
妙に間延びした瞬矢の声が少し嬉しそうだった。
「全く、何が嬉しいんだ瞬矢は」
「お、俺の名初めて呼んでくれたな。でも俺は異界にる間はあくまでシュンだからな」
「じゃあ瞬だな」
「あんまり変わってないような気がするけど、まいっか」
この男を見て誰もが細かいことをあまり気にしない性格だと思うだろう。それでも意外に分かりやすい人間でもないかもしれない。
魔術が苦手なのは分かったが、剣の腕前がいまいち分からない。弱かったらどうするんだとシャルルは考えていた。
「そうそう、昨日から異界や魔界で魔物がでるんだってよ。例えば、超でっけえライオンとかな。だからマリアンド付近は大魔法使いに結界石を作らせて、魔物が出入りできなくしてるくらいだよ。魔界はどうなってるか知らねえけど強ええクレイエルの女帝がいれば大丈夫だろ」
だからここにいるというのは通じないだろう。
でも魔物の話は初耳で、クレイエルに訪れた時にはそんなものいなかった。
もしかしたらヘルバルムの世界征服と関係しているのかもしれない。
「その魔物ってのは、お前の後ろにいる奴らのことか?」
「え」
瞬矢が後ろを向くと、話していた通りの大きなライオンが3匹。全員羽が生えていて 鋭い爪を持っている。
「いつの間に……お前それを笑って言うなよ」
「私は魔物ってやつを初めて見たんだ。でも奴ら、本で見たキマイラという神獣に瓜二つだな」
「キマイラ? よく分かんねえけど、やっつけるしかなさそうだぜ」
「お前の腕を見るいい機会だな」
「だから笑って言うなよ」
二人は同時に己の武器を手に取った。瞬矢が持っていたのは紛れもなく日本刀だった。鞘に巻きついている紐が、棍に巻きついている紐と全く同じだということに瞬矢は気づいた。
「シャルル、お前は右の一匹だけでいいぜ。足怪我してるだろ?」
「別に足はどうでもいい。でもお前は大丈夫なのか?」
「ここは俺に任せろよ。せっかく一匹でいいって言ったのにさ」
「仕方ないな」
ライオンの大きさは大きかったが、瞬矢は気にしていない様子で地面を蹴った。そのまま身体全体を縦に斬って、左のライオンが真っ二つになる。名前の通り、攻撃スピードが速かった。
「これぐらいで驚いてたらヘルバルムなんて倒せねえよ」
瞬矢は着地して中央にいたライオンに言った。すると、ライオンはヘルバルムという言葉に反応して目つきが変わった。
「我が主を倒すのか。だったらこの身に代えても貴様を殺す!」
「うおっこのライオン人間の言葉しゃべんのか」
どこか楽しそうに瞬矢は言った。
「貴様も同類か。こちらに味方しない限り、死ぬことになる」
「同類? 私は貴様等に味方するつもりなんて微塵もない」
もう一体のライオンの目つきも変わり、大きな爪を振り降ろして雄叫びを上げる。シャルルはとっさに後退して術式を組んだ。足元の魔方陣が群青色に光る。
「ブラッディ・テジョン」
突然辺りが暗くなり、上に真っ黒な雲が形成される。それでも暗くなったのはここだけだった。黒い雲は二体のライオンを包んで一緒に消え去っていく。辺りが明るくなった後も、瞬矢は茫然としていた。
「すげーな闇って。初めて見た。でもさ、一瞬お前の髪が白くなったような気がしたんだけど」
「そう言うお前は人のこと言える立場なのか?」
「え、俺も!? それにしてもなんだったんだろうな。ライオンを倒した後に突然さ。まさか、もう年ってやつか!?」
「それはないと思うが、全部ヘルバルムが知っているはずだ。言わなかったらぶっ殺して虫の息になった時に拷問すれば……」
「お前さりげなく怖いこと言ってるな。まあエミリアと比べられるってところか」
「マリアンド皇王の娘のエミリア・マリアンヌか?」
その名を聞いたことはあったが実際どこにいて、どんな人間なのか知らなかった。
「ああ。俺の同級生なんだけどさ、見た目は眼鏡のツインテールでかよわそうな女の子なんだけど」
瞬矢の顔色が少し変化した。
「実は腹黒くて怒ったらすぐ眼鏡折るんだよ。一年間に20本は折ってるんじゃないか? しかもすげー怪力で一回ある男子生徒と喧嘩したときなんかやばかったんだぜ」
「何がやばかったんだ?」
「その日はなエミリアが机を投げてさ、教科書が飛び散って、当たった人は怪我して。本人は両親の権力で許してもらえるし。でも、エミリアが持ち上げられない物が一つだけ教室にあるんだ。それが教卓。俺たちの担任は教卓に大量に詰め込んでてさ。お前も学校に入ったらあいつだけは近寄ってはいけない人間だということを覚えとけよ。ってまず入らねえか」
瞬矢の表情からどれだけそのエミリア・マリアンヌという女が怖いかは分かった。これでエリアの親友とは信じられない。
「それとあいつは、人、特に女が話しているところにばっかり近寄るし勝手に友達にする。みんな優しいから逆らえないし。それでその権力に怒った男があいつに、な」
「分かった。私は男として学校に入ろうか。そうすれば奴に近寄られることもない」
「おっお前、虐められたいのか……」
「違う。私はただそいつをぶちのめしたいだけだ。何の能力もないくせに権力を振るう輩は許せない」
リフィール村でベリーズに言われたことを少し思い出した。
「はははっお前ならエミリアに勝てるかもしれないな。まあ頑張ってみろよ。あいつをぶちのめすって言ったら皆応援してくれるさ。さーてっ!クレイエルの井戸に急ごうぜ!」
瞬矢は刀で黒い渦を作った。
「俺魔界初めてなんだぜ。どんなところか知ってるか?」
「あまり期待しない方がいい。異界のほうがよほどマシだからな」
「そうなのか? まあ行ってみれば分かるからな。行こうぜ!」
シャルルの腕を引っ張って瞬矢は渦に飛び込んだ。




