異界魔法学校
11章 異界魔法学校
「申し遅れた。私は異界魔法学校、通称デニッシュ学院院長のキリアル・デニッシュだ。もし良ければ君の名を聞いておきたい」
怒りを静めた院長は姿勢を正して名刺を手渡した。
「なんだ? 私の顔を知らないのか……ならいい」
シャルルは少し安心した様子で笑った。
「ん? すまんがよく聞こえなかった。もう一度言ってくれ」
「院長は年だもんな」
「じゃかあしいっお前は黙っとれ! どうせお前も聞き取れなかったんだろう」
「あーうるさい。院長声でけーよ」
瞬矢は軽く頭をかいた。
キリアルの額に血管が浮き出ている。相当短気なのだろう。
「なあ、お前の名前ってさ、シャルル・ティアリスじゃないのか?」
「知っていたのか?」
ティアリスと言う姓は父親の姓から取ったもので、エリアに名乗った姓でもある。
マリエが離婚したために、ヴィスティアの姓を名乗らなくてはならなかった。目の前にいる初対面の原界人が知っていたのはニセ者が出現したことよりも驚くことだった。
「やっぱりそうだったんだな。俺の親父が言ってたんだけどさ、昔友人と一緒に旅しててさ、確かその友人の娘の名がシャルル・ティアリス。俺は……いいや、後で話す」
「私の父親は何年か前に行方不明になったと聞いた。原界人の友人がいたなんて聞いたことがない。何故貴様が知っている?」
「あー、そういえばこの十字架は親父から貰ったものなんだけどさ」
瞬矢はわざとらしく話題をそらした。
「もしシャルル・ティアリスという同年代の人に会ったら見せてみろとか訳のわからないことを親父は言ってたんだ」
「……お前の父親は生きているのか?」
「ユーリ・ティアリスっていう友人と一緒に行方不明になったって聞いてる。でも俺は生きてるって信じてる」
瞬矢はさりげなくシャルルの父親の名前を挙げた。
この旅は記憶を求める旅のつもりだったが、父親探しの旅も兼ねていた。
「なぁ、この十字架が何を意味してるか気にならないか?」
瞬矢は何かを教えたそうだ。
だがシャルルが欲しいのは父の情報であり、十字架に興味はない。
「確かにそうだが、私にはまだやらないといけないことがある」
「何をするんだよ?」
「屑どもの親玉を止めないと異界や魔界が糞になる」
「屑ってさっきの意味わかんねえ影みたいなやつか? でも、その傷で大丈夫なのかよ」
「これぐらいどうってことない」
瞬矢は少し黙って笑う。
「ははっシャルルってさ、男みたいだな。話し方も性格も強さもさ」
「そんなことを言ったのはお前が初めてだ」
「そうなのか? だって俺初めて見たとき男かと思ったから。髪伸ばせば女に見えるけど」
「ついさっき屑に切られたんだよ」
そう言ってシャルルは先程投げたレプリカの棍を拾って指輪に隠す。瞬矢はそれに気づいて、
「あっそれ俺と一緒だな。俺もそんな風に武器持ってるから」
と言った。すると、さっきまで黙っていたキリアルが話に入ってきた。
「話を変えるが、君が先程戦っていたのはクレイエル・シャドウじゃないのか?」
「ああ、そうだが」
「C・Sはボスであるヘルバルムが率いる影の組織だ。見たものは死ぬしかないとされ、目撃者は殺されたという噂を持つ。まさか生きて勝てるとは、君はただ者ではないな」
「私はその親玉を探している。そいつが何処にいるか知らないか」
「これはただの噂だが、魔界のクレイエル帝国城。その中にある台所の井戸。そこにいるらしい」
頭の中で衝撃が走った。
「クレイエル帝国の城に……そんな奴らが潜んでいたのか」
皇帝でも知らないのであれば、何か条件を必要とするかもしれない。シャルルはそう思った。
「ヘルバルムはかつて、クレイエルを襲った転送魔デスバルムの兄みたいなものとされている」
「デスバルム……」
転送魔デスバルムは産まれたばかりのエリアを地球に送った張本人だ。シャルルは幼いころ血だらけになって戦ったことを何故か覚えていた。
「もうデスバルムはいないが、ヘルバルムは生きている。奴の息の根を止めない限り平和に暮らせないだろう」
「そのデスバルムは、10年ほど前に幼いクレイエルの女帝が一人で倒したそうだ。C・Sに会って生きていたのは君とその女帝の2人だけかもしれんな。はて……? 何ていう名前だったかのう?」
正式には二人じゃなくて一人と言いたかったが、院長が名前を忘れている。それならわざわざ言う必要はない。
「君はヘルバルムを討伐しに行くのか?」
「勿論」
「もし生きて帰れたら、魔法学校に入ってほしい。君のような人材なかなかいないからな」
「分かった。生きて帰れたら……な」
軽く同意すると、シャルルは院長に背を向ける。無論シャルルは皇帝である為学校に入るつもりはない。
「なあ、俺も行っていいか?」
瞬矢は笑って聞いてくる。
「貴様には関係ないだろう」
「あるだろ。ヘルバルムのせいで異界にも魔物が現れたんだぞ」
「安全は保障できない」
「俺はお前の安全なら保障できる自信がある」
この自信はどこから出てくるのだろう、とシャルルは疑問に思った。
「話したいことがある。院長のいないところじゃないと話せないんだ」
キリアルに聞こえないようにしているのか、瞬矢は小声で言う。
「分かった」
「じゃ、改めてよろしくな。おっと言い忘れてた。俺は剣術が得意でさ、一応火属性の魔術も使えるけどそこはあんまり期待しないでくれよな。お前は?」
「私は棍と水と闇の魔術」
「そっか。でも女で棍って凄いな。あれって重いし」
その様子を院長は黙って見ていた。そして二人を呼びとめて言った。
「君たちの健闘を祈る」
同時刻 クレイエル帝国城 書庫
「もおおおお! 姉さんどこに行ったの!?」
「私に聞かれましても……」
エリアは怒りで興奮している。兵士たちは何も言えない。
「あーもう! エミリアはどこか行っちゃうし、姉さんもどこか行っちゃうし。あたし何すればいいの……?」
「エミリアとは?」
「エミリア・マリアンヌ。あの子は、あたしの友達で、魔法学校に行くとか言って村から出て行ったの」
エミリアはエリアがシャルルに話した女の子のことだ。
「大体、魔法学校ってどこにあるの?」
「魔法学校とは、デニッシュ学院のことでしょうか? それだったら異界の首都マリアンドにありますけど……ですが、あそこは院長に認められた者しか入ることはできません」
「よし! じゃああたし、鼠になる魔術を学ぶ! それで魔法学校に行ってやる! もしかしたら姉さんもいるかもしれないし」
「シャルル様は学校には行かれないと思いますが」
「いいの! エミリアに会えれば!」
兵士はエリアにあきれてため息をついた。
「で、鼠になる魔術ってあるの?」
「鳥ならありますが鼠は……」
「鳥でいいの! 決定!」
今日のエリアは妙に強引だ。自分でもそう思っている。
「では早速魔術の達人を呼びましょうか」
「うんお願っ……え?」
黒い霧が城を包み込んでいる。辺りを見回すと、兵士が見当たらない。
「あれ? みんなどこに」
何故か分からないままエリアは気を失った。その黒い霧が去った跡には、人がいなくなっている。
そして、どこからか聞こえてきた不気味な笑い声が帝国全体にこだました。




