地獄乱舞
昔、金星と呼ばれた異界。
首都マリアンドと、メイラン王国の領地がほぼ全体の面積を占めている。異界は町が少なく、大きな町しかないと言ってもいいほどだろう。
その中で、どこの領地にも、誰の私有地にも入らない森が異界の北部にあった。
金星に異界という名ができてから周りに結界が張ってある。異界の人間でもその結界を破れるのは、ごくわずかしかいない大魔法使いたちだけだった。
しかし、その結界をたやすく破る人種が魔界にいた。
それがクレイエルの皇族たちである。彼らはそれを利用し、クレイエルの家系にあたる人物の墓場としてこの森は利用された。
当然マリエの墓もここにある。
シャルルが今日この森に来たのは墓参りではなく、あることを確かめる為だ。
ここに来る理由になったのは先程のマイとカレンの姉妹との戦闘で失われた記憶がほんの少し戻ったことが関係する。もしかしたら過去の自分と関係のある物を見ることで記憶を取り戻せるかもしれない。そう思って初めに思いついたのは母であるマリエの墓だった。
記憶が無いのでマリエが死んだ理由は知らない。
分かっているのはマリエが死んだのが5年前より前だったということだけ。
この森は、異界の別名クレイアルを取って『クレイアルウォッド』と呼ばれている。
シャルルが足音をたてても動物の影や気配が一切しない、全体が黒色に近い緑の森。歩き始めて数分、生暖かい風が吹いてくる。
さらに靡くシャルルの藍色の髪と着ている服も暗い色で、第二ボタンまで空いている黒い燕尾シャツと七分まで捲りあげた黒いジーンズがこの森の奇妙さを引き立てる。
墓は先程から何度も見てきたが、マリエの墓はまだ見当たらない。
シャルルにとっての戦闘とは、はっきり言って楽しいものだった。
でも最近は相手が弱すぎてつまらないものと化している。
なぜなら、本気を出せないからだ。今日は女としか戦っていない。皆弱かった。
親馬鹿の女、変な占い師、屑に等しい妖精、阿呆な姉妹。
入口からどれだけの距離を歩いたかは分からない。
大きな倒木の近くに、マリエの墓はあった。でもその景色は一変していた。
墓は大きなヒビが入っている。
そして、その周りには何かが掘り起こされた跡が残っていた。
この下には何もないはずだった。
背後で何かが動く音がした。
シャルルは後ろを見ないでもその正体が分かった。
「いつまで隠れているつもりだ?」
「ほぅ」
感心したような低い声が返ってくる。
「さすがだな、我らC・Sの気配に気づくとは」
「シー……エス?」
「我らクレイエル・シャドウのことまで忘れるとは、記憶の消しすぎだったか」
その言葉に反応したのか、シャルルは初めて背後を振り返った。
そこにいたのは、人間ではなく人型の影だった。数は大体千匹程だろうか。
「クレイエル・シャドウ? 私はてっきりCが糞でSがストーカーかと思った。それで私になにか用でもあるのか? 貴様らが先程言ったのは、まるで自分が私の記憶を奪ったと言っているみたいだった」
「用はただ一つ、我らの失敗作であるお前を殺す」
「は?」
失敗作の意味が理解できなかった。
「悪く思うな。お前が我らのことを忘れているなら殺せとボスから命令が下った」
「ボス? 私はこんなところで死ぬつもりは無い。貴様らみたいな屑が私を殺るつもりか?」
「相変わらず下品な皇帝よ。そんなに死にたいのか知らないが、やるからには本気を出してほしいものだ。一度ボスが恐れた存在なら、我らも一筋縄ではいかないだろう。だが、退かないのは我らも同じ。
ボスの金星と水星を宇宙から分離させ、破壊し、支配するという計画を邪魔させるわけにはいかないのだ」
「私に本気を出せっていうのか?」
「そうだ。本気を出してもらわないと我らの出世が……」
「怪物が出世? はっ馬鹿らしい。やはり屑に等しい存在だったな」
そう言って、二本の棍を取り出し両手で回し始める。
「私に本気を出せって言ったのはてめえらが初めてだ。それを言ったからには……楽しませてくれないとな?」
「楽しむ前に殺してやる。来い!」
「言われなくても」
シャルルは、ベリーズのときに見せたあの黒い笑みをもう一度見せ、影に向けて光速に等しい早さで突っ込んだ。
影の雑魚はドミノの様に斬られていく。
それでも、相手の数が多すぎた。
「っ!」
影を何百体も斬っていた時、シャルルは自分の何かが切れたような気がした。
何故か生暖かい風が涼しく感じる。
下を見ると、地面に大量に落ちていく藍色の物体。それは、自分の髪だった。
腰ぐらいまであった髪が肩に少しつくぐらいになっていた。
さらに、黒い影が目の前で一閃。
右腕から血が噴き出した。
「屑も数がそろえばゴミになるんだな」
「これでお前の利き腕が使えなくなった。大人しく負けを認めろ」
「却下。しかも私の利き腕は左と言うか両利きなんだ。人間が全部右利きだと思っていたのか?」
シャルルが右手に持っていた棍を後ろに投げると、影が少し驚いた様な動きをした。
投げたのはデュアルが作ったレプリカの方だった。
「一本につき5㎏もある。重くて仕方ないんだ」
先程より何倍も速いスピードで影が斬られていく。
その刃先は一番偉そうな影に向けられていた。
「お前、さっきのは本気じゃなかったということか……っ!」
影は少し焦った。
同時刻、この場所に二人の男性が入ってきた。
一人は黒いスーツを着た白髪の中年。
もう一人は茶髪で不良のような青制服をした長身の青年。
何をしに来たのかは二人以外知らないだろう。
その二人が足を止めた理由は変な光景を目にしたからだ。大量の影と一人の女性が戦っているのは確かにおかしい光景だった。
女性の方は腕と足から血を流していたが、全く関係の無いような身軽さで、影の方はどちらかと言うと数が物凄い早さで減っていて、負けているに近い。
「何事だ?」
中年の男は顔の皺を多くして言った。
「あの女……まさか」
青年は会話が成り立っていないのを気にせずに呟いた。
二人がしばらく見ていると、影の親玉に棍が突き刺さり影はあっけなく消えていった。
「ふぅ……」
シャルルはマリエの墓に腰かけて、やっと二人の存在に気付いた。
「こんなところにどうやって入ったのか知らないが、早く出た方がいい。また屑が現れるかもしれないからな」
一目見て知らない人間と判断したシャルルは、適当に忠告した。
「なあ、お前」
青年が走って近寄ると、暗い森が一瞬だけ明るくなった。
シャルルのネックレスについていた十字架と青年の胸元についていたチェーンで結ばれた十字架が共鳴した。シャルルが青年に目を向けた途端、共鳴はすぐに収まった。
「……強いんだな。どこの学校だよ」
「学校には行っていない」
「へえ。異界は大人まで義務教育だってのに、珍しいな」
黙っているシャルルを見て、青年は名乗るのを忘れていたことに気づく。
「……あっ遅れたけど俺の名は、暁月瞬矢って言うんだ。地球の日本って国の出身なんだ」
「原界人? そっちの方が珍しいんじゃないのか?」
「ははっどっちもどっちだな」
瞬矢と言う名の青年は少し笑って言った。
「シュン、どういうことだ。お前は日本人だったのか?」
「隠していてすまなかったな院長。俺は日本人だよ」
「お前と言う奴は……毎回毎回わしを騙しおって」
中年はあきれた表情をして下を向いた。
「院長、頭下げない方がいいぜ」
「どうしてだ?」
「だって、最近ハゲになってきてるし」
「こっこの野郎! おいそこの女、こいつを殺せ!」
院長は怒ってシャルルに言った。
「面倒だ。殺す理由がない」
「なんだと?」
「はははっ見捨てられたな!!」
暗い森に瞬矢の笑い声が響いた。




