魔女に夫は必要ない
いつもお読みいただきありがとうございます!
魔女に夫は必要ない。
でも、子供は欲しい。
魔女には「子供欲しいぃぃぃぃ!」と細胞が喚く時期が人生で何回かある。
しかし、いくら魔女でも一人で子供は作れない。
だから魔女は「子供欲しいぃぃぃぃ!」と細胞がざわつく時期がくると、魔女の里からゴソゴソガサガサと出て行っていい匂いのする人間の男と関係を持つのだ。
そうして子供ができたら魔女の里の皆で、蝶よ花よ時々獣と毒草とゾンビよで育てるのが一般的だ。
蝶はその辺を飛んでいるし、花なら魔女の里に一年中毒持ちから毒なしまで咲いているし、獣は獣の魔女の統治下にあるし、毒草は薬の魔女が育てて危ない薬を作りまくっているし、ゾンビは死の魔女が活きのいい死体を仕入れてきたら警備員として使役している。
魔女の里はどの国にも属さず、結界が張られ、普通の人間なら存在にさえ気づかない。
魔女とその子供しか住んでいない場所だ。
魔女の相手は、その魔女にとっていい匂いのする人間の男だ。
いい匂いとは、魔力の波長が合うかどうかの大切な指標である。
相当合わない場合は先輩魔女曰く最中に嘔吐することもある、らしい。いい匂いがする男ならハズレはない。
後腐れのない関係なので相手の男は単なるワンナイトであり、万が一気に入られてストーキングされようとも魔女は薬で変身してから里を出ているので、絶対に男には見つからない──はずだった。
「魔女の里の魔女たちに告ぐ。ピンク色の髪と目を持つ女を出してもらおう。俺の子供を産んだ女だ。名前は偽名だろうがスノウ」
お昼寝に最適な日差しが降り注ぐ中、トラップまみれの森を無傷で抜けてきたらしい金髪をなびかせた偉そうな男性が、魔女の里の入り口に現れてそう言った。
森を抜け魔女の里の入り口にまでたどり着いた人間は何十年ぶりだろう。百年以上前かもしれないが、それは先輩魔女たちに聞かないと分からない。私はまだまだペーペー魔女だ。
「俺はシェルヴァイン帝国の皇太子アデルハイト。ここに俺の子供がいることは魔力の質で分かっている。スノウと名乗った女が出てこない場合、帝国の軍事力をもって魔女の里に攻撃をしかける」
一体、どうしてこうなった??
おかしい、おかしい、おかしい。
私はちゃんと記憶の改ざんをしたはず。それに、あんなキラキラした男なんて知らない!
突然やって来た皇太子アデルハイトの相手は、里の長である火の魔女ヴィヴィアンが務めている。
長ならその火で一国を焼き尽くすこともできるので、魔道具技術の発達が著しい帝国皇太子の脅しにも屈しない。
その間に私は一歳になる娘を抱きながら、先輩魔女たちに囲まれてアワアワしていた。
里の中でピンクの髪と目を持つのは私だけで、最近子供を産んだのも私だけだ。つまり、皇太子に探されているのは私だ。
「スノウベル、あんた変身薬を飲んでなかったのかい? しかも偽名がスノウって手抜きかい? 女ってのはね、里から出たら女優にならなきゃいけないんだよ。名前や性格からちゃんと作りこんでいきな!」
「変身薬は飲んだけどすぐ切れちゃうからカツラを被ってたもん! 私が薬の効きが悪いの皆知ってるでしょ」
偽名は反応しやすい名前にするのだから仕方ない。本当の名前を教えなければ追跡魔法だってかけられないし、そもそも魔女だからそんな魔法をかけられたらすぐ分かる。
先ほどまでお昼寝をしていた娘は、先輩魔女たちと私のただならぬ雰囲気に目を覚ましたが、長以外全員集合している状況が楽しいのかキャッキャッとご機嫌な声をあげる。
可愛い、私の娘は世界一可愛い。ピンクの髪に黄金を溶かしたような色の目、ふくふくのほっぺた。永遠に見ていたい。
へにゃっとだらしなくなる口元を慌てて引き締める。
「スノウベル、本当に帝国の皇太子と関係を持ったのかい?」
「スノウベルは里の入り口にいるあの男と関係を持ったよ。私の赤い糸がそう教えてくれている。お互いぐるぐるに巻きついているね」
私が「帝国の皇太子なんて知らない」と答える前に糸の魔女であるフランシーヌが編み物をしながら口を開いた。
糸の魔女は糸を手繰って関係性を見るのだ。彼女にかかれば家族関係から恋愛関係まですぐバレる。
「で、でも、私が関係を持ったのは茶髪に琥珀色の目の男だったもん! あんな人じゃないし! それに魔力だってあんなになかったから!」
皇太子を名乗る男の魔力は相当なものだ。さすがにあんな男だったら、いくらペーペー魔女の私でも覚えている。
「おかしいと思ってた。あんたの娘の目、黄金色だから」
「黄金の目は帝国の皇族に出る色だねぇ」
「で、でも他の人にも出るかもしれないじゃない!」
「とても珍しいだろうね」
「というか、糸の魔女フランシーヌが関係あると言うからにはあるんだよ。記憶の有無にかかわらず糸が見えるから……ん? ちょいと待ちな、スノウベル。相手の記憶を改ざんしてなかったのかい?」
「した! 絶対にした! したから驚いてるの!」
「あの魔力量でもスノウベルの記憶改ざんを見破れるとは思わないけどね」
「これが愛の力ってやつ?」
「ほほぅ、記憶改ざんを破るロマンスかえ? それはちょっと相手の男の顔を見に行かないとね」
「帝国の皇太子ならイケメンってやつだろうね! 誰が代表して見に行く?」
魔女の里に攻撃を仕掛けると言われているのに、先輩魔女たちは娘と一緒にキャッキャッウフフとはしゃいでいる。
スノウベルの家にほとんどの魔女が押しかけているので、部屋には密度と熱気がある。しかし、霧の魔女が霧を発生させ、風の魔女が空気を素早く入れ替えるのでムンムンとは匂わない。なんという魔法の無駄遣い。
「皇太子はどんな匂いがしたんだい? アタシの相手はアタシの大好きなハーブの香りがしたんだよ」
「私は柑橘系の匂いだった」
「あたしゃ、干したオフトゥンの香りだよ」
「キャッキャッ!」
「あんたの娘は可愛いねぇ、あたしのジョークに笑ってくれるなんて」
「干したお布団の香りってダニの死骸の臭いじゃなかった?」
「ふん、あんたもまだ若いね。全然違うよ」
「キャハハハ!」
盛り上がる先輩魔女たちと娘。緊張感はゼロである。
私は、記憶の魔女スノウベル。
使える魔法は記憶に関するもの。
魔女というのは、生活魔法くらいならば火でも水でも誰だって使えるが、強い魔法を行使する場合は専門が細分化している。
私は相手の記憶を一部抜き取ることができるし、その代わりの記憶を埋め込むこともできる。記憶の消去や改ざんができるのだ。
そして私は、皆が里を出るときに使う薬の魔女が作った変身薬が効きづらい体質だ。薬の魔女は頑張ってくれたが効き目は変わらない。でも、私は記憶の魔法が使えるから問題ない。
変身が途中で解けてバレたら困るので、カツラを被ってワンナイトをしてそれから相手の記憶を改ざんしたのだ。
記憶が空白だと怪しまれるから、しっかりと別の記憶を埋め込んだはず。
それに帝国には行ったが、あんな安い酒場に皇太子がいるわけがない。
私はアワアワ、先輩魔女たちはキャッキャッとしている間に長であるヴィヴィアンが戻って来た。長といっても見た目は人間でいうと二十代くらい。魔女の時間はゆっくり進むのだ。
「スノウベル、あの男の前に面出しな」
「で、でも……」
「あの皇太子、かなりの魔力持ちだよ。あんたを出せって帰ってくれないし、鬱陶しいから一応出ときな。細かい魔力の質が分かるくらいだ、逃げようとしない方がいい」
「あんな人と寝てません……」
「魔力量や外見を魔道具で誤魔化した可能性だってあるよ。あんたが顔を見せるだけで無駄な戦争を回避できるわけだから、勘違いなら勘違いですってちゃんと言いな」
娘を先輩魔女たちに預け、長に付き添われて里の入り口まで行く。
「うぅ、長……布団と男は寝ないと分からないってホントなんですね……」
「あんた、寝ても分かってないじゃないか。寝て分かってたらこんなことになってないよ。つまり、寝て分かるのは男じゃなくてお布団の良し悪しだよ」
「だって、私は普通のいい香りのする人を選んだのに! 貴族とか皇族とかごめんですよ! なのに、どうしてこんなことに……」
「なんでだろうねぇ。ほんと、面倒くさいねぇ」
長であるヴィヴィアンは長い長い赤い髪を鬱陶しそうにかき上げる。
「すみません……気のせい、勘違い、思い込みでありますように……」
「その三つを揃えて魔女の里まで来るのも嫌な男だね」
魔女にとってのいい匂いとは各々で異なる。先ほどの会話のようにハーブの香りだったり、干したオフトゥンの香りだったりする。
私の場合は、ママの淹れてくれるアップルティーの香りがした。多分、魔女にとってのいい香りとは個人の美しい記憶の中にある香りなのだと思う。
私のママは魔女の里にはいない。どこにいるのかも知らない。
魔女の里から出て人間の相手と一緒になった稀有な魔女の一人だ。「私は今日からダーリンと暮らすわね~。スノウベル、布団と男は寝ないと分からないから、イケメンでも見た目で判断しちゃめっよ。高いお布団でも寝てから買うか決めなさい!」と私と同じピンクの髪をなびかせて軽やかに去っていったママを思い出す。
でも、ママの相手はちらっと見た限りイケメンだった。つまり、ママはあんなことを言いながらも結構面食い。
ママの思い出話は置いておこう。
魔女は人間みたいに甲斐甲斐しく子育てをするわけじゃない。生まれて一年も経てば魔女の子供は立って喋って自分でご飯も準備するようになるし、適当な魔女にくっついていろんなことを勉強して訓練し始める。私の娘もそろそろ喋って歩いて動き出すだろう。
だから、ママがいるとかいないとか関係ないのだ。
私はママの淹れてくれるアップルティーが好きだった、ただそれだけ。
入り口に歩を進めるたびにアップルティーの香りが濃くなっていき、私は嫌な予感で俯いた。
「さ、皇太子殿下がお待ちかねだよ」
長に背中をたたかれて顔を上げると──。
「お茶してる……」
皇太子が連れてきていたのは、執事服を着て背筋をピンと伸ばしアップルティーを淹れる老人のみ。つまり、招かれざるお客は二人だ。
というかこれではアップルティーの香りがポットからなのか、男性からなのか分からない。
しかも皇太子はどこから取り出したのか椅子にどっかり座って紅茶を飲み、テーブルの上にはお菓子まで並べられている。
「空間魔法かい。帝国の魔道具技術は相当進歩しているね。こりゃ、魔女もいらないくらいだね」
「来たか、スノウ。俺たちの子供は?」
長が呟くのと、皇太子アデルハイトが偉そうに話し始めたのは同時だった。
「私、あなたとお会いしたことはありません。人違いです」
金髪に黄金の目のキラキライケメンなんて会ったことも見たこともない。会ったら覚えているはず。それに、あの子は私の娘だ。こんな奴に渡さない。
「ん? あぁ、こっちの姿で会ったんだったか」
すっと執事が差し出した指輪を皇太子が中指にはめると、見覚えのある茶髪に琥珀色の目の男性に変身した。うっかり「あ」と声が漏れてしまう。
「へぇ、変身と魔力を抑える魔道具かい」
「こちらの魔道具のお値段は島一つが買えるほどなのです」
長の言葉に執事が胸を張って説明する。
「なんで……皇太子があんな……やっすい居酒屋に……」
「あの居酒屋に革命派のメンバーが集まって会合を開いているという噂があったから、俺も警戒のためにしばらく通っていた。ほら、スノウにナンパしてきた奴もメンバーだった。皇太子なら民のことは知っておかないとな」
皇太子は指輪を外して元の姿に戻り、執事は長と私に椅子をすすめてくる。
長がさっさと椅子に座るので、私も倣って座った。座るとすぐにアップルティーがサーブされる。そして目の前にあったのはなんとアップルパイだ。どうして私の好物オンパレードなのか。
里から出て人生初のナンパをされておっかなびっくりの私を助けてくれたのが、変身していた皇太子だ。
ナンパしてきた男からは動物の糞尿みたいな臭いしかしなかったのに、皇太子に抱き寄せられて助けられた時はアップルティーの香りがしてクラクラした。それで、相手はこの人だと分かったのだ。
その後は一緒に食事をしてお酒を飲んでそれでまぁ──私が積極的だったのは子供が欲しいぃぃぃぃな時期だったのでやむを得ない。
ちらっと長を見ると、アップルティーを飲んで難しい顔をしている。そんな長を執事は眼光鋭く眺めており……怖いので仕方なく私は皇太子に向いた。
「あぁ、革命派は捕らえたから問題ない。さて選べ、俺と結婚するか、戦争か」
「選択肢が物騒すぎる……」
「ここで俺の子供が生まれたということは一年前に分かった。多分、子供が誕生した瞬間にだな」
「なにその感知能力、怖い……」
「俺は魔力も多いし、感知する能力も高い。子供がいるのはあの建物だろう?」
皇太子は先輩魔女たちと娘のいる建物を数ある中から正確に示したので、思わず固まった。子供はいないと誤魔化そうなんて、いろいろ考えていたのに。
魔女は魔法が使えるのが当たり前なので、魔力の質や量を感知するのは適当で大雑把なのだ。
「驚いた。そんなことをした記憶が一切ないのに、俺と同じような質の魔力を持つ子供がこの世に誕生している。よもや、爺が言うように視線だけで令嬢を妊娠させられるようになったのかと疑心暗鬼に陥ったぞ」
視線だけで妊娠って……それなら楽だけど。
「おかげで試す羽目になった。視線だけで令嬢を妊娠させられるか」
「う、うわぁ……」
「そのせいで子供の元に来るのが一年遅れた。スノウが記憶をいじったせいだ」
「なんで一年も実験したんですか……」
「三人の令嬢が俺の子供を身ごもっていると言いに来たからな」
「大層おモテになるんですね」
ちょっと面白くない。
魔女がワンナイトする相手はいい匂いのする男だが、好意が一かけらもなかったらあんな行為はしない。ダジャレじゃないからね?
いい匂いがして、魔女も「この人いいな」と思っていないと子供は作らない。
「皇太子という肩書があるからな。まぁ、真っ赤な嘘だったわけだ。腹の中の子供の魔力で血縁を調べる魔道具はまだ開発されていないし、生まれないと魔力は感知できない」
「魔女に夫は必要ありませんし、皇太子殿下はおモテになるようですから、私と子供のことは『忘れて』素敵なご令嬢をめとってください」
「そういえば、あの夜も耳元で『忘れろ』と言っていたな。スノウの魔法は触らずとも言葉で発動できるのか? 今少し頭の中をいじられかけた感覚があった」
ギクッ!
カップを持っていた手が動揺で揺れ、アップルティーがわずかに自分のローブにかかる。
記憶の改ざんをしようとしたのがバレた上に、皇太子はあの夜の細かいことまで思い出してしまっているらしい。あの夜、私は部屋をこっそり出る前に彼に「忘れろ」と囁いて別の記憶を植え付けた。
皇太子は私の反応で確信したらしく、ニヤニヤしながらアップルパイにサクリとフォークを突き立て、私に差し出してきた。
「寝言で言っていた。『ママのアップルティーの香りがする』と俺に熱烈にすりすりして抱き着いてきたじゃないか」
ぎゃああ、長の前で寝言を暴露されるなんて恥ずかしい! それにママって寝言で言うなんて! 私は立派な魔女になりたいのに! 幼児か、私は!
「さらに『アップルパイも食べたい』と言っていた」
嘘、だから今アップルティーとアップルパイが用意されてるってこと?
え、やめて。一瞬キュンとしちゃったから、もうやめよう?
「こちらは帝国で二時間並んでも買えないアップルパイでございます。今朝私と殿下で並んで買いました」
「権力使わずに並ぶんだ……」
執事の説明にうっかりツッコミを入れる。
自分も並ぶというさらなるキュンポイントまで入れてくるなんてズルい。本当かどうか分からないけど。
「で、俺と結婚するのか?」
「どうして、私の魔法が解けて……」
これまで記憶の改ざんが見破られたことはない。
魔力量が多くても記憶の改ざんを見抜くのは至難の業であるはず。私だってちゃんと訓練した魔女である。
「あの日の記憶はおかしいとずっと思っていた。疑いを持ったまま月日が経ち、自分と同じような質の魔力を持つ子供がこの世界に誕生したのが分かった。となると、怪しいのはあの日しかない。俺の記憶では一人であの酒場で飲んでいたことになっていたが、記憶の中で俺の飲んでいた酒は一人なら絶対に飲まない酒だった。その違和感から頭の中にあるおかしな魔法の痕跡を見つけて、解いていっただけだ」
「でも、あの日『いつもの酒を』ってオーダーしてた!」
「あれは適当な酒をそれっぽく持ってこいという意味だ。あの酒場のオーナーは情報をもらうために買収していたしな。俺一人ならもっと強い酒を飲む」
勝ち誇ったように言われて思わず唇を噛む。自分の記憶を疑ってまで魔法の痕跡を見つけられてしまったなんて。
「で、思い出してここに来たわけだ。俺の子供がいる魔女の里に。俺と結婚して帝国に来い」
「うぐ……でも私、カツラ被ってたのにどうして……」
「俺に抱き着いてきた時にズレてたぞ」
「カツラがズレるなんてムードないじゃない……一生の不覚……」
「さぁ、諦めて俺と結婚しろ」
「プロポーズが野蛮」
「あんたの負けだよ、スノウベル」
ちゃっかりアップルパイを全部食べた長が割り込んでくる。
執事はというと、なぜか長を凝視している。長はセクシーで美人だからね。
その割に、皇太子は長をまるで見ていない。大丈夫だろうか、この人。普通、長に見惚れるものなのに。もしかして不能……いや違うか。
「で、でも、長! 魔女に夫なんて必要ないです!」
「魔女狩りの記憶があるから人間を里に入れないためにそう言ってるだけだよ。あんたが結婚したきゃ、里の外でするんだね。あんたのママのコルルみたいにね」
「スノウが俺と結婚してくれるなら、魔女の里に攻め入らないし、他国が攻め入ろうとしたらすぐさま援軍を向かわせよう。妻の故郷を守るのは夫の務めだ」
「よし、スノウベル。あんた、さっさと嫁に行きな。皇太子、それを書面にしてくれるかい? 魔法契約をしようじゃないか」
「売られた! 一瞬で長に売られた!」
「帝国と戦争したって魔女が勝つけど、無傷とはいかない。あんたも先輩魔女たちに死んでほしくないだろ。あんたと子供を差し出して里の安全が守れるなら安いもんだよ」
「人じゃなくて魔女の心がない……でも、私はママみたいにならないですから! そ、それにこの人は皇帝になるんですよね!? 跡継ぎとハーレム問題もありそうだし、私は子供を皇帝にするつもりはないです!」
「俺は将来皇帝になるが、子供は皇帝になんてならなくてもいい」
「へ?」
意外な言葉に口を開けた瞬間、アップルパイを口の中に入れられる。
吐き出すのはもったいないので、もしゃもしゃ咀嚼した。
「おいひい……」
「俺と結婚すれば毎日食べさせてやる。まぁ、五人くらい子供ができれば一人は皇帝になりたがるだろ。確率は五分の一か」
「誰が産むんですか、そんなに。私はあなたのハーレムに入る気はありません」
「俺はハーレムを持ってないし、婚約者もいない。普通に考えて、俺の魔力が多すぎて俺と差がありすぎる令嬢は妊娠・出産の時、なんならアレの最中に死ぬだろうな。まぁ子供が五人もいたら、一人くらい普通に皇帝になるだろ。あとの四人は異世界に行って魅了で国を壊してもいいし、鳥人間コンテストで優勝してもいいし、聖女になって勇者を監禁して一人で魔王を倒しに行ってもいいし、海を制覇したいと海賊王になるのもいい」
「皇帝が普通に思えてくるそのラインアップは何?」
「というわけで、俺のハジメテを奪った責任を取って結婚しろ」
「奪ってない! 合意だから! 薬も魔法も使ってないし!」
「俺の記憶を消したじゃないか」
「それは事後の話よ!」
お酒は飲んだけど、二人とも飲んでいたからそこは平等だ。
「スノウはずいぶん積極的だったじゃないか。好きでもない男にあんなことやこんなことを」
「ちょっ! 大体、どうして迎えに来たの! 魔力の多いご令嬢を選んで結婚したらいいでしょ!」
ママもそうだった。ママの相手も迎えに来たが、この皇太子のようにはいかず、トラップまみれの森を抜けられなかった。でも、ママはそんな弱っちい男と一緒になると出て行った。
「俺は好きでもない女を抱くほど暇じゃない。それに俺の貴重なハジメテなんだぞ。誰でもいいわけないだろう。責任を取るつもりしかないから、記憶を思い出して子供とスノウを迎えに来た」
娘と同じ黄金の目で見つめられて、喉まで出かかった拒否の言葉が行き場をなくす。
人間の男と一緒に行ったママをみっともないなんて誰も言ってない。
あぁ、男と一緒に里の外で暮らすなんて珍しいね、飽きたら戻ってくるでしょう、くらい。魔女狩りは遠い遠い昔のことで、人間の世界では魔道具だって発達している。
私はママがいなくても平気だった。
でも、ふとした瞬間にママがいてくれたら魔女人生がどうだったかなと考えるのだ。ママが人間の男と出ていかなければ──。
「ママ!」
その声にハッとする。
振り返ると、先ほどまで歩くことがなかったはずの娘がピンクの髪を揺らしてトテトテ走ってきている。
あぁ、あの子はもう、立って喋れるようになってしまったのだ。
魔女は自身の子供の名前を考えることなどしない。だって、魔女の子供は自分で名前を決めて生まれてくるから。
「あれが俺の娘か。小さいのにしっかりしているな」
「殿下の小さい頃にそっくりです」
帝国組は好き勝手言っているが、あの子は私の娘である。
まだ歩き慣れていない娘はヨタヨタと寄ってくると、皇太子にぴょこんとお辞儀をした。
「こんにちは、パパ。あたし、アフネス。みらいしのまじょよ」
「こんにちは、未来視の魔女アフネス。俺が誰だかもう分かっているみたいだな」
「きょう、パパくるのわかってたの。だからアフネス、いいこでまってたの」
うちの娘はいつもいい子なのだが……今日よく笑っていたのはそのせい? しかも未来視の魔女。つまり、未来が見通せるということだ。
魔女は名前も能力も自分で分かって生まれてくるので、なんら不思議ではない。私も記憶の魔女とスノウベルだと自分で名乗った、それが当たり前なのだ。
「ママ、パパのことすきじゃないの?」
「んぐ……!」
立って歩いて喋るようになった娘に急に話を振られてむせかけた。
「アフネス、しってる。ママ、パパのきおくけせない。キラキラのピンクのいしにきおくこめてね、えっとね、けしてないの。だいじにだいじでもってるの」
「アフネス、言わなくていいから!」
私は相手の記憶を抜き取れるが、その抜き取った記憶を自分がずっと持っておくと記憶量が膨大になって頭がパンクする。だから、他人の記憶は石に移すのだ。皇太子の記憶はピンク色の石に入れてある。
「へぇ、ママはいつも記憶をすぐに消すのか?」
「うん、いしのまじょのところにいってね、きおくのかわりにまほうをツメツメしてもらうの。そうすると、そのいしはませきになって、きおくきえちゃうの。パパのきおく、まだあるよ」
「大丈夫だ、パパの記憶はもう戻ったからな」
アフネスがこれ以上おかしなことを言い出さないように捕まえようとするが、皇太子が先にアフネスを抱き上げてしまった。
「アフネスはパパと暮らしたいか?」
「うん、アフネス、パパのことまってたよ。ママ、ちょっとふあんなだけ。でもダイジョーブ。ママはパパと一緒にいたら(パパにふりまわされたり、まわりにしっとされたり、ママのママのパートナーがおかねせびりにきたり、じつはうしろのしつじさんはヴィヴィアンのワンナイトのあいてだったり、せんそうになりかけてアワアワしたり、アフネスのおとうとがかいぞくおうになろうとしたりするけど、さいごは)シアワセになれるよ。さとのみんなもシアワセになれるよ」
「だそうだが?」
「不穏な間がなかった!?」
「いいだろ、もう。スノウベル、嫌になったら離婚して帰ってこい」
「魔女の里の長よ、離婚なんてさせないがな」
「皇太子、とりあえず魔法契約を結ぼう」
「私、置いてけぼりなんだけど!」
好きじゃない相手とワンナイトなどしない。
それに、ママみたいに子供を置いていくわけじゃない。皇太子も娘のことは可愛がってくれそうだけど……何なのこの急展開、怖すぎる。私はママみたいに軽やかに決められない。
魔法契約を終えた皇太子はアフネスを執事に預けると私のところにやって来た。
「嫌か?」
「嫌ってわけじゃ……急なだけで」
まぎれもなく、皇太子からアップルティーのいい匂いがしている。この匂いに私は弱い。
「ひあ!」
「なんだ、あんなことまでしたのに手を握ったくらいで変な声を出して」
皇太子は私の手を取ると跪く。
「最初に会った時からスノウを妃にすると決めていた。そもそも、俺はどうでもいい女は助けないし食事も一緒にしない。何を盛られるか分かったものじゃないからな」
「う、うわぁ……」
「スノウからはいい香りがしたしな。あぁ、俺の妃だとすぐに分かった」
驚いた、魔女の相手の決め方と一緒だ。
同じことを感じていたなんて嬉しくなってしまう。
「私と娘の魔法を悪用しないよね?」
「帝国は魔女に頼らなければならないほど脆弱ではない。魔法契約にも魔女の力を悪用しないということは盛り込んでおいた」
「あ、ありがとう」
「というわけで、俺のハジメテを奪った責任をいい加減に取ってもらおうか」
跪いた状態なのに偉そうに笑う彼にまたキュンとなってしまった。
私はとんでもない人を捕まえて、そして捕まってしまった。
「魔女の里の長殿。どこかでお会いしませんでしたか?」
「私のような美女を忘れるなんて、ボケてるか老眼なんじゃないかい?」
長の言葉に執事は目を細める。
「その切り返し、懐かしい彼女にそっくりです。三十年前、殿下も向かわれたあの安い酒場にあなたはいらっしゃいませんでしたか? ヴィーと名乗って青い髪に青いドレスでした」
「そんな昔のこと、記憶にないね」
未来視の魔女アフネスは両親のちょっと変わったプロポーズの様子を満足気に眺め、次に長と執事を見てニコニコ笑っていた。
彼女だけが未来、どうなるかを知っていた。




