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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

1.5度目の人生は突然に・・・

作者: しおん2025


ピッキーンという音がして足元に壊れた腕輪が転がった。

気が付くと私は無意識のうちに攻撃魔法を放っていた・・・


私の16歳の誕生祝いであったはずの晩餐会、突如深い森の中に一人転移させられ

魔物の群れに取り囲まれた。

ほんの一瞬恐怖に襲われ思考を停止していた脳が働きだす。

悲しみと怒りが混ざり合い今までに無いほどに感情が高ぶっていく。

抱いた恐怖と心の中の見えない何かが打ち破られた。

次の瞬間、強い光に包まれて前世の記憶を取り戻す。

本能に任せ考えることなく魔法が繰り出されていく。

試練の森と謂れを持つ此処の魔物達が次から次へと消滅していった。


残ったのは足元に転がった壊れた腕輪。

魔道具であるそれは私の魔力を抑え込んでいたらしい。

それと一緒に贈られた優しい言葉とともに婚約者だった者や

身内と信じていた者達を心の外に葬る事を決めた。

慣れない魔法行使で魔力を使い果たしたのか意識が遠のく。

深い闇に沈み込む寸前、誰かに呼ばれたような気がした。


「・・・ディア?・・・」


   ~~~  ~~~  ~~~


その腕輪を贈られたのは、私の10歳の誕生日。

数日後に魔力検査を控え緊張して迎えたその日、

ご両親とやってきた2つ年上のギブスン侯爵家三男レヴィン様。

彼との正式な婚約がこの日成された・・・はずだった。


「お誕生日おめでとう。僕の大切な婚約者、リディアンヌ。

君に僕とお揃いのこの腕輪をプレゼントするよ。

これからは僕だと思っていつも身に着けていて。」

「ありがとうございます。ずっと大切にします。」


私の両親は、私が8歳の時に王都へ向かう途中の馬車の事故で無くなった。

一人残された私の元には、父の弟の子爵家家族がやってきた。

叔父がジーニス伯爵家を継ぎ、私は叔父の養女となった。


このイエスタ王国では魔力のより多い者が当主となる。

希望に満ちて数日後に受けた魔力検査で

ジーニス伯爵家長女の私は魔力発現見込み無しと判定された。

普通幼児の頃から魔力が目覚め、10歳には魔力の有無が確認され、

将来の保有魔力量がほぼ決まる。

10歳の検査で魔力が確認できなければ、生涯にわたって魔力の出現は

絶望的である。


魔力が無いと判明してもレヴィン様との婚約は継続された。

魔力が無かったことは相当なショックだったが、

次の年魔力検査を受けた1歳年下の義妹ミアが次期当主と決まった後も

義理の家族から虐げられたり、罵られる事も無く。

しかし関心を待たれることも、一緒に何かをする事も無かった。


レヴィン様との婚約は継続されたまま私は16歳の誕生日を迎えた。

その成人を祝うはずの両家揃っての晩餐会で、

突然レヴィン様から婚約破棄を告げられた。

彼に腕を絡ませるミアの肩を引き寄せながら・・・


「君に魔力を発現させない為に今日まで我慢して来たけど、僕ももう18歳。

そろそろ正式に婚約をしないとね。」

「私との婚約は嘘だったのですか!?」

「ああ、他に婚約者を作らせないための方便と魔力封じが目的だったのさ。」

「そんな・・・」

「成人すれば独り立ちして出国する事もよく有るからね。次期当主でもない君一人がいなくなっても詮索される心配はほとんど無い。さようならリディアンヌ。試練の森で生き抜くことが出来たらまた会う事もあるかもね。」


叔父一家も、ギブスン侯爵家も裏で繋がっていたのだ。

三男のレヴィン様を伯爵家に婿入りさせる為に・・・。

ひょっとして両親の事故も仕組まれた事?そんな疑惑が頭に浮かんだ。


晩餐会に招かれていた魔術師が呪文を唱える・・・呆然として思考停止している私の足元に魔法陣が出現した・・・

「ああ、最後にこの魔物寄せの花をプレゼントするよ。さようなら、元婚約者様」

魔法陣に花束が投げ込まれた。

次の瞬間私は浮遊感に襲われ、気づくと魔物に囲まれていた。

   

  ~~~  ~~~  ~~~


私が前世を生きたのは、なんの因果かこの試練の森の国境を挟んだイーデン王国である。(イーデン側では深淵の森と呼んでいる)

イーデン王国の貴族の娘ファルディア・キャヴェル、膨大な魔力があり、18歳で魔術学院主席卒業。魔法省に入省してすぐに希望を出してエデル辺境伯へと赴任してきた。


エデル辺境伯は爵位を継ぐ前の若かりし頃、王都で騎士団長まで出世後、魔法省の花形魔術師と大恋愛の末婚約を果たし、辺境領地の守りに帰った。

結婚後二男一女をもうけている。


私の赴任後の仕事は国境のある通称「深淵の森」の警備と・・・子守?

当時の伯爵家子息たちは、長男エドモンド様6歳、長女ジュリエッタ様4歳、次男シャルヴィス様3歳


深淵の森で魔物と対峙し、滞在している領城に帰れば3兄妹の世話をして過ごす。

魔力操作、一般教育、遊び相手・・・家庭教師もいるのだが、末っ子であった私は弟や妹が出来たようでついつい、世話を焼く。そうすると満更でも無いのか年の離れた姉のように慕ってくれるようになった。

特に3歳のシャルヴィス様は甘えん坊で手が空いていると見ると相手をせがんだ。


私が転生する切っ掛けとなる事件が起きた時、シャルヴィス様は10歳になっていた。

剣術に長け魔法も使えるようになって近場の森で実践練習することも増えた。

この日は初めて国境のある森へ来ていた。


「ヴィー、危ないからあまり奥へ行ってはダメだ。

この辺で先ずは小型の魔物を狙おう。」

「大丈夫だよ。ディアが付いてるし。僕もだいぶ上達したよ。」

「何事にも過信は禁物だ。それに最近この森はなんだか騒がしい。」


魔物を何匹か狩って奥へ進んだ所で数匹の魔物が突進してきた。シャルヴィスを守って氷魔法で魔物を一掃したファルディアめがけて数本の矢が飛んできた。風間法を使って素早く対応したが、すべてを落とすことが出来ず一本が腕を射抜いた。

次の掃射に備え防御結界を張る。


どうやら毒が塗ってあったようで意識が朦朧とする。

「ディア!」

ヴィーが必死の形相で縋り付く。

「ディア、嘘だ!大丈夫だよね。しっかりして、ディア」

「ヴィー、よく聞くんだ。どうやら隣国のやつらがこの森に入り込んで、

こちらに魔物を追い立てている。領主様にその事を伝えて・・・」

「ディアはどうするの?こんなディアを置いて何処にもいけない」

「私は大丈夫だ・・・いいか頼んだぞ。しっかりして!」

「いやだ、ディア、離れないよ。一緒にいるよ」

転移魔法陣がヴィーを飲み込む。

「ディア!!」

「頼んだぞ。私の可愛いヴィー・・・」

シャルヴィスが最後に見たファルディアは淡い光に包まれていた。


何か原因があって回復魔法が発動しなかったのか、最後の力を振り絞った魔力が影響したのか、体を離れかけた私の魂が、まさに生を受けようとしていた他の体に引き寄せられたのかもしれない。


しかし転生しても魔力が出現していなかった私が前世の記憶を取り戻す事は無かった。

入り交ざった感情が今までに無く昂ぶり、魔物に囲まれるという窮地に追い込まれるまでは・・・


  ~~~  ~~~  ~~~


「...ディア?・・・」

そう呼ばれた気がして意識が覚醒していく。

いきなり魔物の群れに襲われ・・・森の中で気を失った?

閉じた瞼に光を感じゆっくりと目を開ける。


見覚えのある装飾の施された天蓋、重く感じる頭を横に向ければ、

愛着のあったチェストが目に入った。

無意識に額にあてた手の小指にある痣が目に留まる。

蔦が絡まった様な淡い紫のそれは生まれた時からあったものだ。

記憶とともに前世に小指にあったものを思い出した。


まだはっきりしない頭の中で、夢でも見ているのかとそんな事をぼんやりと考えていると

部屋の扉がノックされた。「・・・」

「失礼します。」返事を躊躇っていると間を置かず扉が開き

30代の侍女らしき人が入ってきた。


目を開けぼ~としている私を見ると驚いた顔をして

「…気が付かれましたか。坊ちゃまを呼んできますので少々お待ちください。」

慌てて退出していった。

ふと彼女の若かりし頃の顔が頭に浮かんだ。

間違いない。三兄妹の世話をしていた新米メイドのルーだ。


暫くして廊下がバタバタ騒がしくなった。

扉がいきなりバタンと音を立てて開いた。

思わず片肘を付いて上半身を起こし、開いた入り口を見つめる。

そこには目を見開いて驚いた顔をしている

20代半ばの美丈夫が立っていた。

見覚えのあるすみれ色のピアスがゆれている。

思い出にある彼より随分と背が高い。


その翡翠の瞳に意識が吸い込まれる。

わずかに残る面影を見つけ、『ヴィー・・・』

思わず呟いた。


「本当にディアなのか・・・」

彼がベッドサイドに駆け寄り、両膝を付いて私の手を取り小指にある、

特徴ある指輪の形の菫色の痣を確認して額に当てる。

「ファルディア、間違いない・・・お帰り・・・」

彼の目から涙があふれ頬を濡らしていく。


「シャルヴィス・・・どうして…何故、あの時私だってわかったの?」

「ディアの魔力を間違えるわけがない。昨日いつものように森を巡回していたんだ。そしたら国境の方で急に多くの魔物が騒ぎだして君の魔力が爆発した。

一瞬まさか、って思ったけど気づいたら魔力の爆発のあった場所に駆けつけていた。そこで見つけたんだ。

倒れている君を、ミルクティー色の巻き毛の少女。最初信じられなくて。

抱き起して顔を見て確信したんだ。閉じている瞳の色だって想像できた。

優しい菫色だって確信できた・・・」


前世を思い出した時、容姿の特徴も引き継いでいる事を自覚した。

細かいところでは僅かな違いはあるようだが・・・


「私、あの後・・・あなたを、シャルヴィスを送り出してからすぐに転生したみたい。

その事も、前世の記憶も魔力を使ったことで思い出した…」

「ディア、そのシャルヴィスという呼び方・・・他人行儀過ぎないか?」

「えっと、いきなり、その…素敵な大人になってしまって記憶にあるあなたとはあまりにかけ離れ過ぎていて・・・恐れ多いというか、罪悪感があるというか・・・」

「俺にしてみたら寧ろ出会った頃のままで違和感ないというか・・・だから昔のままの呼び方で頼むよ。」

「出会った頃って・・・今は転生してイエスタ王国のジーニス伯爵家長女リディアンヌ16歳・・・だったわ。」

「隣国の伯爵令嬢が何の因果で深淵の森なんかに迷い込んだんだ?」

「私にも突然の事で未だ色々と頭の中が混乱していて・・・」


「ああ、すまない。疲れているだろう。ゆっくり休んで落ち着いたら詳しい話を聞かせて。今はこうして傍に居られるだけでいいから。」


不思議だった。私が(おそらく)死を迎えた時、ヴィーは10歳だった。

あれから16年が経っている。

10歳だった彼が私の魔力を判別できるのも凄いことだけど、

今私が寝かされている部屋は当時私の私室だった。

16年経っても家具類がそのままの配置で残されている。装飾だって当時のままだ。

私はあの時どういう最後を迎えたのだろう。

徐々に記憶と意識がはっきりしてきて様々な疑問が浮かんできたのだった。


私が発見されたのは昨日の夕暮れだった。

夜になってこの部屋に運び込まれ医者の診断を受け、

やはり魔力枯渇が原因の疲労と診断されたらしい。

ヴィーはベッドサイドで目を覚まさない私の手をずっと握っていたが、

再三にわたる周りの説得で、明け方に一旦自室へ引き上げた。

それからも落ち着かない様子で何度も私の元を訪れた。

昼過ぎに溜まってしまった騎士団関係の書類の決裁をしていた時に、

私が目覚めたと連絡を受けて駆けつけてくれたようだ。


握られたままの手に優しい温かみを感じながら目を閉じる。

16年以上前のこの地での生活が瞼の裏に蘇る。


私はごく普通の伯爵家に次女として生まれた。

何故か物心つく頃から魔力だけは人並み外れていた。

両親はそんな私の扱いに困り、小さい時から兄や姉と一緒に

家庭教師を付けることで

世の中の常識という物を早くから身に着けさせてくれた。

もちろん魔術についても小さい頃から正しく学ばせてもらい、

私自身将来は魔法師として国の役に立ちたいと思っていた。

魔力が強いので研究機関より実践向きだと思い、両親に頼んで剣も人並みには使えるようになった。

普通の貴族子女が通う王立学園ではなく、魔力持ちに特化した魔術学院に進み

小さい頃からの学習成果もあり学院を首席で卒業。

魔法省に入省したが、魔法行使の現場希望で辺境伯領へ騎士団の

一魔法師として赴任した。

当時の国交情勢は落ち着いていたので、ほとんどが

時々人の生活圏内などへ溢れ出す魔物の討伐と調査が主な仕事だ。


魔物相手なので勤務時間や休日取得に決まりは無い。

森が騒がしくなれば仕事が増え、森が穏やかな時は余裕が増える。

辺境伯家の三兄妹は丁度好奇心旺盛で精神面でも成長期。

私たち騎士団が余裕があると見て取ると相手をせがんでくる。


特に6歳のエドモンド様と3歳のシャルヴィス様は騎士団で

剣術の稽古をつけて貰うのがお気に入り。

しかし体格の良い辺境の地の騎士団員にとって

三歳の小さいシャルヴィス様の相手は、文字通り腰の折れる仕事。

彼らより小柄な私が引き受けることになった。


騎士団員たちは最初面白がって

「たとえ領主様のお子様でも剣術の稽古においては師弟関係、俺たちの事は『師匠』、エドモンド様は『エド』、シャルヴィス様は『シャル』と愛称で呼ばせて貰います。」という事になった。

因みに私の愛称は『ファル』だ。


3歳のシャルが「ししょー、ししょー」とついて歩くのが、

もう可愛くて仕方ない。

稽古以外でも時間さえあれば一緒に遊んだりおやつを食べたり、昼寝したり。


7歳になる頃には剣術は騎士団に混ざって稽古をつけて貰うようになったが、

この頃から魔法の使い方を教えるようになった。

「剣術では『師匠』って呼んでたけど、僕も大きくなったからこれからは

『ディア』って呼んでもいい?」

「フフフ、そうね大きくなったからね。シャルがそういうなら。」

「『シャル』ってみんなが呼ぶからディアは『ヴィー』って呼んで」

「あら、私だけそんな特別な権利、貰ちゃっていいの?」

「うん。ディアは特別。」

「光栄です、私の小さな王子様。」


   ~~~  ~~~  ~~~



「ジェド、副団長が探してた。」

「おっサンキュー、シャル。じゃ、ファルまたな。」(ほんとシャルのやつ、体よく追い払おうとして。この前ジムもまんまとやられたって言ってたな。まあ、可愛い弟分だからもう暫くは大目にみるか。)・・・

「ディア、ジェドと二人で何話してたの。」

「ああ、今度の遠征の打ち合わせ。5日ぐらいかかるから持ち物の確認とか、移動中の持ち場の割り振りとか。」

「二人っきりで話してるとルーが誤解しちゃうよ。」

「え?」

「ルーはどうやらジェドが好きらしいんだけど、可愛いディアがジェドと話してたら、勝ち目がないって諦めちゃうでしょ。だからルーに悪いよ。」

「そうだったの?私全然気付かなかったわ。」

「ディアは鈍感だから、他の団員たちと話す時も女の子たちに色々誤解されないように気を付けた方が良いよ。」

「ありがとう、ヴィー。とっても参考になったわ。これからは気を付けるわね。」

「うん。くれぐれも二人っきりなんて誤解されるような事はしないで。」・・・


「ごめんねルー。私あなたの気持ちに気づかないで。

誤解しないでね。ジェドとはそんなんじゃ無いから。」

「???えっと・・・」

「ほんと、誤解しないで。ごめんね」

「???はあ・・・」


  ~~~  ~~~  ~~~


「ヴィー、10歳のお誕生日、プレゼント何が良い?」

「二人で街へ出かけて何がいいか探して決めたい。ダメかなあ」

「まあ、デートみたいで楽しそう。いつが良いかしら。」

「明日は天気も良さそうだし、明日にしよう。善は急げっていうしね。」

「了解。団長に確認してくるわ。」・・・


「本日のお勧めケーキと紅茶のセットを2つ。お誕生日はまだだけど、せっかくだから先に二人だけでお祝いしましょ。」

「ありがとう。この後、ジュエリーショップで何か気に入ったものをプレゼントされたら最高の誕生記念だよ。一生の思い出になるよ。」

「あら、ヴィーはアクセサリーが良いの?。ついでだから私も何か買おうかしら。普段つけても邪魔にならない様な物。」

「じゃあお返しで僕が贈るよ。ちょっと早いけディアの誕生日プレゼント。」

「なんか、おねだりみたいになっちゃわない?」

「全然。何か贈りたいんだ。丁度良い。」

「ふふ、嬉しい、楽しみ。」


ジュエリーショップでヴィーが気に入ったのはアメジストの結晶が揺れるピアス。

私に贈られたのは翡翠色の葉が二枚合わさった形の指輪。輪になってないのでフリーサイズ。

「可愛いので小指に」と言うとヴィーが畏まってはめてくれた。


  ~~~  ~~~  ~~~



まだ3歳だったのにその時の事は今でもはっきりと覚えている。

他の事は忘れてしまったのに・・・

「今日からこちら領騎士団に赴任してきましたファルディア・キャヴェルです。まだまだ新米で至らない事ばかりですが、よろしくお願いいします。」


ふわふわのミルクティーの巻き毛に優しいすみれ色の瞳の大きな目。

「ファルディアっていうの。仲良くしてね。」

しゃがんで目線を合わせて挨拶するその姿と、俺にだけ向けられた挨拶の言葉だけは、何年経っても色褪せる事なく俺の心に刻み込まれたままだ。

 

  ・・・僕の天使を見つけた・・・


  ~~~  ~~~  ~~~



手を握ってもらい目を閉じてどのくらい時間が経っただろう。

状況を整理して落ち着きを取り戻した。

「私はもう大丈夫。ヴィーには色々心配かけちゃったけど。」

「ああ、そうだこれを返しておくよ。」


そういってヴィーが首にかけたチェーンを引き出す。

その間に上半身を起こしてヴィーに向き合う。

チェーンから外した翡翠の指輪を差し出し手を取られる。

小指にある痣に指輪が重なった。


「ヴィー、私あの後どうなったの?」

「俺が転移魔法陣に飲み込まれる寸前に見たディアは薄い光に包まれている様だった。その後一瞬意識が飛んで、気づいたら屋敷の庭に転移してた。すぐに練習場に駆け込んで皆に知らせて、騎士団と一緒に深淵の森に戻った。

でもそこで見つけたのは、ディアがと倒した多くの魔物と数本の毒矢。そして最後にディアを見た場所に俺が贈った指輪だけが残されていたんだ。

だからディアはどこかへ飛ばされたと思ったんだ。あの場所から消えただけだって・・・」


「私も自分の身に何が起きたか分からなくて。ただ、ファルディア・キャンヴェルとしての記憶が戻ったのは、森でヴィーが私を見つけてくれる寸前、魔物に囲まれて魔法を乱発した時。それまでの私は隣国のジーニス伯爵家の長女リディアンヌだったわ。16年前に生まれてからずっと・・・」

「何故いきなり深淵の森ので、それも魔物に囲まれるなんていう状況になったんだ?」


「もともとジーニス伯爵家は長男であった私の父が後を継いだ家だったのだけど、10年前の馬車の事故で両親が無くなって、父の弟だった子爵が伯爵になったの。そして私は養女となって侯爵家三男と結婚して伯爵家を継ぐはずだった。

イエスタ王国は魔力量で後継が決まるから、私は10歳の婚約と同時に騙されて魔力封じの腕輪を着けさせられて・・・

成人の祝いの席でそのまま森へ転移させられた。最初から私を排除するつもりだったんだわ。

今思えば両親の馬車の事故だって怪しい・・・私の事だって伯爵家に入ってから今まで思い通りに進めて来たみたいだし、もっと以前から計画されていてもおかしくないわ。」



両親の事故死が人為的であったとして、そもそも動機は何であったのだろう。

私は幼かったので言い切れないが、人に恨みを買うような人達では無かったと思う。

家を訪ねてくる人も、領地で暮らしている人たちもいつも笑顔で接していてくれた。

たまに両親が難し顔をしている時は、決まって叔父や貴族の人が訪ねて来た後だった。


思い起こしてみれば、その貴族は婚約者だったレヴィン様のお父上、ギブスン侯爵だったような気がする。


両親の納める領地は狭いながらも鉱山を所有しており、

産出される鉱石の恩恵を受けて裕福な方だったかもしれない。

もしも叔父とギブスン侯爵家が絡んでいるとしたら

今回の出来事は両家によるジーニス領の乗っ取りが考えられる。

領地の事は今となってはどうでもいいが、両親の死因が関係しているとなると看過出来る事では無い。

たった8年であったが生まれてからずっと愛情を注いでくれた。一緒に過ごした楽しくて優しい思い出があふれる。


事故にあった王都への上都の理由は、確か叔父が持ってきた第二王女婚約パーティーの招待状だったはずだ。

私は幼く出席できないので、長旅することを避け領地に残されて事故を免れた。


事故は途中にあるギブスン領内で起こり、事後処理は当然のようにギブスン伯爵家が陣頭指揮を執った。

招待状も見つかったかどうか分からない。

出来過ぎていると思うが証拠はない。



ギブスン侯爵家の領地は試練の森に接している。

国境を挟んでイーデン王国側のエデル辺境伯領、通称深淵の森に隣接している。

今回私はイーデン王国側のそれも弓矢で襲撃された場所付近で発見されている。

ギブスン伯爵が前回の襲撃にも関係していた可能性が高い。


「私が弓矢で襲撃された時の犯人の目星はついたの?魔物が追い立てられて来た事は分かるけど、目的は何だったとか、毒を塗った矢・・・一体何の毒が使われていたの?」

「回収された矢に残っていた毒からは魔物に対しては致死量には当たらないと判断された。当時、イーデン側の魔物の数が減っていた原因を秘どこかの組織が密裏に調査しに来ていたのかもしれない。特に法を犯していたとしたら目撃した者の口封じをする事も考えられる。」


もう16年も前の出来事だ。今更蒸し返しても仕方ないことかもしれない。私は転生したが、死んでしまったとしても亡骸は発見されなかったのだ。数体の魔物の死体と毒矢が落ちていただけでは、誰かを罪に問う事は出来ない。

私は当時の事にはここで区切りをつけ、現在置かれている状況について考える。


私が婚約破棄され深淵の森に飛ばされ死にかけたことは頭の隅に置いておこう。

こうして懐かしい人たちに再会できたことを考えると感謝さえしたくなってくる・・・が、しかし8年前に亡くなった両親の事を思うとこのままではいられない。

どうしても真相が知りたい。故意に起こされた事故であったなら、犯人を到底許すことなど出来ない。同じ、いやそれ以上に痛い目にあわせてやりたい。

どうしたらいいのか一人思案を巡らせる。


「ディア、何を考えている?」

「ヴィー、そういえばあなた、今は何をしているの。

えっと26歳になったのよね?」

「ああ。今は伯爵領の騎士団長を務めている。」

「凄いのね。まさか団長になってるなんて思わなかったわ。」

「半端に強くなっても大切な物を守れなければ意味が無いって思い知らされた。『団長』だってただの肩書に過ぎないさ。」


「私の記憶にあるヴィーとは別人・・・ていうか、

さっきから違和感しかないんだけど。実際の今の私は16歳で、ヴィーよりかなり年下なのに、10歳のヴィーを知る私は25歳で今のあなたとほぼ同い年だわ。」


「でも、俺にとってディアは16歳のリディアンヌでも25歳のファルディアでも、ディアでしかないよ。どちらも唯一無二の存在だ。」


「うっ、ありがとう。小さい頃から大切に思ってくれて。

ところでこれからの事なんだけど、私一度イエスタ王国に帰ろうと思うの。ちょっと気になる事を調べてみたっくて。」

「殺されかけたのに帰るって、危険だ。このまま以前のように此処で暮らせば良い。帰る必要なんて無いだろう?」

「ありがとう。でもこれはリディアンヌ・ジーニスとしてのけじめ。イエスタ王国に未練なんてこれっぽちも無いけど、唯一心残りは両親の死因。その事さえ解決すればあの国に思い残す事は無いわ。その時に迎え入れて貰えたら嬉しいわ」


「分かった。俺も同行する。」

「はあ?これは私の問題だわ。関係のないまして他国のヴィーを巻き込むわけにはいかないわ。騎士団の仕事も有るでしょ。」

「いいや、これは決定事項だ。絶対に一人では行かさない!関係ないなんて言わさない。大いに巻き込んでくれ!」



どういうわけかヴィーと連れ立ってイエスタ王国ギブスン領の冒険者ギルドに来ている。

私は魔法で髪を茶色のストレートに変え、瞳を濃紺に見えるようにしている。


「冒険者登録をお願いします。」

「お名前と出身地、特技等、こちらの用紙にご記入ください。」

「シャル・キャンベル様23歳とファル・エーデル様18歳、パーティーを組んでいらしゃる、でよろしいですか。」

「「はい」」

「特技はおシャル様が剣術、ファル様は補助魔法。出身は隣国イーデンですか。」

「はい。訳ありで国を出てきましたので、冒険者になって食べていければと・・・。」

「分ります。冒険者の方はそれぞれの事情を抱えていらっしゃる方が多いですからその辺の事についてはお尋ねすることはありません。」

「ありがとうございます。色々分からない事だらけですが、よろしくお願いします。」

「はい。初めての登録となりますから、ランクは一番下、受けられる依頼は最低のものとなりますが、頑張りによってランクが上がり、報酬の良い依頼が受けられるようになりますから頑張って下さいね。」

「「はい」」


「やっぱり兄妹設定の方が行動しやすくない?」

「いや、むしろ夫婦設定の方が安全だろ?」

「いやいやいや、何が安全か分からないし、恥ずかしくって緊張しちゃって怪しまれる事間違いなしだし・・・」

「悪い虫が付かないって保証するよ。」

「情報が欲しくて冒険者やるんだから警戒心煽ってどうするのよ。夫のいる女に声なんて掛けられないでしょ。」

「夫がいなくたって声なんて掛けられて堪るか!」

「意味わかんないし。こっちから声掛けて根掘り葉掘り聞いたら怪しまれる事間違いないし・・・」

「ディアから声掛けるなんて以ての外だ‼そんなことされたら嬉しくてなんでも喋りまくりそうだ!」

「・・・ヴィー、本当に邪魔しに付いて来たんじゃない?」

「ディアが心配で付いて来たんだ。またこうやって一緒にいられて嬉しいよ。俺に手伝えることは何でも言ってくれ。」

「分かったわ。ありがとう。とりあえずよろしくね。」


八年前の、それも私が八歳の時の出来事だ。

用意周到に計画されていたら尚更証拠なんて見つからないだろう。

でも何もしないで悪意ある人たちを見逃すわけにはいかない。

行動することで何かが変わる事に希望を持ちたい・・・



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